「……きろ……グナ」
「……きろ……するぞ……」
「起きないか、マグナ!」
「どわああっ!?」
突然加えられた衝撃で、マグナはベッドから転げ落ちた。
「ててて……。なんだよ、いったい……?」
寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こすと、そこには見知った兄弟子の姿があった。
腕を組み、床にへたり込むマグナを冷然と見下ろしている。
「いつまで寝ているつもりだ?」
眼鏡をかけた色白で長身の青年――ネスティは低いが良く通る声で言った。
「だ、だからって、いきなり蹴り入れる?」
強かに打ちつけた頭をさすりながら、マグナは兄弟子に抗議した。
「こうでもしなければ、君は永久に目を覚まさないだろう?」
マグナの非難に微動だにせず、ネスティ平然と言い返した。
「……ったく。こんな朝っぱらから何か用か?」
「……これだ」
ネスティは、やれやれとばかりに、盛大な溜息を吐いた。
「今日は、君が正規の召喚師になる為の試験の日だろう!」
何の事か解らず、ぼんやりしていたマグナだったが、やがて思い出したようにポンと手を打った。
「ああ! そう言えばそうだったな。完っ全に忘却してたぜ」
平然と言ってのけるマグナに、ネスティは深刻な頭痛を覚えた。
「まったく、君と言う奴は……いいか? そもそも君はだな……」
「わかった、わかった……支度したらすぐ行くよ」
マグナは説教が始まりそうな雰囲気を察し、慌てて言った。
「5分で済ませるんだ。いいな」
ネスティはむっつりとしたまま言うと、部屋の外に消えた。
「ったく、冗談の通じない奴だぜ……」
マグナは苦笑しながら兄弟子の背中を見送った。
(……何年になるかな、ここに来てから。いや『連行』されてから……)
身支度を整えつつ、何気なく昔を思い返してみた。自分が召喚術を学ぶ事になった、10年程前の出来事を。
きっかけは、些細な事だった。
とある町の道端で見つけた、赤く輝く綺麗な石。
それを手にした途端、その石は強烈な光を放ち、それがおさまった頃、辺りの町並みは瓦礫の山と化していた。
それが『召喚術の暴走』と呼ばれるものだと知ったのは、薄暗い牢屋の中でだった。
召喚術――
この世界・リィンバウムに、異界から様々な生き物を呼び寄せ、従属させる魔法の術。
マグナには、それを行使する資質があったのだ。
(そして俺は、この蒼の派閥に連れてこられたんだ……)
蒼の派閥。それが、この組織の名称だった。
政治機構と結びつく事を良しとせず、召喚術の学術的研究のみを目的とする召喚師たちの組織。
マグナの能力の暴走を危険視した派閥の上層部の意向で、マグナはこの蒼の派閥で、正規の召喚術を「学ばされる」ことになった。
(……選択の余地も無く……な)
「遅い! 5分と言っただろう!」
支度を済ませ、自室のドアを開けたマグナに、開口一番、ネスティが言った。
「うるせえなあ……ほんの少し遅れただけじゃないか」
不機嫌そうなネスティに、マグナは不満そうに唇を尖らせた。
同じ師について学ぶ二歳年上の兄弟子は、どんな些細な事でも見逃してはくれない。
「君はただでさえ、派閥の中では白い目で見られているんだ」
宿舎の廊下を足早に歩きながら、ネスティは言った。
「こういう細々とした事をきちんと守らないと、ますます君に対する風当たりは増すばかりだぞ?」
「解ってるさ。それもこれも、俺が『成り上がり』だからだろう?」
「そういう事を言っているんじゃない! 基本的な常識面での問題だ」
「ふん……嫌いな奴に媚を売るのが常識なら、俺は非常識で構わないね」
「マグナ!」
「冗談だよ。そう怒鳴るな。フリップの奴はともかく、ラウル師範に迷惑をかけるわけには行かないからな」
ネスティはぎょっとして、あたりを見まわした。なにしろ、派閥の重鎮の一人であるフリップを、事もあろうに呼び捨てにし、挙句、『奴』呼ばわりしたのだ。間違いなく、懲罰ものの行為だ。
幸いな事に、周囲には二人の他には人影はなく、ネスティは胸を撫で下ろした。
「まったく。師範に迷惑を掛けたくないと思っているのなら、少しは言動に気をつけてくれ」
マグナは、派閥にとって、実に扱いにくい存在だった。
授業や講義にまともに顔を出した例が無く、いつも知らぬ間に抜け出しては、街をほっつき歩いていたり、公園で昼寝をしたりしていた。
