今日だけの特別な日を妹過ごせることをかけがえなく思う鷹志は自分で選んだプレゼントを小鳩に手渡すのだった。
Episode:Takashi
羽田鷹志 編
Chapter:Takashi Haneda
Wing of Hawk
Collection Of Short Stories
12月24日(日)
クリスマスイブ──
──世間ではカップルが一緒に過ごしたり、ケーキを食べたりパーティーをすることが多いという認識だろう。
でも、実際のクリスマスというのは神様が生まれた日で外国ではとても神聖な日。向こうでは教会でお祈りする人がほとんどだと思う。
ちなみにクリスマスイブというのはその神様生誕祭の前夜に当たる。
たとえ前日だとしても様々な過ごし方をする人ばかりが目立つ。
だけど僕にとってクリスマスイブは世界で一番特別な日なんだ。
それが神様の誕生日だから? そうじゃない。
今日は妹小鳩の誕生日だからだ。そしていつもがんばってくれている小さなプリンセスがこの世界に生まれて来てくれた事を何よりも感謝したい。
大切な妹の誕生日に今まで兄らしいことをしてあげたことはないけれど、これからはそういうこともしっかりやっていこうと思う。
【鷹志】
「寒いなあ」
12月の冷え込みは本格的で休みの日だというのに早起きをせざるを得ない状況を作り出していた。
けれど僕は目が覚めてもすぐに起き上がることはできなかった。
だけど、今日は遅くまで寝ているというわけにはいかない。
ノロノロと体を起こし部屋のカーテンを開けると──
──雪だ! 道理で寒いわけだ。
外一面は白銀の世界。クリスマスイブに雪が降るのは悪いことじゃないとは思うけどね。
少しだけ窓を開けて空気の入れ替えをした僕は着替えて部屋を出た。
【鷹志】
「もう起きてるかな?」
小鳩の部屋の前で足を止めてみた。
ノックをしてみたけど返事がない。どうやらもう起きているみたいだ。
いつも早起きで頑張り屋さんな妹には頭が下がる。
【鷹志】
「おはよう! 小鳩」
【小鳩】
「おはようお兄ちゃん」
僕はすぐに洗顔を済ませて炬燵に入ってくつろぐ。
【鷹志】
「今日は楽しみにしておいてよ」
【小鳩】
「うん!」
いつもよりもおかずが多い今日の羽田家の食卓。
成田くんと統合してからの僕は朝はちゃんとご飯も食べるようになった。
【鷹志】
「手伝うよ」
まだ他の料理を作っている小鳩の分の食器とコップを運ぶ。
【小鳩】
「もう少ししたらできるから待ってて」
【鷹志】
「わかったよ。なにかやることがあれば声をかけてね」
僕は炬燵に入ってテレビをつけた。
朝のニュースもクリスマス一色で、きれいなイルミネーションが映る。
正直この時期は嫌いじゃない。誰もが浮かれるのもわかる気がする。
僕には今年のクリスマスを迎えることはできないと思っていた。
クリスマス前に自分が消えてしまうことだって考えていた。
だけど渡来さんがそんな僕を救ってくれた。
あの日、僕がグレタガルドを卒業した日──
──二人並んで登校した通学路。金色に包まれた世界と白い空を見上げていつまでもこの日常が続いていけばいいと願った。
その後は色々な事があった。
まずは千歳くんや成田くんがお世話になった人たちに僕たちの事を知ってもらおうと思ったんだ。
受け入れてもらえるか不安な部分もあったけれど、渡来さんが一緒に来てくれた事で僕は少しだけ自信を持つことができた。
洋食レストランアレキサンダーでは最初、『鷲介はイメチェンしたのか?』と言われたけれど、事情を説明すると驚かれながらもみんな理解してくれた。
そしてそこで初めて僕は千歳くんの知り合いに会うことができた。
望月さんや日野さんには渡来さんとの関係を突っ込まれたりもされた。
僕は千歳くんほど社交的ではなかったけどあそこでの彼はきっとみんなに好かれていたんだなと感じた。
それからは放課後渡来さんと何度も訪れるお気に入りのお店になった。
祥玄社を訪ねた時は千歳くんがお世話になった米田編集に挨拶をして、仕事をしばらく休みたい伝えた。
米田さんは軽部店長から事情を聞いていたようで、僕の顔を見て千歳くんとはまったくの別人だと言うと、きちんと治療してまた仕事ができるようになったら声をかけてほしいと言ってくれた。
彼の文章を気に入っていたみたいだけど、僕の文章も見てみたいと。
新しい出会いに僕はこの世界には心のやさしいひとがたくさんいるんだと改めて思った。
次に向かったのは夜の柳木原―僕は夜に行動することが無かったからとても不思議な感覚を覚える。
