Winter Trivial  Story   作:南雲悠介

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 いつものように学校に登校する電車の中で鷹志は美咲との会話を楽しみ卒業後に入院する診療所を訪れた。
 明日香が羽田家に泊まりに来ることにすごくワクワクした気持ちになる。
 家族に明日香のことを紹介する鷹志、大切な人たちと過ごす時間を大事にしていきたいと思う。


穏やかな朝

 Episode:Takashi

 

 羽田鷹志 編

 

 Chapter:Takashi Haneda

 

 Wing of Hawk

 

 

 

 朝の満員電車の中は息苦しい。

 

 三年間毎日この電車に乗っているから少しは慣れたけどそれでもやっぱり息苦しく感じる。

 

 僕は携帯で音楽情報サイトのページを開く。

 

 渡来さんの好きなアーティストが新しい曲のCDを出すみたいだ。

 

 彼女と付き合うようになって彼女の好きなアーティストのことを調べたり曲を聴いたりしてる。

 

 好きな人の好きなものは特別な感じがするんだ。

 

 卒業したら病院に入院することが決まっているからそれまでは学生生活を楽しむのも悪くない気がする。

 

 一日でも早く病気を治して渡来さんとずっと一緒に過ごしたい。

 

 そして、今まで僕の病気の為に苦労をかけてきた妹の小鳩にありがとうを言いたい。

 

 今日の空も晴れていて清々しい。

 

 どこにいてもこの空はどこまでも繋がっているんだ。

 

 ありふれた日常かもしれないけれど、それが僕にとって一番大切なんだ。

 

【美咲】

「あのっ……おはようございます」

 

【鷹志】

「ん? ああ。おはよう」

 

 いつも同じ電車に乗り合わせる女の子。彼女の名前は林田さん。

 

 そういえば林田さんとこうやって挨拶を交わすようになったのはいつ頃からだっただろう? 

 

 名前が林田さんだって言うのは最近知った、今まで勘違いで鴨志田さんなんて呼んでたっけ。

 

【鷹志】

「林田さんはいつもおれに挨拶してくれるよね」

 

【美咲】

「えっ? そ、そうですね……」

 

【鷹志】

「つい最近まで名前をちゃんと覚えてなくてごめんね」

 

【美咲】

「いえいえ、気にしないでください!」

 

【鷹志】

「林田さんは確か二年生だよね? もし今度学校で会ったら一度ちゃんと話してみたいなあ」

 

【美咲】

「いいんですか? 私も一度先輩とお話してみたいと思ってたんです!」

 

【鷹志】

「もし、学園内でおれを見かけたら声をかけてくれてもいいからね」

 

【美咲】

「はい! そうさせてもらいますね」

 

 林田さんとの会話を楽しみ降りる駅に着いた。渡来さんとの待ち合わせ先まで距離があるから林田さんと一緒に通学路を歩く。

 

 そういえば、渡来さん以外の人と朝の通学路を歩くことは初めてだ。こういうのもたまには悪くない気もする。

 

【美咲】

「先輩もこの道なんですねー」

 

【鷹志】

「そうだよ。いつもは一人で通学することが多いんだけどね」

 

【美咲】

「渡来先輩とはご一緒ではないのですか?」

 

【鷹志】

「一緒だよ。もう少しところで待ち合わせしてるんだ」

 

【美咲】

「そ、そうなんですね」

 

【鷹志】

「それより林田さんは学校は楽しい?」

 

【美咲】

「楽しいです! いつも友達と一緒に過ごしてますよ」

 

【鷹志】

「そうなんだ。うん。友達はいいよね」

 

【美咲】

「私は親友がいます。その子といつも一緒にいることが多いですねー」

 

【鷹志】

「おれにも大切な友達がいるんだ──」

 

 ──僕は森里君の顔を思い浮かべる。

 

 いつも笑っている彼の姿がすぐに浮かんできた。

 

 ついこの間まで入院していたけれど今は退院して元気にしているみたいだ。

 

 自分の夢を叶える為に頑張るって言ってた。皆それぞれの目標に向かって努力してる。

 

 ……僕はどうなんだろうか? 

 

 やりたいことはまだ見つかっていない……卒業したら病気を治す事しか考えていなかった。

 

 先のことは今は分からない。だからこそ、この病気を早く治して自分のやりたいことをみつけようと思う。

 

【美咲】

「あの……先輩。どうかしたんですか?」

 

【鷹志】

「えっ? ああ、何でもないよ。ちょっと考え事をね」

 

【鷹志】

「林田さんの親友ならきっと素敵な人なんだろうね」

 

【美咲】

「私にはとっても大事な親友なんです」

 

【鷹志】

「そうなんだ。林田さんも友達は大切にね」

 

【美咲】

「はい!」

 

【鷹志】

「それじゃあ、おれはここで待ち合わせしてるから」

 

【美咲】

「そ、そうなんですねー私は少し早いですけどもう学校に行きますね。それでは羽田先輩もお気を付けて」

 

【鷹志】

「うん。今日はありがとう林田さん」

 

 僕は林田さんを見送って空を見上げた。

 

 白い空は青に染まっていて太陽が優しい日差しを向けていた。

 

 うん。今日も世界は平和みたいだ。

 

【鷹志】

「おはよう。渡来さん」

 

【明日香】

「んー」

 

 渡来さんは僕に体を近づけて臭いを嗅いでるみたいだ。

 

【鷹志】

「どうしたの変なにおいするの?」

 

【明日香】

「女の子の臭いがする」

 

【鷹志】

「えっ……?」

 

【明日香】

「誰か女の子と会った?」

 

 すごく綺麗な笑顔をして迫ってくる渡来さんの迫力に圧倒されて僕は後ろに下がった。

 

【明日香】

「どうして逃げるの羽田君」

 

【鷹志】

「逃げてなんかないよ……」

 

【明日香】

「じゃあ、何で後ろに下がるのかな?」

 

【鷹志】

「う、それは……」

 

 僕は笑顔の渡来さんに腕を掴まれて観念した。

 

【鷹志】

「電車の中で知り合いの女の子に会っただけだよ」

 

【明日香】

「電車って事は降りるまで一緒だったの?」

 

【鷹志】

「そうだよ。降りた後も少しだけ話をしたよ」

 

【鷹志】

「林田さんって言う子なんだ。うちの学校の二年生で最近話すようになったんだ」

 

【明日香】

「ふーん」

 

【鷹志】

「どうしたの? 渡来さん」

 

【明日香】

「別にー何か羽田君楽しそうだなって」

 

【鷹志】

「そんなことないと思うけど」

 

【鷹志】

「ゴメン。渡来さんに嫌な思いさせちゃったかな」

 

【明日香】

「……」

 

 空気が読めないのは僕の悪いところでもある。

 

 それが原因で渡来に嫌な思いをさせてしまったようだ……

 

 気をつけておかないと。

 

【明日香】

「いい、ちゃんと謝ってくれたから。でも、次は気をつけてね」

 

【鷹志】

「う、うん」

 

 僕の彼女は優しい人だ。この優しさにいつまでも甘えてちゃいけない。ちゃんと成長していかないと。

 

【明日香】

「今度羽田君がご馳走してくれたら許してあげる」

 

【鷹志】

「ええ!? どうしてそうなるの」

 

【明日香】

「それくらいしてもらわないとあたしの怒りは治まらないのだよ」

 

【鷹志】

「──さっき許してくれるって言ったじゃんか」

 

 財布の中を確認する。ご馳走ってどれくらいのものだろうか? 

 

 お金が足りるといいんだけど……

 

 いざとなればアレキサンダーでアルバイトさせてもらおう。

 

 店長の軽部さんは時間がある時で良いって言ってくれてるから一応好きな時間に働くことができる。

 

 渡来さんと一緒に学校に行く。通学路で何人かのクラスメートと挨拶を交わして一緒に歩く。

 

 まだまだ寒い時期だけど、今日の風は心地が良い。

 

 そして大好きな人と過ごせる平和な時間がとても嬉しいんだ。

 

 渡来さんは友達と用事があるみたいで先に行ってしまった。

 

【女子A】

「おはよー委員長!」

 

【鷹志】

「おはよう」 

 

 クラスメートに挨拶をされたので僕も挨拶を返す。

 

 同じクラスの子みたいだけど名前は知らないからクラスメートAとでもしておこう。

 

【女子A】

「あれ? 今日はひとりなんだー」

 

【鷹志】

「うん。渡来さんは用事があるって言って先に行っちゃたよ」

 

【女子A】

「そうなんだー実は最近、委員長って女子に人気あるんだよ」

 

【鷹志】

「まさかあ」

 

【女子A】

「あるある! 別のクラスの友達もイイって言ってたよ」

 

【女子A】

「あたしが知ってるだけでも結構いるよ」

 

【鷹志】

「そうなんだ。おれには人気なんてないと思うけど」

 

【女子A】

「きゃはは! 何謙遜してんの委員長。人気はあるってば」

 

【女子】

「じゃあ、あたし先に行くね。遅刻しそうだし」

 

 そう言うと彼女は階段を急いで駆け上がった。僕も急ごう、遅刻なんてしたら委員長として情けないからね。

 

 教室に入る途中で渡来さんと合流した。そういえば渡来さんの用事って何だろうか? 

