想像力が豊かな人間になれたのだろうか
【明日香】
「おはよう小鳥さんたち」
なんて言ってみたけど外は雪景色ですぐに暖房を入れて毛布にくるまった。
ふと壁にかかっているカレンダーに目が行く。
【明日香】
「はあ、もうすぐ卒業かあー」
三年間通った学園での思い出を聞かれてもすぐには思いつかない。
や、だってね。私、基本的に人間嫌い嫌いだし友達はそんなに多くないんだ。
うん、まあ、普通かも……
【明日香】
「さみぃ……」
そうだ、こんな寒い時は暖かい飲み物を飲んでのんびりとしよう。お湯を沸かすためにキッチンに行く、ああ、そういえばココア切れてたんだっけ? これは買いに行かないといけないな。
ブツブツ言いながら棚からコーヒーを出して洗面所に──
──お湯で顔を洗って鏡を見る。
【明日香】
「うへえ酷いかお」
この家には誰もいないけど寝起きのこんな顔を誰かに見られたときは自害しよう。
【明日香】
「ふう……」
ココアが切れてたからコーヒーを飲んで雑誌を読みながら一息つく。
いいね、こういうの、うん! これこそ休日の過ごし方だと思う。
うんうん頷きながらもう一度カレンダーを見た。
3月3日のところに印が付いている。これは言わなくても分かるよね?
何かの記念日? 惜しい、でも私にとっては神様の誕生日なんかよりもっと大切な日でもある。
顔は少しだけにやけてるかもしれないけどそんなことは気にしない。な(略)
【明日香】
「何をあげたらいいんだろうなあ?」
男の子へのプレゼントって何がいいんだろう。
テレビや雑誌に書かれているものをプレゼントして彼は喜んでくれるかな?
初めての誕生日プレゼントだから女子力が高いところをアピールしたい。
事前にリサーチする必要がありそう。でも、羽田君だったら私からもらったものは何でも嬉しいと言ってくれそう。
【明日香】
「だからといっていい加減なものは渡したくないしなあ」
外に出かけて見て回るのもいいかもしれない。
うん、そうだ。久しぶりに一人で出かけようかな。
思い立ったら即行動これいい女の条件ね。な(略)
柳木原は相変わらずだなあ。雪が降っても変わらないこの街に来るのが最近では好きになり始めていた。
【明日香】
「寒い、どこかに入ろう」
厚着がしてきたけどさすがに今日は寒すぎる……まあ、冬だからしょうがないんだろうけど。
【明日香】
「なんだあれ……」
目の前で学生カップルがキスをしていた。おいおい、こんな人が多いところでやっちゃうのかい。
すれ違う気に留める人もいれば気にしない人もいる。
私だって彼氏はいるけど流石にこんなところじゃキスはしないかなームードがないしね。
カップルは短いキスが終わると手をつないで歩いていった。
幸せそうでなにより~なんてことは思わなかった。
ひとりで出かけると必ずと言っていいほど男から声をかけられる。
や、自慢じゃないよ。誰だってタイプじゃない人に話しかけられたらうんざりするでしょ?
