「この大嘘つきめ!」
「何と馬鹿げた男だ!」
「追放せよ! 追放せよ!」
「貴様なぞここにいる資格も無いわ!」
俺は間違ったことは言っていない、こんな事を言われる筋合いも無い。
だが現実、俺は罵声を浴びせられている。
まるで一方的な裁判のように、上から降ってくる罵声と嘲笑。
何が奴らの琴線に触れたのか。ただ彼らが知らない理論を提唱しただけなのに。
分からない。
俺は俯いたまま、ただその罵声を聞くだけしかできないのだった。
――悔しい。
――ただ、悔しい。
第三話 こたつから離れた物語
声が聞こえる……。
俺を呼ぶ声が。
その声は俺のすぐそばから聞こえてくる。
<マスター! マスター! どうしたんですかー! マスターってばー! 元気ですかー!?>
「……何だうるさいな。溶鉱炉に放り込むぞ」
<こわっ……ってマスターがぼんやりしてたから声を掛けたんじゃないですかー。どうかしたんですか?>
……さっきまでのは、そうか。
どうやら夢を見ていたようだ。昔の、ずっとずっと昔の夢を。
「少し寝てた」
<寝てたんですか!? 歩きながら!? 廊下で!? 突如として!?>
「別に歩きながら寝ても、誰に迷惑をかけるわけじゃ無いだろうが」
<いやぁ、結構かかると思いますけど。多分ガンガンに肩とかぶつけまくると思いますけどねぇ。……何か機嫌悪いですね>
「そう見えるか?」
<それはもうべらぼうに>
べらぼうて……いいけど。
さっきまで見ていた夢、あれは悪夢だ。
現実にあった……悪夢だ。
「嫌な夢を見ただけだ」
<靴の中にあふれんばかりのうなぎゼリーが入っている夢ですか……>
「それは嫌だな!」
ぐちょ、ぬめろんといった感じだろうか……。
嫌な夢でそれが思い浮かぶコイツはどうなんだろうか。
少し付き合い方を考えたほうがいいかもな。
下らないことを喋りながら家の中を歩く。
ぺたぺた、ぺたぺた。
ぺたぺた、ぺたぺた。
ちゃりちゃり。ちゃりちゃり。
静寂で満たされた廊下に響くのは俺の足音とシルフから伸びている鎖が擦れあう音だけ。
――ふと無人のはずの廊下で、何かの気配を感じた。
「なあ、ちょっと」
<はい? ちょっと? ――まさかちょっとだけ漏らしちゃったんですか!?>
「漏らすかアホ! ……何かさ、変な感じがしないか?」
<はあ、膀胱のことには詳しくないんで……多分膀胱炎じゃないですか?>
「そこから離れろ!」
コイツ、本当に解体してやろうか……。
<変な感じですか……? 具体的には?>
「こう、何かに人ならざるモノが背後に立っているような……」
<古そうな家ですから、そういうモノもいるんじゃないですか?>
「お前、けっこうドライだな……」
<金属ですからね>
金属だけに……か。ウマイこと言うじゃないか。
……。
……いや、言えてないな。
全く上手くないな。
しかし本当に背筋が寒くなってきたぞ。
廊下も暗いし、本当に何か出そうだな。
<意外と後ろに何かいたりするんじゃないですか?>
「こ、怖いこと言うなよ! ぺちゃんこにするぞ!」
<ぺちゃんこて。マスターは意外と怖がりですっ、かわゆい!>
「ああ、こう見えても8歳まで一人でトイレに行けなかったからな」
<うわぁ、知りたくなかったです……そんなに怖いなら、さっさと後ろを確認すればいいじゃないですか?>
「ふっ、簡単に言ってくれるな」
もし、本当にお化けな何かが後ろにいたら、俺は衝動的に放尿する自信がある。
それもこれもこの後ろに何かいるかもしれないとか言い出したシルフが悪い。
よし、大丈夫だ。もう覚悟した。
見てやるぞ!