 

 教室の中は何人かの生徒しかいなかった。無理もない、三年生は自宅学習の期間に入っているのだから人数が少ないのは仕方ないことなんだ。

 

 クラスメートに挨拶して席に着く。

 

【鷹志】

「二時間目は自習か、何の勉強をしよう?」

 

【京】

「羽田君」

 

【鷹志】

「山科さんどうしたの?」

 

【京】

「うん。ほら、今自習でしょ? だから一緒に勉強どうかなって思って」

 

【鷹志】

「おれは別に構わないよ。ちょっと待って、渡来さんも誘ってみるから」

 

 僕は自分の席を立って渡来さんの席に向かう。クラスメートの視線も気になるけど、渡来さんを誘わないわけにはいかない。

 

【鷹志】

「渡来さん一緒に勉強どうかな?」

 

【明日香】

「んーどうしようかな」

 

【鷹志】

「山科さんに誘われたんだけど、僕は渡来さんと一緒に勉強したいと思ってるんだ」

 

【明日香】

「じゃあ、一緒にやる」

 

【鷹志】

「うん。ありがとう」

 

 僕は席に渡来さんと一緒に席に戻る。机では山科さんが教科書を広げている。

 

【京】

「羽田君。この問題分かるかな?」

 

【鷹志】

「ああこれね。これはこの参考書の通りにやっていけば解ける問題だよ」

 

【明日香】

「……羽田君。進学しないのに勉強はちゃんとしてるんだね」

 

【鷹志】

「えっ? うん、一応はね。卒業するまでは学生なんだからしっかりやっておこうかなって思ってるんだ」

 

【京】

「羽田君は意外と成績いいよね」

 

【鷹志】

「そうでもないよ。おれだってちゃんと勉強をしてる人には敵わないし」

 

【明日香】

「私は羽田君と一緒に大学に行けないのが残念だなー」

 

 渡来さんは推薦でもう大学への入学は決まっているから勉強にはあまり真剣じゃないみたいだ。

 

 僕も最初は受験をしようと考えていたけれど、卒業したら病気の治療をする為に柳木原を離れる。だから進学の道は諦めるしかなかった。

 

【鷹志】

「うーん。そればっかりはどうすることもできないよ」

 

【京】

「そういえば羽田君は進学しないんだっけ」

 

【鷹志】

「うん。ちょっと理由があって大学には行かないんだ」

 

【京】

「入院するんだよね?」

 

【鷹志】

「うん。そうだよ」

 

 ごく一部の人には事情を話してある。

 

 山科さんや針生さん。アレキサンダーの皆、春日さんや米田さん。千歳くんや成田くんがお世話になった人たちには伝えてある。

 

 針生さんは成田くんや伊丹くんにも会った事があるみたいで僕よりもその二人の兄弟について詳しかった。

 

 ふたり共、僕の病気の事を話しても前と変わらずに接してくれている。

 

 針生さんとは前以上に仲良くなれた気がする。二人で映画やお店を回ったりしてロックな日々を楽しんでいる。

 

 山科さんとは色々あったけれど、前よりも親しくなれた気がする。

 

【明日香】

「まあ、私は推薦決まってるから楽なんだけどねー」

 

【鷹志】

「そうだね、だけど学校にいる時は勉強しないと」

 

【京】

「割と話してる人も多いけど」

 

 山科さんに言われて教室を見渡してみると勉強している人もいれば友達と話している人もいる。

 

 うちのクラスは進学クラスだから進学する人は必死に勉強している。

 

 僕も受験はやめたから本当だったらそんなに勉強しなくてもいいんだけど、委員長が話してたら皆に悪いからちゃんと勉強しておこう。

 

 僕は病気に関する勉強をやろうと思ってノートを開いた。

 

【明日香】

「羽田君。何の勉強してるの?」

 

 渡来さんがノートを覗き込んでくる。

 

 僕は本屋で買った本のマークした部分をノートに書き写す。

 

【鷹志】

「病気の事を勉強しようかなって思ってるんだ。ほら、もうすぐ入院しないといけないでしょ?」

 

【明日香】

「ふーん」

 

 病気の勉強は前から少しずつだけどやっている、入院しても続けていこうと思う。

 

 渡来さんの進学する大学は結構有名な大学でうちのクラスからは進学する人はいないけれど、女子には人気がある大学みたいだ。

 

【明日香】

「でも、羽田君と一緒に勉強するのもいいものだね」

 

【鷹志】

「そうだね。おれも楽しいよ」

 

 病気の事が書かれた本を開いてノートに書き写す、渡来さんは大学の紹介が書かれたパンフレットを見ている。

 

【明日香】

「この大学を選んで正解だと思う。私が勉強したい科目もあるし」

 

【京】

「そこの大学って結構有名だよね……」

 

【明日香】

「山科もうちを志望すればよかったのに」

 

【京】

「そうだね。でも、私が受験するところはそんなにお金とかもかからないからいいんだ。あまり負担にもならないし」

 

 家族に少しでも負担をかけたくないという彼女の優しさがあるんだろうなあ。

 

 叔父さんたちや小鳩に頼りっぱなしの僕には耳が痛い話だ。

 

 山科さんは今は体調がいいみたいで残りの学校生活を楽しみたいって言ってる。

 

【明日香】

「羽田君。その本ちょっと貸して」

 

【鷹志】

「え……これを?」

 

 渡来さんに本を渡す。

 

【明日香】

「うーん。難しい……羽田君よくこんなの読めるね」

 

【鷹志】

「そうでもないよ。おれも最初は難しかったけど、ネットとか使って調べたりしてるからそこまで難しく感じなくなったよ」

 

【明日香】

「勉強熱心だね」

 

 渡来さんは本を閉じて教科書を捲る。

 

【明日香】

「うーん。勉強って言ってもね~教科書の内容はもう終わっちゃってるし。やることがないんだよね」

 

【明日香】

「私も羽田君みたいに何か勉強する為に本を持って来れば良かったかなあ」

 

【京】

「私もやることないんだよね」

 

【明日香】

「あ、そうだ、ねえ山科は今日は暇?」

 

【京】

「ん……特に用事はないかな」

 

【明日香】

「じゃあさ、付き合ってほしい場所があるんだけど」

 

【京】

「分かった。それじゃあ放課後に校門の前でいい?」

 

【明日香】

「了解。羽田君は先に帰ってていいから」

 

【鷹志】

「え……? うん、分かった」

 

 渡来さんは山科さんと何か用事があるみたいだ。僕も今日は用事があって行かないといけない場所がある。

 

【鷹志】

「おれも今日は用事があるから渡来さんと一緒に帰れないって言おうと思ってたんだ」

 

【明日香】

「そうなんだ。大事な用なの?」

 

【鷹志】

「そうだね、ごめんね。渡来さん」

 

【明日香】

「別にいいって。いつも羽田君には私の用事に付き合ってもらってばっかりだもん」

 

【明日香】

「私も今日は山科とちょっと用事があるし。羽田君も自分の用事を優先していいよ」

 

【鷹志】

「うん。そうさせてもらうよ」 

 

 話しているうちに授業の終を告げるチャイムが鳴った。渡来さんは自分に席に戻る。

 

【鷹志】

「起立! 礼」

 

 号令が終わると教室の中はいつものように騒がしくなった。

 

 僕は病気の勉強の為に本を取り出す。

 

 さっきの時間はあまり勉強できなかったから、休み時間くらいは真面目に勉強しよう。

 

 自分にそう言い聞かせて書きかけのノートを開く。

 

【蔵人】

「羽田。ちょっといいか」

 

【鷹志】

「何ですか? 針生さん」

 

【蔵人】

「お前、今日の放課後って何か予定はあるか?」

 

【鷹志】

「予定ですか? 一応ありますけど……」

 

【蔵人】

「そうか。ちょっとお前に付き合ってほしいところがあったんだけどなァ」

 

【鷹志】

「おれにですか?」

 

 針生さんが付き合ってほしい場所ってどこなんだろうか? 付き合うべきなんだろうけど、今日は用事があるから断らないといけない。

 

【蔵人】

「用があるんならいい。また別の日に頼む」

 

【鷹志】

「すみません」

 

【鷹志】

「ふう……」

 

 

 三年生は今日は午前中までの授業で僕は午後から予定を入れているから早めに家に帰ろうと思っていた。

 

 帰る支度を終わらせる。そうだ、今日は渡来さんは山科さんと用事があったんだっけ。

 

 僕も自分の用事を思い出して教室から出る。

 

 帰りの電車の中で本を読む。

 

 玉泉さんが書いた新作の『いつだってプリズム』だ、ネットでも評判もよくて内容もすごく面白い。

 