しかし、抜き打ちの試験などがあると、必ず上位に名前が載っていた。
召喚師見習としての素行は最悪、派閥に対する忠誠心も皆無。
しかし、毎回不定期に実施されるテストでは、周囲の名門召喚師の家系出身の見習達など、歯牙にもかけないほどの優秀な成績を残す。
口性ない者の中には、マグナが何らかの不正行為を働いているのでは、と唱える者もいた。
だが、この種のテストは、ペーパーテストだけではなく、実際の召喚術を用いた、実技テストも含まれるので、不正行為を行う事など不可能だ。
マグナが人知れず、血の滲むような努力をしている事を知るのは、兄弟子であるネスティと、二人の共通の師であるラウルだけだった。
やがて二人は、ある建物の前までやって来た。
その建物は、今回マグナの昇任試験が実施される、試験会場だった。
「じゃあな。僕はここまでだ。しっかりな」
「ま、せいぜい頑張ってくるさ」
マグナは、ヒラヒラと手を振りながら、建物の中に姿を消した。
マグナが、ひんやりと薄暗いその室内には、二人の初老の男性がいた。
二人とも、マグナのよく知る人物だ。
「召喚師見習マグナ、参りました」
「遅かったな、マグナ」
温厚そうな男性が穏やかに言った。マグナとネスティの師、ラウルだった。
「……すいません、師範」
マグナは、ばつが悪そうに頭を下げた。
「ははは、お前のことだ。大方、寝坊してネスティに起こされたのだろう?」
「いやあ、バレバレですね……まいったな」
マグナは、誤魔化すように頭を掻いた。
「ふん……大方、怖くなって逃げ出したのかと思ったぞ」
そのやり取りを見ていた小太りの男が、不快げに鼻を鳴らした。ラウルと同期の召喚師のフリップだ。
派閥の重鎮の一人で、位階はラウルよりも上なのだが、権威主義者のため、人望はオブラートのように薄い。
「逃げる?」
マグナはフィリップに向き直り、不敵に口の端を吊り上げた。
「何故、合格するとわかりきっているのに、逃げる必要があるんですか?」
不遜とも思えるマグナの台詞に、フリップは眦を吊り上げた。
「ふん! 大した余裕ではないか」
「もちろんですとも。余裕の無い人生など、つまらないだけですからね」
マグナは、茶目っ気たっぷりに切り返す。
「オツムに持つのはちと問題ですが、心には大いに持つべきです」
人を食ったその言動に、派閥の重鎮に対する畏敬の念など、微塵も感じられなかった。
「ほう……だが、そう言っていられるのも今のうちだぞ?」
フリップは、怒りで顔を赤黒くしながらも、何とか平静を装っていた。しかし、それも次のマグナの台詞で、呆気なく限界に達した。
「それは楽しみです。ま、せいぜい、楽しませてください」
「貴様っ……図に乗るなよ! 何処の馬の骨とも知れん、成り上がりの分際で!」
「フリップ殿」
激昂し、怒鳴りかけたフリップを、ラウルがやんわりと制した。
「今の発言は、試験官として、いささか不適切ですぞ」
「ぬ……っ」
ラウルの指摘に、フリップは押し黙った。
「マグナ。お前も口が過ぎるぞ!」
「はい。申し訳ありません。ラウル師範」
マグナは、フリップの時とはうって変わった恭しさで謝罪した。
そのあからさまな変貌ぶりに、フリップが再び何かを言いかけたが、「それではこれより、見習い召喚師マグナの昇格試験を行う」というラウルの言葉に機を逸し、小さく舌打ちするのみに留まった。
「では、マグナよ。目の前にある四つのサモナイト石のうち、最も自分の得意とする分野のものを選択せよ」
「はい」
厳かに告げるラウルの声に、マグナは神妙な面持ちで返事をした。
試験内容は、予め聞かされていた。
まず第一に、自分の護衛となる護衛獣を召喚する事と、第二にその護衛獣と共に、試験官の召喚した召喚獣との戦闘に勝利する事だ。
(いよいよだな……)
ごくりと生唾を飲み込んだ。
マグナは緊張していたが、それは試験に対する不安からではない。
護衛獣の召喚もその後の戦闘も、彼にとっては、取るに足ら無い物だった。
先程、フリップに向かって嘯いたように、素行に問題はあるが成績優秀なマグナにとって、この程度の試験など児戯に過ぎない。
だが、召喚する護衛獣は、いわば自分のパートナーである。単純に召喚すればよいというわけではない。
この世界、リィンバウムを取り囲むように、4つの異界が存在している。
召喚術は、その4つの異界に道を作り、異界の住人を呼び出す魔法の事だ。
