幻想郷フハフハン録   作:加具

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稗田あっきゅん探検隊

「ほんとうに?」

「いいさ」

「本当に私が此処でいいの?」

 

 

 

curiosity lived the cat.

 

 

9月13日 晴れ 午前2:00

 

 

宵闇の頃

 

私は旅にでるのである。

未知を探して、己の不知を埋める為。

亡くすことのないこの思考過程のなか、唯知り得ぬものへと手を伸ばす。

 

「・・・・■■・・・■!」

 

声が聞こえる。

遠くから近くからキョリを越えて。

 

その啼き声は森の中から何処か寂寥を含んで、白薄の狭間まで走り続ける。

 

ぬえが啼き始めたのはいつ頃からだったか覚えていない

 

しかし私がこれを始めたのは神無月の九日、子の刻のことである。

 

その時私はこう考えた。

 

“コレはなんなのだろう?”

 

私は私の世界が閉塞して行くのを感じた。

 

私はすべからく忘れない。

私の人生はつまり私の知っていることしかない世界なのである。

 

既知のものを知らないものとすることもできず

また不知のものを知っているということも私は良しとしなかった、つまりは閉塞である。

 

私の世界は知っていることかしらないものの二元論にしか過ぎなくなっており、その世界のなかでもどうやら私は特別で、知らないものが極端に少ないようであった。

 

だからこそ私は知りたい。

この啼き声は何なのか、気のせいかもしれないが、私には如何にも助けを求めているような気がしてならなかったのである。

 

 

「行きますよ、鎬(しのぎ)」

「ハイハイ、阿求ちゃん。」

 

真枇以外の供を連れて夜を出歩くのは初めてである。

なんだってあの黒い塊はいつもならすんなり起きるのに、今日という鎬の夜デビューに起きて来ないのだ。

 

今日こそは正体を確かめてみせる。

それは、決意であるとともに一種の確信も含んでいた。

 

その確信の根拠はと問われると、この女性である。

最近我が阿求家の女中になったばかりのこの女性、名を鎬というらしい。

鎬は外来人らしく、女性の癖にとても背の高い女だった。

 

また、自身をダイガクセイと名乗っており、外の世界の寺子屋の様な物に通っていたらしい。

知識も豊富で、飄々としながらも理知的な女性であることはその瞳からみてとれた。

 

“今度慧音先生の所にでも顔を見せに行かねば”とそう私が考えていたのを覚えている。

 

それはそうとして、此処で何よりも重要なことは、この女性が理知的であるかではなく。

この女性が外来人であるかでもない。

 

鎬は森の入口で私と出会った。

そしてその時、こう尋ねたのである。

 

“稗田家ってどちらにあるかご存知ですか?”

 

偶然が過ぎやしないだろうか。

無論、その当初鎬とは面識もなかったし、会話などしたこともない。

この私が言うのだ、絶対、完全にこの女性との会合など今まで一度もない。

そして、里人の中でこのような女性がいない事も分かっていた。

第一、里人の服装ではない。

間違うはずもなかった。

 

私はこう言った。

 

“分かりますが、何用ですか?”

 

恐らく、私の事を稗田家の者とは分かっていないのだろう。

それでもこの人は、目の前の人物が自分の問いかけに答えられるという事実に喜んでいる様であった。

 

“ぬえという方から紹介されまして……”

 

自分でもよく分からないというように首を傾げ口篭もる。

しかし、その一言が私が一番聞きたいものであった。

 

そこから私は怒涛の質問を繰り返した。

ぬえに会ったのか?何処で?そこで何をしていたのか?

 

鎬は一つ一つ答えてくれた。

ぬえは何故私を訪ねろと言ったのか。

 

“私にはぬえ様からの紹介という部分を伝えて欲しいのだと思えました……”

 

鎬はそう言っていた。

一度も正体を見たこともないぬえが如何して?

 

私は警戒心を覚えた。

これは罠なのかもしれない。

正体を知られることに怒ったぬえが私を消そうとしているのかもしれない。

 

しかし、この女性が罠だとは如何しても思えなかった。

この目は企むような目ではない。

それより何より、ぬえには鎬と出会える条件下では傷一つ付けられなかっただろう。

 

鎬には能力があった。

それを無意識にでも使っていたあの状況では、悪意のある妖怪はそもそも出くわす事が出来ない状況だったのである。

という事はぬえは悪意を持っていなかったということになる。

 

それどころか鎬は命の恩人だと言って恩義を感じていた。

 

もう訳が分からない、里で恐れられている化物が命の恩人だと?