 今度玉泉さんに会った時には感想を言っておこう。

 

 ただ、人が多い電車の中で読むのは至難の業で揺れとかに気をつけないといけない。席に座りたいけど、どの席も人が座っていて座れる場所はなかった。

 

 前は電車で少しだけ眠りに付くことがあったけど千歳くんへのスクランブルはそれがきっかけだった。

 

 夕方からは彼の時間でアレキサンダーで食事をしたり色んなところで働いていたりした。

 

 成田くんとの<取り決め>で時間帯を分けてそれぞれが担当することになっていた。

 

 深夜遅く仕事が終わった成田くんは疲れた体で家に帰ってきて僕に交代する。

 

 体が鍛えられていたことや傷ついていたことをグレタガルドに行っていたことで正当化していたから千歳くんや成田くんの苦労を感じることがなかった。

 

 今僕がこうしていられているのも二人のおかげなんだ。

 

 夕暮れの車内で晴れた空を見ながら僕は大切な事を思い出していた。

 

 今日僕が行く予定の場所は卒業したら入院する事になっている病院だ。

 

 柳木原からかなりの距離があるから叔父さん達に車で連れて行ってもらう。

 

 診療所を見学して夜に柳木原に帰ってくる予定になっている。

 

 明日は休みだから多少は帰りが遅くなってもいいと思う。

 

 渡来さんにはまだ伝えていないから後でメールで伝えておこう。

 

【鷹志】

「ただいま」

 

【叔母さん】

「あら、タカシ君。おかえりなさい」

 

【叔父さん】

「おかえり。タカシ君」

 

 叔父さん達はいつもと変わらない笑顔で僕を迎えてくれた。

 

【鷹志】

「叔父さん、叔母さん。ただいま」

 

 僕は叔父さんと叔母さんにただいまを言う。

 

 こういう家族のありふれた会話もすごく大事だと思う、今までではそんな会話すらもままならない日常を送っていたから。

 

 囁かだけれど、何気ない日常。その大切さを感じていこう。

 

【鷹志】

「おれは部屋で着替えてきます」

 

 部屋に入って私服に着替えてから必要な物をバックに入れて下に降りる。

 

【叔母さん】

「鷹志君準備はできた?」

 

【鷹志】

「はい」

 

【叔父さん】

「じゃあ、行こうか」

 

 叔父さんたちと車に乗って病院に向かう

 

 そうだ。渡来さんに連絡しておこう。

 

 僕はカバンの中からケータイを出す。渡来さんにメールしておこう。

 

『件名:これから病院に行ってきます』

 

『午後に今度入院する病院を見学に行ってきます』

 

 メールを送ると数分も経たないうちに一言だけ「いってらっしゃい」と返事が来たすごく彼女らしいなと感じた。

 

【叔父さん】

「今日は学校はどうだった?」

 

【鷹志】

「そうですね。いつもと変わりませんでしたよ」

 

【叔母さん】

「お昼ごはんはどこかのお店で食べましょう」

 

 叔父さんの車に乗って外の景色を見る。

 

 柳木原の風景がどんどん遠ざかって行く。

 

 見慣れた町並みから知らない町や建物を見ると遠くに来たんだなって実感できる。

 

【叔父さん】

「着いたよ鷹志君」

 

【叔母さん】

「私たちは病院の先生に挨拶をしてくるから」

 

【鷹志】

「おれも行きます」

 

 僕は叔父さん達と病院に入る。

 

 白い天井とまだできてそんなに年が経っていないだろう新しめの建物が何だかいい感じだ。この診療所は叔父さん達が僕の病気のために調べておいてくれた場所だ。

 

 病気を治療したいと叔父さんたちに話したら真っ先にここを教えてくれた。

 

 後で知ったことだけれど叔父夫婦は僕の病気の治療の為に普段から協力をしてくれていたみたいだ。

 

 本当に叔父さんたちには頭が下がる。治療費も出してくれると言ってくれたけど、それは断った。

 

 千歳くんと成田くんが治療の為にお金を貯めておいてくれたこともあって叔父さん達に負担をかけたくないと言うのが本音だ。 

 

【医者】

「こんにちは羽田さん。今日は遠いところから来ていただいてありがとうございます」

 

 病院の先生は僕たちに深々と頭を下げる。

 

【医者】

「君が羽田鷹志君かな? よろしく」

 

【鷹志】

「はい。よろしくお願いします」

 

【医者】

「それでは中を案内しますね」

 

 お医者さんと一緒に診療所の中を見て回る。すごく綺麗な病室と施設ばかりだ。

 

 卒業したらここで治療することになるのか。お医者さんの説明を聞きながらそんなことを考える。

 

【医者】

「これで説明は一通り案内は終わりましたが、何か聞きたいことはありますか?」

 

【鷹志】

「ありません」

 

【医者】

「本当に大丈夫かな? 答えられる範囲でなら質問にはきちんと答えるよ」

 

【鷹志】

「じゃあ、一つだけ。どれくらいの期間入院しないといけないのでしょうか?」

 

【医者】

「そうだね、それは君の病気の進み具合を見ないと判断できないね」

 

【医者】

「長い期間と時間を掛けて治していかないといけない病気でもあるからね」

 

【鷹志】

「そうですね」

 

【医者】

「気負うことはないよ。ここは治療にはもってこいの場所だから。それだけは安心してもらっていいよ」

 

【叔父さん】

「それじゃあ、鷹志君。そろそろ帰ろうか」

 

【叔母さん】

「先生も今日は本当にありがとうございました」

 

【医者】

「いえいえ、何かあればまた相談して頂ければ」

 

【鷹志】

「お世話になりました」

 

 僕は先生に頭を下げて車に乗る。とてもいい場所だったなあ。あそこなら治療に専念できそうだ、昼時の空を見てそんなことを思う。

 

 茜色に染まった柳木原の空を見上げて家路に着く。

 

【鷹志】

「ただいま」

 

【小鳩】

「おかえりなさい」

 

【鷹志】

「ただいま。今日は早いんだね小鳩」

 

【小鳩】

「タカシお兄ちゃんが帰って来るから、私も早めに帰って来ちゃった」

 

【鷹志】

「そうなんだ。だけど、気を遣う必要はなかったよ。叔父さんたちも一緒なんだから、小鳩も友達と寄り道でもしてゆっくり帰ってくればよかったのに」

 

【小鳩】

「うーん。でも、友達は今日は用事があるからって言ってたから」

 

【鷹志】

「なるほど。用事があるのに無理に誘っちゃ悪いもんね」

 

【小鳩】

「今度家に遊びに来てもいいかな? って言ってたよ」

 

【鷹志】

「遠慮なんかしないでいつでも連れてくればいいと思うよ」

 

【小鳩】

「うん」

 

 小鳩との会話を終えて部屋に戻る。

 

 明日は土曜日、後で針生さんに連絡して明日の待ち合わせの場所とかを聞いておこう。

 

 携帯を開いて新着のメールを確認する。

 

 病院では電源を切っておかないといけならメールの確認は出来なかった。

 

 もしかしたら渡来さんからメールが来ているかもしれない。

 

 ケータイを開いて見たけどメールは来てないみたいだ。僕は針生さんに明日の用事の電話をする。

 

【鷹志】

「はい、待ち合わせ場所と時間は分かりました。それでは、失礼します」

 

 明日は針生さんと一緒にゲームショップに行く約束をしている。

 

 僕は今月発売されたゲーム誌を広げる、今月もたくさんのゲームの紹介記事が載っている。

 

【鷹志】

「この子可愛いなあ」

 

 気に入っているイラストレーターの人が原画を書いているゲームの紹介ページに目が行く。

 

 ページに紹介されているゲームのワンシーンの部分で照れているヒロインがすごく可愛いと思った。

 

 限定版には声優さんのオリジナルドラマディスクが付くみたいだ。

 

 ──どうしよう? 限定版がほしいけれど、他にも買いたいソフトがいくつかあるんだけどなあ。

 

 明日、店で見てから決めよう。僕はゲームの女の子がたくさん載っている本を本棚から引っ張りだす。

 

 前の本は渡来さんに没収されたけど、もう一冊持っていた。

 

 今度は没収されないように本棚に新しく作った隠しスペースにしまっている。

 

 本を読んでいるとゆったり時間が流れる。

 

 小鳩に夕飯ができあがったことを教えてもらい僕は本を机の上に出したまま下に降りた。

 

【鷹志】

「ふう」

 

 まだ渇ききっていない髪をタオルでがしがしかき乱して椅子に座る。

 

 夜は長い。パソコンを立ち上げて話題のニュースを見る。

 

 それからいつも顔を出している掲示板には僕が立てたスレに何人かのレスをがついていた。

 

 一人一人のレスに目を通して返信をしていく。

 

 人気のアニメの掲示板を覗いてみる。

 

 スレには新しくきた人が前からいる人とアニメの話題について話している。

 

 自分の好きなキャラクターについて熱く語る文字を見る。

 