幽霊なんかいないんだ。
後ろをっ、見てやるっっ!!。
「おらぁ!」
<後ろを見るのにどんだけ気合入れてるんですか……>
シルフが何か言っているが無視。
「ふう」
後ろには何もいなかった。
ただ暗い廊下が広がっているだけだ。
当たり前だ、幽霊なんかいないし。お化けなんてないさ。
ていうか怖くないし。
本当に怖いのは――人間の方だからな(どや顔で)
<もういいですか、ならさっさとトイレに行きましょう。……何でどや顔なんですか?>
コイツ急に偉そうになったな。
お化け的な物を怖がっている俺を見て、少し馬鹿にしているのだろう。
そして俺は再び前を向いた。
だが映画でもこういう状況では、安心しきった時に来るんだ。気を抜いた瞬間に客を驚かせる。
俺は決して気を緩めるべきではなかった。
そう、俺が気を緩め前を向いたときソイツは……そこにいた。
白い、白い、人ならざる気配をしたその少女は……俺の目の前に……。
<いやああああああああああああああ!!!>
シルフの悲鳴が響く。
反対に俺は冷静そのものだった。
何故なら……。
その少女は――
「茶々丸さんじゃないか」
「はい茶々丸です」
<いやああああああああああああああ!!! 助けてぇぇぇぇぇ! ぬぅべぇぇぇっ!>
目の前にいたのは、お化け的な存在ではなく、この家のメイド的存在の茶々丸さんだった。
暗闇のせいか病じみた白い肌が一層白く見える。
「どうしてここに?」
「いえ、ナナシさんが部屋を出て、すぐ追いかけたのですが……」
<いやああああああああああああああ!!! にゃああぁぁぁっぁぁ! おかあさぁぁぁぁん! ダリアちゃぁぁぁん! 魔王城にいた頃マスターに内緒で買ってたスライムのポチィィィィッ!>
「何か用事かな? ――つーか恐ろしいほどうるせえよ!」
「も、申し訳ありません」
「いや、茶々丸さんに言ったんじゃないから」
俺が声をかけるまでも無く、シルフは黙った。
見ると、何やらエクトプラズム的な何かを吐き出している。
気を失ったのか。
人を散々馬鹿にしておいて……。
つーかダリアってまた……随分と懐かしい名前を聞いたな。そうか、もう3年も会ってないんだな。
「で、茶々丸さん何か用事?」
「はい……謝罪をしに」
……謝罪?
俺は茶々丸さんに謝られる様なことをしただろうか。
考えてみるが、全く思い当たらない。それどころかいつもお世話をしてもらっている俺が謝罪をしたいくらいだ。
目を伏せ、申し訳なさそうにしている茶々丸さんに問いかける。
「謝罪って何が?」
「マスターにあの事を喋ってしまって……」
「あぁ……」
ああ、その事か。
てっきり俺の部屋のガンプラを誤って壊したことを謝るのかと思った。
まあ、本当に壊してたとき、例え相手が茶々丸さんだとしても、俺は自分を抑える自身が無いけどな……。
「その事はいいよ。結果的に本質的なことはバレて無いし。それに命が助かったし。エヴァデレが見れたし」
「ですが……」
「いいって、謝罪をされるどころか俺がお礼を言いたいくらいだよ」
「……はい」
それでも茶々丸さんはとても気にしているようだった。
いい子だなあ。
頭をなでてあげよう。
「……ぁ」
なでられた茶々丸さんは俯いてしまった。触れている部分が熱を持って暖かく感じる。
「どうも、ありがとう、ございました。その……撫でて頂き、嬉しかったです」
「いえいえ、こちらこそ」
変な会話だなぁ。
それにしても――
「なあ、茶々丸さん?」
「はい」
「エヴァはどうしていきなり家賃なんて言い出したのかな」
俺がそう聞くと茶々丸さんは少し考え。
「私には何も言っていなかったので真実は分かりません……ただ」
「ただ?」
「推測することは出来ます」
<私にも出来ます!>
「何だ、もう復活したのか」
いきなりの会話に割り込み、そして自分の意見を主張。
本来なら捨て置くところだがその積極性には目を見張るものがある。
「発言を許可する。茶々丸さんはシルフの後に」
「はい」
<珍しく寛大なお言葉! これは失敗できません!>
何か気合入ってるな。
対抗心でも燃やしてるのか?
<エヴァ……さんが急に家賃と言い出した理由っ、それは!>
今コイツ呼び捨てにしようとしてなかったか?