最近ではそういうひとのあしらい方もわかってきた方だからいいんだけどね。
ここでこうやってるのもいいけどプレゼントを見なくちゃいけない。
私は歩くペースを早めて最近できたというメンズファッションショップへ急いだ。
【明日香】
「へえー、いい感じじゃん」
男性向けと謳っているだけはあって物静かな感じのいい店だと思う。
派手な外装をしないであくまでもシンプルさにこだわるデザインはなかなかだね。
すぐに店の中に入って品物を見て回る。
【店員】
「なにかお探しですか?」
【明日香】
「いえ、少しだけ見てまわろうかなって思っているんです」
【店員】
「そうですか、ごゆっくり」
そういうと店員さんは別のお客さんのところに行ってしまう。
正直ついて回って色々勧められるよりは自分で見た方がいい。
感性は人並み以上にあると思うんだ。うん、そうだ。
【明日香】
「これなんていいかもしれないね」
すごくオシャレなお財布を手に取る、羽田君にはこういう控えめなのが似合う気がする。
彼女としては彼氏にはいいものを上げたいし、お財布ならいつも使うものだから嫌がられないでしょう。
【明日香】
「でも、色が少ないなー」
男物はカラーバリエーションも少ない、大体黒と茶色の2パターン。
そういえば羽田君は好きな色って何色なんだろう。
付き合い始めて彼は私に色々合わせてくれるけど、実はまだ彼の好きなものはあまり詳しくない。
【明日香】
「ちゃんと聞いとけば良かったかなあ」
ここだけの話、私の彼氏は意外と人気がある。
前まではクラスの女子からの評価は低くて、誰も彼のことを知ってる人なんていなかったんだけど、実際私もそうだったし。
最近では私の彼氏だって言うことで興味を持たれているみたいだ。
誰にでも平等に接することができる優しさを持っているのが羽田君のいいところなんだけど、正直あまりモテてほしくないなとも思う……
山科とも仲がいいみたいだし、この間はクラスメートのDさん(名前は忘れた)と楽しげに話しているところも見た。
まだまだ敵が多くて油断ができないの。
閑話休題。
私はお財布を両手に持ってどちらの色がいいのかを決めかねていた。
でも待てよ、上げるのは本当にお財布でいいのか。本当だったら手編みのマフラーとかの方が喜ばれるんじゃないか?
なんてことを考えたけど今から手編みのマフラーを編むとなると時間がかかりすぎるし、道具だって揃えないといけない──
──女子スキルは高いほうだと自分でも思うけど今回は手編みは諦めよう。またの機会にしよう。な(略)
数分悩んだ挙句結局何も買わずに店を出た。
まだまだ時間はある、もっと見てから決めよう。
【聞き覚えのある声】
「あれ? 渡来先輩」
【明日香】
「ん? この声は」
【日和子】
「こんにちは。こんなところでなにをしてたんですか」
【明日香】
「おお! 玉泉ちょうどよかった。ねえ玉泉ならプレゼントにはなにを選ぶ」
【日和子】
「はあ……なんですかいきなり」
後輩の玉泉に会えたので彼女と話しながら歩く、歩きながら何故私が一人柳木原にいるのかを説明した。
【日和子】
「もしかして羽田先輩へのプレゼントですか?」
【明日香】
「まあね」
【日和子】
「私なんかに聞いても参考にならないと思いますよ……」
【明日香】
「そう? 私は玉泉は独創的な感性を持ってると思うんだけどなあ」
【日和子】
「普通ですよ。たぶんセンスは渡来先輩の方があると思います」
【日和子】
「羽田先輩へのプレゼントですよね、アニメとかゲームの美少女キャラのフィギュアなんかがいいんじゃないですか」
【明日香】
「えっ……」
【日和子】
「渡来先輩もご存知だと思いますが、前に羽田先輩がそういうのが好きだって聞きましたよ」
【明日香】
「待て待て、それはドコ情報だ」
【日和子】
「店長です。うちに来てる時に羽田先輩が店長と話しているのを聞いたんです」
【明日香】
「へ、へえー」
【日和子】
「紀奈子さんの合格祝い時、なんとかっていうゲーム主題歌を歌ってましたよ」
おいおい、私の知らない情報ばかりだぞ。まあ、羽田君がアレキサンダーによく行っているのは知ってたけども。
【明日香】
「アレキサンダーでの羽田君ってどんな感じなの?」
【日和子】
「どんなって……いつもと変わらない感じですよ。英里子さんや紀奈子のツッコミに天然で返したりしてましたね」
