Muv-Luv AlternativeGENERATION 作:吟遊詩人
「…マナンダル…アジア圏なのは解るけど何処の国だ?」
女性――タリサの名前を聞き、涼牙は首を傾げる。正直、涼牙にはその辺の人種の区別がつかない。ごく普通の学生だった頃は外国人との交流などほとんどなかったし、Gジェネ世界ではその辺りは全然気にしたことはなかった。なのでアジア系だと言うのは解るが、詳しい国までは解らなかった。
「…ネパールだよ。BETAの糞野郎どもに滅ぼされた国だ」
涼牙の問いにタリサは悔しそうな表情を浮かべながら、自身の故郷を口にする。そんな彼女に涼牙の表情も真剣なものになる。
「…悪い、何か嫌なことを思い出させちまったみたいだな」
「気にすんなよ」
対するタリサも、涼牙の申し訳なさそうな顔に居心地悪そうな表情になった。
「ところで、聞きたいことがあるんだが…」
「何だよ?」
「BETAってのは、あの気味悪い化け物共のことで良いんだよな?」
「…はぁ!?」
BETAはあの異形の名前である――それぐらいは予想できていたが、涼牙は確認の意味も込めてタリサに訊ねる。すると彼女から返ってきたのは驚愕に染まった声だった。
「ちょ、ちょっと待て!まさかお前、BETAを知らないのか!?どんな世間知らずでもBETAのことは普通知ってるぞ!今までどんな生活送って来たんだよ!?」
酷い言われようである。が、タリサの側からすればこの世界に生きている人間でBETAを知らないなどあり得ないことなのだ。しかし、「この世界の人間ではない」涼牙にとってはまるで知らないことである。
「天然物まであるし…お前、いったい何もんだよ?」
呆れたようにタリサが溜息を吐く。そんな彼女に対し、涼牙は苦笑いしながら頬を掻く。
「まぁ、ぶっちゃけ知らん。で、俺が何者かだが…質問に答えてくれりゃあ俺も説明しやすいんでな。だから、教えてくれないか?」
「…解ったよ」
正直、タリサの方は余り納得していなかったがとりあえずBETAのことについて説明を始める。「BETA」とは今から三十年近く前に地球を侵略し始めた地球外起源種――平たく言えば異星人であり、現在人類はその人口の五十%以上を減少させていること。そして、欧州大陸はすでに完全にBETAによって制圧され、さらにユーラシアはBETAによる侵攻に晒され、その中で滅んだ国も幾つもあると言う。タリサの故郷であるネパールもその一つだ。
また、タリサが先程のお粥で何故驚いていたのかも涼牙は聞いた。現在、BETAとの最前線となっている国々である天然の食べ物は少なく、合成食と呼ばれているものが主流であると言う。ちなみにタリサ曰く「合成食は天然物に比べてすっげえ不味い」らしい。
「お前さん、今歳幾つ?」
「歳?十四だけど…」
「十四か…」
それを聞き、涼牙は「やはりか…」と内心で溜息を吐いた。年少の少女が戦場に出ているという事実は彼の気を重くするのに十分だった。如何に、前の世界でそういった実例を見てきていても慣れることなど決してない。
「まぁ、とりあえずあいつらのことは理解した」
「じゃあ今度はこっちの質問に答えろよ。BETAを知らねえとか…お前何もんだ?」
「…そうさなぁ、解りやすく言うと「異世界人」ってところか?」
「は…?」
涼牙の言葉にタリサは疑問符を浮かべる。そんな彼女に対して涼牙は笑顔を浮かべながら解りやすく説明していく。
「つまりは、此処とはまた違う歴史を辿った地球から来た人間ってわけだ。俺の居た世界にはBETAは居なかったからBETAを知らないって訳だ」
「なんだよそれ!そんなの信じられる訳…」
正直、荒唐無稽な話だ。普通に話せば信じられないどころか頭が可笑しいと思われるかもしれない。タリサもそう言おうとしたが、その直前に思い留まった。自分が意識を失う前に見た見たこともない戦術機、先程のBETAを知らないと言う涼牙の発言もタリサには嘘を吐いてるようには見えなかった。何より、嘘を吐くならもう少し現実味のある嘘を吐くのが普通だろう。だったら、BETAを知らないなんて言うのは可笑しい。
「…まぁ、信じられないのも解る。正直、俺も最初の頃は頭が可笑しくなりそうだった」
そうして、涼牙は語り始めた。かつて、此処に来る前の世界での戦いを。
