パシャり パシャリ 瞬間を覗く
9月21日 午前10時
その日はカラッと晴れた日だった。
とても暑くて、もう秋から冬に移り変わるはずなのに、何処かで季節を間違ってしまったかの様に。
写真をとった。
何処でも、何でも、モチーフはいくらでもあった。
何処か愛おしくて、何処か胸に焦燥の残る日だった。
何かを撮り続けて、何かを探し続けて。
抜ける青空、青も残り少なくなった山、欠伸をしながら暢気にしている猫、軒下に忘れられたままの風鈴も。
名残惜しくて、何かを残したくて。
たくさんの早さで私は駆けるものだから、沢山のものはピンボケして、でも沢山の場所を覗けた。
風に揺れる花も、咲き乱れる金木犀も、川面に映る人の顔も。
許されるかは分からなかった。
申し訳ないとも思った。
たくさんの物を視て、観て、見て、その空間を切り取った。
たくさんのなにかを感じ、たくさんのなにかをみて、たくさんのなにかを尊敬した。
崇拝といってもいいかもしれない。
愚にもつかないなにかはそのなにか自体が自分の事をなにかだと気付かないと、意味がないのだと知った。
その上でそのなにかを愛した。
抱きしめて、頬擦りして、私の持ちうる表現全てを使って其れを表現したかった。
「よって少年、一枚いいですか?」
私は出くわしたのである。
自分の遺影に向かって座る、少年の姿を。
彼は既に人間ではなく、亡霊と化している。
その証拠に彼の少年の足は何処にも見当たらないのであった。
「へ?僕?」
少年は自分を指差す。
そのあどけない姿から、歳の頃は恐らく、十(とお)を超えないであろうことが察せられた。
「そうです」
私はしたり顔で頷く。
取材はいつも突撃、アポなしなんて気にしない、障害物もなんのそのですからね。
「いいけど、僕なんて撮っても―」
「ありがとうございます!!」
早速OKが出たようである。
後からなんか言っていた様であるが気にしない。
「所で、あなた、如何してここにいるんです?」
この少年に見覚えがないのかと言われたらそんなことはない。
なんせあれだけの事があったのだから。
そして何より―
「その写真、私が撮らせて頂いたものですね」
この少年とは少なからず因縁があり、そしてこの少年の遺影には私の撮った写真が使われていた。
「閻魔様に許しを頂いて、最後に一度来させてもらったんです」
地獄の責任者がそれを許すなんてどれだけ有り得ないことか、この少年は分かっているのだろうか。
しかし、その特例が許されるだけのことをこの少年は、あの瞬間は、作っていた。
「そうなんですか」
私はそんなこと一言も聞いていなかった。
これはもしかしたらスクープかもしれない。
一面で閻魔のこの処遇をすっぱ抜けば、私の新聞もさらなる人気を望めるのかもしれない。
「葬式は大変でした」
少年は肩を竦める。
「そりゃ、そうでしょうよ」
親馬鹿で、そこそこお金を持っていた彼の家は実に複雑怪奇な葬式をあげた。
ここら一辺では見かけない、二回に分けた葬式。
呼べる人は呼んでの通夜には少年の友人と、それに連れ添って鬼まで来ていたらしい。
正直人間の葬式なんて珍しくもないが、その規模などから他の新聞の中には書かれてある新聞も存在した。
幸運な事にこの前ちゃんとした経文をあげられる人がいたから何とかなった様な物だ。
それについても紆余曲折あったようだけれど。
「この写真のこと、憶えていますか」
少年は自分の遺影を指差した。
村であった小さな祭りの時、はしゃいでいた姿。
「憶えていますとも」
あの日も暑くて、季節は夏だった。
里のお祭りは収穫が終わった秋にあるもので、もう秋の入り、米の収穫も少しづつ始まっていたころだった。
「この年、僕は初めて両親の手伝いをさせてもらえました」
写真をみながら、懐かしそうに、振り返る様に、少年は話した。
「この年、僕は初めて牛をひかせてもらえて―」
振り返る、あの時には何があったのか。
「この年、僕は初めて鍬をもって―」
振り返る、あの時には何をしたのか。
「この年、僕は初めて兄になって―」
そうやって振り返ると其処には乳母車があって、静かな寝息をたてて赤ん坊が寝ていた。
過去に思いを馳せ、何時しか終わりが来て、今。
「そしてこの年の秋に、僕は死にました」
立ち上がって赤ん坊に手を触れるけど、その手は通り過ぎて。
なにも掴めなくて、体に肉が詰まった圧迫感も、其処から溢れだす存在感も、全てが皆無で、それでも彼は笑っていた。
「奇跡を、起こしたくて」
か細い喉からは今にも途切れそうな声が漏れた。
「なんにでもいいから縋りたくて」
十もいかないこんな子供が、話しかただけは一丁前な子供が、申し訳ないと言った。
自分が頼りなくて申し訳ないと。
自分が弱かったから、誰かに縋ってしまったのだと。