後で言いつけてやろ。
「それは?」
<それは!!>
一拍溜めて――
<大家さんプレイをしたかったに違いありません! 『もうっ、ナナシさん? 今月のお家賃がまだですよ』『す、すいません大家さん……! あと二日! 二日だけ待って下さい!』『いーえ、だめです』『そ、そんなぁ……お、俺ここを追い出されたら行くところ無いんです! 速やかにホームレスなんですぅ!』『ふふふ、追い出しなんかしませんよ。ただ――何か別のもので支払ってもらいます』『ええ!? 一体何を――ってわあ! どうして僕のズボンを脱がしに!?』『フフフ……代わりの物は、若いエキスよ。三ヶ月分のお家賃を滞納してるから……ね、分かるでしょ?』『ゴ、ゴクリ……』――みたいなプレイですよ! わっ、エヴァさんったらやーらしい!>
「お前マイナス20ポイントな」
<どえぇぇーー!? ひ、酷いです!>
「ひどいのはお前の頭だよ……」
全く期待して損したよ……。
<ちなみにマスター、そのポイントって何のポイントですか?>
「俺の中の、その人に対する評価、ポイント。略してOSPだ」
<PSPを伏字にしているみたいですね!>
「マイナス5ポイント」
<ヤブヘビでしたぁっ!>
「あの……」
シルフの涙混じりの声を遮るように、茶々丸さんがおずおずと手を挙げた。
「何かな?」
「その……私のポイントは如何ほどでしょうか?」
「む、ちょっと待ってね」
茶々丸さんも気になるのか。
俺は門に腕を突っ込み手帳を取りだした。
<何ですかそれ?>
「これに書いてあるんだ。えっと、シルフ、マイナス30ポイント、と」
<増えてますっ>
無視して手帳に書き込む。
「四捨五入したんだよ――で茶々丸さんは……48ポイントだな」
「48ですか……多い方なのですか?」
「かなりね。あと2ポイントでイベントが起こるよ」
「イベント、ですか?」
「そうイベント。俺が料理作ってくれたり、俺が風呂覗かれたり、俺が起こしに来たり……」
その他色々盛りだくさん! ポロリもあるよ!
そして100ポイント溜まると、俺ルートに突入するのだ。
<何でマスターがヒロイン側なんですか?>
「それはまあ、そういうもんだし。上が決める事だしね」
<上ですか>
「そう上、超上。神様的な存在がな。ライターとも言う」
俺達はその存在に操られるだけの哀れなピエロなのさ……。
「――私、頑張ります」
<茶々丸が気合を入れた!? 何でですか!?>
何が茶々丸さんをやる気にさせたのか。
グッと小さくガッツポーズをとる茶々丸さんを見ていると、少し穏やかな気分になる。
っと、話がずれたな。
どうしてエヴァが家賃なんて言い出したのか、だったな。
「んで茶々丸さんの推測は?」
「はい、おそらくですが……何か繋ぎ止める物が欲しかったのでは」
「繋ぎ止める? 船?」
<何でこの流れでそうなるんですか……マスターをですよ>
……俺を?
「はい、あくまで私の推測ですが。……急に不安になったのではと」
「不安?」
「マスターは昔、親しい人を失っています。――ですから、ふとナナシさんがいなくなる事を考えてしまった――あくまで私の推測ですが。そしてナナシさんが自分の下から去らないように、家賃と言う名の鎖で繋ぎとめようとしたのかもしれません」
茶々丸さんは「……私の推測です、実際はどうか分かりせんが」と釘を差すように言った。
ああ……成る程な。
そういうことか。
あいつとの付き合いも結構長い。
付き合いが長い奴が急にいなくなると寂しくなるから。それは俺にも……凄くわかる。
ずっと一緒だった相手がいなくなった時の喪失感は……それこそ悪夢に魘されるくらい辛い。
エヴァもそういう経験をしてるのか……。
「こんなに誰かとずっといるのは久しぶりなので、だから、多分……」
急に不安になった、と。
なかなか可愛いとこあるな。
ポイントプラス30だな。
「何度も言いますが、あくまで私の推測なので……」
「分かってる。でも、急にいなくなったりはしないよ。消えるとしてもちゃんと話す」
「いつか……いなくなってしまうのですか?」
胸の前で拳を握り、不安そうにこちらを見る茶々丸さん。
<ぐっときたんじゃないですか?>
やかましい。めちゃくちゃぐっときたけども。
「今のところその予定は無い、これからも多分ね」
「そう、ですか……」
茶々丸さんは、握りしめていた拳を開き、その手を胸に当てた。
そしてジッと俺の目を見つめてくる。
「――よかった、です」
その時の茶々丸さんの顔を、俺は一生忘れることはないだろう。
ほんのわずかに頬を動かし形作られたその笑顔は――俺の心を揺さぶった。
廊下が暗くてよかったと思う。
明るかったら、今の俺の真っ赤な顔を見られてしまうから。
<あ、マスターってば顔あかーい。ケチャップをかけたトマトみたいですよー?>
「お前空気読めや」