幻想郷フハフハン録   作:加具

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虎鶫

種は蒔いた、それを肥え太らせるのはあなた達だ。

 

 

9月12日 晴れ 午前2:00時

 

今回のこの出来事は私にとって不愉快極まりない。

私にとっては正にアイデンティティであったし、らしくないと自分でも自覚している。

 

正体不明の私が自分自身を否定する羽目になるとは。

 

夜が来る、今日も永い夜が来る。

 

木っ葉はざわめき、鳥は啼き、丸い月が出張ってくれば、外はもう夜である。

影は伸び、人は暗闇の中で、心細い灯りを燈(とも)す。

 

脚色を架けよう、一つの物を複数に、そこに恐怖が産まれる。

何も危険がないモノを人は恐怖で避ける。

 

闇夜は修羅の巷

 

薄暮の彼方に至るまで、そのお時間は私達のものである。

 

それでだ、如何にも私の体は、人に言わせるのなら不定形であるらしい。

時には虎に見え、その癖、鶫(つぐみ)の様に啼くという。

 

誰が付けたのかは知らないが、正鵠を射てはいまい。

なにせこの体は悲しい程にその証言と違っている。

 

そんなだから、いつしか正体不明と言われ人々に恐れられた。

 

知られないことが少なからず私のアイデンティティだった。

なんせ知らないものを人は恐がるから、その本質を見極めようともしないで、あなた達が逃げて行くから驚かすんじゃないか。

 

場面なんて何も変わらない一つの森の夜の話。

 

女は森を駆けていた、何がしたいかは分からないが、夜露で湿った土の上を必死に腕を振るって駆けていく。

私の出番じゃないだろうか、妙な確信がある。

 

少女は怯えている、それが垂れ下がる木の枝にか、長く伸びた自分の影にかは別として、何かに酷く怯えていた。

最近私を嗅ぎ回る女がいて、煩わしいったらない。

おまけにそいつは啼き声を恐れない、小さなお供だけ連れて危険渦巻く夜の世界に足を踏み出すのである。

危なっかしい事この上ないその様は、私でさえ一時頭を抱えたくらいだ。

 

今はそんなことを考える時ではない。

 

既に種は蒔かれているが、偶には私が肥えさせるのも吝(やぶさ)かではない。

ただ啼く、それだけでいいのだ。

 

〇〇〇〇〇〇。。。。。!!!

 

それは足を止め、真っ青な顔で辺りを見渡した。

何と聞こえているかは分からない。

しかし、私の鳴き声は確実に彼女を恐怖に陥れていた。

 

〇〇〇〇〇〇〇〇。。。。。!!!

 

小刻みに震えている女。

夜が怖いことは分かっていたはずなのに。

何で夜外にでた?

悲しいかなこの世界は無力な人に優しくないぞ。

 

最近夜に出歩く人間も減ったというのに。

まぁ、私のせいでもあるのだが・・・

 

さっさと逃げ出せ、私の声に恐れを成して。

里人は家へお帰り。

 

腰が砕けたのか、すぐにはそこから動くことができない様子。

 

まぁ、精々恐がらせておく、それで二度と来ることはないだろう。

さぁ恐れろ。

私は彼女の前に姿を見せた。

 

「……お父さん」

 

・・・・・

 

今、何と言った?

女に近付く、不様にも少しずつ後ろに下がる。

 

〇〇〇〇〇。。。。。。!!!

 

「やめてぇ、お願い、許して、もう、やだぁ」

 

絞り出すようなその声

私はその者の一番恐いモノに見える様である。

ならば、この女の一番恐いモノは……

 

「自分の父、だと?」

 

私は女の耳に入らないように呟く。

私を父と見た女は頭を抱え丸まっていた。

まるで何かから身を守るように。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい―――」

 

何度も小声で謝る、何だ、この女はそんなに悪い事でもしたのか。

こんなことは初めてだ。

 

苛立つ。

私が求めていた恐怖はそれじゃない。

もっと未知のモノだ、私は正体不明なのだ。

もっと訳が分からないもので、何が恐いのか明確であってはならない。

 

「やめた」

 

私は能力を解いた。

こんなのは違う、不愉快だ。

人は見知らぬモノを恐がればいいのであって、何か分かるものを最も恐いモノにすべきではない。

在り方が間違っている。

私が揺さぶられている。

 

女は突然姿を消した父親と、突然姿を現した私に驚いていることだろう。

喜べ、私の姿を本当の姿をちゃんと見たのはお前が初めてだよ。

そんなことはどうでもいい。

 

「不愉快だ、女、それは不粋すぎる」

「へっ?」

 

昏い闇の中、月明かりだけを頼りにして女を見る。

何だ?

顔には痣ができ、腕も擦り傷だらけじゃないか。

見えている部分だけでそうなのだから、見えない所はもっとあるのだろう。

 

「私は正体不明なんだ、決してお前の親父殿ではない」

 

それだけで力が抜ける少女。

何だ、人型だからと私を侮ったのか?

父は私より恐かったか?

私は目に見えて父より恐いぞ、なんせ人を喰うからな。

だから、攻め手を変える。

 

「親父殿は手を挙げるのか?」

「……はい」

「恐いのか?」

「…………はい」

 

それだけ聞ければ十分

 

「さっさと里に帰れ」

 

私は背を向ける

 

「そんなっ!!」

「父が殴るよりもこの森は恐い、どれだけ苦しかろうと、人ならば生きていけ」

 

短い人生だからこそ、安易に死を選ばない。

里の人間からはそんな印象を受けた。

愚直で真っ直ぐでつまらない。

そんな印象を人から受けた。

 

「すいません……」

 

後ろから申し訳なさそうな声が掛けられる。

本当にいい度胸だ。

 

「なんだ?」

 

これを最後にしよう、そう考えて私は背中越しに声をかけた。

 

「里って……どこら辺ですかね?」

 

……フム、嘘ではなさそうである。

 

「外来人か、お前は」

 

どうも外の人間であるらしい。

そう考えるなら、確かに納得する。

不思議な格好は外の格好だったのか。

 

「ハァ、里からしたら確かに私は外の者ですね」

 

段々慣れてきたのか口調が変わる。

というか本来がこれなんだろう。

 

「なら、家に帰るのは諦めろ」

「本当ですか!?」

 

途端に明るくなる女、ここは絶望する所だ。

 

「それは願ったり叶ったりといいますか」

 

溜め息をつく。

 

「もういい、里はあっちだ」

 

指差した先に、人里がある。

もうじき夜が明ける、今ならば、取って喰われることもなかろう。

 

「ありがとうございました。」

 

体を起こして、指差した先を見る。

 

「真っ直ぐ、歩いて行け」

 

お礼などいらない、さっさと消えろ。

背を向けていると歩き出す音がする。

少しづつ足音が遠くなる。

 

「あぁ、そうだ」

 

いい事を思いついた。

いつも私がメンドクサいと頭を悩ませているのだ。

これはチャンスじゃないか。

精々困らせてやる。

そんで困って、また私を困らせに来い。

 

「人里に降りたら稗田という家を訪ねろ、ぬえ様からの紹介だ」

 

これは私からの挑戦状だ。

 

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