 僕も自分の好きなキャラクターの話をして盛り上げた。

 

【鷹志】

「今日はこの辺にしておこう」

 

 時計を見ると11時を過ぎていた。

 

 明日も早い今日はこの辺で寝よう。

 

 明日は針生さんと約束がある。待ち合わせに遅れるのはよくない。

 

 パソコンの電源を落として布団に入る。明日の事を考えながら目を閉じると自然と眠りにつくことができた。

 

【鷹志】

「おはようございます針生さん」

 

【蔵人】

「ああ」

 

 針生さんと一緒に柳木原の街を廻る。針生さんはロックな店をよく知っているんだ。

 

【鷹志】

「次はここに行きましょう」

 

 僕たちはこの間、新しくできたゲームショップに入る。この店は実はギャルゲーの専門店かと思うくらい品揃えがいい。

 

【鷹志】

「これです。針生さんこれオススメですよ」

 

 針生さんに新しく発売されたギャルゲーを勧める。

 

【蔵人】

「へえ、それでこれは面白かったか?」

 

【鷹志】

「ええ、ヒロインが未来から来たって言う設定で現代にいる他のヒロイン達との絡みもあってすごく面白いんですよ」

 

 このゲームの魅力はそこだけじゃない! シナリオもすごくよくて感動できる話からシリアスな話まで色んなストーリーを楽しむことができる。

 

【鷹志】

「最近では移植ものも多いですけどパソコンでやるのもすごく面白いですよ」

 

 針生さんにパソコン版とコンシューマ版の違いについて説明する。

 

【蔵人】

「おい羽田、あそこは何だ?」

 

 針生さんの指差した先を見てみると何だか怪しげな暖簾が下がっていた。

 

【鷹志】

「──あれは」

 

 僕はゴクリと唾を飲んだ。男として興味をそそられる場所でもあったからだ。

 

 中を覗いてみると可愛い美少女キャラクターのポスターが何枚も貼られていた。

 

【蔵人】

「羽田あそこに行けば俺たちは未知の世界に出会うことができるのかもしれないな」

 

【鷹志】

「そうですね……どうします?」

 

【蔵人】

「愚問だな。行くぞ羽田」

 

【鷹志】

「はい!」

 

 僕たちは暖簾の先にある場所に吸い込まれいった。棚には色んなジャンルのゲームが並んでいた。

 

【蔵人】

「羽田お前エロゲーには詳しいか?」

 

【鷹志】

「学校では隠していましたけど結構詳しいですよ」

 

【蔵人】

「いいじゃねェか新しい世界が見えてくるぜ」

 

【鷹志】

「針生さんにはこれなんていいと思いますよ」

 

 僕はこの間買ったゲームを勧める。すごくいいゲームだったから針生さんにもやってほしい。

 

 僕たちはゲームコーナーでたくさんのゲームを買って店を出た。

 

 僕も何本か買ったのだけどそれは渡来さんには内緒にしておこう。

 

【鷹志】

「それでは針生さん今日はありがとうございました」

 

【蔵人】

「ああ、またな」

 

 針生さんと別れる。まだ家に帰るには時間があるから柳木原の街を詮索することにしよう。

 

 いつもは渡来さんと一緒に来ることが多いから久しぶりだ。

 

 僕はネットで評判のおしゃれな喫茶店に入った。

 

【鳴】

「あ、ドラさんじゃないですかードラさんもここでティータイムを満喫しているんですか?」

 

 聞いた事のある元気な声が聞こえた。僕は声のした方へ振り返る。

 

【鷹志】

「鳳さんこんにちは。そうだねおれもネットで見てこの店は気になってたんだ」

 

【鳴】

「そうなんですねー私は今日は一人でのんびり過ごしたいなあって思っていたんです」

 

【鷹志】

「うん、そういう日もあるよね」

 

【鳴】

「ですです! ドラさんの方こそ今日は彼女さんとは一緒じゃないんですか?」

 

【鷹志】

「えっ……? うん。今日は友達と用事があるみたいなんだ」

 

 僕たちは午後の喫茶店での会話を楽しむ。

 

 鳳さんはYFBの皆の話や学校での楽しい話をたくさん聞かせてくれた。

 

 最近知ったのだけれど鳳さんは小鳩とも仲良くしてくれているみたいだ。

 

 この間小鳩と一緒に買い物に行った時に出会って二人が仲がいいことを聞いた。

 

 鳳さんは僕と小鳩が兄弟だって知ってすごく驚いていた。

 

 それから三人で色々なところで遊んだりもした。

 

【鷹志】

「フレイムバーズの皆は相変わらずみたいだね。おれもまた皆に会いたいなあ」

 

【鳴】

「皆さんドラさんと会えるのを楽しみにしてましたよ」

 

【鷹志】

「それじゃあ鳳さんおれはもう行くね。今日は楽しかったよ」

 

【鳴】

「はい! 私の方こそ楽しかったですーまた会えるといいですね」

 

 笑顔で手を振ってくれた鳳さんに別れの挨拶をしてから店を出る。

 

【鷹志】

「ありがとう鳳さん」

 

 いつも明るい鳳さんに元気をもらった僕は家路についた。

 

【鷹志】

「ただいま」

 

 家に帰ってきたココアを入れるために台所に行きポットでお湯を沸かす。

 

【小鳩】

「あっ……おかえりなさい」 

 

【鷹志】

「ただいま。寒いでしょ? ココア淹れるから一緒に飲もう」

 

【小鳩】

「うん」

 

 二人分のカップを準備してココアの粉を入れる。

 

【鷹志】

「小鳩は砂糖はいくつ入れる?」

 

【小鳩】

「え……二個かな」

 

【鷹志】

「分かった」

 

 カップに砂糖を入れてお湯を注ぐ。

 

 粉はすぐに溶かされて茶色の液体ができあがった。僕は居間に持っていき小鳩と一緒に飲むことにした。

 

【鷹志】

「そういえば今日鳳さんに会ったよ」

 

【小鳩】

「そうなんだ」

 

【鷹志】

「確か小鳩は鳳さんと仲が良かったよね。いつもどんな話をするの?」

 

【小鳩】

「えっと、学校の事とか漫画の話とかかな」

 

【鷹志】

「友達なんだね。良かったら今度家に遊びに誘いなよ」

 

【小鳩】

「うん! そうしたら吉川さんも呼んでいい?」

 

【鷹志】

「もちろん」

 

 小鳩との会話を楽しみ部屋に戻る。

 

 携帯を開いてみると渡来さんから何通かメールが来ていた。

 

 明日は渡来さんの用事に付き合う事になっているから、待ち合わせの時間とかを教えてくれているみたいだ。

 

 僕はメールに返事をして机の上に置いたゲームの箱を手に取る。今日針生さんと行った店で買ったゲームをパソコンにインストールする。

 

 すぐにタイトル画面が表示される。パッケージを飾っている可愛い女の子を見る。どの子もすごく可愛い。このゲームのイラストレーターは好きだ。

 

 明日も休みだから少しだけゲームを進めておこう。

 

 好みの女の子を攻略していく。このゲームも魅力的なヒロインがたくさんいるけれど、まずは自分の好きな女の子から攻略していくんだ。

 

 彼女がいるのに美少女ゲームをやるなんておかしいと感じるかもしれないけどゲームは僕の趣味の一つでもあるからやめることはできないんだ。

 

【鷹志】

「──こんなところかな?」

 

 区切りのいいところでゲームをセーブしてパソコンの電源を切り布団に入って明日のことを考えた。

 

 渡来さんと過ごす毎日はすごく楽しくて幸せなのが少しだけ不安になることもある。

 

 その度に渡来さんに怒られて彼女を抱きしめて温もりを感じて心を落ち着かせているんだ。

 

 明日の待ち合わせ時間に遅れちゃいけないから早く寝ることにしよう。

 

 おやすみなさい。明日も素敵な一日でありますように。

 

 朝早く起きた僕は部屋のカーテンを開けて日差しを入れる。喉が渇いたから下に降りて飲み物を飲むことにしよう。小鳩がまだ寝てるかもしれないからゆっくりと歩く。 

 

 冷たく冷えた麦茶を飲んで部屋に戻って着替えを済せる。

 

 居間でテレビを見てると小鳩が起きてきた。

 

【鷹志】

「おはよう小鳩」

 

【小鳩】

「どうしたの? 今日は起きるの早いね」

 

【鷹志】

「渡来さんと用事があるんだ。帰りが遅くなる時は連絡するから」

 

【小鳩】

「分かった。楽しんできてね」

 

【鷹志】

「このパンすごく美味しいね。食べたことない味だよ」

 

【小鳩】

「この間新しくできたお店で買ったんだ。行くまでちょっと時間かかっちゃったけど」

 

【鷹志】

「そうなんだ。今度からおれが買ってくるから店の名前を教えてくれないかな? 小鳩にばっかり買い物をさせるのは悪いからね」

 

【小鳩】

「気にしないでいいのに……でも、タカシお兄ちゃんがそういうならお店の名前教えるよ」

 