【明日香】
「ああ……分かる」
【日和子】
「皆さんとは仲良くやってる感じですよ。朝に来る時は夕方近くまでお店にいることも多いです」
【明日香】
「ふーん」
羽田君が玉泉たちに会ったのはほんと最近のことだ。
彼の病気のことを説明に行った時に初めてアレキサンダーを訪れたのになんだか懐かしい感じがするって言ってたっけ。
私は委員会で玉泉とは何回も顔を合わせたこともあるしアレキサンダーには何回か行ったことだってある。
【明日香】
「玉泉は羽田君と話したりはするの?」
【日和子】
「それなりには話しますよ」
【明日香】
「どんな話をしたの?」
【日和子】
「日常会話が主です」
【明日香】
「ほう。だけど玉泉が羽田君と合う話題とかはあるのかな」
【日和子】
「先輩が好きなゲームの話題とかにはついていけませんけど、それ以外のことなら基本的には問題ない感じです」
思わず玉泉と羽田君が会話しているところを想像してみた。羽田君の天然に玉泉はいったいどういう反応をするんだろう。
話し込んでいるうちに彼女のバイト先のアレキサンダーに到着。そうだ、玉泉の仕事っぷりでも見ながらコーヒーでもいただこう。
【日和子】
「もしかして渡来先輩、お店までついてくるんですか?」
【明日香】
「私は単純にお客として入るだけだよ。大丈夫! 玉泉の仕事の邪魔はしないから」
【英里子】
「いらっしゃいませ。おお、渡来さん! 来てくれんだー」
【明日香】
「こんにちは。今日は久しぶりにひとりでのんびりしようかなって思ってきたんです」
【英里子】
「そうなんだ。とりあえずたまひよ、渡来さんを席に案内しといて」
【日和子】
「私、今来たばかりなんですけど……」
【明日香】
「まあまあ、私は玉泉店員に席まで案内してほしいのだよ」
【日和子】
「ギロ」
おーこわ。おいおい先輩に対してその目はダメなんじゃないか?
【明日香】
「なににしようかなー」
席に通されてメニューを広げる。どれも美味しそうだけど今の気分は甘いものが食べたい。
【明日香】
「すみませ~ん」
【日和子】
「ご注文はお決まりでしょうか?」
無愛想な顔をして玉泉が席まで注文を取りに来た。いや、こっちはお客様だよ。もう少し愛想よくした方がいいんじゃないかな?
なんて思いつつメニューを伝えて仕事をしている玉泉を観察する。
彼女の動きはマニュアル通りというか真面目さがにじみ出ているのがすぐに分かる。
身近で知り合いが働いているところを見る機会は少ないから面白いなと感じた。
【明日香】
「そろそろ帰るか」
お会計を済ませてアレキサンダーを出た。外はしっかり夜で眩しすぎる街灯に目がチカチカする。
急ぎ足で駅まで向かう途中、面白い出会いがあったんだ。
【小鳩】
「えっ……? わ、わたらいさんですか」
この素直で可愛い子は羽田君の妹さんの小鳩ちゃん(私がちゃん付けで呼んでたら羽田君はニヤニヤしてたけど)
【明日香】
「こんばんは。小鳩ちゃんは今帰り?」
私は外行きの行儀の良い自分で接した。いつか彼女とも素で接することができればいいなあと思う。
【小鳩】
「はい、ちょっと明日のごはんの買い物をしてたんです」
体を小刻みに動かしながら答える。ちくしょーなんて可愛いんだ、私もこんな妹がほしい。
【小鳩】
「わたらいさんはお出かけですか?」
【明日香】
「うん、そうなんだ」
【明日香】
「ねえねえ、小鳩ちゃんはお兄ちゃんに何かプレゼントは上げたりするの?」
【小鳩】
「えっ……?」
少し驚いた顔で私を見てる。羽田家の兄妹関係がどうなのかな? 私が見る限りはすごく仲がいいと思う、ていうか羽田君はちょっと過保護すぎる気がする。
【小鳩】
「うーん、今かんがえているとこです」
【小鳩】
「私も誕生日のときにタカシお兄ちゃんにお祝いしてもらったからお返しをしないといけないんです」
【明日香】
「そうなんだ。小鳩ちゃんからのプレゼントならどんなものでも羽田君は喜ぶと思うよ」
【小鳩】
「そうだといいなあ」
【明日香】
「ここまでだね、ちょっと待っててね。すぐに着替えてくるから」
女の子を夜ひとりで帰らせるわけにはいかないもんね。それに羽田君の妹なら私にとってもすごく大切な存在だからね。
【明日香】
「お家まで送っていくから」
【小鳩】
