「いいか、心太郎。神社の価値っていうのはな、綺麗な巫女さんがいるかどうかで決まるんだ」
ある日の下校途中のことだった。友人の松島が、真剣な口調で、果てしなくくだらない事を語りだした。
「この論理に当てはめると、巫女さんのいないお前んちのボロ神社は、まったくのダメダメだということになる」
「ああ、そうかい」
俺は冷たく、松島の戯言を切り捨てた。
この松島という男は、クラスの女子がバナナを食べているのを見ただけで、興奮して鼻息を荒くしてしまうような変態さんだ。
そんなヤツの言う事を、いちいち真面目に聞いてやる必要なんてどこにも無い。
はっきり言って、時間の無駄だ。
「何だ、その気の無い返事は」
自分の熱弁をあっさりいなされた事にムッとしたのか、松島の奴は俺をギロリと睨み付けた。
「キサマッ! 神社の倅のクセに、巫女さんの素晴らしさが分からんのか!!」
あからさまに顔を顰める俺を他所に、松島の阿呆は熱弁を振るった。
「あの清楚極まる白衣と緋袴! 境内や社務所で、訪れる参拝客に向けるたおやかな笑顔!」
感極まったように叫びながら、身をくねらせるその様は、異様の一言に尽きた。
これが商店街の只中だったら、とっとと放置して逃げ出していた事だろう。
「巫女さんこそ、まさに神職の鏡だッ!!」
「……神社の倅として言っとくけど、巫女は神職じゃないぞ」
俺の親切な忠告を、しかし松島は、全く聞いていなかった。
「考えてもみろ。全国の有名な神社はどこでも、沢山の巫女さんがいるだろう」
「それは単に、規模がでかいからだろう」
「ちがああああうッ!! 逆だ!! 巫女さんがいるから、神社としての規模や権威が大きくなったのだッ!!」
松島は両手を握り締めて叫ぶと、鼻息も荒く俺に詰め寄ってきた。
男に迫られても、嬉しくも何とも無い。
っていうか、うざい。きもい。
「心太郎ッ! 自分んちの神社の将来を憂うるなら、今すぐ巫女さんを導入するんだ!!」
「……お前、何日か前までは「メイドさんサイコー!!」とか言ってなかったか?」
「俺は、過去には囚われん男なのだよ」
「偉そうに。どうせまた、エロゲーにでも影響されたんだろう」
自他共に認める美少女ゲーム(もちろん18禁)マニアの松島は、自分のやったエロゲーに感化される性癖があった。
メイドの前は「触手萌え!!」などとほざいていた事を、俺ははっきりと覚えている。
「し、失敬なッ!! 俺は純粋に、巫女さんの素晴らしさをだな……」
「……もういいよ。お前の含蓄深い話は、有難く参考にさせてもらうさ。じゃあな」
ちょうど参道の入り口に着いたところだったので、俺はそう言って松島に背を向けた。
社号の刻まれた鳥居をくぐり、参道の石段を登り始める。
この参道を登りきったところに、うちの家系が代々神主をやっている神社がある。
「い、いいかっ! よく聞け、心太郎ッ!!」
俺の背に松島の声が掛かった。
「お前んちのボロ神社を生き返らせる最終手段は、巫女さんだ!! なんとしても、早急な巫女さんの配備を……げふうぅっ!?」
台詞の途中で松島は、もんどりうって倒れた。
俺が石段の欠片を、ヤツの顔めがけて力一杯投擲したからだ。
「うるせえよ。ボロ神社で悪かったな」
潰れたトマトみたいになって痙攣する松島に吐き捨て、俺は再び参道を登り始めた。
松島にボロ神社呼ばわりされて、思わずぶちキレてしまったが、実際そう言われて仕方が無い事も事実ではある。
参道の石段なんて、あちこちに亀裂が走り、場所によってはヒビ割れているところがあるくらいだし。
修繕費用が無いので、仕方なく放置状態にしてあるんだけど、危ない事この上ない。
こんなんじゃ、いくら町の氏神社だとはいえ、参拝客なんて訪れやしない。
境内と社殿だけは、うちのお袋が毎日掃除をしていることもあって、こじんまりとしていながらも、それなりに神社としての体裁を保っているのがせめてもの救いだ。
「巫女さんねえ……」
松島に「巫女さん、巫女さん」と連呼されたからってわけじゃないが、俺は記憶の片隅に追いやられていた、一人の少女の事を思い出した。
「今頃、あの子も巫女の修行をしてるのかな……」
「あの子」とは、二歳年上の幼馴染なんだの事だ。いや、幼馴染という言い方はあまり適当では無いかもしれない。
何しろ、彼女と過ごしたのは、10年前の夏のひと時だけなのだから。
その子は、ボロ神社の倅である俺とは違い、とある地方の一ノ宮として名高い、由緒のある神社の娘だだ。
そこの神社の神主さんと俺の親父は親友同士で、10年ほど前、親父に連れられて夏休みの一ヶ月間ほど、その神社に滞在したことがあった。
神主さんには三人の娘がいて、一番歳の近かったのが、その子――|葉常(はづね)ちゃんだった。