【鷹志】

「時間があったら一緒に買い物しよう。僕もいい店を結構知ってるんだ」

 

【小鳩】

「うん」

 

 小鳩との会話を楽しんで朝ごはんを食べてから羽田家を出る。

 

【鷹志】

「それじゃあ行ってきます」

 

【小鳩】

「行ってらっしゃい」

 

 待ち合わせの時間まではまだまだ余裕がある。

 

 のんびりと歩いていると煙草屋『ときつる』の前を通りかかる。中を覗いて山科さんがいるか確認してみる。

 

【鷹志】

「山科さんまだ寝てるのかな」

 

 僕は早めに家を出たから今まで気がつかなかったけれど休みの日だから普通ならまだ寝ている時間かもしれない。

 

【京】

「羽田君?」

 

【鷹志】

「ああ、おはよう山科さん。近くを通りがかったから山科さんがいるかなって中を覗いてたんだ」

 

【京】

「そうだったんだ。でも、私なんかの為に羽田君の貴重な時間を使っちゃダメだよ」

 

【鷹志】

「そんなことないよおれは山科さんに会えてすごく嬉しいんだ」

 

【京】

「本当に? 私羽田君に迷惑かけてないかな」

 

【鷹志】

「そんな迷惑なんてやめてよ。おれがそんな風に思うわけないじゃん」

 

【京】

「ありがとう。羽田君は相変わらず優しいね」

 

【鷹志】

「そんなことないよ。山科さんはおれの大切な友達だよ」

 

【京】

「ふふ。そうだね私も羽田君は大事な友達だよ」

 

 山科さんに友達と言われてなんだか照れくさくなって彼女の顔を見ることができなかった。

 

【京】

「そういえば羽田君は今日はこんな朝早くからどこに行くの?」

 

【鷹志】

「えっ……? ああ、今日は渡来さんの用事に付き合うことになってるんだ」

 

【京】

「そうなんだ。もしかして私引き止めちゃたかな? ごめんね」

 

【鷹志】

「気にしなくていいよ。おれも山科さんと話ができて楽しかったし」

 

【京】

「私もかな……あ、これ以上羽田君を引き止めちゃダメだよね。ごめんなさい。渡来さんとの用事楽しんでね」

 

【鷹志】

「うん。それじゃあそろそろ行くね」

 

 山科さんと別れて待ち合わせ場所まで急いだ。息を切らしながら寒空の下を走る。

 

【鷹志】

「ごめん。遅れちゃった」

 

【明日香】

「遅かったね」

 

 渡来さんは後ろを向いて答える。僕は慌てて時計を見る。待ち合わせの時間を数分過ぎているのに気がついた。

 

 全力で走ったけれど待ち合わせの時間には間に合わなかったみたいだ。

 

 彼女のことだから僕が来る前から待っていたに違いない。

 

【鷹志】

「本当にごめん」

 

【明日香】

「数分遅れだね」

 

【鷹志】

「そうだね」

 

【明日香】

「遅れた理由は聞かないであげる」

 

【鷹志】

「うん……」

 

 渡来さんは早足気味で先に進んで行く僕も後を追いかける。

 

【鷹志】

「ここはこの間新しくできたばかりなんだよ。テレビでも取り上げられててさ」

 

【明日香】

「ふーん、そうなんだ」

 

 うーん……何か渡来さんが好きそうな話題は無いだろうか? 渡来さんの好きな物や好きな事を色々と思い浮かべる。彼女を楽しませるような会話をしないと。

 

【明日香】

「羽田君着いたよ~」

 

【鷹志】

「えっ……? ああ、うん」

 

 目的地に着いた僕たちは店の中を見て回った。渡来さんはぶつぶつ独り言を言いながら商品を品定めしている。

 

 女子のアクセサリー売り場の先にある本屋に目が止まる。

 

【鷹志】

「僕ちょっと本屋に行ってくるよ」

 

【明日香】

「私も少し見て回りたいからいいよ」

 

【鷹志】

「それじゃあ、終わったらそっちの店の前で待ってるよ」

 

【明日香】

「了解」

 

 渡来さんと別れた後、本屋に入る。

 

 小鳩が好きな少女漫画の新刊が発売されているようなのでそれを買うことにしよう。

 

 そしていつの間にか何だか怪しい雰囲気の漂う棚に吸い寄せられていた。

 

 渡来さんには内緒にしているけど僕は自分のやっている美少女ゲームの設定資料や同人志をたくさん持っている。買い始めたのは最近だけど家にある本棚に仕舞ってある。

 

【鷹志】

「中を覗くくらいならいいよね」

 

 怪しげな暖簾が下がるコーナーに足が吸い込まれていく。

 

【鷹志】

「どんなのがあるのか見るだけなら」

 

 コーナーに置かれた美少女ゲームの資料集を手に取る。

 

 買いたい衝動が溢れてきたけれど深呼吸して心を落ち着かせた。

 

 それから三十分程中を見て回り少女漫画を買って店を出た。

 

【明日香】

「遅かったね」

 

 渡来さんが店の外で待っていた。どうやら彼女の方が先に買い物が終わったみたいだ。

 

【鷹志】

「いつから待ってたの?」

 

【明日香】

「二十分くらいかなー」

 

【鷹志】

「そうなんだ。待たせてごめん」

 

【明日香】

「何を買ったの?」

 

【鷹志】

「ああこれ? 小鳩がいつも読んでいる少女漫画の最新刊が発売されてたからね。ちょっと買ってきたんだ」

 

【明日香】

「少女漫画を買うのに20分以上かかったの?」

 

【鷹志】

「そうだね。買うのに本当に苦労したよ」

 

 いかがわしいコーナーに入っていたことを渡来さんにバレないようにしないといけないから僕はらしくないフリをして誤魔化した。

 

【明日香】

「まあ、いいか。次はちゃんと私の買い物に付き合ってもらうからね」

 

【鷹志】

「うん」

 

 二人で洋服ショップに入る。どうやら渡来さんはほしい服があるみたいだ。

 

 そういえば恋愛ゲームとかでは彼女が彼氏に服を選んでもらう展開があるけど渡来さんはどうなんだろうか? 

 

 でも、まあ僕よりもセンスがいい彼女が選んだ方がきっといいに決まっているけど。

 

【明日香】

「私も服を買うけど羽田君の服も選んであげる」

 

【鷹志】

「えっ……」

 

【明日香】

「何? 羽田君は私が選ぶのには不満があるの」

 

【鷹志】

「そんなことはないよ」

 

 渡来さんはメンズコーナーで服を選ぶ。男性の服にも少しだけ詳しいみたいだ。

 

 彼女のセンスならきっと素敵な服を選んでくれるだろう。だけど、そういう服は僕には似合わない気がするけど。

 

【明日香】

「多少は男の子向けの服は詳しいけど羽田君にはどういうのが似合うかなあ」

 

【鷹志】

「僕は適当なのでいいよ」

 

【明日香】

「そういうわけにもいかないよ。羽田君にはちゃんとした服着てほしいもん」

 

【明日香】

「それに彼女が選んだ服を着ていれば女よけにもなるしね」

 

【鷹志】

「大丈夫だよ。僕はモテたりしないから」

 

【明日香】

「羽田君は自覚がないんだよなあ」

 

【鷹志】

「そうかな? そんなことないと思うけど」

 

【明日香】

「これにしよう。羽田君ちょっと着てみて」

 

【鷹志】

「うん」

 

 僕は試着室に入って渡来さんの選んだ服に着替えた。自分に似合うかは自信は無かったけどせっかく渡来さんが選んでくれたのだから着てみよう。

 

【鷹志】

「どうかな似合ってる?」

 

【明日香】

「…………」

 

【鷹志】

「どうしたの渡来さん」

 

【明日香】

「何でもない。似合ってると思うよ」

 

【鷹志】

「そう、渡来さんは服を選ぶセンスあるね。僕もこの服気に入ったよ」

 

【明日香】

「よかった」

 

【鷹志】

「それじゃあ買ってくるね」

 

 服を買い終わった僕たちは渡来さんがオススメだという新しくできたオープンカフェでお茶をする。

 

【鷹志】

「買い物はもう終わった?」

 

【明日香】

「うん。まあ一応ね」

 

【鷹志】

「これからどうする?」

 

 夕方にはまだかなり時間がある。どこかに寄ってのんびりするのも悪くない。

 

【明日香】

「それじゃあさ、羽田君の家に行きたいんだけど」

 

【鷹志】

「えっ……? どうして」

 

【明日香】

「羽田君の家に行ってゆっくり過ごすのも悪くないかなって思ったんだけど」

 

【鷹志】

「そうなんだ。僕は別に構わないけれど」

 

【明日香】

「じゃあ決まりね」

 

 渡来さんが久しぶりに家に来る。こういうことになるなら部屋の掃除をしておけば良かったかな。

 

 部屋の掃除は定期的にやるようにはしているけど最近はサボり気味だった。

 