「僕は、僕は其処にいたあの人に縋りました」
当然の帰結としてその矛先はその時あの場所に不承不承居座っていたものに向けられた。
「彼岸からの迎えが来ないと不機嫌そうにしているあの人に、物語を順繰りに進めたいあの人に」
そして奇跡もどきがおきて少年は今ここにいるのである。
少年は申し訳なさそうにそう言いながら、悲しそうに、でも笑いながら其処にいた。
「僕も、一生懸命頑張ったけど、精一杯取り繕ったけど―」
声は震える。
「あんなのうそっぱちだった」
其処にはちゃんとした少年がいて、ちゃんと身の丈にあった男の子がいた。
「みんなと遊びたかった、お父さん、お母さん」
「妹とも遊びたかったし、寺子屋のみんなともっと一緒に・・・」
大人ぶっていても所詮は子供で、見透かした様な事を言っても全ては強がりで、本音は―
「なんでもっといきれなかったんだろう」
其処に尽きるのである。
「なにかわるいことしたのかな」
ボロボロと涙は流れて滝になる。
「せんせいのかおにらくがきしたこと?」
何か理由を探す、何か、何か
「ともだちとけんかしたこと?」
それは聞けば鼻で笑ってしまうような取るに足らないこと
「あやまるからさ・・・あやまるから・・・・・」
それでも、何かに縋らなくては・・・
「ぼくを、いきかえらせてよ・・・」
何かのせいだと思わなければ、それはとてもやり切れないことだから。
「ぼくを、ぼくを―」
遺影に縋りついて泣く姿は、あの時のただ真実を受け入れていた少年ではなく。
ただ其処に広がる苦しみから身を背ける小さな子供であった。
ヒクッ ヒクッ
咽び泣く声は響く、反応するものもいない、親でさえも気付けない。
我が子の泣き声。
現実に帰ってきても、その姿は見えず、自身が何物にも触れる事は出来ない。
自己主張も出来ない。
そんな情けなくてどうしようもない。
妄念の塊である。
「私が何故写真を撮るか、分かりますか?」
そんな少年に向けて私は語りかけるのである。
少年は泣き顔のままこちらを向いた。
「瞬間を残したいからです」
空間の瞬間、事象の瞬間。
「何でもよいのです、其処に何かがあって、其処に瞬間が存在するのなら」
どんなものにでも瞬間は宿って、どんなものにでも、其処に何もない事なんてない。
「一瞬一瞬はとても僅かで、私達はその一瞬を過ごしています」
日々の営みの中で
「全ての通り過ぎる一瞬は、もう振り返って思索に耽るだけで、もう二度と帰って来ないのです」
今日は猫をみた。
「ならばその瞬間を残そうと思いました」
今日の雲は変な形だった。
「空、雲、人、妖怪、神、妖精、弾幕その全てを」
山に女郎花(おみなえし)が咲いた。
「極彩色に溢れるこの儚くも美しい幻想郷を」
綺麗な夕焼けがあった。
「命も同じなのです」
空の色が綺麗だった。
「振り返ったとて同じ、そこにもしもは存在しません」
風鈴なんて季節外れ。
「願う事はよいのです、でもそれが万が一にでも引っ繰り返ることは全ての存在が許されていません」
おじさんの笑い声
「そして許されません」
子供の笑顔
「たとえどんなに悔もうと、その過ぎた一瞬は帰って来ない」
泣き顔に
「あなたが死んでしまったのは何か悪いことをしたからではありません」
怒った顔
「どんなにいいこにしていたって、どんなに体に気をつけたって、死ね時は死ぬのですよ」
日々良い事をしていたって報われない。
「理不尽だと思いますか?」
何かをする事で変わりに何かがなんて人が決めたこと以外ならないのだから。
「何か其れに対して言いたいことでも?」
唯その時に、自分がいい事をしていれば何故だと考え
「そうですね、世の中は理不尽で、ふざけていて、うまくいき難い」
日々の行いが悪かったのなら仕方ないと人は思うのである。
「皆がそうやって生きている、明日突然死んでしまうかもしれない、あなたの様に」
人の死に理由なんてなく、其処にあるのは結果だけ
「一瞬一瞬を踏破し、今ここにいる」
そこになんの意味を見出すのかはそこにいたなにかの役割である。
「それはとても尊いことだとは思いませんか?」
生きとし生けるもの全てに割り振られたその役割こそが
「今、その一瞬一瞬を悔み、こうしているあなたならばなおのこと」
輝かしい人生のスパイスであると私は信じている。
「運命は逆転しません、時は遡らず、神様は情けをかけません」
時間がそんなに慈悲をもって、神様が人を甘やかしていてはいけないのである。
「そんな世の中だからこそ、生き物は精一杯自分の力で生きて行くのですよ」
自分に与えられた役割をしっかりと全うし、精一杯生きて行くことこそ、素晴らしく、其処に一瞬は宿るのである。
「この写真の時、あなたは楽しそうでした」