召喚術にはその異界ごとに4つの体系があった。
黒の召喚石は、機械や廃墟のみが存在する『機界ロレイラル』。
赤の召喚石は、妖怪や鬼神、龍神といったものが存在する世界『鬼妖界シルターン』。
紫の召喚石は、天使や悪魔など霊的なものが存在する『霊界サプレス』。
そして、緑の召喚石は、幻獣と半人半獣の亜人が存在する『幻獣界メイトルパ』。
マグナの得意とする召喚術は、その中でもシルターンの召喚術だ。
目の前にある色とりどりのサモナイト石の中から、赤いサモナイト石を手に取る。
「美人の姉ちゃん……美人の姉ちゃん……性能はどうでもいいから、美人の姉ちゃんを要求する!」
マグナの緊張している理由はこれであった。サモナイト石を握り締め、小声でぶつぶつと呟く。
幸いな事に、試験官席に居るラウルやフリップの耳には、マグナの戯言は届いていなかった。
(よし……やるか)
マグナは鬼属性のサモナイト石を掲げ、召喚術の詠唱に入った。
「はじまりますぞ」
ラウルとフィリップは、身を乗り出すようにして、部屋の中央に立つマグナを注視した。
「古き英知の術と我が呼び声によって、今ここに召喚の門を開かん……」
マグナの掲げる赤いサモナイト石に魔力が収束して行く。
「新たなる誓約の下、マグナが命じる! 来れ、異界の者よ!!」
試験会場の中心部に、凄まじい光の塊が出現した。
まばゆいばかりの閃光が収まり、マグナは恐る恐る目を開けた。
そこに立っていたのは、マグナよりも2,3歳程年上に見える美少女だった。少女は、キモノと呼ばれる、シルターン独特の衣服を纏っていた。
(やった! 美人の姉ちゃん! さすが俺様! 天才!)
「ほう……! シルターンの妖怪か。狐の変化のようだな。凄まじい魔力を持っている」
マグナの内心を知る由も無いラウルが、感嘆の声を上げた。
「へ? 妖怪……? 狐?」
マグナは、まじまじ少女を注視する。
透き通るような肌と、腰まで伸びた艶やかな黒髪、切れ長の目は、多少キツめな感じがしないでもないが、そんな些細な事など、どうでも良いくらいの美少女だ。
自分の状況が、いまいち飲み込めていないのか、不思議そうに辺りを見回している。
「師範、彼女は狐なんですか?」
「うむ。完全に人化している事から見ても、かなりの力を持った妖怪だ。素晴らしいぞ、マグナ」
ラウルにそう言われても、マグナにはイマイチぴんと来なかった。
(う~ん……良く解らんが、師範が褒めてくれてるからいいや。それに、美人だし)
どこまでも、お気楽なマグナだった。
少女は、しばらく部屋中を見回していたが、やがて、正面にいるマグナを見据えた。
「小僧。お前が召喚主か?」
「へ……? そ、そうだけど」
突然、小僧呼ばわりされたマグナは、目を白黒させた。
「そうか……私を呼び出すとは、なかなかの力の持ち主と見受けた」
そう言って、少女は微笑んだ。
「いや、まあ。俺は天才だし」
少女の賛辞に、マグナはしゃあしゃあと言ってのけた。
「俺、マグナ。君は?」
「私か。私の名はハサハ。見ての通り、狐の妖(あやかし)だ」
見てのとおりといわれても、マグナの目には人間にしか見えなかった。強力な魔力のようなものは感じるが。
「とにかく、宜しくな」
「ああ」
二人が簡単に自己紹介を済ませた時、甲高い金属音が響いた。
「おわっ! な、何だ!?」
マグナは慌てて、辺りを見まわした。
二人のいる試験会場を取り囲むように、鉄格子が降ろされていた。
「では、これより実技試験を開始する」
それまで無言だったフリップが、厳かに告げた。
「マグナよ。自ら召喚した下僕と共に、見事敵を打ち倒してみよ!」
フリップの言葉が終わると同時に、石畳の隙間から、ゲル状の物体が湧き出してきた。
幻獣界に属する、召喚獣ダークジェルだった。
その数は、ざっと見ても軽く10を越えていた。
「ま、まじっすか……」
若干及び腰になったマグナは、呆然と試験官席を見上げた。
その目に映ったのは、ラウルがフリップに詰め寄っているところだった。
やはり、想定外の事だったらしい。少なくとも、ラウルにとっては。
「一体どういう事だ、フリップ! マグナを殺す気か!?」
位階が上であるフィリップに対して、掴みかからんばかりの勢いだ。しかしフリップは、ラウルの抗議などそ知らぬ様子で聞き流している。
(くそっ……フリップの野郎……!)
