永遠なる生命の落ち目
9月17日 晴れ 午後8:00時
月が霞む
もの珍しいことのない冷えた空に月が霞む。
生命の囁きも、生温い息吹きも、掻き消してしまう様なこの空に。
私は願い事をしに来た。
「お月さん、もし願いを叶えてくれるなら―」
呟いたその先から言葉は空に溶け、遂には先回りをして言葉達を溶かしていく。
“もしも……”
そんな言葉を聞き流す様に綺麗な月はニッコリと私に向かって微笑んだ。
グロテスクな月。
冷えた風、冷えた空気、冷えた空。
冷やかな其処でにこやかな其れは何処までもグロテスクであった。
そんな中を私はひたひたと歩く。
寂しい一本道に人影は他にない。
「酷いもんだ、一切そう白けだ」
聞く人もいない中で独白染みた一人ごとが続いた。
「なんでこんな事になった」
思えば人生こんな事ばかりである。
父は何処かの姫に求婚し始めるし、破れかぶれで呑んだ薬で不老不死にはなるし、急な事が多すぎやしないだろうか。
思えば昔から自分は思いつめる性質であったし、そうなると一直線の事も分かっている。
そして何時だって後から後悔するのである。
今日のこの日の出来事が後に何かしらの後悔を残さない事を祈るのみである。
「煙草でも吸わないとやってられない」
人体発火人間である私は指の先に火を燈し。
煙管に詰めた草を燃やす。
赤く灯った其れは頭上で明るく輝く其れ以外、この空間の中では唯一の光源であった。
そうやって歩きながらやっと着いた道。
「明日は雪が降るかな」
そう、私がこんな事をするなんて本来なら掛け値なしに有り得ない。
なんたって私がである。
その人生の起点となったクソアバズレに頭を下げに行くのだから。
「本当に有り得ない」
目の前に広がる竹林に、私は一歩を踏み出した。
吐いた煙は闇夜に溶け、其れをただ月だけが見ていた。
―――――――――
因幡の白兎は何を踏み台にして島を渡ったんだったか。
御伽噺の中では珍しく、彼の物語は狡賢い兎が主題であった。
とても寂しいと死ぬという特殊機構を備えているとまことしやかに囁かれているものの所業とは思えない。
そもそも、私は其れを真っ向から否定しなければならない。
目の前にいる兎と来たら、それこそ物語の兎の様に狡賢い笑みを浮かべて私の前を通り過ぎた。
もう一人の臆病者は姿さえ見せず、気配だけが離れて行った。
今宵の永遠亭は風も其処まで強くなく、森のさざめきよりも蝋燭が紙を炙る音が目立つ程の静けさである。
「こんばんは、と言っておいた方がいいかしら?」
一つの障子の隙間から声が掛かる。
「いらないよ、そんなの」
私は一瞥もくれず、薬師の部屋を通り過ぎ最奥へと至った。
「今日はそんな気分じゃないんだけど」
永遠亭の姫様はいつも気怠い所をより一層気怠そうにして縁側に座って月を眺めていた。
私には目も向けない。
「奇遇だな、私もなんだ」
「は?じゃあ、何の用なのよ?」
胡乱な瞳をこちらに向け反応を窺っている。
「一つ聞きたいことがある」
「……なによ?」
静かなこの場所では一つ一つの言葉が空気に響く。
「この前の満月は何時だ?」
月はとても大切な存在である。
些細な問題ではあるものの今回は根拠があるのだ。
「は?そんなこと?」
彼女はそんなことの為にわざわざ此処に来たのかと嘆息をした。
「月の事を聞くのにお前程の適任もいないとおもってさ」
「そりゃそうかもしれないけど……」
其処で口篭もる。
何かしら不満そうにしている様子。
いや単に面倒くさいだけか。
こうなったら簡単である。
「なんだよ分からないのか?」
ニヤニヤしながら言う事がポイントである。
そうすれば―
「分からないとはいってないでしょ!!待ってなさい、今思い出すから!!」
とこうなる。
縁側に座りながら考えているのか黙って月を見上げている様はとても幻想的ではあるのだが……
「覚えてない……よな?」
一向の動こうとしない彼女に問いかける。
「有り得ない」
彼女の一声はそれであった。
「私が満月の日を忘れている?」
自身への問い掛けは続く
「有り得ない、そんな訳ない、でも……」
そう言ってこちらを見る彼女。
「「覚えていない」」
月は闇夜にあって、静かに皆を見つめているだけではない。
その姿を変え、日々変化するそれは吸血鬼等の人外、はたまた魔法使いなど、ひいてはこの幻想郷に存在する全ての人々にとって、無視できるような存在ではない。
