長年勤めていた研究所を追放された。
無能で愚者のレッテルを貼られた。
既に俺の事は伝わっているらしく周りの人間から侮蔑の目で見られる。
……そんなのはどうでもいい。
どうでもいいんだ。
ただ、本当に悔しいのは、誰も信じてくれなかったこと。
誰一人も俺を信じてくれなかった。
それが自分の全てを否定されたようで、悲しくって仕方がなかった。
敷地の外で膝をつく俺に誰かが近づき、声をかける。
「私は信じます。マスター」
一人だけいた。
どんな時でも俺を信じ、側にいてくれた少女が。
顔をあげてその少女を見る。
少女の顔はいつも通り無表情だが、それが俺には何よりも嬉しかった。
「……ありがとう。シルフ」
俺は涙を堪えて言った。
この少女が側にいれば、俺は大丈夫。
まだ、大丈夫。
大丈夫だ。
これからもやっていける。
第四話 再びこたつへ――
<――はっ、何か今凄い夢を見ましたよ、マスター! 超シリアスな展開ですよこれ!>
「夢って……寝るなよ。――お前時計だろ!? 何で寝るんだよ!?」
<別にいいじゃないですか。時計だって休みたい時があるんですよ>
時計だって休みたい……か。
何だか深い台詞に聞こえるぞ。。
じゃなくて。
「それは毎日休まず働いている時計が言っていい台詞だ。よく考えたらお前、毎晩普通に寝てるだろ?」
<夜は寝る時間ですよ、マスター>
「お前が寝ると俺が困るんだ!」
<……困る? 夜に、私がいないと……。はっ!? すいませんでした! マスターも男の子なんですよね。わ、私
の身体で良かったら……そ、その……大丈夫ですよ?>
「何を想像しているか、知りたくもないが違うと言っておこう。お前が寝ると時計としての機能が停止するんだよ。朝の9時に約束してて、起きて時計見たら12時だった時の気持ちが、お前に分かるか!? 何とか言え!」
<何ってナニですけど?それに、マスターが言ってる事はおかしいです。10時に起きるとちゃんと10時になってますもん>
「それは、俺が起きてからお前の時間を合わせてるからだよ! 朝起きて、まずする事がお前の時間を合わせる俺ってなんだよ!?」
大体何でコイツは俺より起きるのが遅いんだ。
従者を名乗るのなら、普通は主を起こすものだろうに。
<はあ、私が寝ている間にそんな事を……どおりで朝起きると、体に違和感を感じると思いました……マスターが寝てる間に私を弄くりまわしていたんですね>
「誤解を招く言い方はやめろ。そもそも、お前に睡眠機能をつけた覚えは無いんだ。というか時計に睡眠機能をつける発想がまず無い」
それ言い出したら、時計に喋る機能つけるのもどうかと思うが、まあいい。
<女の子は常に進化する生き物なんですよ。その内、きっとマスターの子供が出来るようになりますっ>
「怖っ!」
コイツが言うと本当になりかねないから困る。
それにしても……夢か。
時計が見る夢、非常に気になる。
「どんな夢を見たんだ?」
<それがですね、若いマスターが出てきました。あと私と同じ名前のかわゆい子も出てきたんですよー>
「それは本当か!?」
俺はシルフの胸倉を掴んで叫んだ。
<は、はいっ、本当ですけど。どうしたんですかマスター、も、もしかして私と何か関係があるんですか? 同じ名前ですし>
「……いや、お前は気にしなくていい。――それにしても今になってメモリーコアとソウルドライブが同調したのか?」
<マスター!? 何か凄い重要っぽい台詞が丸聞こえですけど!? 何ですか、その凄そうな機関は!? 私に搭載
されちゃってるんですか!?>
「お前は気にしなくていい――だがこの調子でいけばセカンドのディザスターにマテリアライズするのは近いか?」
<マテリアライズ!? 私、マテリアライズしちゃうんですか!? 言葉に意味は分かりませんけど、凄いかっこいいです! 何かワクワクしてきたんですけど!>
「……シルフのマテリアライズが間に合わなければこの世界も……。クソっ、忌々しい、魔王ヴェネルブルガリアヨグルトめっ」
