幻想郷フハフハン録   作:加具

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都合の良いお話

真っ紅な点と点、真っ紅な線と線、紡ぎ合う運命の舞踊曲(ワルツ)

 

9月15日 午後6:00 曇り

 

 

「ラララン、ラランランラン」

 

コツコツコツ

 

手繰る。

糸を手繰る、意図を手繰る。

 

紅い紅い運命の糸。

 

「ララララン、ラランランラン」

 

コツコツコツ

 

見つけなければならない。

手繰るべき運命を、進むべき道筋を。

 

私の眼前には那由田を越える糸の群れ。

押しつぶされないように手繰る。

 

「ララララン、ラランランラン」

 

コツコツコツ

 

頭上には星屑の様に垂れる糸達。

恐るべき過程の塁弩。

 

自在には捌けない、それが分かっているからこそ、私は運命を操れる。

 

「ララララララン、ララン」

 

コンコン

 

「入っていいわよ」

「お嬢様ティータイムの時間ですよ」

 

一礼と共に入ってきたのは家の優秀な従者。

薄暗いこの紅魔館で唯一の人間。

 

「そこに置いといて」

「かしこまりました」

 

今座っている椅子の近くの机をさす私と、そこに準備を始める咲夜。

 

「大丈夫ですか?」

「当たり前じゃないの」

 

ホントはとても面倒くさいのこの作業、やめていいかしら私。

私は運命を読んで手を伸ばした先にタイミングよくお茶がくる。

 

うん、今日の紅茶もうまい。

 

「そういや、絆創膏程度なら館の経費で落としていいから」

「……ハイ、ありがとうございます」

 

今日は美鈴に咲夜が服を縫う決意をする。

針仕事が実はあんまり経験がない咲夜は手に生傷をこさえまくると。

 

メンドイ、メンドイ、実にメンドイ。

それから作っている所を妖精メイドに見られて、その軽いお口から耳に入った門番がソワソワしだす。

 

狙い澄ましたかのようにその頃に意味分からん推理をかました魔理沙と妖夢が其の隙をついて門を突破し、私の所に来る。

私としてはそんなこと知るかであるのだが、役立たずで終わるのは私のプライドに関わる。

 

よって知ることになった事の真相であるが、私にとっても思いの外都合の悪いものであった。

仕事が見事に後一つ増えてしまった。

 

過程などを知る段階で気付くべきはずだったのに。

 

残念なことに其れは起こってしまって、もう取り返しはつかない。

 

「あぁ、また間違えた」

 

だからなんとか探そうと糸を手繰る。

高々何㎜に見えるこの糸は恐ろしく儚く、細く、千切れそうで目には見えない様な所で実際に選ばれなかった運命は千切れてしまっているのだろう。

 

過去に於いて伸びるのは、京も垓も越えた糸の寄り合わさった一本の糸である。

それは俯瞰できるものの操る気を一切起こさせないものだった。

 

なんせ今ここにいる自分はその流れによって生まれた自分である。

 

一つのささいな変化がまかり間違って咲夜や私など、誰かを殺してしまうかもしれない。

 

「ううん、これも違う」

 

膨大な糸の選び取りが日常であるのなら、その選択一つが変わったことで世界が受けるストレスというのは尋常じゃないものなのである。

それはデータバンクともとれるこの世界の中で負荷そのものでしかなく、そうなった時どうなるのかわからないこの世界で私は過去に抗うことをやめ、とにかく流れゆく現在を綺麗に渡る事を目標とした。

 

ならばこそ、私は選択肢を渡される中での決定を行えばよいのでありその時の結果を予期してのことである。

 

さすがに外に出した時の運命が色々な所での破滅しか捉えられないような存在が我が妹であることに頭を抱えたが、そんな答えが決まってしまった時私は何もできなかった。

 

案外融通が利かないものだと私の頭の中には妙にすとんと納得がいったものである。

だからといってそれが諦めには繋がらなかったようで、私は今もこうして先の道に希望がないかと探し続けるのである。

自分では考えもしないで。

 