自分の命が掛かるような状況下で其れを把握しない訳がない。
しかし、この月から来た月の姫でさえも駄目だというのである。
もっというのなら、私が今回異端だと思った根拠をあげさせてもらおう。
「人の里に稗田家というのがあるのを知ってるだろう?」
「あの幻想郷の歴史を生まれ変わりながら編纂して行ってるっていう変態のこと?」
「……言い方が過激ではあるが概ねあってる」
人里に於いて重要な地位に就き、短命と言う家系の宿命を背負いながら歴史を編纂している今代の当主。
名は稗田阿求。
その家系はある特殊な能力を代々授かって生まれてくる。
「その当主が覚えていない」
これは止めだと思うのだ。
その特殊な能力とは、一度見たもの、感じたもの、触れたもの、体験したことを忘れないという能力。
彼女は自分の中にある事柄全てを記憶していて、決して忘れることがない。
「有り得ない」
輝夜の口からもう一度その言葉が漏れた。
「そう、有り得ないんだ」
彼女の根幹を揺るがすような問題である。
しかし、其れは於いて置かなければならない。
私は肯定し次へ話しを進める。
「そしてもう一つ不思議な事がある」
相手の反応を待つため一度止めるが、一気に喋りきれと表情に急かされる。
「指摘されるまで、私達は何の違和感もなくその事を受け入れていた」
そう、月の満ち欠けの、殊更満月の記憶がないという異常を輝夜は指摘されるまで何の違和感もなく過ごしていた。
「何処かおかしいんだ、毎日の記憶の中から一日だけスッポリと抜け落ちた様なそんな感じ」
「そう、覚えていないと言うよりも一日の記憶だけを切り取られたような……」
二人で抱いた感覚を照らし合わせていく。
これからが私の勝負になるであろうから気を引き締めなくてはいけない。
「そんな能力を何処かで聞いた事がないか?」
私はある。
輝夜も合点がいったのか其れに頷く。
「ない事はないわね」
其れは人里にて守護を行っている妖怪。
いや、半妖怪。
生真面目な彼女の力はなんだったか。
歴史を喰い、創ることである。
「慧音が消えたんだ」
今回ここに来た理由の根幹が此処にある。
何時からだか分からない、自分にあったのは生活にあった違和感だけ。
「何時からか分からない」
其れに気付かず自分は当たり前の様に日常を過ごし、彼女のいない生活を営んでいた。
「何が起きたのか分からない」
尋ねた寺子屋は誰もいなくて、里の子供たちでさえ寺子屋がない事を日常としていた。
「其れをある人物に指摘されたのさ」
或る葬式での帰り道。
二日間に分けて行った珍しい葬式の日。
何気ない一言が私に今の現状を引き寄せた。
「それで?」
月の姫は其れを聞き、私に問いかける。
「頼みがある」
「却下」
是非もない。
「あんた、私との関係勘違いしてんじゃないの?」
其処で彼女は普段に戻る。
怠惰である彼女が不敵な笑みを浮かばせながら。
「してるつもりはない」
「だったら―」
「其れでも頼んでる」
頼みごとなんて普通にしても聞いてくれない事なんて百も承知である。
だからこそ、彼女にとっても重要な事から入り、彼女にとっても関係のある事とした。
「殺したいような奴に頼らなくちゃいけない自分が悔しいよ」
こいつは私から大切なものを沢山奪った。
「自分で何か出来るのならとっくにやってる」
いくらでも自分の出来る事ならしよう。
「それが無理だからこうして自分にできることをやってる」
こんな事しかできない。
其れが悔しくて堪らない。
私の言葉は静かな竹林の中で響いていた。
「ふ~ん、で?」
それに対して姫はこう返す。
「だから何?」
さっきまでと何も変わらない、唯面倒臭そうに月を眺めている。
「だから私に頼みを聞けって?」
その瞳はこちらに逸らされることなく、一切興味のないものであるという事を示すものだった。
「何で?」
「私の友人を救って欲しいから」
一切の小細工など仕掛けないただ率直に。
「何でもする、私の出来る事なら何でも」
「じゃあその教師諦めなさい」
「其れが出来ないからこうやって頼んでんだよ!!!」
縁側から降りる。
例え視線に入らないまでも、彼女の目の前に立つ。
この時期の土ってやっぱ冷たいんだな。
頭の隅っこでそう思った。
「何する気?」
不機嫌そうな声。
私はその声を聞きながら膝を地面につけ、頭を下げた。
「頼む」
「…………やめなさい」