 

頭の中に疑問符がたくさんうかんでいた。

 

「こっちですね」

 

鎬はスタスタと進んでいく。

そこに迷いはなく、最初から向かう場所が分かっているかのようだった。

 

「本当に、便利な能力ですね」

 

私はそれについていく。

 

「そうですかね、使い勝手が悪いような気もしますが」

 

それに苦笑気味に返す鎬。

気付けば、森も少し奥まった所まで来ていた。

 

「まだですか?」

 

少し疲れてきた。

我が家の宿命であるが、この虚弱体質が今は憎たらしい。

 

「もう少しです」

 

まだ鎬は余裕がありそうである。

少し息は乱れているが、まだその声には余裕があった。

 

「こんな事まで頼んでしまってごめんなさいね」

 

そう、鎬は女中である。

稗田家の家事などを世話する者でこういう事は範疇外だ。

 

「いいんですよ」

 

健脚振りを見せながら、鎬は語る。

 

「働かせてもらっている身ですし、それに……」

 

不意に顔を俯かせ口篭もる鎬。

 

「それに?」

 

私は問い返す。

 

「それに、ぬえさんもそれを望んでいるようでしたし」

 

そう言って鎬の足は止まった。

 

「さて、この茂みを越えればそこにぬえさんがいます」

 

そうやって指差した先にあるのは一際背の高い茂み.

私は拳を握り込んだ。

 

「私はここまで」

 

分かっている。

そういう約束だったから。

 

「そこで待っていてね」

 

私は鎬を置いて、一人で向かわなくてはならない。

 

「ぬえは、その人の一番恐怖しているモノに映ります」

 

その位の事知っている。

伊達で書物を作っている訳ではない。

 

「私には、耐えられませんでした……」

 

忠告が途中から自嘲になっている鎬。

 

「行ってくるわね」

 

私は茂みを越えた。

 

 

 

そこには、小さな小さな少女がいた。

 

 

 

 

「■■■■■■■■■!!!!!」

 

ビリビリビリッッッ!!!

 

その少女らしからぬ雄たけびは空気を震わせあの特徴的な啼き声を出した。

間違いない、あの少女がぬえである。

 

啼き声が収まった後も少女はこちらをじっと睨んでいた。

前例の通りならば鎬の言った通り、言葉は通じるのだろうが。

少女は一向に口を開かない。

だから私も迂闊に話しかけられないでいたのだが、すると。

 

「■■■■■■■■■■!!!!!!」

 

先程よりも長く、先程よりも大きくその声は響いた。

 

ッ!

 

あまりの煩さに耳を抑える。

最早それは音ではなく衝撃だった。

 

啼き声が収まると再び沈黙。

 

「お前には私は何に視える?」

 

まだ耳の中で反響する音にふらつく私のもとにその声は放たれた。

どうやらこのふらつきを恐怖によるものと勘違いしたらしい。

 

「お前には私はどう映る?」

 

少女の独白は続く。

 

「お前には私はどんな化物に視えるんだ?」

 

少しづつ近付いてくる少女。

その様は愉快そうに笑ってはいたけれど、何処か寂しそうで、何処か諦観を含んでいるようだった。

何なのだその表情は。

 

「お前には―「私には!!」」

 

気付けば声に出していた。

 

それは私にしては珍しく根拠のないモノだった。

しかし、それは何故か確信を持って言える事だった。

 

「私には、あなたが見えます」

 

左右に異なる翼を生やし、全身黒尽くめのその格好で、闇夜に佇む少女が私には見えた。

 

「この闇夜の中、風に吹かれて寂しそうに佇むあなたが見えます」

 

少女は驚くと何か考え込むようにして指を三本たてた。

 

「この指は何本だ?」

「三本です」

「……見えてるじゃないか」

 

頭を抱えるぬえ。

 

「だから見えていると言ったじゃありませんか」

「お前まで私を脅かすのか……」

 

呟くその声が何を意味するのか分からなかった。

 

「何故だ?私の正体を見た女が私をみれたのは私が能力を使う事を止めたからだ、お前には何で私の姿が見える?」

 

恐らく鎬の事を言っているのだろう。

そしてこれも当然の事であるのだがそれを答えるなら。

 

「私が一番恐ろしいものだからです」

「私自身が?」

 

自分自身の体を改めて見ているぬえ。

ぬえはその人の一番恐ろしいモノが映るという。

ならば、私がぬえを見たのはつまりそういうことなのだ。

 

「そうです、私はあなたが一番恐ろしい」

 

この少女こそが、ぬえこそが私の一番である。

 

「何故だ?」

「あなたが未知だからです」

 

どんなに力があろうと

どんなに知識があろうと

どんなに狡賢かろうと

恐ろしいが一番ではない

 