屋形の住人はみなどこかしら不健康である。

人間の癖に私に付き添っている咲夜は肌が青白いし、我が親友は喘息持ちの虚弱体質のモヤシッ娘だし。

私が原因とはいえ一人は495年筋金入りの引きこもりである。

元気なのはうちの門番だけか。

 

それでも晴れやかな顔で鼻水たらしながらうちの門に立たれたらそりゃ気にもなるというのだ。

 

望む選択肢を見つけた際は取捨選択となる。

失うものと得るもの、零れるものと拾うもの。

その行いは生きているというよりも取引きを行っているような錯覚に襲われる。

 

可能性でしかものを見ることの出来ない私は乱立する現実から目を逸らす臆病者である。

 

「じゃあ、行ってくるから」

 

紅茶を飲み干して席を立つ。

片づけを行っている咲夜の横を通り過ぎ廊下へとでる。

 

「御嬢様」

 

声に引き止められる。

 

「何よ?」

 

背中越しに咲夜が駆けてくる音が聞こえる。

 

「これを渡して頂けますか?」

 

そうして渡されたのは甘い匂いのする包み。

 

「先程作ったクッキーです、出来あいのもので申し訳ないのですが、渡してもらえませんか?」

 

そうかそうか咲夜が作ったクッキーか……

 

「あなたが渡せばいいじゃない」

 

少し呆れながら声を掛ける。

 

「いえ、姉妹の触れ合いを邪魔する程不粋ではありませんので」

 

咲夜が気を利かせて私にクッキーを持たせてくれたのも分かっている。

だからこそ、そのいらん気の回し様に私は呆れたのだ。

 

「分かったわ。渡しとく」

 

受け取って再び歩き出す私。

後ろには頭を下げて私を見送る咲夜。

その気遣いは嬉しいのだが、私にはある一つの思いが去来していた。

 

 

「私、クッキー貰ってない……」

 

其れが意図してやったものなのか、唯の時々でる咲夜のお惚けなのか、判断に困るが怖くて聞けなかった紅魔館の夜。

 

 

「ラララン、ラランランラン」

 

カツカツカツ

 

或る時、一石が投じられた。

其れは小さな波紋であったけれど、揺らされた水面は延々とさざ波を立てつづけた。

あの時、一度だけ、私が視た運命が覆った。

 

 

 

「ラララン、ラランランラン」

 

カツカツカツ

 

他人が如何生きているのか疑問であった。

常に運命の交差路を歩いている私は決められた道を進めばいいのであって、その先にあるのは予期していた結末である。

しかし、他の者にはそんなものは視えない。

 

「ラララン、ラランランラン」

 

カツカツカツ

 

須らく生命は地図も持たず駆けだした冒険者である。

地図を持っていればいいのだがそんな地図何処にもないし、其れを生命は探そうともしない。

決まった生き方があればと夢想をする者はいても其れを真剣に探そうとする者はいない。

その地図を私は持っているのである。

それも全ての情報が細かに載っているという特注品である。

 

故に、其処に情報があるが故に、私は決まった選択しかできない。

しかし、家のメイドだって、我が親友だって門番だって、これから会う妹だってそんな地図を持たず日々を生きている。

 

如何して生きていけるのか私には不思議でならない。

 

 

「ララララララン、ララン」

 

カツカツカツ

 

一寸先にある闇でさえ、私は怖くて足が竦んでしまうのに。

今自分が何処にいて、何処に向かっているのか、その時に何が起きるのか、第一に向かう場所は合っているのか。

そんな不安を抱えながら生きている生命に私は尊敬の念さえ抱く。

そして同時に、其れが出来ない私はそんな存在の思考を夢想するしかないのだ。

 

カツッ

 

立ち止まる。

目的の場所についた様である。

目の前にあるのは其れは其れは重厚な扉。

 

その扉は既に扉としての概念を失くしてしまったかの様な雰囲気を放っている。

其処が開いて誰かを、何かを通す事を忘れてしまったかのようにその扉は強固に開く事を拒んでいた。

 

舞う埃。

隅っこに張られた蜘蛛の巣。

黴臭い部屋。

 