色白で髪が長くお淑やかな二人の姉と違い、髪は短く日に焼けて色黒の彼女は、一見すると男の子にしか見えなかった。
「いいか、心太郎。あたしのことは「葉常おねえちゃん」と呼ぶんだ。いいな?」
双方の親が席を外し二人きりになった途端、葉常ちゃんは俺に向かってそう宣言した。
それはもう、やたらと得意げに。
「なんで?」
俺がそう訊いたのは、純粋な疑問からだったんだけど、その途端、力一杯頭を殴られた。
「馬鹿か、お前!! あたしはお前より二つも年上なんだぞ!! あたり前だろう!!」
鼻息も荒くそう怒鳴りつけると、突然の事に痛みも忘れ呆然とする俺の手を強引に引っ張り、「遊びに行くぞ!」と外に連れ出した。
その日から神社に滞在していた一ヶ月の間、俺は葉常ちゃんに朝から晩まで、野山を引きずり回された。
主導権の全ては彼女が握っており、俺は彼女のやる事に逆らわず(逆らえず、だな)金魚のフンみたいに、ちょこちょこと後ろをついて廻っていた。
短気で気が強い葉常ちゃんは、口も手も早く、当時の俺は、毎日のように泣かされていた。
殴られては泣き、蹴られては泣き、おやつを取らては泣き、田圃に突き落とされては泣き……
よくもトラウマにならなかったものだと思うくらい、景気よく泣かされまくっていた。
その様は、今思うと清々しいほどだった。
そんな俺たちを見て親たちは、どちらが男の子か分からないなんて言いながら、暢気に笑っていたっけ。
「想像できないなぁ……」
俺は、苦笑しながら独りごちた。
そんなお転婆な子だったので、大人しく巫女の修行をしている姿はどうにも想像が出来ないのだ。
案外、家業を継ぐのが嫌で親と喧嘩して、家出とかしているかもしれない。
そのくらいの行動力があっても、おかしくない子だったから。
昔の思い出に浸りながら参道を登っていくと、そろそろ境内が見えてきた。
境内の方からは、ザッザッという音が聞こえる。たぶん、お袋が竹箒で掃き掃除でもしているんだろう。
「ただいま~」
掃除をしているだろうお袋に帰宅を告げながら、俺は境内を斜めに横切り、普段の生活をしている住居の方に向かおうとした。
「お帰りなさいませ」
「……?」
お袋とは明らかに違う、鈴の音のような軽やかな声に、俺は思わず立ち止まり、声の方に顔を向けた。
そこに立っていたのはお袋ではなかった。
俺の知らない女性――それも、思わず呼吸を忘れ、見入ってしまう程の美少女だ。
豊かな黒髪と、ちょっと垂れ目気味の美しい顔立ちは、正に大和撫子と呼ぶに相応しい。
背はあまり高くないけど、かもし出す落ち着いた雰囲気から、歳は俺よりも上のように見える。
身に着けている清廉な巫女装束が、あまりにも似合いすぎていた。
「………」
ポカンと間抜けに口を開け、立ち尽くす俺。
松島が言っていたように、うちの神社に巫女はいない。
松島があんな話をしたせいで、幻覚でも見ているんじゃないかと、一瞬だけど本気で思ってしまった程だ。
「お久しぶりです、心太郎さん。お元気でしたか?」
美人の巫女さんは、呆然と立ち尽くす俺の前まで歩み寄ると、たおやかな笑みを浮かべた。
巫女さんの綺麗な瞳には、俺自身の間抜け面が映っている。
「え、え~っと。どこかで、お会いしましたっけ……?」
自身なさげに頬を掻くと、巫女さんは一瞬呆気に取られたように目を瞬き、それから口元に手を当てて、クスクスと悪戯っぽく微笑んだ。
「ひょっとして、私が誰だか分からないんですか?」
ちょっと拗ねたように、上目遣いで問いかける巫女さん。
やばい……メチャクチャツボに入ってる。
「え、えーっと……」
俺は言葉を濁しつつ、必死でこの世に生を受けてからの17年間を、必死に思い返してみた。
……いかん。マジで思い出せん。
こんな綺麗な女性に、一度でも会った事があれば、例え道ですれ違った程度だとしても、絶対に忘れたりなんかしないんだが。
この歳で健忘症か、俺。
「……呆れた。本当に分からないんですか?」
「う、うん……ごめん……」
「……意外と薄情なんですね」
「うっ……」
「冗談です。ちょっと意地悪でしたね」
巫女さんは、おどけるようにチロッと舌を出して見せた。
さっきから思っていたことだけど、大人びた美人系の顔立ちなのに、ちょっとした仕草が妙に可愛らしい。
「それじゃあ、改めて自己紹介しますね」
巫女さんは姿勢を正し、深々とお辞儀をした。
「本日より、こちらの神社で巫女の修行をさせて頂く事になった、日奈田葉常と申します。宜しくお願い致します」
日奈田 葉常って……
「えええええっ!!」
境内に、俺の素っ頓狂な声が響き渡った。
幼馴染の巫女さんとハァハァしたいぜ! とか馬鹿な欲望全開で書いたやつです。
実は連載物のつもりでしたが、面倒くさくなってプロットで頓挫しました。