知らない事。

単純なそれが一番恐ろしい。

だからこそ、私は見知らぬ人との出会いそれぞれが恐ろしく、その最たるものであるぬえそれ自身を私が恐怖しているのは私自身納得で、逆に自分の根幹を間違えていなかったことが何より私を安堵させた。

 

「私は今、とても怖い」

 

しかし、それは日常の中に何時だって孕んでいるものなのだ。

 

 

自分のおこした行動がどう反響を呼ぶのか恐怖し

周りの人が次の瞬間何をするのかに恐怖する

それは時に称賛であったり、逆に非難であるかもしれない。

 

 

何がおきるか分からない。

目が覚めた時に周りに道などない。

ただこれと決め、目印をつけて進んでいく日常が……

日々訳も分からず、進んでいた足跡が……

振り返れば道となっているのである。

 

「あなたが、今初めて会ってしまったあなたが」

 

日々それぞれに表情をつけ、歩いて行くのは私である。

それぞれの日々に意味などなく、そこに意味を求めるのが人間(わたし)である。

 

「私は今、とても怖い」

 

何せ人は暢気である。

自分のおこした行動がどう反響を呼ぶのか期待し

周りの人が次の瞬間に何をするのかに期待する

それは時に非難であったり、逆に称賛であるかもしれない。

 

この楽観的思考こそが、私を私たらしめている由縁であり、それと同時に証明でもある。

人は日常を踏破していくのだ。

 

ぬえは私の話しを黙って聞いている。

 

「私はうまく話せていますか?」

 

私の言葉は私が伝えたい通りの意味であなたに届いているのだろうか。

 

「私はあなたの意志を正しく理解していますか?」

 

あなたとのこの会話の中で、判断してきたこの選択は間違っていませんか?

 

「私はただ、それが怖い」

 

私の恐怖はそれだけである。

こんなことが私は一番恐ろしい。

日々の繋がりの中で、表情をつける私は、その一日を何もない一日だったと言いたいだけなのである。

 

私は何も忘れない、忘れられない。

全ての記憶が私の頭にこびりつき、どうやっても離れない。

一人の人が言った悪口は私の中で永遠に反響されるのである。

 

「馬鹿が、それが人間なのだろう?」

 

ぬえが言った。

 

つまらない日常を這いずって、愚直に真っ直ぐに生きているのが人間だと

 

「確かに、日々は分からなくて、現実は甘くない。それでも―」

 

ぬえは私を見据えて言った。

 

「傷つきながら進んでいけ、人間」

 

この時にはもう確信していた。

 

「あなたは、優しい妖怪なんですね」

 

今日この日に感謝したい。

私は今日、とても貴重な体験をしている。

 

「そんなことはない」

 

プイッとそっぽ向くぬえ。

 

怖い噂はあろうが、里で喰われた者はいない。

逆に死傷者が減った位である。

 

鎬の気持ちが今ならば分かる気がした。

 

「ありがとうございます」

 

私はペコリと頭を下げる。

 

「お前のそれも大分不粋なんだがな……」

 

頭を掻くぬえ。

 

「それでも、お前のそれは確かに恐ろしい」

 

ぬえはポツリと呟く。

 

「私を追いかける理由がなんとなく分かったよ」

「そうですか」

 

ならばもう私が伝える事はない。

 

「しかし、駄目だ」

 

そういって私の要求は断られた。

 

「なぜですか?」

 

分かってはいたけど、その理由を求める。

 

「私が正体不明(ぬえ)だからだ」

 

そう言って私の前からぬえは姿を消した。

 

「また遊びに来ますよ」

 

向かいの林に呟くようにその言葉を零した。

 

帰らなくては、鎬が向かいの森で待っている。

 

「お待たせしました」

 

茂みを越えたその先では、鎬が木を背にして胡座をかいて眠っていた。

 

「おきなさい」

 

頬を軽く叩こうとすると―

 

「どうでしたか?」

 

鎬はこちらを向いて目を開けた。

寝てなかったな、こいつ。

 

少し心配そうな声を背に、私は来た道を帰りはじめた。

 

「待ってくださいよ」

 

それを追いかけてくる鎬。

 

「どうだったんですか?」

 

何がかの主語が抜けている事を小一時間問い詰めたい所だったが、何を聞きたいのかは分かっている。

 

「会えましたよ」

「……それで?」

 

息を呑んでいる鎬。

何だ?私が何を見たと思っているんだ?

 

「かわいい女の子でしたが、振られてしまいました」

 

しかし、諦めない。

人だから。

傷ついても進むのだ。

なんせ人だから。

それはあなたが教えてくれたのだから自業自得でしょう?

 

「まぁ、諦めませんけどね」

 

今までいた場所を振り返る。

何処からか不機嫌そうに揺れる茂みの音が聞こえた気がした。

 




あけましておめでとうございます。
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