紅魔館に於いてそんな部屋は此処だけである。

優秀な家のメイドもこの部屋にだけは近付かない様に厳命している。

我が親友に頼んだり、ありとあらゆる方法をもって封印を施した扉は、様々な機構の坩堝と化し、何処を如何触れていいのか私には皆目見当がつかない。

 

その扉には少しだけ隙間があって、其処だけが唯一扉の内と外を繋げる空間であった。

その中には私の血を分けた妹がいる。

 

「フラン」

 

声を掛ける。

 

「お姉ちゃん」

 

かえって来る声は微か。

その微かな声は扉越しに聞こえる。

 

「咲夜からクッキー預かってきたから」

 

隙間から包みを渡す。

 

「ありがとう」

 

そう言ってその包みを受け取る真っ白な手。

 

「お礼なんて言わないで……」

 

扉越しで妹の姿はなんて一切見えない。

400と90と5年、私はこの娘をここに幽閉してから一度も彼女の姿を見たことがなかった。

……あの時を除いて。

 

一つだけ、これだけははっきりしておかなければならない事がある。

この機構一つ一つは確かに強固な結界であるけれど、それはそのために掘られた機構ではない。

この娘の力にかかればこんなもの一瞬で壊せるし、本来ならこんな場所に留めておける存在ではない。

 

この機構の意味は隠蔽。

この娘の存在を世界から隠し、騙し、嗅ぎ付かせない為の術式。

破滅しか見えないこの娘を守るために私が作ったのが私とこの娘の間にある壁の様な扉。

 

彼女が此処にいるのはひとえに私がそう言ったからである。

 

「おねぇちゃんまた今日も見つけられなかったんだから……」

 

何をとは言わない。

口に出さなくても分かっているし、私が行動に出ないと云う事が何よりの答えである。

 

「そっか」

 

その声は明るく振る舞うようで、しかし如何にも寂しさを拭えないでいる。

もう495年の間決まり切った問答であるのに、少女は常に期待しているのだ。

答えを見つけてくれると、何時か、外に自由に飛び立てる事を。

 

そう考えると一層に私に何かが重くのしかかる。

やることは山住であり、与えられた時間は少ない。

急がなければ―

 

私は今日の報告を終わらせると踵を返して部屋を後にしようとした。

 

「待って」

 

後ろから声が掛けられる。

足を止めと次の言葉を待つ。

 

「如何したの、フラン?」

 

続く声は一片の躊躇とそして後悔を滲ませながら放たれた。

 

「……私を此処から出して」

 

こんな事は初めてである。

今まで仕方ないと受け入れてくれていた妹が、私にそう言った。

 

「駄目よ」

 

私は即座に拒否した。

その他の事なら何だって聞いていい。

でもこれだけは駄目なのだ。

 

思考の介在する余地などない。

なんせ運命なのである。

 

「此処から出たらあなたは壊れてしまう」

 

非情にならなければならない時だってある。

大切な妹を、守るためなら。

私は何にだってなれる。

 

私は再び足を廊下に進めた。

 

「待って!!」

 

再び足を止める。

 

「その扉を開ける事は出来ないわ」

 

私は再度その事を告げる。

 

「この前のこと、覚えてる?」

 

彼女が何時の事を言っているのか分からない。

 

「何時の事かしら?」

 

私は聞き返した。

 

「私が此処から出た時のこと」

 

私はフランの声に先日あった私達が起こした異変に一瞬だけ思いを馳せた。

あの日、巫女が私達を退治しに来たあの日、最悪な事に一度此の場所からフランは外に出ている。

私が負けるまでのシナリオは予定通りであったのだけど。

そんなこと私の見た未来にはなかった。

根底を覆し私を倒した後の霊夢は、深淵に至り、この妹と弾幕ごっこをしたのである。

 

「其れがどうかしたの?」

 

あの時には本当にフランが死んでしまうとハラハラしたものだ。

 

「あの日、改めて私は思ったの」

 