この時の彼は無邪気にはしゃいでいて、先に待つ運命なんて知らない。
「妹が出来て嬉しくて、親を手伝えることが嬉しくて」
たくさんのこれからがあって、たくさんの一瞬を過ごしていた。
「その瞬間が、私には愛おしく思えました」
なんのことはない、毎年ある祭りの一瞬だけど、
「私には、とても輝いて見えました」
それでも、この瞬間は彼にとってかけがえのない瞬間だった。
私はその瞬間を切り取るのである。
基本的になんの許可も無く、無差別に。
そこに一瞬は入るから。
「なるほど」
少年は涙を拭いながら話しを始めた。
「だからあなたがなんと言おうとも、僕はあの瞬間が悔しいのですね」
泣いている、毒気を抜いて、無邪気に、年相応に、少年はボロボロ泣いていた。
「そういうことです」
声をあげて泣く、ワンワン泣く、それはもう五月蠅いぐらいに泣いて、泣いて泣いて、泣き続けた後でまた泣いた。
私は彼が泣きやむのを傍にいて待たされる羽目になった。
まだ肝心のことが終わっていない。
「一つ聞きたいことがあります」
その言葉は泣き腫らして真っ赤になった目の少年のもの。
「なんですか?」
私は質問に応じる。
「どうしてあなたは僕のお葬式に来なかったんですか?」
瞬間を切り取るのなら何故そこは切り取らないのかと、
何故、あそこにお前はいなかったのかと。
「私は誰かのお葬式には出ないことにしているのですよ」
其れは私なりの決め事である。
「私がしているのは覗くこと、死を悼む場でそんなことは赦されないから」
人々が一心にその人の身を案じるその場に、私の思いはあまりにも不粋だから。
「私は生命の死にまで土足を向けたくない」
自分の中での線引きだった。
美しい全てのものの中で、私が触れない所。
面白半分で触れてはいけない所。
「なんだ、存外あなたも甘いんですね」
そうやって返ってきたのは罵倒であった。
「あなたは言った、瞬間が美しいのだと」
それだけ一瞬に拘り
「あなたは言った、全てに其れは宿ると」
それだけ全ての物を観察しているのに
「それなのにあなたは言った、生命の死に土足を向けていると」
死も全ての一瞬のうちの一つであり、そこにも美しさはあるのではないのか?
「全ての瞬間が愛おしく、尊いものであるはずなのに」
言ったことと矛盾しているのだ。
「観察するあなたは言った、其れは赦されないことだと」
そこにあるのは赦すと赦さないとかそんな選択肢ではなくて、生命としてそのあり方を捉えているか。
「美しいのならみればよかった、その目で確かめ、そして悼めばよかった」
美しいものに人は引き付けられ、そこに感情は宿るから。
「あの場で純粋な祈りを捧げる人なんていない、ある人は悲嘆に、ある人は同情、まだ意味の分かっていないものもいた」
純粋な思いのみであの場にいる人がどれだけいたのか。
「その中で、一握りの好奇心を持っていたっていい」
悼む気持ちがあるのだから。
「誰かが自分の為に祈ってくれることは、それだけで嬉しいことだから」
自分の為に祈ってくれていると、それだけで勇気になるから。
「あなたに悼む気持ちがあるその間は、あなたにも来る意味はある」
そこに好奇心があろうと、そこに観察が入ろうと、そんなの普通の観客と変わらないのだと。
「だから、もし今度、そういう機会があるのなら、祈ってあげてください」
既に死を悼まれた亡霊がそんなことを言った。
「見送る人がいる事は、とても寂しいけど、とても嬉しいことだから」
それだけ言うとスッキリしたのか彼は立ち上がった。
「さて、じゃあそろそろ行きます」
「分かりました、それでは」
彼はあっさりと消えていった。
今までの慟哭、後悔、情念、全てをもったまま。
少しづつ、希薄だった存在がさらに薄くなり、どんどんとそこからいなくなる。
「それでは、記念に一枚」
「そういや撮るんでしたね・・・」
明るい感光と共に部屋が光に包まれ、次の瞬間には彼の姿は消えていた。
家に帰り現像した写真の中には、泣き腫らした目はそのままに、苦笑いを浮かべる少年の姿が映っていた。
以上が本当の異変の終わり、終止符がついた物語のもう一つの終止符である。
亡霊のお墨付きも貰えたことだし、カメラを手にその瞬間を覗きに行こう。
様々な一瞬をみたいのならば、その一瞬も逃してはならない。
丁重に参加をさせて頂こう。
死者を悼む気持ちに、その一瞬に込められた奇跡への期待を1さじ程加えて。
この男の子が何処のだれで本当はどんな思いだったのかはもう少しお待ちください。
これで終わりではありませんので(念のため)
すっかりエタってしまい申し訳ありません。来週までには次話も投稿する予定です。
懐の広いかたがおられましたら読んでやってください。
なんかもうお久しぶりです、私も一応生きてますよと……