土についている自分の体勢では輝夜の表情は見えない。
しかし、何時にも増して彼女は不機嫌であった。
「もう喧嘩も売らない」
「やめなさい」
自分の中でこいつに出来る最善の事をあげる。
「もう二度と顔を見せない」
「やめなさい」
輝夜の声は無視し、唯自分の条件を重ねた。
こいつは私に何時も敬えと言っていたか。
「そうだ。今度から敬語で話させて頂きます、だから―」
「やめろっていってんのよ!!!!!!!」
遂に私の声は遮られた。
「あんたなんなのよ!?」
正に爆発したと言えるような声である。
「急に来て頼みを聞け?」
この会話の内に先の会話で溜めこまれた感情が発露した。
「私の友達を助けろ?」
静けさを吹き飛ばす様に、その声は発せられた
「ふざけんじゃないわよ!!」
「全部自分勝手じゃない」
怒声はまだ続く。
「勝手に来たかと思えば聞きたくもない話し聞かされて」
彼女にとって私の存在など紛れもなく迷惑そのものであっただろう。
「終わったかと思ったら、見たくもない女のみっともない土下座見せられて」
その迷惑な女に最後は土下座までされて、見苦しいったらないに違いない。
「これから二度と顔も見せません、だから願いを聞けですって!!!!????」
自分がでどれだけ自分勝手かも理解しているつもりだ。
だからこそ私は彼女の求める事なら惜しまない。
「挙句の果てにあなたの事を敬いますと来たもんよ」
ハッと鼻で嘲笑って立ち上がるとこちらに近付いてくる。
ガッ!!!
私の目の前まで来たかと思うと輝夜は私の頭に足を踏み下ろした。
「グッ!」
短い声が口をついてしまう。
「その姿はね、安いもんじゃないの」
ぐりぐりと、憎しみをぶつけるように力強く踏みつけられる。
「あなたにとって一世一代のつもりかもしれないけどそれ、首差し出してんのよ?わかってる?」
貴族の家にいたのだから其れぐらいの知識はあるつもりだ。
「何されても構いませんってことなの、そんな覚悟あなたにあんのって聞いてんのよ!!!!!」
ダンッ!! ダンッ!!
何度も何度も踏みつけられて、その度に私の頭蓋骨が砕ける。
其れぐらい威力の籠もったものであったし、何をしても構わないと言ったものに気にするような事でもない。
そしてその度ごとに蓬莱の薬は力を発揮し私を死の淵から呼び戻す。
「覚悟、、、なら、、、、あり、、、、、ます」
途切れ途切れに出した言葉の瞬間。
ぴたりと足が止まり、私の頭の横擦れ擦れに短刀が投げられた。
「分かったわよ」
そう言って頭から足をひかれる。
「顔あげなさい」
少しよろけてしまったが、体を起こした。
「これ、飲んで」
そう言って差し出されたのは白い包み。
私に逆らうという選択肢は存在せずその薬を飲んだ。
呑んだ事を確認すると、
「それじゃ、それで利き手から爪を剥いで行きなさい」
指差した其れとは当然短刀のことである。
「言っとくけど空中でだから」
それで爪を剥げと、輝夜はいった。
「……分かった」
私は地面に突き立った短刀を取り、自分の利き手とは反対に持つ。
月明かりを受けて青白く光るこれは、良い切れ味を連想させる。
「ァ、、、」
そして肉と爪の間に短刀を入れた。
「、、、、、、」
叫び声はあげない、唯目を閉じ、痛みに耐える。
深くまで達したら其処から上に向かって力を加えないといけないのだが、安定した場所でやっていない為力が入らずうまく剥げない。
「、、、」
爪は剥げず唯々痛みが募る。
姫様はそんな私の姿をつまらないものを見る様な目で見ていた。
「ふっ、、、ふっ、、、」
息も荒くなる。
其れでも剥ぐため、腕に力を入れ力任せに挙げる。
必然的にナイフは指に突き立てる形になりさらに痛みが増した。
「あ、、、あああ、、、ぁ」
めりめりという肉の裂ける音をさせながら、血を滴らせつつ、なんとか一枚剥ぎ終わる。
その爪をどうしようかと思い悩んでいたら―
「そんな爪持っててどうすんのよ、其処ら辺に捨ててさっさと次の爪剥ぎなさいよ」
と声がかかった。
さっきまで体の一部だった其れを地面に投げ捨て、私は人差し指の爪に取りかかる。
―――――――――
利き手が終わると―
「じゃあ次はその反対ね」
との声が掛かった。
「ッ!、、、」
ここで問題が起きる、利き手に力が入らないのだ。
それはそうだ、なんせ爪を剥ぎ取ってしまった。
出血は収まることなく短刀は血に塗れていた。