あの時、私は思いの外、傷を負っていて、全て後になってから事の顛末を知ることになった。

一頻り弾幕ごっこをし、最後に負けた彼女は再び此処に戻り、今の生活を送っている。

 

「外に出たい」

 

分かっている、この娘が其れを望んでいる事なんてとうの昔に分かっている。

でも、出すわけにはいかないのだ。

 

「フラン、ごめんね」

 

私は、其れに対して謝る事しかできない。

 

「謝らないでいい、でも私をここから出して」

 

妹は強固であった。

しかし、私にも意地がある。

 

「だめ、そしたらあなたは壊れちゃう」

 

私が視た運命は時に唐突に、時に真綿で絞めるように、急激に、ジワジワと彼女に滅びを運ぶのである。

彼女にそんな道を歩ませる訳にはいかない。

 

「じゃあ……」

 

反論の始まり。

 

「じゃあ、お姉ちゃんは破滅をかかえてはいないの?」

「……え?」

 

私に破滅はないのか?

私に終わりはないのか?

 

そんなものの答えは簡単である。

私は運命を操る悪魔、そんな私にとっては実に簡単な問題である。

 

抱えているに決まっている。

 

「生命ってすべからく破滅を迎えるものじゃないの?」

 

その通りである。

其れが運命を背負っているものである限り、全ての者が終わりを迎える。

例外なんて一つだけ。

 

「そこに向かっていくものが命じゃないの?」

 

終わりに向かって私達は突き進む。

生まれた時から其処に向けて、全ての生命、全ての存在が。

 

「なら私も今を生きたいよ」

 

ならば、私もそうなのだと。

生きていく事は其処に向かっていく事で、其れを妨げる必要はないのだと。

 

「400と90と5年私はお姉ちゃんを待ったけど、私は生れてからここまでまだこの世界に生まれてすらいない」

 

その営みの中、存在を隠され、運命を無かったことにされ、私は何故ここにいるのか。

自分の目の前にある障害に向かって、我武者羅に進み、其処にぶつかっていくことが生命であるのなら。

私の今は間違いであり、ひたすらに障害から目を背け続けた今までは、生きていると言えるのか。

 

「だから私はこの温ま湯から出たいの。厳しい現実へ、そこで私は破滅を迎えてもいい、どんなことになってもそれは私だから。受け入れられる」

 

例え其れが破滅であれ、運命に打倒し、懸命に抗う、其処に熱が籠るのであり、其処に生は息づくのである。

物語の英雄は何故人々に称えられるのか。

それらが救う御姫様は何故皆に愛されるのか。

 

それは簡単な話で、運命に打倒しているからなのだ。

 

彼らは諦めない、厳しい環境の中で、其れでも何かを信じて剣を振るい、魔法を唱え、愛の口づけを交わすのである。

例えどんなに都合がいい所で奇跡が起ころうと、其れは彼らの足跡が、彼らの背中が誰かを、何かを動かしたからで、誰かの、何かの何処かに残っていた良心を、偽善を、本心を曝け出すものである。

 

「だからお姉さま。私を信じて、ここから出して、選択肢を選ぶのをやめて新しい道をつくって、でないとここから先私は、私たちは何も変われない」

 

その熱を感じたいと、其処で悩む私も、そうやって檻から出られない私も、何かを信じなければ変われないのかもしれない。

変わるための信じる勇気を、生きていないのは私も同じで、二人はこのままでは一生、生きていないからと。

 

「フラン、あなたは私を怨んでいい、殺されたってかまわない」

 

でもだからこそ、言うしかない。

此処は現実であり、全てが幸せになる魔法なんて無くて、打算と欺瞞に満ちていることを。

 

「400と90と5年もの間こんなところに閉じ込めたんだもの、当然よ」

 

剣も魔法もあるこの世界は、本当は優しいものではないと云う事を。

物語の様に都合の良い奇跡は、この巷では簡単には起こらないと云う事を。

その為に流す血を私は惜しまない。

 

「勘違いしないで」

 

其れはピシャリと音を立てたかのように室内に響いた。

心外だと、憤慨するような、少し怒気を含んだ様な声だった。

 