「実を言うと俺は二回異世界に行ってる。俺が此処に来る前に居たのは、異星人との戦いじゃなく、人間同士の戦いがいつまでも続いてる世界だった」
涼牙は思い出す。此処に来る前の世界での数々の戦い、自分達の意志を貫くために延々と戦い続けていた人間同士の戦争。その中で生まれ、活躍した機動兵器「MS」…
「じゃあ、アタシが見たあの戦術機は…」
「俺達の世界で言うMSって兵器だ。俺達の世界ではそれが主力兵器になってた」
話を聞いているうちにタリサの方も涼牙の話を信じるようになったらしい。今では興味深そうに彼の話に聞き入っている。
「けど、BETAか…同じ異星生命体でもELSとは偉い違いだな」
「えるす?何だよ、えるすって?」
新たな単語にタリサは興味深そうに質問してくる。
「俺達の世界で地球に現れた…この世界で言う地球外起源種だよ」
「お前らの世界にもBETAみたいなのが攻めて来たのか?」
「攻めて来たってのとは違うけどな」
涼牙は疑問符を浮かべるタリサにELSについての説明を始める。もともとELSは母星が死を迎えたために生きる道を探して地球に来ただけであり、人類への敵対心はなかった。だが、僅かな勘違いから人類はELSと戦ってしまった。しかし、それも涼牙達の世界ではジェネレーションシステムとの戦いの後に刹那・F・セイエイとダブルークアンタによって対話がなされ、共存の道を選ぶことができていた。ちなみに不幸の勘違いとは、人類側からの攻撃をELSが人類のコミュニケーション方法と勘違いしたのである。
「じゃあ…BETAも…」
「いや、あいつらとELSは違う」
一瞬、タリサはBETAがELSと似たような理由で地球の来たのかもと考えたが、その考えを涼牙は一蹴した。
「ELSは常に叫び声を上げていたが、敵意も悪意も持っていなかった。けど、あいつらは意思を感じなくて嫌な感じだった」
それは、涼牙が感じ取った感想だった。ELSに感じなかった禍々しい気配を涼牙はBETAに感じ取った。だから解るのだ。ELSとBETAはまるで違うものだと。
「嫌な感じ?」
だが、タリサには涼牙の言葉の意味がよく解らない。再び疑問符を浮かべて涼牙を見ていた。
「あぁ…一般的にNTって言ってな。俺達の世界では「人類の革新」とか言われてる力だ。そう言う力を持つ人間は、生き物が放つ敵意とか悪意とか…そう言ったもんを感じることができる。まぁ、だからって良いことばかりでもないし…俺のは紛い物だけどな…」
後半の台詞は聞こえなかったらしく、タリサは呆れたような顔をしていた。
「なんか…もう何でもアリだな」
「ははは、俺もそう思う」
タリサが溜息を吐くと、一方の涼牙も呆れたように笑みを浮かべた。
「けど、良いのかよ?アタシにそんな色々喋って」
「別に、こっちが質問するだけってのもアレだしな。それにお前が周りに言っても多分信じないぞ?」
「う…確かに…」
涼牙の言葉にタリサは納得せざるを得ない。タリサとて、自身の眼で見て、涼牙と言う人物に触れなければまず信じなかっただろう。そんな話を別の誰かにしてもまず信じるわけがない。逆に頭の心配をされて終わりである。
「さて、もう一つ聞きたかったんだが…」
「ん?」
涼牙が真剣な表情になり、タリサもそれに釣られて真剣な顔になる。いったい何を聞かれるのか…緊張感がタリサを包み込む。涼牙の質問の内容、それは…
「その格好…恥ずかしくないのか?」
「…は?」
拍子抜けするほどどうでも良いものだった。涼牙が指しているのはタリサの着ている強化装備のことだろう。
「いや、だってそのスーツってボディライン丸解りだし」
「んなぁ!?」
改めて言われて、タリサは顔を真っ赤にしてシーツで身体を隠す。これまでタリサの周りにはわざわざ強化装備のことを気にする人間はいなかった。初めのうちは恥ずかしさもあったが、次第に気にならなくなってきていた。だが、改めて指摘されてタリサの羞恥心に火が付いたのだろう。現在のタリサは顔を真っ赤にして涼牙を睨んでいる。
「こ、これは強化装備っつってこっちの世界の衛士は皆着てんだよ!っつーかそっちじゃこういうのねーのかよ!?」
「いや、あるにはあるしある程度身体のラインが出るのはあるが…そこまでじゃないな」
こうして、涼牙の異世界での夜は和気藹々と更けて行くのだった。