後先考えず力任せに剥いだ代償は大きく、深くまで抉られた利き腕は短刀を持つ事がやっとの状態となっていた。
「ちなみに、回復なんて待ってても無駄だから」
輝夜の口からその言葉は発せられた。
「ぇ、、、、、」
思わず口についた叫び声に其れ見た事かと輝夜は嗤った。
「さっきの薬、蓬莱の薬の力を極限まで遅くするの」
とても楽しそうに告げる彼女。
「どう?痛い?」
嬉しそうに漏れる笑い声。
そうだ、こんな女なのだ、人を馬鹿にして悦に浸り、人の苦労を嘲笑う。
其れがこの女なのである。
だからこそ、父上はこの女に弄ばれた。
様々な思考が頭の中を駆け巡り、私の中に燻っていたこの女への憎しみがまた燃え上がる。
「その程度の痛みに耐えられないで、軽々しく土下座なんてしないで」
そんな私を見て、再度つまらなさそうに私を見下す輝夜。
「さぞかし憎いんでしょうね。」
静かになった永遠亭で聞こえるのは輝夜の声と私の荒い息遣いくらいである。
「理由もなく痛みに晒されて、頼みの綱も無くなって、そんな事をした私が憎いんでしょうね」
そう言って少しづつ近寄ってくる彼女は私の顔までグイッと顔を近付けた。
「私、何か悪い事したかしら?」
本当に不思議といった顔を浮かべてこちらを見る輝夜。
声はあげない。
彼女の機嫌を損ねる訳にはいかないから。
しかし、胸の内では何度掴みかかり、何度その顔面を殴り潰したか分からない。
「そう、あんたは何時だって自分勝手」
その上でこの女は私を罵倒してきたので或る。
「私が、、、何時、、自分勝手だった!!」
思わず叫んだ。
私は慧音の為を思って行動している。
「全部、、、全部、、お前のせいだったじゃないか!!」
父上を誑かして、私の大切なもの全て奪って。
そんな奴でも慧音を救う為に必要だから。
憎い奴だけど頭まで下げて。
「私がこんなんなっちゃったの、、、全部お前のせいだろ!!!」
爪の、痛みの問題だけではない。
元を糺せば全部こいつが悪いのだ。
不老不死になんかならなけりゃ人に嫌われることもなかった。
私の人生は全部こいつのせいで不幸になった。
「責任、、、とれよぉ」
その怒声の最後に出たのは呟きだった。
しかし、自分でもこんな事を言ってしまったことを後悔する。
「その一言が物語ってると思うんだけど」
つい口をついた。
そういう言い訳はすまい。
それどころか口をついたからこそ、私の中の本音はそこにあるのだろう。
「私、あなたが言う所の怨恨に何も関係ないじゃない」
黙って話しを聞く。
「あんたの父親は勝手にあたしの所に来たの。家で待つ子供もそっちのけにして、その子供に適当にお金だけ与えて。」
お前の父親はそんな父親だったのだと。
私は最初から断っていたと。
「薬だってそうよ、私が手付金代わりに渡したのは天皇よ」
其れを大切な人へ贈ったものだとして、逆恨みし、岩笠から奪ったのは誰なのかと。
勝手に盗んだその薬を勝手に飲んで不老不死になったのは誰なのかと。
「不老不死になってあなたを疎んじたのは人じゃない」
自ら決めたそれに対して、人が取った行動は当然なのではないのかと。
自分の行った事の責任なのだと。
「自分の行動に責任も持たないで、他人に責任押し付けて」
其れが今のお前なのだと。
「ほら、あんたはこんなにも自分勝手じゃない」
何か弁明でもあるのかというようにじっとこちらを見る輝夜。
そして私が何も言えないのを確認すると続けた。
「何よりも腹が立つのは、あなたはさっき、今までの人生を貶した」
こんなことになったのはお前のせいだと、私は言った。
「其れってあんたが今までお世話になってきた人達全員を貶してることと同じだって気付いてんの?」
全部お前のせいだと、私は言った。
「あんたが仮りにでも命を張って救いたいと言ったその人を、今まで世話になってきたであろう人達を」
責任をとれと、私は……言った。
「あんた自身が馬鹿にした」
そんなつもりはなかった。
そんな事は言えない。
だって私はそう思っていたんだろうから。
人に疎まれ、人が嫌いになった。
そしてそんな生活を送らねばならなくなった原因を私は何処かに求めた。
その結果がこれである。
本来罪のない自分に殺意が向けられ、毎日毎日怨嗟を吐かれる日常を彼女は予想しただろうか。
理由を聞くとその女はこういうのだ。
“あんたが天皇に贈った薬を奪って、私が飲んだら不老不死になった、如何してくれる!!”