「ありがとうございます……」
【明日香】
「今まで本当に大変だったでしょ」
【小鳩】
「えっ……」
【明日香】
「大好きなお兄ちゃんじゃなくて違う人が目の前にいるんだもんね」
【明日香】
「それはすごく辛くて悲しいことだよね」
【小鳩】
「そうですね……」
【明日香】
「でも羽田君は言ってたよ。『小鳩が僕のことを本当の兄妹だと思ってくれるように頑張る』って」
【小鳩】
「そうなんですか?」
それから学校のこと、友達のこと、女のどうしじゃないと話せないことをたくさん話した。
【小鳩】
「送ってくれてありがとうございました」
お辞儀をして小鳩ちゃんが家に入るのを確認してから家に帰る。
夜の空はすごく綺麗でたまには見上げてみるのも悪くないなと思った。
【明日香】
「もうこんな時間……」
どうやらお昼前まで寝ていたみたいで起きてから時計で時間を確認してからようやくわかった。
休みの日は遅くまで寝ていることが多いんだけど今日は昨日の続きで誕生日プレゼントを選ばないと──
──まだ寝たりない体を起こして少し熱めのシャワーを浴びてから着替える。
出かける支度を整えてから髪をセットする。鏡の前では笑顔の練習、いい女になりたいから。な(略)
電車に揺られながら今日の予定を考えた。とりあえずプレゼントが売ってそうなお店を見てまわろう。
それからはどうしよう? すぐに帰ってから休むのもいいとは思うんだけど。
ふと、昨日小鳩ちゃんが言っていたことを思い出した。
【小鳩】
「誕生日パーティーをやるのはどうでしょう?」
【明日香】
「誕生日パーティー?」
【小鳩】
「タカシお兄ちゃんは今まで誕生日をちゃんとお祝いしてもらったことがないんです」
【小鳩】
「だから、誕生日パーティーをしたら喜んでくれると思います」
【明日香】
「そうなんだ、それはいい考えだね」
誕生日パーティー。いいかもね、もしやるとしたら場所はどこでやるのがいいのかな?
やっぱり羽田君のお家、それともどこかちゃんと場所を用意してやった方が……
もしも羽田君ならどうするだろう。私の誕生日パーティーをどこでやるんだろう。
彼ならたくさんのひとを呼んでお祝いしてくれると思う。
私は誕生日プレゼントを買う前にいつも彼と寄る洋食レストランへ向かうことに。
【紀奈子】
「あ、渡来さんだあ。今日も来てくれたんだね」
【英里子】
「おおー、いらっしゃいませ」
【明日香】
「こんにちはー」
日野さんに席に通されて店内を見渡す。
【明日香】
「すみません。店長さんはいらっしゃいますか?」
【英里子】
「えっ……渡来さん店長に何か用あるの?」
【明日香】
「はい、ちょっとした用事が」
【狩男】
「ほう、美女からのご指名とは嬉しいな」
髭に手を当ててハンサムな顔で近づいてくる店長さん。相変わらず面白いひとだなあー
【明日香】
「今、お時間は大丈夫ですか?」
【狩男】
「ああ、問題ない。客も落ち着いてきたところだ」
私は羽田君の誕生日パーティーをアレキサンダーでやりたいということを店長さんに伝えた。
【明日香】
「どうでしょう?」
【狩男】
「いいだろう、そういうのならこっちはいつでも大歓迎だ」
【狩男】
「当日は当店を貸切にしてやろう。友達をたくさん連れてこい」
【明日香】
「ありがとうございます」
親切な人でよかった。これで会場の確保はできた。
【紀奈子】
「羽田君の誕生日パーティーかー面白そうだね」
【英里子】
「そうですねーていうかそれ、うちらも参加していいの? 渡来さん」
【明日香】
「もちろんです! 皆さんで楽しくやりましょう」
【紀奈子】
「わーい、でも誕生日プレゼントを用意しないといけないのかな?」
【明日香】
「それはおまかせします」
【狩男】
「なら俺は厳選したちょっとアダルティなDVDでもやることにするか」
【英里子】
「店長、もう少し健全なものでお願いします」
【狩男】
「何を言うか日野君! 俺が厳選したコレクションのどこが不健全だと言うんだ!」
【英里子】
「いや……だってねー」
【紀奈子】
「ねー」
望月さんと日野さんはお互いの顔を見合わせながら答える。確かに店長さんの選んだものは正直心配でもある……。
【明日香】
「ごちそうさまでした」
アレキサンダーで少し遅めの昼食を取って、グローブ通りに向かう。早くプレゼントを選ばないと!