<それラスボスですか!? なんか乳酸菌たくさん含んでそう! そして凄く言いにくいです!>
やたらテンションが高いシルフ。
もちろん完全にネタであり、メモリーコアなんて機関は積んでないし、マテリアライズもしない。
シルフは基本的には喋るだけのただの時計だ。
もともと拾い物だった古い時計を改良しただけだしな。
<私にそんな魔王を倒す勇者的な使命があったとは――よーし! 私頑張っちゃいます! 打倒魔王ヴェネルブベッ、ブルベッ、ブルヴァッ――ああっ、言いにくい!>
シルフは来るべき自分の戦いに向けて萌えている。
未来永劫そんな機会は訪れないんだが、これを機にちょっとは真面目になってくれるとありがたい。
「あの……お手洗いには行かないんですか?」
そんなアホなやりとりをする俺たちを、不思議そうな目で見ている茶々丸さん。
今気づいたが、シルフって俺の首から下げてるから、胸倉掴むって要するに俺自身の胸倉を掴むってことなんだよな……。自分で自分の胸倉掴む人とか、かなり頭のおかしい人だ。
そりゃ、不思議そうな目で見るわ。
しかし、トイレか。
あの部屋を出る口実が欲しかっただけで、別にトイレに行きたかったわけでも無いんだが。
あのエヴァと一緒にいるのが照れくさかったからって、正直に話すのもなあ。
<もう、マスターはトイレに行く必要は無いんですよ、茶々丸>
一通りテンションを上げ終わったシルフ。
どうやら俺のフォローにまわるようだ。
私に任せてください!、という気持ちが伝わってくる。
お前ってヤツは……ここぞという時には頼りになる。
上手くフォローしてくれよ?
「必要ないとは?」
<はい、マスターは歩きながら膀胱内の尿を、分子レベルで体外に放出できる特技を持ってますから>
「俺に変な設定をつけんな! 茶々丸さんが軽くひいてるだろ! 自分のマスターがそんな特技を持ってるのはやだろ!?」
<私は構いませんが。それすらも受け入れる寛大な心がありますから。普通の人ならドン引きする特技を持ってる主人を受け入れるシルフちゃんマジホトケ!って褒めてもいいんですよ?>
期待した俺が馬鹿だった。もうシルフにフォローを期待するのは諦めよう。フォロー係はクビにして、星屑辺りを係りに任命しよう。
星屑は俺が空間の狭間に保管している『遺物』の一つで、喋る槍だ。
そういえば星屑、前に茶々丸さんが物干し竿がないって困ってるときに召喚して物干し竿代わりに使って……あれ? それからどうしたっけ? もしかしてそのまま……だったり? ……まさかな。
そのあと、茶々丸さんに頑張って弁解しつつト結局イレに行った。
いらん事を茶々丸さんに吹き込もうとするシルフを殴り、無駄に硬いシルフに手を怪我し、部屋に戻った。
そして今エヴァ、俺(withシルフ)、茶々丸さん、チャチャゼロでババ抜きをしている。
誰が最初に提案したのか覚えてないがそういう流れになった。
――10分前――
何となくババ抜きがしたくなったので、今日はババ抜き記念日だ。
というようなことを全く脈絡無く言ったので、全員が『!?』を頭に浮かべたように驚いてこっちを見た。
俺も対抗して『!?』って顔をした。
「何故提案をした貴様が驚いた顔をする!?」
当然のツッコミをエヴァがした。
俺が脈絡ないことを言い出すのは、この家での恒例行事のようなものなので、ツッコミを入れたエヴァはため息を吐きつつ了承してくれた。エヴァはこう見えてカードゲームやボードゲームといったゲームが好きなのだ。
エヴァが言う。
「しかし……ババ抜きをするのはいいが……たった3人でか?」
ちなみに「3人でか?」に小さいつを入れて「3人でかっ!?」になってエヴァが3人の巨人に対して驚いていることになるが……どうでもいいなこれ。
エヴァは3人でゲームをするのは不服なようだ。
俺と茶々丸さんとエヴァ。確かに3人だ。
<おーい私! 私を忘れてますよー! 時計だからゲームに入れてくれないとか、イジメですか? いいんですか?