【明日香】

「久しぶりだね羽田君の家に行くのは」

 

 渡来さんは嬉しそうにスキップする。僕はそんな彼女の姿を微笑ましく感じた。

 

 渡来さんが楽しいと何だか僕まで楽しい気分になってくる。少しだけ頬を緩めながら彼女と一緒に歩く。

 

【鷹志】

「ただいま」

 

【小鳩】

「おかえりなさい」

 

 いつものように小鳩が迎えてくれた。おかえりという言葉と変わらない笑顔を向けてく

 れる。

 

【鷹志】

「ただいま。今日は渡来さんが来てくれてるんだ」

 

【小鳩】

「そうなの? でも渡来さんいないよ」

 

【鷹志】

「ちょっと外で待ってもらってるんだ。着替えたらすぐに迎えに行くよ」

 

【小鳩】

「彼女さんを待たせちゃダメだよ!」

 

【鷹志】

「そうだね」

 

【鷹志】

「叔父さん達はまだ帰ってないの?」

 

【小鳩】

「帰ってきたけど二人でまた出かけちゃった。夕飯には戻るんだって」

 

【鷹志】

「分かったよ」

 

 買っておいた少女漫画も渡して渡来さんに先に部屋に行ってもらいココアを淹れるために台所に行く。

 

【鷹志】

「渡来さんは砂糖はいつく入れるんだろうか?」

 

 二人分のカップを準備してココアの粉を入れる。

 

【鷹志】

「甘いほうがいいだろうか」

 

 渡来さん用のカップに三つ砂糖を入れてお湯を注ぐ。

 

 前に買っておいたお菓子も持っていこう。棚に入れた置いたお菓子をトレイに乗せて部屋に急いだ。

 

【鷹志】

「お待たせ。って、渡来さん何してるの」

 

【明日香】

「うーん。ちょっと気になってね」

 

 渡来さんはパソコンの前で何かを探しているようだ。パソコンの中を見られるのも困るけど机の中に美少女ゲーム資料集を仕舞っているからあまり近づいてほしくない……

 

【鷹志】

「ココアとお菓子を持ってきたよ」

 

【明日香】

「ありがと。もらうね」

 

 渡来さんにクッションを出して僕は床に座る。うーん、こんなことならテーブルでも持ってくれば良かったかなあ。

 

【明日香】

「美味しい」

 

 休みの午後の過ごし方はこういうのがいいんだろう。時間がゆっくり流れていく。 

 

【明日香】

「羽田君の部屋って相変わらず綺麗だね」

 

【鷹志】

「そうかなあ? そんなことはないと思うけど。最近掃除をサボりがちだったし」

 

【明日香】

「男の子の部屋って散らかっているイメージがあったから綺麗なのにびっくりした」

 

【鷹志】

「そうだったんだ。でも皆こんな感じじゃないかな? 僕の部屋は何もなさすぎて逆に殺風景な気もするけれど」

 

【明日香】

「そう? この落ち着いた感じは羽田君らしいと思うけど」

 

【鷹志】

「渡来さんの部屋だって綺麗に片付いてるじゃない」

 

【明日香】

「当然だよ。彼氏に散らかった部屋を見せるなんてことを明日香さんはしないのだよ」

 

【鷹志】

「楽しいなあ」

 

【明日香】

「そうだね。私も素の自分で振舞うことができて疲れないよ」

 

【鷹志】

「でも、こうやっていられるのも卒業までだよね……」

 

【明日香】

「羽田君。それは言わない約束だよね?」

 

【鷹志】

「そうだったねごめん」

 

【明日香】

「卒業したって永遠の別れじゃないんだからさ。私は羽田君が戻ってくるのをずっと待つつもりだよ」

 

【鷹志】

「ありがとう」

 

【明日香】

「でも、羽田君に会えないのは寂しいかなー」

 

【鷹志】

「僕もだよ。だけど病気にちゃんと向き合って行くって決めたからね。治療が終わったら戻ってくるから」

 

 僕は渡来さんを抱きしめる。少し戸惑った彼女もすぐに受け入れてくれた。彼女の小さな体は僕の腕の中に収まる。

 

【鷹志】

「これで足りるかな?」

 

【明日香】

「うん。今日はこれで我慢しておく」

 

 僕たちは夕方になるまで何度も抱き合ってお互いの気持ちを確かめ合った。

 

【明日香】

「そろそろ帰ろうかな」

 

【鷹志】

「せっかくだから家で夕飯食べていきなよ」

 

【明日香】

「いいの?」

 

【鷹志】

「もちろん。その方が小鳩も喜ぶだろうし」

 

【明日香】

「じゃあごちそうになろうかな」

 

【鷹志】

「そろそろ叔父さんたちが帰って来る頃かも知れないから僕は下で渡来さんも夕飯を食べることになったのを伝えてくるから」

 

 部屋を出て階段を下りると居間からテレビの音が聞こえてきた。

 

 台所では美味しそうな料理の匂いが立ち込めていてもうじき羽田家の夕餉を教えていた。

 

【叔母さん】

「あら、それじゃあタカシ君の彼女さんも夕飯を食べることにしたのね」

 

【鷹志】

「はい。その時にちゃんと紹介しますね」

 

【叔母さん】

「うふふ、どんな子かすごく楽しみだわ」

 

 叔母さんは楽しそうに笑う。

 

 僕は出来上がったおかずを居間まで運ぶ。夕飯の準備ができたら渡来さんを部屋まで呼びに行こう。

 

【叔父さん】

「タカシ君の彼女さんはどういう子なのかすごく楽しみだよ」

 

 いつもよりも多めの料理を台に並べる。渡来さんを呼んでこよう。

 

【鷹志】

「お待たせしました」

 

【鷹志】

「叔父さん叔母さん。彼女が渡来明日香さん」

 

 僕は渡来さんを叔父さんたちに紹介した。

 

 渡来さんは小鳩と初めて会った時みたいな反応をしていた。それを何だか微笑ましく思う。

 

【明日香】

「渡来明日香です。鷹志さんとお付き合いさせてもらっています」

 

【叔母さん】

「あらあらご丁寧にありがとうね」  

 

【叔父さん】

「タカシ君にこんなに素敵な彼女さんがいるなんてね」

 

 渡来さんは畏まって叔父さんたちに挨拶をしていた。

 

 何だかすごく微笑ましいや。僕も渡来さんのお母さんに会った時のことを思い出した。

 

 きっと渡来さんも同じように緊張しているんだね。 

 

 色々な話をしながらゆっくり夕飯を囲む僕たち。家族団欒ってすごくいいや。

 

 羽田家の新しい家族を皆が受け入れてくれた事を嬉しく思って僕は夕飯を済ませた。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎて行く。

 

 もう遅い時間だ。渡来さんを送っていこう。

 

【鷹志】

「遅いから家まで送るよ」

 

【明日香】

「ありがとう」

 

 渡来さんを送っていくために着替えて家を出る。結構遅くなってしまったみたいだ。

 

【明日香】

「明日は学校休もうかなー」

 

【鷹志】

「えっ……? どこか具合悪いの」

 

【明日香】

「えっとね、その」

 

【鷹志】

「どうしたの? 具合悪いなら言ってよ」

 

【明日香】

「そうじゃなくて、一回家に帰ってからまた羽田君の家に来てもいい?」

 

【鷹志】

「具合が悪いなら家で休んでおいた方がいいんじゃないかな」

 

【明日香】

「そうじゃなくて!」

 

【鷹志】

「ああ! もしかして」 

 

 渡来さんは家に泊まりたいんじゃないだろうか? 

 

 この間僕も渡来さんの家に泊まったし、だから一度家に帰って着替えを持って来るってそういうことか。

 

【鷹志】

「そういうことなら早く言ってよ」

 

【明日香】

「だって恥ずかしいじゃんか」

 

【鷹志】

「僕だってこの間渡来さんの家に泊まりたいって言ったからそんなに気にすることでもないと思うけど……」

 

【明日香】

「それでも恥ずかしいの!」

 

 顔を真っ赤にして走る彼女を追いかける。こういうところも含めて僕は渡来さんが好きなんだ。

 

【明日香】

「それじゃあ着替えと荷物持ってくるからここで待ってて」

 

【鷹志】

「うん」

 

 外で待たされている間に叔父さんたちに連絡して渡来さんが家に泊まることの許可をもらうことした。

 

 叔父さんたちの許可も降りて僕は来る途中で買ったコーヒーを飲む。

 

 買ってから随分と時間が経つから冷えてしまっているかもしれない。

 

【鷹志】

「まだ暖かいや」

 

 缶コーヒーはあまり好きではないけれど寒い日にはちょうどいい。

 

 まだ暖かいコーヒーが冷え切った体に染み込んでいく。

 

 携帯でネットのニュースでも見ながら待つことにしよう。

 

 ポケットから携帯を出してブックマークしたサイトを開く。

 

【明日香】

「お待たせ」

 

 いつもよりも少し大きめのバックを持って渡来さんが出てきた。

 