僕の会ったことがない<弟> 成田隼人。夜の街を好む彼の人となりを知ることもできた。
パルクレープの春日さんは姉御肌と言葉が似合う大人の女性。そして、地に足がついていないいないところが僕に似ている鳳鳴さん。
成田くんみたいにかっこよくは振舞えないけれど僕なりの言葉で伝えることができた。
たくさんの人たちと知り合えたことがとてもうれしく思う。
12月の寒空の下、羽田家ではいつもとは違う朝食を迎えていた。
【鷹志】
「鍵はかけた?」
【小鳩】
「うん、大丈夫」
【鷹志】
「それじゃあ行こうか」
門を潜って外に出る。今日は特別に寒い気がするけどそんなことを感じられないほど妹と出かけることができる嬉しさに僕の心は浮ついていた。
電車に揺られながら今日の予定を振り返った。
まずは買い物、柳木原新しくオープンしたお店で小鳩に欲しいものを買ってあげよう。
実は今日までの数日間アレキサンダーでアルバイトさせてもらっていた。初めて働くのに僕は仕事の内容をしっかりと覚えていた。これも千歳くんだった時の記憶が残っているんだろう。
日野さんや軽部店長が接客業に慣れていない僕に親切に教えてくれた。
後から聞いた話なんだけど、僕が働きだしてからアレキサンダーに女性客が増えたみたいだ。
でも、僕よりもかっこいい千歳くんが働いていたのだからその時はもっと店が賑わいでいたに違いない。
【鷹志】
「お金のことは心配しないでいいからね」
【小鳩】
「うん」
【鷹志】
「おれは近くにいるからほしいものが決まったら呼んで」
僕が一緒にいるより落ち着いて一人で選んだほうがきっと自分のほしいものも見つかる気がする。
小鳩と別れて店の中をぶらぶらと歩く。メンズファッションを紹介するコーナーに立ち寄って服や靴を見て回った。
【小鳩】
「お待たせ」
【鷹志】
「欲しいものは決まった?」
【小鳩】
「うん」
【鷹志】
「それじゃあ行こうか」
小鳩と一緒にさっき別れたコーナーの前まで戻る。
【小鳩】
「これにしようかな」
そういうと彼女はとても控えめで可愛いと思えるアクセサリーを手に取る。
【鷹志】
「本当にこれでいい? 遠慮することないよ」
【小鳩】
「うん、これでいい」
【鷹志】
「そう、じゃあお金払おうか」
【小鳩】
「今はこれでいいの。後でタカシお兄ちゃんからプレゼントがもらえるし」
【鷹志】
「おれのプレゼント楽しみにしてくれてるんだね。ありがとう」
妹の期待を裏切らないようなプレゼントを用意しないとなあ。
──実はプレゼントはもう買ってあって僕のほうが渡すのを楽しみにしているのはまだ内緒にしておこう。
【鷹志】
「お昼ご飯はどうしようか。小鳩何か食べたいものはある?」
【小鳩】
「うーん」
【鷹志】
「おれ、おいしいお店を知ってるんだけど良かったらどう?」
【小鳩】
「うん!」
僕は小鳩を連れて最近渡来さんと行ったレストランへ向かった。
【鷹志】
「実は前もって予約をしておいたんだ」
お店の前で店員さんに予約の事を伝えると数分待たされた後に席へと案内される。
【小鳩】
「わあ! すごいお店だね」
【鷹志】
「料理もすごく美味しいよ。前に一回渡来さんと来たことがあるんだけどね」
【小鳩】
「そうなんだ」
【小鳩】
「どれも美味しそうー」
メニューを広げて目をキラキラと輝かせる妹を見て僕はすごく優しい気持ちになれた。
今まで暮らしてきて小鳩のこういう表情を見ることがほとんどなかったからだ。
以前の僕と小鳩の間にはあまり会話はなく。兄弟とは思えない短いやりとりだけを交わすような関係。
彼女にとっての“ホントのお兄ちゃん”はヨージくんただ一人なんだ。
けれど僕は妹に本当のお兄ちゃんと思ってもらえるように頑張ろうと決めた日からたった一人の妹を大切に思うように変わっていった。
小鳩も僕のことをお兄ちゃんと呼んでくれている。
僕の前でも普段通りに振舞えている。前までの僕たちの関係から考えるとすごく前に進んだんじゃないかと思えた。
店を出るまで小鳩とたくさん話をした。学校でのこと、クラスメートの吉川さんのこと。
小鳩に内緒で吉川さんに教えてもらったんだけど彼女の名前はヨシカワさんではなくて、キッカワと読むらしい。
けれど吉川さんはそんなことは気にしないで妹と仲良くしてくれている。それと今度羽田家で一緒にゲームをやる約束もした。
吉川さんの中では僕はゲームが上手な兄で通っているみたいだ。
確かにゲームは得意だけど周りには僕よりももっとすごい人がいるんじゃないかな?