そんなもの知るかというのだ。
私だってそう思う。
自業自得。
其れを私は日々呪い、毎日のように殺し合った。
でも、そんな日々が不幸のみであったかと言われたらそんなことはない。
たくさんの人に世話になった。
逆に妖術が使えるようになってからは人からも感謝された。
笑顔を自分に向けてもらえるのはとてつもなく嬉しかった。
なにより、自分にやけに世話を焼いてくれる彼女にあってからは格別である。
たくさんの時間を過ごし、たくさんの経験をした。
その営みを私は胸を張って幸せたと言える。
「そうだよな」
其処まで考えに至って私は得心がいったのである。
全ては自分の都合であった事。
「私は幸せだった、だからこそ、守りたいと思ったんだ」
輝夜を見る。
「友達を救いたいからじゃない、私自身の為に頼みたい」
やはり彼女は不敵な笑みを見せるのである。
「なによ」
だからこそ、得心がいったからこそ対等に。
「私を助けてくれ」
私の幸せな人生のその中に、振り返ると真に不本意ながら、こいつもいるようなので。
敬語なんて使わない。
これからも喧嘩するけど、これからもいがみあうだろうけど、それも幸せなのだと分かったから。
そして彼女はそのいやらしい笑みを顔に貼り付け、もったいぶりながらいうのだ。
「まぁ話くらいはきいてあげましょ」
いつもの様にそう言って、それから黙って私の頼みごとに耳を傾けていた。
本当に口の減らない、生意気な女である。
私の話しを最後まで聞くと、姫様はその重い重い腰をあげた。
「私じゃあちょっと用事があるから」
そう言って部屋の奥に入っていく。
「頼んだよ」
私が声を掛けると、
「別に、頼まれごとをしに行くんじゃないんですけど」
そう言って返してくる。
其れからまた、何か伝え忘れたのか踵を返してもう一度こちらを向く。
「わすれないで、あなたが不幸だといった、薬をのんでからの人生がなかったら、今のあなたはいないという事」
「今のあなたはそんな不器用ななりにでも幸せと言える生を掴めた事」
「其の中で大切なものが出来て守りたいと思ったこと」
その言葉は続けて、でも一つ一つ区切りながら投げ掛けられた。
「私は、たくさん、本当にたくさん、思う所はあるけれど―」
其処で一度止める、なんだ、何を言おうとしているのだこの女。
「あなたと出会えてよかったと思ってる」
亜然、命を狙った女に向かって、この女は出会って良かったといったのである。
「だから分かって、軽々しく全てを捧げるなんて言わないで」
永遠の命を軽々しく扱わないで。
「もう会いに来ないなんていわないで」
両方が幸せと感じたこの瞬間を奪わないで。
「私に敬語なんて使わないで」
そう言って月の姫様は奥の部屋まで消え、後には地面に跪いたままの私だけが残った。
長時間、素足で地面にいたものだから体が冷えて困る。
私は懐から煙管を取りだし、吹かし始めた。
今の人生がなかったら、きっと私は輝夜を恨んで、一人寂しく死んでいったのだろう。
普通の人として、平凡に。
でもきっと、自分勝手な私の事だから、その恨みに執着して、幸せな人生なんて送れなかったに違いない。
手、痛てぇなぁ。
未だダラダラと垂れ続ける血も相まって慣れない左手で煙管を握った。
ふぅ~
慣れない手で持った煙管は微妙に合わないのか煙を吸いにくく、少ししか吸えなかった
「月が綺麗だねぇ」
夜空を見上げると其処にはにこやかな月があり、頼りないながらにあがった煙は手繰り寄せられかのように綺麗に月まで昇って行った。
申し訳ありません、指摘を頂いて気付いたのですが、“斬れないものはほとんどない”以降で日付を書くのを失念していました。つけたしていますのでよかったらご確認ください。
感想、ご指摘ありましたらよろしくおねがいします。