マグナは、杖を取り出しながら歯軋りした。たった二人でこんな大群を相手にするのは不可能だ。
(あのクソ豚野郎……どうあっても俺が邪魔らしいな……)
「アレを始末すれば良いのだな」
マグナの隣に、すっとハサハが並んだ。
「そうだけど……って、おい!!」
ハサハは無造作にダークジェルの群れの中に歩を進めた。
その隙だらけな様子を、ダークジェルどもが見逃すはずも無く、瞬く間にハサハに襲い掛かった。
「ふん……」
ハサハは鼻で笑い、ハエでも払うかのように、軽く手を振った。
突然巻き起こった鎌鼬が、ハサハに飛びかかったダークジュェルたちを瞬く間に切り裂いた。
切り裂かれたダークジェルの残骸は、吐瀉物のように石畳にぶちまけられ、染み込むようにして消えていった。
「す、すげえ……」
あまりに圧倒的すぎる力の差に、マグナは呆然と呟いた。
しかし、マグナものんびりとしてはいられなかった。
「そっちは、まかせた」
ハサハは振り向かずに言った。
「え……?」
何時の間にか、マグナの目の前に3体ほどのダークジェルが迫っていた。
マグナを与し易しと見たのか、3体は一斉に襲いかかってきた。
「と、とりあえず! 『ロックマテリアル!!』」
マグナが杖を突き出すと同時に、最も近い場所にいたダークジェルの上に、一抱えもあるような岩石が姿を現し、ダークジェルを押しつぶした。
その隙を突くようにして、2体目のダークジェルが、マグナに飛びかかった。
「おわあああ!」
マグナは、絶叫しながら寸前で躱すと、手に持った杖で殴りつけた。
ぎっという耳障りな悲鳴を上げ、ダークジェルは墜落した。
「もういっちょ、『ロックマテリアル!』」
床に落ちたダークジェルに、マグナは再び召喚術を放った。
なんとも形容しがたい悲鳴を残し、2体目ダークジュエルは消えていった。
瞬く間に仲間2体が倒され、最後に残った1体が、マグナに飛びかかるのを躊躇した。
「ラスト!」
その隙を逃がさず三度放たれた、マグナのロックマテリアルの直撃を食らい、3体目のダークジェルが消滅した。
ちょうどその頃、ハサハも全てのダークジェルを片付けた所だった。
「ふん……運動にもならんわ」
「ふー……やれやれだぜ。俺はインテリだから、肉体労働は苦手なんだよなー」
息も絶え絶えなマグナとは対照的に、ハサハは呼吸一つ乱していなかった。
「見事だ。マグナ!」
イレギュラーがあったものの、とにかくマグナたちは、戦闘に勝利したのだ。ラウルは心の底からの賛辞を、マグナに送った。
(ば、馬鹿な……)
一方、心中穏やかでないのはフリップだった。
マグナを落第させ、ラウルの面に泥を塗ってやる計画だったのだが、マグナの召喚した護衛獣の奮闘により、あっさりと勝負はついてしまった。
(何者なのだ……あの護衛獣は!)
フリップは歯軋りしながら、ハサハを睨みつける。その時、ハサハが不意にフリップの顔を見上げた。
「!」
ハサハの視線を真っ向から受け、フリップは思わず、ぎくりと身を竦ませた。
ハサハはそんなフリップの様子に、嘲るように口の端を吊り上げる。
「なあ、マグナ」
ハサハはフリップを見上げながら言った。
「あのブタは敵ではないのか? あれは倒さずとも良いのか?」
「ああ、アレね。とりあえず、今はまだ。将来の殺戮リストのトップにいる事は間違い無いけどね」
「そうか。それは楽しみだ」
そんな物騒極まりない会話をしながら、互いに微笑みを交し合った。
「どうですかな、フリップ殿。『思わぬ不測の事態』が発生したようだが、マグナは無事に切り抜けた。試験としては十分なのでは?」
揶揄するようなラウルの言葉に、フリップは押し黙った。そして。
「召喚師見習いマグナ……本検定を持って、汝を蒼の派閥、正規の召喚師と認める」
フリップは、苦虫を噛み潰したような表情で、マグナを見下ろしていたが、やがてはっきりとそう言った。
「有難うございます。フリップ様……」
マグナはにやりと笑い、慇懃無礼を絵に描いたような馬鹿丁寧さで、フリップに頭を下げた。
ここだけサモンナイト2の二次創作です。
サイトに投稿していた時は、主人公の名前を変更していたのですが、こちらに上げなおすに際してデフォルトのマグナに戻しています。
にしても、マグナの性格にしろ言動にしろ、中二病臭満載であります。
この頃、U-1とかSHINJIとかが持て囃されてたからなぁ。
ちなみに、ハサハですが、原作ゲームでは幼女です。
ゲーム中一度だけ、主人公のピンチを救うため、美女になりますが、直ぐに幼女に戻ってしまいます。
これもプロットだけで挫折しました。