そう、それだ。
【鷹志】
「小鳩、少しは楽しんでくれてる? 無理はしてない」
【小鳩】
「ううん、無理なんてしてないよ。ありがと、タカシお兄ちゃん」
【鷹志】
「それならよかった」
僕たちはきれいなイルミネーションが目に留まり足を止めた。
【鷹志】
「きれいだね」
【小鳩】
「そうだね」
【鷹志】
「僕は今までお兄ちゃんらしいことは何もしてあげれなかったけどこれからは小鳩に心配されないような兄になるよ」
彼女の頭を優しく撫でてそう伝える。僕たち兄弟は終電になるまでクリスマスのイルミネーションをいつまでも眺めていた。
【鷹志】
「ただいま」
門を潜って家の中に入る。僕に連れてただいまと言って小鳩も家に上がる。
【小鳩】
「おかえりなさい」
【鷹志】
「小鳩もおかえり」
そんな様子に二人でくすくすと笑いあいながら僕は誕生日プレゼント取りに行くため自分の部屋に向かった。
【鷹志】
「喜んでくれるだろうか?」
少しだけ不安になってきた。渡来さんみたいにセンスがあるひとならきっと素敵なプレゼントを準備することができるのだろうけど……
【鷹志】
「よしっ!」
僕は自分の頬をぺしぺしと二回叩き気合を入れた。部屋を出て小鳩の部屋をノックする。
【鷹志】
「おれだよ。今いいかな?」
【小鳩】
「どうぞ」
部屋に入るまでに一度深呼吸をしてからにしよう。
【鷹志】
「入るよ」
妹はポップな音楽を聴きながらくつろいでいる。
【鷹志】
「小鳩、誕生日おめでとう! これはおれからのプレゼントだよ」
【小鳩】
「ありがとう! 開けてもいい?」
【鷹志】
「うん」
僕は照れ臭くなって頬を掻く。
【小鳩】
「タカシお兄ちゃん、これ……」
僕が大切な妹のために用意したプレゼントはきれいな色をしたリボンだ。
【鷹志】
「おれには小鳩に似合いそうなものを考えたら真っ先にリボンが思いついたよ」
妹は僕からもらったリボンをずっと眺めてからいつもの小鳩とは思えない顔で泣き出した。
【鷹志】
「小鳩? なにか悲しいことあったの」
【小鳩】
「ううん、そうじゃないの」
【小鳩】
「お兄ちゃんと私の誕生日をお祝いした時のことを思い出しちゃって」
【鷹志】
「ヨージくんと……」
【小鳩】
「私、今までお兄ちゃんがいなくなってからは自分の誕生日でも素直に喜べなかった……」
【小鳩】
「タカシお兄ちゃんにあんなに酷いこと言ったりしたのに」
【鷹志】
「それは小鳩のせいじゃないよ」
【小鳩】
「でもね、今日のお誕生日はすごく楽しかった! タカシお兄ちゃんいっぱいお話ができて嬉しかった」
【小鳩】
「私にとって本当のお兄ちゃんは一人だけど、お兄ちゃんと同じくらいタカシお兄ちゃんのことが好きだと思えたの」
【小鳩】
「だからね、タカシお兄ちゃんに今までの分言えなかったこといっぱい伝えなきゃって」
【小鳩】
「私のことをこんなに想ってくれてありがとう」
【鷹志】
「小鳩」
僕は泣きじゃくる妹を優しく抱き留めた。
今までわがままも言えず僕たちの為に頑張ってくれた小さなプリンセスに感謝する。
しばらく僕の胸の中で泣きやむまで待った後おやすみのあいさつを済ませて部屋に戻った。
【鷹志】
「もう朝……」
今日はクリスマス。昨日小鳩から今までの気持ちを受け取った僕はこれからも大好きな妹のためにいい兄を目指そうと改めてそう思った。
【鷹志】
「おはよう」
いつもと変わらないあいさつをしてからテレビをつけた。
今朝もほとんどのチャンネルがクリスマスをお祝いするニュース番組だかりだ。
僕は昨日よりもたくさんの料理が並ぶ羽田家の朝餉にワクワクとして気分が高まる。
【小鳩】
「タカシお兄ちゃんおはよう! メリークリスマス」
僕に気づいて振り返る妹はかわいらしいエプロンととびきりの笑顔そして特別なリボンを着けて神様の誕生日を伝えてくれた。