私のバックには時計愛護団体がついてるんですよ? その気になればこんな小さい家なんて、団体が有する超巨大振り子時計の振り子でドーン!ですよ? その威力たるや工事の時に使うクレーンの先に鉄球が付いてるアレの3倍の威力! しかもアレですよ! 時間で威力変わりますからね! 長針と短針が重なった瞬間の一撃なんて12×12×3で……2000万パワーですよ!>
意味不明な脅しをしてくるシルフに対してエヴァが「こいつ超うるせえ」みたいな目で見てきた。
目の前にいるエヴァでうるさいと感じるのだ。首元という距離からその言葉を聞かされる俺はもっとうるさく感じる。
まあ最悪シルフも入れるとして4人か。
<私を合わせて4人ですか……。うーん、そうだ! マスター、今すぐ私と子供を作りましょうか。それで人数の問題は解決ですよ!>
「お前何言ってんの?」
「子供を作る。……確かにそれで人数の問題はクリアできますね」
「どうした茶々丸!?」
天然かボケたのか、いきなりの茶々丸さんの発言にエヴァが目を剥いた。
そういう俺も驚いた。
俺とエヴァの視線を受けた茶々丸さんは、顔を赤くして俯いてしまった。どうやらボケたらしい。
うーん可愛い。
「まあ、人数の問題は俺が解決しよう」
<じゃあマスター。ベッド行きます?>
「お前ほんと黙れ」
「……増やすと言ったがどうするんだ? 使い魔でも召喚でもする気か?」
問いかけてくるエヴァに俺はニヤリと笑みを浮かべつつ頷いた。
エヴァが小さく目を見開いた。
「――ほう、面白い。貴様使い魔の召喚もできたのか。見せてもらおうじゃないか」
<ククク……お手並み拝見といきます、か>
シルフのポジションが謎だ。
俺は目の前に門を作りだし、腕をつっこんだ。
ゴソゴソと漁る。
「召喚 、そういうことか……」
何やら期待はずれな声を出すエヴァ。
恐らくはこう『我が呼びかけに応えよ!(魔方陣がピカー!)』みたいな光景を想像していたのだろう。
サモンナイトでもやってろ。
目的の物が手の先に当たり、ソレを一気に引きずり出す!
「フィーーーッシュ!!!!」
魚を釣り上げる要領で、引き上げる。
引き上げられたソレは、ベチャリと音を立てて俺達が囲んでいるテーブルの上に落ちた。
「どれどれ貴様の使い魔とやらは――ほう、チャチャゼロに似ているな」
「まあチャチャゼロだからな」
「だろうな!? やっぱりそうだよな!?」
「ヨウ、御主人。久シ振リダナ」
カタカタと笑いながら、かつての主(あるじ)に挨拶をするチャチャゼロ。
対するエヴァは驚愕の表情でチャチャゼロを見つめ、俺を見て、チャチャゼロをもう一度見たあと、俺を見た。
胸倉を掴んでくるエヴァ。今日はよく胸倉を掴まれる日だな……。
「ナナシ! 何故貴様がチャチャゼロを!? そ、そういえば最近めっきり姿を見ないと思っていたが……」
「学校の帰りに拾ったんだ」
「嘘をつけ! 大体貴様、学校に行っとらんだろが! というか何故動いている!?」
学校か、なつかしいな。
ホントのところは、近所の散歩をしているときに猫に咥えられたチャチャゼロを発見して保護したのだ。
話を聞くに、もう長い間エヴァから魔力の供給をされていなくて動けなかったらしい。家で置物と化していたとき、進入してきた猫にゲットされてしまったとのこと。
流石に不憫に思った俺がチャチャゼロに、魔力を注いでやったのだ。
「オレガ頼ンダダヨ。動ケナクテクソ暇ダッタカラナ」
「……むぅ」
唸るエヴァ。
長い間の付き合いの従者を忘れていたことに、少しは罪悪感を感じているのだろう。
そして今のエヴァには魔力が無い。
「私からもお願いできませんか、マスター。チャチャゼロ姉さんが側に居れば、もしナナシさんに何かあった時も安心かと思われます。……本当は私が常に側にいたいのですが」
「いや、コイツ基本的に家を出んからそういう心配はいらんと思うが……はぁ」
ため息を吐くエヴァ。
「……勝手にしろ。どうせ今の私ではチャチャゼロに魔力を供給出来ないからな。だが、そいつは私のモノだ。今は
貸してやるだけだ。それだけは覚えておけ!」
「分カッテルヨ、御主人。取リャシネェッテ。」
「チャチャゼロに言ってるんじゃない!」
とにかくこれで5人揃ったぞ
「ソレニシテモ何デ、オレヲ呼ンダンダ? 御主人ニ自慢スル為カ?」
「俺、どんだけ嫌なやつなんだよ。ババ抜きをしようと思ってな。その人数確保のためだ」
「ババ抜キ? ジャア、御主人ハ抜キダナ、ケケケ……痛エ!」
チャチャゼロがエヴァに殴られた。
今なんで怒ったんだ……?