【鷹志】

「重くない? 荷物持とうか」

 

【明日香】

「いいよ。入ってるのは下着とかだからそこまで重くないし」

 

【鷹志】

「そうなんだ」

 

 ついバッグの方に目線が行ってしまう。下着とかも入ってるのか。

 

 どんな下着なんだろうか? 少し気になったけど我慢しておこう。

 

 でも気になってしまう……男の子ならしょうがないよね。

 

【鷹志】

「でも驚いたよ渡来さんが急に家に泊まりたいって言うんだもん」

 

【明日香】

「実は前から考えてたんだけどなかなか言うきっかけがなくてさー」

 

【鷹志】

「僕はいつだって泊まりに来ても良かったんだけどね。ただ、小鳩とか叔父さんたちもいるから気を遣わないといけないと思って」

 

【明日香】

「前に羽田くんち遊びに行った時は時間なくて色々調べられなかったしね」

 

【鷹志】

「調べるって何を?」

 

【明日香】

「んーそれは秘密だよ」

 

 まずい……この間買ったそれ系のDVDがパソコンに入れっぱなしだったのを思い出した。

 

 あれを見られたらかなりまずいことになりそうだ。

 

 取り敢えず渡来さんが僕の部屋に入る前に隣の洋間に移しておこう。

 

 そう、それだ。

 

【鷹志】

「けど女の子が部屋に泊まるなんて初めてだから緊張するなあ」

 

 僕の部屋に入ったことがあるのは渡来さんと山科さんくらいだ。

 

 小鳩も最近では部屋に入って掃除とかもやってくれているみたいだ。

 

【鷹志】

「僕の部屋に入る人は少ないからね」

 

【明日香】

「そうなんだ。ていうか羽田君の部屋って女の子が入った事あるの?」

 

【鷹志】

「えっ……? そうだね小鳩くらいかなあ」

 

【明日香】

「そうじゃなくて他の女の子は入ったことがあるのって意味」

 

【鷹志】

「ああそういうこと。それなら山科さんが初めてかなあ」

 

 グレタガルドの事を話した時、僕は彼女を部屋に入れたことがある。

 

 あの時は精神的に辛いことがあったから特に意識はしてなかったけれど、あれが初めて女の子を部屋に入れた時だったと思う。

 

【明日香】

「なんだと。やっぱり山科か」

 

【鷹志】

「うん」

 

【明日香】

「ていうかさー羽田君山科と仲良すぎない? この間も針生さんと三人で何か話してたよね」

 

【鷹志】

「そうかなあ? 針生さんとはこの間クリアしたゲームの事について話をしただけだよ」

 

【鷹志】

「山科さんにはライブに誘われてね。今度一緒に行くことにしたんだ」 

 

【明日香】

「山科と二人だけでライブに?」

 

【鷹志】

「うん。チケットがあるからどうかな? って誘われたんだ。断るのは悪いから行くことにしたんだ」

 

【明日香】

「ちょっとまて、君は彼女がいるのに他の女と遊ぶつもりなのか?」

 

【鷹志】

「そんなのじゃないよ。ただライブに行くだけだから」

 

 渡来さんはどうして怒ってるんだろう? 別にデートする訳でもないのに……

 

【明日香】

「山科って羽田君の事どう思ってるんだろうねー」

 

【鷹志】

「僕は少なくとも友達だと思っているけど。山科さんとは色々あったからね」

 

 山科さんとの出来事を思い出す。彼女は恋愛で辛い思いをしていた。

 

 誰かを好きになって自分が嫌われることを恐れていた。

 

 あの時の僕はそんな事を経験したことがないから山科さんの力になりたくて泣いている彼女を抱きしめたことがある。

 

 僕の腕の中で小さくたたまれた彼女の小さな体は震えていた。

 

『僕がずっとそばにいるから』

 

 山科さんに笑っていてほしくて言った言葉。

 

 彼女に幸せになってほしかった。

 

 大切な友達が困った時が力になってあげたい。

 

 僕はいつだって誰かの力になりたいって思ってるんだ。

 

【鷹志】

「山科さんも色々と辛いことがあったみたいだからね」

 

【明日香】

「ほう、羽田君。山科のこと詳しいね」

 

【鷹志】

「まあね」

 

 適当に誤魔化してみたけど僕が山科さんを抱きしめたことや彼女に言った言葉のことについては秘密だ。

 

 話をしているうちに家に着いた。

 

 僕は渡来さんの荷物を僕の部屋まで運んで隣の洋間で着替えた。

 

【鷹志】

「お待たせ。って渡来さん何してるの……」

 

 本棚と机の周りを何か調べているみたいだ。

 

 できればパソコンの中は見ないでほしい……

 

【明日香】

「ここにもないなあ。どこに隠してるんだろうか」

 

【鷹志】

「はは、そんなのはないよ」

 

【明日香】

「あれ? ここだけなんかスペースがある」

 

【鷹志】

「!?」

 

 僕は急いで本棚の前に立って渡来さんの行動を止めた。

 

【明日香】

「どうしたの? 羽田君」 

 

【鷹志】

「──ここには何もないよ!」

 

【明日香】

「ふーん」

 

 渡来さんは諦めたみたいで本棚から離れた。

 

 助かった。あのスペースに入れているものを見られるのはまずい。

 

【鷹志】

「暖かい飲み物でも淹れてくるから適当に座ってていいよ」

 

 クッションを出すと渡来さんはその上に座った。

 

【明日香】

「ゆっくりでいいからねー」

 

 何だか笑顔だったのが気になったけど暖かいココアを用意するために部屋を出た。

 

 裸足のまま冷えた廊下の床を歩く。寒さで指先の感覚ない。

 

 階段を下りて台所でココアを淹れるためにお湯を沸かす。

 

【小鳩】

「お兄ちゃん。何してるの?」

 

 下で物音が聞こえてきたから気になって降りてきたみたいだ。

 

 せっかく部屋で休んでいたのに悪いことしちゃったなあ……

 

【鷹志】

「渡来さんにココアでも淹れてあげようと思ってね」

 

【小鳩】

「そうなんだ。なら私も飲もうかな」

 

 自分のカップも準備する小鳩。僕は三人分のお湯を沸かして待った。

 

【小鳩】

「何か楽しそうだね」

 

【鷹志】

「うん。渡来さんがいてくれているからね」

 

【小鳩】

「二人っきりでも節度ある行動をしてね。お父さんたちもいるから」

 

【鷹志】

「あはは、そうだね。気をつけるよ」

 

 話をしているうちにお湯が沸いたからココアのパウダーをいれた。

 

【鷹志】

「お湯でもいいけどミルクの方がコクがあって美味しんだけどなあ」

 

【小鳩】

「うん! 私もミルクの方が好き」

 

【鷹志】

「今は牛乳を切らしているみたいだから仕方ないね。今度買ってきてまた飲もうね」

 

【小鳩】

「うん!」

 

 三人分のカップにお湯を注ぐとココアのいい香りが広がってきた。

 

 カップを持って部屋に向かう少しでも暖かいココアを渡来さんにも飲んでほしいからね。

 

 早足気味で階段を上がった。

 

【鷹志】

「お待たせ」

 

【明日香】

「ありがとう」

 

 二人で床に座ってココアを飲む。

 

 温まるなあ。寒い日にはココアが一番かも知れない。

 

【明日香】

「羽田君これ何かな?」

 

【鷹志】

「あっ!」

 

 この間買ってきたゲームの美少女載っている資料集だ。

 

【鷹志】

「それはその……」

 

【明日香】

「羽田君そうとう欲求不満なんだねー」

 

 渡来さんはページをペラペラとめくって裸の美少女たちの絵を見せた。

 

【明日香】

「少しくらいなら大目に見ようと思ってたけどさすがにこれはひどすぎる……」

 

【鷹志】

「そうだね……あははは」

 

【明日香】

「取り敢えずこれは没収ね」

 

【鷹志】

「そんなあ」

 

 さようなら。僕の美少女たち。君たちの事は忘れないよ。

 

【明日香】

「羽田君の好みが分かるよねーやっぱり二次元の女の子が好きなんだ」

 

【鷹志】

「そこまでって言うほどでもないよ。うん、まあ普通かな」

 

【明日香】

「他にも隠しているのがあるなら素直に出した方がいいよ」

 

【鷹志】

「そんなのもうあるわけないよ」

 

 嘘をついた。実は洋間の方にも隠してある。

 

【明日香】

「パソコンの中身も確認します」

 

【鷹志】

「やめてよーそれはさすがにやりすぎだよ!」

 

 そう言う前に彼女はパソコンの電源を入れていた。

 

 デスクトップに人気ゲーム『SHUFFLE!』のキャラクター芙蓉楓の画像が表示される。 

 

 こういうときに限って普段と違うデスクトップにしてあった。

 

【明日香】

「ふーん」

 

 渡来さんはモニターをじっと見てマウスを動かす。

 

【鷹志】

「何もないよ。普通のパソコンだからね……」

 