「私はお姉ちゃんを恨まない」

 

その声は淡々としたものだった。

今まで閉じ込めてきた私を、扉の前で謝ることしかできなかった私を。

彼女は恨まないと言った。

 

「この400と90と5年の間お姉ちゃんは私のことばかり考えてくれていたんだから」

 

あなたの気持ちは分かると、私の心配をしてくれていた事を私は知っていると。

 

「恨める……はずがないよ」

 

彼女は何処か嬉しそうだった。

何処か自慢気だった。

私のお姉ちゃんはこんなにも私を思ってくれていると。

 

「でもだからこそ私は言うの」

 

変わらなければ。

 

「お姉ちゃん」

 

変わらなければいけない。

変わろうとしなければ変われない。

その勇気を出せという。

その為に―

 

「私をここから出して」

 

私達が変わるために、私達が生きるために、全ては其処からだと云う。

 

「運命を信じないで、私を信じて」

 

其処からは賭けなのであろう。

追従の声も途絶え、部屋には沈黙が降り立った。

 

「私には理解が出来ない」

 

今度は私の番。

 

「視えている道は見通しが利いて、何が起こるか分かって、スイスイと進めるの」

 

視えている運命は星の数程あって、見通す全ての結末が分かる。

 

「困った事なんて起こらない、不自由もしない」

 

その選択をする事は楽で、全ては決まっていた事実の様に過ぎて行った。

 

「でも……」

 

其れが私の望んでいたことか。

そんな日々が重なって目の前には私が閉じ込めた妹がいる。

 

「でもその道は窮屈で、息苦しくて、生きた心地がしなかった」

 

私だって彼女と遊びたかった。

一緒に食事を食べ、一緒のベットに入り、色々なことを話し合うのだ。

 

「決まった道を歩いて、日々摩耗していく私の生は生きているなんて決して言えなかった」

 

選び取りの毎日はまるで運命が私を操っているようで、私自身が生きた事なんて今まであったことがない。

 

「その中で、視えない道を、選べることが出来たらいいなんて何度思ったか」

 

希望は希望のままで、胸に秘めて過ごしてきた。

希望の隣には何時だって不安が付き添っていたから。

 

「その度に怖くなるの、もし其処から先に恐ろしい未来がまっていたら?」

 

私は自分を恨んだだろう。

 

「もし、其処から先が見通した先よりも非道い結末だったら?」

 

お前が勝手な事をしたから、こんな未来が待っていたと。

誰かが嘲笑っているような声を聞く気がした。

 

「そう思うと足が竦んだ、怖くて、怖くて堪らなかった」

 

ならば、選択せよ、視えている最悪の中で、最善の道を選べ。

 

「もしそれであなたを失ってしまったら、私は何度後悔をしても自分を責め続ける確信があったから」

 

例え其れが今の形であっても、最悪なことになるよりはいい。

そうやってしか私は彼女を守れないと思っていた。

実に腹立たしい事に。

 

「でも、皆がそうなのよね、視えない明日に向かって、一生懸命努力して、どんな恐怖が其処にあっても、其れに打倒していくのだものね」

 

英雄がどうだとか、物語がどうだとかそんなことは関係ない。

生命は須らくその道を進み、胸を張って今を生きている。

少なくとも今の私なんかより十分に。

 

「正直敵わない、そんなこと私には出来る気がしない」

 

私には勇気がない、臆病者の愚か者である。

 

「だけどね―」

 

しかし、其れは私にとって少し癪なのである。

 

「妹が耐えている今を、日々打倒する毎日を」

 

私は誰なのか、レミリア=スカーレットである。

 

「あなたが望み、其れに向かって走っていきたいと云うのなら」

 

誇り高い吸血鬼の一族。

夜を統べるものであり、今日はこんなにも月が綺麗なのである。

 

「私も信じる、あの時の様に、運命が覆る瞬間を」

 

全ての者が生を謳歌しているのなら、私も謳歌しよう。

妹が其れを望むのならなおさらである。

怖いとか、勇気がどうとか言い訳をするのはやめよう。

実に簡単な事だったのだから。

 