【明日香】
「良かったー買えて」
お店でプレゼントを買い終わって店を出る。何を買ったかはナイショだよ。
【明日香】
「羽田君喜んでくれるといいなあ」
今度小鳩ちゃんとパーティの打ち合わせとかもしないとね。
【和馬】
「あれもしかして渡来さん?」
【明日香】
「えっ……?」
【和馬】
「久しぶり。今日は羽田と一緒じゃないんだ」
彼は一年の頃私たちと同じクラスだった森里和馬君。
私はあんまり話したことはないんだけど羽田君にとっては大切な友達でもある。
最近は病院を退院して元気に過ごしているみたい。
【明日香】
「森里君はこんなところでなにしてるの?」
【和馬】
「ちょっと知り合いにプレゼントでも贈ろうかなって思ってたんだよね。それでいい店探してたんだ」
【明日香】
「そうなんだー」
【和馬】
「そういえばもう少ししたら羽田の誕生日だよね? やっぱり渡来さんは何かプレゼントするの」
【明日香】
「うん。実は今日そのプレゼントを買いに来てたの。驚かせたいから羽田君には内緒ね」
【和馬】
「へえー、俺もアイツに何か上げたほうがいいんだろうかねー」
【明日香】
「森里君からのプレゼントならきっと喜ぶと思うよ」
【和馬】
「そっかなへへへ」
森里君と少しだけ話をしてからうちに帰ることにする。正直目的は達成できたし、長くいる理由はどこにもないしね。
【明日香】
「誰だこんな時に」
家に帰ってのんびりと過ごそうと思っていたのに空気を読まない人もいるもんだ。少し不機嫌になって携帯のディスプレイを見る。
“羽田鷹志”と言う名前が表示されているを見てさっきまでの不機嫌さをどこかへ吹き飛ばして電話に出る。
【明日香】
「もしもし」
【鷹志】
「もしもし渡来さんこんばんは。僕だけど今大丈夫かな?」
【明日香】
「うん」
【鷹志】
「突然なんだけどね、明日は休みでしょう? だからどこかに出かけたいなあって思ったんだ。渡来さんは行きたいところはあるかな?」
【明日香】
「うーん。特にはないかな」
【鷹志】
「そうなんだ。それなら僕の買い物にちょっとだけ付き合ってほしいと思って」
【明日香】
「買い物? いいよ。何を買いに行くの」
【鷹志】
「新しい靴を買いに行こうかなって、ネットで新しいお店ができたっていうのを知ったんだ」
【明日香】
「そうなんだ」
【鷹志】
「うん、まあ、本当はひとりで行っても良かったんだけどね。せっかくだから渡来さんと一緒に行きたいなあって」
【明日香】
「あはは、それは嬉しいな」
羽田君最近では今まで以上に積極的になってる気がする。でも悪い気はしないんだよねー前までの羽田君は遠慮がちで自分からどこかに誘うなんてことはしなかったし。
【鷹志】
「渡来さんと一緒に行った方がきっと楽しいと思うんだ。それに僕よりもセンスがあるからね」
【明日香】
「そんなことないと思うよ。うん、まあ、普通かな」
【鷹志】
「あはは」
【明日香】
「うん。それじゃあ明日の九時頃にね」
【鷹志】
「また明日。おやすみなさい」
もっと長く話していたかったけど彼が勉強をしないといけないからって言うから電話を切った。
入院する前に病気に対する知識を少しでも頭に入れておきたいんだって。
【明日香】
「明日が楽しみだなー」
できることなら毎日、羽田君と一緒に過ごしたい。
もうじき柳木原を離れる彼と少しでも長く居て思い出をたくさん作りたい。
後ろ向きな思考はしたくないけど、夜が訪れる度に不安になることがある。一生の別れじゃないのは分かってるんだけどこれからは会えなくなる時間が増えてくる。