そして遂に始まる、命を賭けたババ抜きが!
<賭けてるのは、罰ゲームですけどね>
ちなみに罰ゲームは勝った者が負けた者に命令するというものだ。
普通にやっても面白くないということで、エヴァが提案してきた。
エヴァはよく勝負事に何かしらの賭けを要求してくる。こういうところ子供っぽいよな。まあ実際子供だけど。
「エヴァは勝ったら俺に何を命令するんだ?」
「ククっ、教えてほしいか? 後悔するぞ」
ニヤリといつもの笑みを浮かべるエヴァ。、
「全裸に首輪をつけ一緒に町内散歩をするる気か?」
「せんわ! それ私もヤバイだろがっ! そ、それにしても貴様、まずそんな罰ゲームが浮かぶとは……まさかそういう趣味でも持ってるのか?」
エヴァがちょっとヒキ気味に聞いてくる。
……俺?
あとさっきから茶々丸さんが、じっとこっちを見ているんだが……。
茶々丸さんの視線から、何を考えているかを読み取ってみる。
『ナナシさんにそんな趣味が……。わ、私で良ければ……そ、その……お付き合い、します』だと!?
いやいや茶々丸さんがそんなこと考えるわけないか。
しかしエヴァは何かを勘違いしているな。
「俺にはそんな趣味ないが――ちなみに首輪をつけるのはタカミチだぞ?」
「何故だ! おかしいだろうが!? 何故タカミチなんだ!?」
「……じゃあじいさんでいいよ」
「じゃあとはなんだ! じゃあって! 貴様に対する罰ゲームなのだから首輪をつけるのは貴様のはずだろう!?」
「いやぁ、俺にそんな趣味は無いし」
「じゃあ言うな!」
違うのか……。
エヴァの罰ゲームとは一体……。
「だったら……全裸で授業を受けるのか……エヴァが」
「だから何で自分じゃなくて他人に罰をなすりつける前提なんだ!? そして何故自分に罰ゲームを出さねばならんのだ! 私はMか!」
<エヴェさんMだったんですか?! これからはMさんって呼びますね!>
「呼ぶな! そしてさりげなく名前を間違えるな!」
これも違うのか。
あとエヴァが出しそうな罰ゲームは……
「全裸で1年を過ごすのしか無いぞ? これは本当に辛い。お前にその覚悟があるのか、エヴァ?」
「無いわ! しかもまた私か!? 大体なんだ、全裸全裸って! そんなに全裸が好きか!? 全裸マニアか!? 全裸教か!?」
「あまり、全裸全裸って連呼するなよ。ご近所の評判が悪くなるだろ? あと全裸教って何だ?……どうやったら入れるんだ、教えてくれ>」
「知るか! 貴様が言わせてるんだろうが!?」
全裸を連呼するエヴァ。
それはさながら、もうすぐ始まるゲームの狂気に満ちた内容を示唆しているようで、俺は体をブルリと震わせたのだった。
俺たちは知らない。このゲームに待ち受けているのが、どれほど恐ろしい結末かを……。
<意味深なモノローグきましたコレ!>