私はレミリア=スカーレット。

運命を操る紅い悪魔。

限界なんて振り切ってやる。

なんせ、そこに限界を決めたのは他ならぬ自分であるのだから。

 

「私は信じる、目の前の糸達にない未来を選びとれる自分を」

 

扉に手を掛けた。

私は運命を選び取る、機構の本質は分からなくても、私なら開けられる。

其れが私の選び取った運命なのだから。

 

決断をしよう。

先の視えることのない、一か八かの大博打。

其処に破滅が待っていても、私は後悔しない事にした。

 

「久しぶり、お姉ちゃん」

 

扉は今までの雰囲気をあっさり裏切り、簡単に開いた。

其処には大きくなった妹。

 

「久しぶり妹」

 

大きくなった姿は私の頭の中でたくさん夢想したものだけど。

私の妹はこれなのだ。

 

この扉は私が開けなければいけなかった。

妹が開けては意味がない。

 

私が、私の意志で開ける其れこそが彼女の望んでいたことだった。

 

「破滅が開いちゃったね」

 

ニコニコと笑う妹、其れは実に楽しそうだった。

 

「そうね」

 

其れがどんな形で訪れるのか私には分からない。

修正を繰り返し、新しい現在の可能性の構築。

その中でやはり彼女が齎すものは破滅であった。

 

しかしどの結末も定かではない。

 

「でも、あなたを信じると決めたから」

 

信じる勇気をあなたがくれたから。

 

「同情じゃなく、後悔からでもなく、あなたを信じたから」

 

自分で道を選ぶ事を、真っ暗な道を進む勇気を。

 

「私は此の扉を開けたの」

 

胸にあるのは感謝の気持ち。

この扉は決してそんな後ろ向きな気持ちで開けた訳ではないと云うことの証明。

 

「もう後悔しないって決めたから」

 

こうして、初めて私は妹に面と向かって、何の含みもない笑顔を見せる事が出来た。

 

「本当にありがとう」

 

その言葉に我が妹も頭を下げてきた。

 

ペコリ

 

そう形容するならばそんな擬音がつくような可愛らしいお時儀であったが、そこから顔をあげた時には、表情が変わっていた。

 

「信じてくれたお姉ちゃんに一つ言いたい事があるの」

 

其れは不満を封じ込めた様な顔で、其れは何かに怒っている様な顔で、其れは胸に溜めた思いを吐きだしたいという顔だった。

 

「お姉様、私はフランドール=スカーレットよ?」

 

お前の妹なのだと。

何時もより少しだけ気取って。

 

「この世のありとあらゆるもの、概念から常識に至るまで、運命を操る紅い悪魔の妹フランドール=スカーレットなのよ?」

 

実際にそうは大したものではないのだが、彼女は実に誇らしげに言うのである。

私はあなたの妹であり、夜を統べるスカーレット家の一員であり、誇り高い吸血鬼なのだと。

 

「この力を授かったとき私は私自身の意思で運命を悟ったの」

 

彼女の力は全てを破壊する。

彼女の力は何も生み出さない。

唯其処に或る有を無に変え、遂には目には視えないものですら壊し尽くす。

 

「私自身の選択で私の運命を決めたの」

 

そんな彼女が自分自身で選んだ結末。

 

「私はこう思ったわ」

 

 

 

 

 

 

 

「私とお姉ちゃんの二人なら作れない未来なんてない。不可避の選択なんてない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きっと―」

 

 

彼女は紡いだ、彼女の信じる運命を。

 

 

 

「きっと、神様が作った、無慈悲で、残酷で、変えようもない真実を―」

 

「ぬるくて、生温かくて、時々胸焼けがする位の甘さの嘘に」

 

「きっと、天使達が見守る、正しくて、落ち度のない、逃げ道のない正義を―」

 

「偽善で塗り固めた、曖昧だらけの愛嬌に」

 

「きっと、人の思い描いた、救いがなくて、笑顔のない、苦しみだらけの運命を―」

 

「誰もが笑顔で嫌みのない後味の良い馬鹿騒ぎへ」

 