【明日香】
「やめやめ」
前向きでいよう。羽田君みたいにどんなことでも前向きに捉えられるような人間になろう。
今は少しでも長く彼の傍で笑っていよう。
一日歩き回って疲れていたのかベッドに入るとすぐに眠りに落ちることができた。
おやすみなさい。
【明日香】
「お待たせ」
【鷹志】
「おはよう。僕も今着いたところだよ」
私が待ち合わせ場所に来た時にはもうすでに羽田君は付いていたから少し待たせちゃったかもしれない。
【鷹志】
「今日は付き合ってくれてありがとう」
【明日香】
「うん、いいよ。たまには羽田君の買い物に付き合うのも悪くないしね。最近は私の買い物ばかりに付き合わせちゃってたから」
【鷹志】
「そんなことないよ。僕は渡来さんと過ごせる時間を大切にしたいと思ってるんだ」
二人で並んで歩く、いいなあこういうの。以前の自分なら男の子と一緒に歩くなんて鬱陶しいだけだと感じていたから、といっても一緒に歩く男友達なんて何人もいるわけじゃないんだけどね。
やっぱり《恋》をした事で毎日変わっていってるんだろうなあ──
──毎日些細なことにもフォーカスを合わせて広い心で世界を見ることができるようになった。
羽田君のおかげで本当に充実した日々を過ごせている。
【明日香】
「この辺に靴を売ってるお店なんてあったっけ?」
【鷹志】
「最近できたみたいだよ。僕もこの間ネットで知ったんだ。なんでも若い人に人気のお店なんだって」
【鷹志】
「女の子向けの靴とかも置いてるみたいだよ。行く前に少しだけ調べておいたんだ」
【明日香】
「そうなんだ。じゃあ、いいのが見つかったら私も買おうかな~」
【鷹志】
「着いたよ」
色々と話をしているうちにお店に到着、なかなかいい感じのお店じゃんか。
最近オープンしたばかりっていうのは本当みたい。綺麗な内装に靴が几帳面に並べられていていい感じ。
へえー、二階は洋服やアクセサリー売り場になってるんだー後で覗いてみようかな。
【明日香】
「こんなお店もあったんだねー」
【鷹志】
「さあ、中に入ろうか」
羽田君は優しく私の手を引いてお店の中に連れて行ってくれた。ちょっと恥ずかしかったけど悪くないね。
【鷹志】
「うーん、種類が多いなあ。どれがいいかな」
羽田君は靴を手に取ってあれこれ考えている。何かアドバイスしてあげようかな。
【明日香】
「これなんていいんじゃない?」
黒のローファーを取ってみる、うん、これなんていい気がする。
【鷹志】
「へえー、渡来さんは靴には詳しいの?」
【明日香】
「そんなには詳しくないよ。ただ、この中だとこの靴が一番羽田君に似合う気がしたの」
【鷹志】
「なるほど。実は最近千歳くんが履いていたスニーカーを履いてるんだけどなんかしっくりこなくてね。僕にはああいうかっこいい靴は合わないと思うんだ」
【明日香】
「へえー、今履いてる靴がそのスニーカー?」
【鷹志】
「そうだよ。どうかな? 一応靴に合う服装に気を遣ってみたんだけど」
羽田君の足元を見ると白いスニーカーを履いているのが分かる。私はすごく似合ってと思うんだけどなあ
【明日香】
「私はいいと思うよ。似合ってる」
【鷹志】
「そう? 渡来さんにそう言ってもらえて嬉しいなあ。だけどやっぱり新しい靴を買うことにするよ」
【明日香】
「それじゃあ一緒に選ぼうよ。渡来さんの意見も聞きたいなあ」
そして羽田君とあれこれ言いながら二人で靴選びを再開した。
【鷹志】