 さすがに隠しファイルの表示の仕方は知らないだろうと思ってた。 

 

【明日香】

「確かこうやってっと」

 

【鷹志】

「うわああああ」

 

 急いで手で画面を隠した、もしかした情けない声が出ていたかもしれない。

 

【明日香】

「おい何してる画面が見えないだろう」

 

【鷹志】

「見なくていいよ」

 

【明日香】

「見なくていいって言われると余計に気になるんだよね」

 

 彼女は悪戯に微笑んで僕の手を退けた。

 

 そして明らかにされていくパソコンの中身。

 

 美少女のあんな動画やこんな画像が大量に保存されているファイルを開く。

 

【明日香】

「想像以上に多かった。これっていつ頃から集めてたの?」

 

【鷹志】

「詳しくは覚えてないよ……」

 

【明日香】

「全部消すけどいいよね?」

 

【鷹志】

「ええっ……!? せっかく集めたのに」

 

 あれだけ集めるのにどれだけ苦労したことか。

 

 でも、画像のデータはすぐに見つけられるし動画の方は本に付いてたCDのだから消されてもまた入れればいい。

 

【明日香】

「なにこの芙蓉楓ベストファイルって」

 

【鷹志】

「ああ! それだけはやめてよ」

 

 あのファイルは楓の選りすぐりのデータが保存されている。

 

 集めるのは本当に大変だった。僕の命と言っても過言ではない。

 

【鷹志】

「この子は楓って言ってすごく可愛い女の子なんだ」

 

【明日香】

「羽田君はこういう子が好きなんだ」

 

【鷹志】

「や、そこまで好きだって言う訳じゃないけんだけどね」

 

 取り敢えず否定していたけれど本当は楓みたいな女の子は大好きなんだ。

 

【明日香】

「とにかくここにあるデータは全部消すから」

 

 さようなら僕の大好きな楓。

 

【鷹志】

「渡来さんはこの布団で寝ていいから」

 

 僕は叔母さんに頼んで用意してもらった布団を敷く。

 

【明日香】

「ありがとう。羽田君はどこで寝るの?」

 

【鷹志】

「僕は隣の洋間で寝るよ。あそこにはベッドもあるからね」

 

【明日香】

「そうなんだ」

 

【鷹志】

「さすがに布団じゃ二人一緒には寝れないでしょ?」

 

【明日香】

「何だ、君は私と一緒に寝たいのか?」

 

【鷹志】

「ただそう思っただけだよ!」

 

【明日香】

「ほう」

 

 実際は一緒に寝たいけれど無理は言ったらいけない。

 

 叔母さんがせっかく新しい布団を用意してくれたんだから。

 

【鷹志】

「それじゃあ僕は隣の部屋にいるから」

 

 僕は部屋を出てココアのカップを流し台で洗ってから隣の洋間に向かう。

 

 壁に貼ってあるフリッキー5のポスターが目にとまる。

 

 フリッキー5は何十年も前のアイドルグループですごく人気があった。

 

 僕もネットの情報でしかその事を知らないけど、今でもCDを出しているみたいだ。

 

 千歳くんと統合してから分かったことだけれど、彼はフリッキー5が好きだったようだ。

 

 この部屋も元々は千歳くんと成田くんが使っていることが多かったから未だに彼らが使っていた時のものが残っている。 

 

【鷹志】

「ふう」

 

 渡来さんはもう寝たんだろうか? 少し気になったけど隣の部屋で寝るわけにもいかないけど

 

 僕は目を閉じてやってくる睡魔に身を任せた。

 

【声】

「羽田君はもう寝ちゃったよね?」

 

【声】

「今ベッドに入っても気がつかれないかな」

 

 誰だろう? 何だか聞き覚えのある声が聞こえる。

 

【鷹志】

「ん……誰?」

 

 僕は音のした方に寝返りをうった。

 

【明日香】

「あっ、起きちゃた?」

 

【鷹志】

「渡来さん何してるの?」

 

【明日香】

「こっそり忍び込もうと思ったんだけどバレちゃった」

 

【鷹志】

「僕の部屋で寝てたんじゃないの?」

 

【明日香】

「何ていうかね、今日は羽田君と一緒に寝たいなって」

 

【鷹志】

「実はというと僕も同じこと考えてたんだ。だけど、朝は小鳩が起こしに来るかもしれないからやめておいたんだ」

 

【明日香】

「じゃあ私が早めに起きて羽田君の部屋の布団に寝てればいいと思うよ」

 

【鷹志】

「それでバレないかなあ」

 

【明日香】

「大丈夫でしょ」

 

 渡来さんはこっちに体を寄せてきた。ベッドの中で繋いだ手──

 

 ──胸の鼓動を抑えられないでいた。

 

【鷹志】

「少しだけを話して寝ろうか」

 

【明日香】

「そうだね」

 

 顔を向けて見つめ合う。お互いに顔が赤いのがすぐに分かってしまうほど近い距離にいる。 

 

【鷹志】

「どう? 僕の家族は皆素敵な人ばかりでしょう」

 

【明日香】

「うん。羽田君の叔父さんたちと話す時は緊張したよ」

 

【鷹志】

「あはは」

 

【鷹志】

「でも叔父さんたち渡来さんが来るのを楽しみにしてたんだよ」

 

 僕に大切な人ができたと報告した時、嬉しそうにしていた叔父さんと叔母さんの顔が思い浮かんだ。

 

 食事の時に何度も渡来さんの事を聞いて来た。

 

【明日香】

「変なふうに思われてないといいけどなー」

 

【鷹志】

「心配ないよ。叔父さんたちもすごくいい人たちだから」

 

 僕は顔を近づけてきた彼女を抱きしめて頭を撫でる。

 

 綺麗な髪はシャンプーのいい香りがした。

 

【鷹志】

「小鳩とは自然に話ができてたよね」

 

【明日香】

「前に話をしたことがあるからね」

 

【鷹志】

「渡来さんの事を受け入れてもらって本当に良かったなあ」  

 

【明日香】

「本当に素敵な家族だね」

 

【鷹志】

「そう言ってもらって嬉しいよ」

 

【明日香】

「気になってたんだけど羽田君フリッキー5好きなんだ」

 

【鷹志】

「えっ……?」

 

【明日香】

「暗くてよくわからないけどこの壁に貼ってあるポスターってフリッキー5のだよね」

 

【鷹志】

「ああこれね」

 

【鷹志】

「これは僕のじゃなくて僕の<兄弟>のものなんだ」

 

【明日香】

「兄弟?」

 

【鷹志】

「そう千歳くんって言うんだけどね」

 

【明日香】

「ワシすけか」

 

【鷹志】

「知ってるの?」

 

【明日香】

「一回だけ会ったことがあるからね」

 

【鷹志】

「そうだったんだ」

 

【明日香】

「ワシのすけがフリッキー5が好きなんだ」

 

【鷹志】

「うん。元々この部屋は千歳くんと成田くんが使ってたみたいなんだ。あっ、成田くんっていうのは僕の大事な兄弟の一人で──」

 

【明日香】

「その人にも多分前に会ってると思うよ」

 

【鷹志】

「ええ!?」

 

 僕も会った事のない成田くんに渡来さんが会ってたなんて何だか不思議な感じだなあ。

 

【鷹志】

「千歳くんたちの事を忘れないようにするために部屋はそのままにしてあるんだ」

 

【明日香】

「ふーん」

 

【鷹志】

「二人が僕の病気を治療するためにバイトしてくれてたんだよね」

 

【鷹志】

「二人にはいくら感謝しても足りないくらいと思ってるよ」

 

【明日香】

「羽田君はわしのすけとかと話したことはあるの?」

 

【鷹志】

「一度しかないよ。成田くんとは一度も会ったことがないけどね」

 

【明日香】

「どんなことを話したの?」

 

【鷹志】

「よくは覚えてないや……だけど大事な事だっていうのは忘れてないかな」

 

 千歳くんと話した事を思い出そうとしてもぼんやりとしか思い出せない。

 

 統合してから彼らについて色々知ることができた。

 

 僕の知らない友人やお世話になった人たちとの再会がそのことを鮮明にしてくれたんだ。

 

 アレキサンダーの人たちやフレイムバーズの皆。

 

 パルクレープの春日さんたちにメンズフリーの米田さん。

 

 今までは全く知らなかったひと達が今では僕の知り合いでもある。

 

 千歳くんや成田くんが体験したたくさんの出会い──

 

 ──それはしっかりと僕の中にも刻み込まれている。

 

【鷹志】

「渡来さん?」

 

【明日香】

「…………」

 

 渡来さんはもう寝ちゃったみたいだ。隣で寝息を立てている彼女の顔を見てみる。

 

 僕も寝ることにしよう。

 

 渡来さんと繋いだ手を離さないようにして彼女の体をもう一度抱きしめる。

 

【鷹志】

「おやすみ」

 

 寝ている渡来さんのほっぺたに軽くキスをして眠りについた。

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