彼女は無邪気に、とても嬉しそうに語るのである。

 

「私は選び取るために生まれた。避けようもない選択に迫られた誰かに、諦めるなと叫ぶために」

 

全てを決め付けた存在に、全てを壊し、限界すらも突き破っていける可能性を示すために。

 

「まだ人生は捨てたもんじゃないと、暗闇に包まれた誰かがその中で歩けるように 」

 

私は壊す事しかできないけれど、決まった事が多すぎる此の世の中では、いっそ無くなってしまった方が良くなる事なんて沢山あるはずだから。

 

私は悪魔だと。

悪魔は神を呪い、人を騙し、正しい人を堕落させるために生まれた。

 

ならば―

 

「私はぬるま湯でばかりいられない現実で一つの夢を見るために生まれた」

 

運命を操り、不都合なものはぶちこわす。私が生まれたのはそういうことだ。

 

「私を信じてくれたお姉さまもう一度私を信じて、私が外に出た時に迎えるのは運命の破滅であって私じゃない」

 

破滅を呼ぶのが彼女の本質であるのなら、身に破滅が付き纏うのは当然の事なのだと。

 

「私が外に出たことで迎えられる結末がある」

 

存在しない運命が此処に存在する。

運命は覆り、私は此処に二人で立つ道を選んだ。

ならば、不可能な事が覆る道理だってある。

 

「ということでお姉様 」

 

彼女は手を差し出す。

可憐な笑顔で、これから彼女を待ち構えているであろう生に打倒していく事が嬉しくてたまらないと言う様に。

 

「いまお姉様が頭を抱えている結末を変えましょう」

 

その言葉で悟った。

 

これが破滅である。

外に出た強大な力は必ず破滅を迎える。

 

しかし―

 

頭を抱え、今まで必死に悩んでいた私にとってその破滅は何と希望に似たものか。

 

 

私は思い違いをしていたようである。

運命を操る私は破滅を迎えるというだけで、あの娘を隠しその運命から逃げた。

あの娘の事を見もせずに、ただその事実に怯えた。

 

あの娘は強い娘で、こんなに長い間謝り続けた私をなんとかしようと考えてくれていた。

二人の悪魔は手をとるべきでありそれを隠した私は見えないことに怯える不様な鬼であった。

ならば自信を、なけなしのこの勇気を、信じてくれたものに使おうと思う。

 

まだ弱虫である私は、誰かに頼ることが怖くて、怯えていた私は。

 

今、運命に逆らって選択をしよう。

新しい道を決めて、初めからある道でなく手を潰しながら道を切り拓こう。

そこが行き止まりであっても遠回りであっても。

私は私の後悔のない選択をしよう。

 

妥協しながら進む道よりこれがよいと決めて自分で進むその道の方が気分がいいに決まっているのだ

 

その勇気を、この400と90と5年の間閉じ込めたこの妹からもらった勇気を私はそのことに使うことにきめた。

 

「とびきりの悩みがあるの」

「なら私はそれをぶちこわす」

 

都合の悪いものをぶち壊し、都合のいい物語を作ろう。

 

「なら私はそのあとの運命を探す」

 

この子が生まれたばかりの頃、握った手は小さくその温もりを私は守ることを誓った。

その温もりは今、こんなにも激しく、明るく燃えさかっている。

 

「任せて、とびきりの、だれもが都合がよすぎると、鼻で笑うような運命を―」

 

止まる。

 

「任せてじゃないわね、皆が笑顔で幸せに暮らせる運命を」

 

手を差し伸べる。

 

「一緒に、私とあなたで」

 

それに笑いながら

 

「お姉さまと私で 」

 

二人は手をつないだ

 

「「運命なんてぶち壊そう」」

 

手繰る、真っ紅な真っ紅な紅い糸。

運命を導く紅い糸、選択の中で無限の可能性を見せる運命の可能性。

 

見つけるのではない、創るのだ。

私が、自分自身に付けた限界という運命に打倒して。

 

私は此の世界で最も都合のいい話しを創って見せる。

 

 

 

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