「ありがとう、渡来さんのおかげで買うことができたよ。やっぱり僕とはセンスが違うなあ」
羽田君は嬉しそうに何度もお礼を言ってくれた。彼氏の役に立てて素直に嬉しい、彼といるとどんな小さなことでも興味を持てる。
感性が豊かな人になることもできる。
【明日香】
「私の方こそ今日はすごく楽しかったよありがとう」
誰かと笑い合えるって本当にいいことだよね。うん、そうだ。
【鷹志】
「今日はせっかく付き合ってもらったんだから家まで送らせて貰うよ」
【明日香】
「ありがとう」
帰り道では色んなことを話そう。この幸せな時間が少しでも長く続きますように
【明日香】
「そういえば、羽田君がいつも言ってる『世界が平和でありますように』って何かのおまじない?」
【鷹志】
「えっ……ああ、うん、それに近い意味なんだけどね。うーんなんて説明したらいいんだろう」
羽田君は頬を掻きながらしばらく考えている。
【鷹志】
「あの言葉は僕がまだ小さい頃に優しかったおじいさんに教わった大切な言葉なんだ」
そして羽田君はその言葉を教わった過去を教えてくれた。
【牧師】
「いいかいタカシ君、君は誰にも負けない優しさを持っているんだ。だからこそ常に誰かの幸せを願いなさい。いいね」
【鷹志】
「……」
【牧師】
「その優しさはこの世界できっと必要なものになるだろう。だからいつも笑顔を絶やさないように」
【牧師】
「君に特別な言葉を教えよう『世界が平和でありますように』どうだ? いい言葉だろう」
【鷹志】
「そのことばはどういういみなんですか?」
【牧師】
「意味、意味か、そうだな常に心を平静に保つおまじないとでも言っておこうか」
【鷹志】
「おまじない?」
【牧師】
「そうさ、いつも世界の平和を願っていればきっと自分にも幸福が訪れるということだ」
【鷹志】
「おれにもくるかな?」
【牧師】
「もちろんさ。タカシ君にもきっと幸せがやってくる」
【鷹志】
「おじいさん言ったことは本当だったんだ。だって僕は渡来さんに出会うことができた。一番の幸福を得ることができたんだ」
羽田君は照れくさそうにそう言うと私の手を握ってくれた。羽田君の手、暖かい。
【鷹志】
「この感触は本物だって信じているから」
【明日香】
「うん、そうだね」
ふたりで帰る時間はあっという間に過ぎて私の家の前まで着いた。少し名残おしいけどワガママを彼を困らせるわけにもいかない。
【鷹志】
「あっという間に着いちゃったね。渡来さん今日は本当にありがとう」
【明日香】
「うん」
【鷹志】
「渡来さんちょっといいかな」
【明日香】
「なに?」
羽田くんの傍に寄ると彼は私のほっぺたに優しくキスをしてくれた。
【鷹志】
「今日はこのくらいしかできないけれど、僕からのささやかな贈り物だよ」
【明日香】
「いきなりすぎるよー」
顔が真っ赤になっていて彼の事を真っ直ぐに見つめるのが恥ずかしい。時々羽田君のみせる大胆な行動にやられてしまうことも結構ある。
【鷹志】
「ごめん。さっきまで我慢してたんだけどね。つい」
【明日香】
「まあ、ひとがいないところだったから良かったけど。でも、嬉しいな。ありがとうね」
【鷹志】
「それじゃあおやすみなさい」
【明日香】
「おやすみー」
羽田君と別れてひとり夜の空を見上げてみると綺麗な星空が浮かんでいた。この群青色の空もたまには悪くない気がする。
彼の好きな白い空とはまた違った色だけどね──
──いつも私に幸せをくれて本当にありがとう。見えなくなった背中にそうお礼を言う。な(略)