甘粕正彦は勇者部顧問である   作:三代目盲打ちテイク

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■■■■は讃州中学英語教師である

 音楽の授業。授業と言う形態をとっている以上、芸術科目と呼ばれる非常に採点しにくい授業であってもそこには試験というものが存在している。

 往々にして音楽の授業であればその形態はだいたい三つくらいだろう。一つは筆記。これは酷く珍しい部類であると言えるが、ないわけではない。

 

 酷く珍しいがこれは比較的楽だと言える。少なくとも才能差というものが出ることがないからだ。では、残り二つはなんだろうか。

 それはわかりやすい、歌を歌うか、楽器を弾くかだ。音楽の授業の試験形態として大体多いのは歌を歌うだろう。

 

 必要なものは自分だけというコストの安さと手軽さで、音楽性という最も音楽的な資質をはかることに適したものはないだろう。

 それは楽器もそうではあるが、まあここでは割愛しておこう。少なくとも讃州中学の音楽の授業における試験と言えばこの時は歌であったから。

 

 歌。いわば声を出すこと。それは、大抵の人間が可能な事ではあるが、そこにははっきりと優劣がある。声の良さ、音感、リズム感――そう言った歌を構成する諸々の要素をうまく組み合わせることができるか。

 それによってはっきりと優劣が出る。声の良さは遺伝という不変であり代えがたいものでもあるから、あまり考慮には入らないが、その他のことには明確に才能差が出る。

 

 当然だ。芸術は数学や理科、社会、あるいは国語のようにやれば必ず結果がでるというものではないのだから。もし誰もがやれば結果がでるのならばこの世は芸術家で溢れているだろう。

 しかし、往々にしてプロフェッショナルと呼ばれる専門家たちは一握りの人間だけだ。それが表すことはすなわち、芸術には才能がいるということ。

 

 中学校の音楽の授業で何を、と思うだろうか。もちろん、中学校の授業程度で才能云々の話をすることはズレているのだろう。

 しかし、それは第三者の考えだ。当事者として考えてほしい。音楽室の中で前に立たされ級友たちが見ている中、聞いている中で歌うのだ。

 

 まさに吊し上げの逆さ磔だ。それが歌がうまいならば良いだろう。声がいいならば多少下手でも聞けるだろう。しかし、もし下手だったら? 歌いたくないのではなかろうか。

 少なくとも、大抵の人間はそう思う。そう思ないのは甘粕のような強心臓を持った馬鹿くらいのものだ。大抵の人間は下手だと歌いたくないと思う。

 

 更に言えば、引っ込み思案、あまり前に出ないような部類の人間ならばそれは顕著になる。それをみっともないと笑うだろうか。

 彼らは自分に自信がない。なぜならば自分が優れた人間だと思えないからだ。それは生来の性質でもあるだろうし、環境ともいえる。

 

 そして、犬吠埼樹は自分がそういう人間であると知っている。歌の試験があったから特にそれを意識させられた。

 彼女の結果から言おうか。最悪の一言だ。教室にならぶいくつもの二つの視線。それが自分を見ている。それだけで自分は駄目なのだと言われていると思ってしまうのだ。

 

 自分に自信がないから悪い方へ、悪い方へと考えてしまう。そして、そんな状態で歌えばまともに歌えるわけもない。

 別に歌の才能がないなどと言わない。1人で歌えばそれなりに歌えるのだから、あとは勇気だけだろう。それは甘粕先生にも言われているし勇者部のみんなにも言われている。

 

 勇者部。そう今日もまた樹が所属するコミュニティでは、音楽の試験の惨敗を聞いて練習をしようと言ってきた。

 そう提案するのはいつも東郷先輩。彼女がまずそう提案する。歌えないのは人前。仲間内でもそれは機能する。だからこそ、それに反対意見を出すのは自分。

 

 言い争いというわけではないが、その場は混沌とする。どうにかして提案を挿げ替えたい自分と東郷さんの間で。

 そこに入ってくるのが姉の風だ。混乱している場を仲裁して、まとめてそれを友奈さんに回す。幾分かは暴投気味のパスだが、信頼の証だろう。

 

 受け取った友奈さんが最終的にいいよね、と言えば樹としては頷かずにはいられない。一種のお約束であり、儀式ともいえる。

 カラオケに行く前は大体こんな感じだ。

 

 そう友奈さん。彼女だ。勇者部の部長は風だが、おそらく中心と言えば彼女。特に甘粕先生がこの讃州中学に来てからは特に。

 そして、バーテックスとの戦いに身を投じ初めてからは特にだ。

 

 才能という面では風が飛び抜けている。妹という色眼鏡抜きにしてもまぎれもない天才だ。少し手を抜く癖があるが、それを抜きにして天稟という意味ではおそらくはこの勇者部で彼女に敵う者はいない。

 勇者の資質という意味では友奈さん。彼女はどこか特別だ。勇者の資格。おそらく、本物の。それを持っている。

 

 東郷さんの場合は彼女は少し前まで車いすだった。けれど、ふと立てるようになった。曰く、気合いと根性と護国の精神。

 まあ、それはいい。甘粕先生が来てから讃州中学ではその手の話題には事欠かない。トレーニングのしすぎて禿て最強になった男の子だとか、存在自体がレアキャラで不可思議な力で様々な事件を引き起こすだとか。

 

 そんな類のこと。彼女の本質はその頭脳。ITに通じ、状況を俯瞰し全てにおいて最適の解を出せる知性。それは、さながら盤面を見通す棋士のよう。

 いわば、参謀だ。勇者部において、この現状において様々な考察をしていることを知っている。

 

 それから夏凜さん。彼女は立場から何から何までが特殊。曰く鬼面衆小獅子。長く厳しい訓練を積んだタタリ殺しの専門家。

 つまりは勇者部の先達にあたり、バーテックスなどについて詳しい。その実力は勇者部でも目を見張るほどのものがある。

 

 みんな特別な何かを持っている。では、自分は? 自分はどうだろうか。一歳年下の自分。昔は病弱で、姉には心配ばかりかけてきた。

 自分は弱い。そう、どうしようもなく弱いのだ。そして、何もない。

 

 夏凜さんと始めて戦った時、自分があの狩摩先生の技に嵌った際、少しだけ良い駒が振られたのはそういうことだ。

 つまり、脅威にならない。そう言われたような気がした。説明を聞いて、あれがまったくの運だとかそういうものだと理解してもその考えは変わらない。

 

 なぜならば、彼の授業を聞いていれば、いいや彼と接していてわかったから。狩摩先生はそういうところを外さない。

 だからこそ、確信を得たのだ。自分は弱い。どうして勇者部としてバーテックスと戦っているのかわからない。

 

「…………」

 

 音楽の授業で最悪で、タロット占いで最悪で。少し悪い方へ考えすぎていると樹は自覚するが止めることはできない。

 何せ、この手の問題は終わりがない。自分でどうにかしなければどうしようもないし、常に付きまとう問題でもあるからだ。

 

 劣等感に焦燥感、そこから生じる承認欲求。それは勇者部ではどうこうすることは出来ず、甘粕先生は認めてくれるかもしれないが、あれは誰にでもそうだ。

 唯一無二が欲しい。そう思う。なにせ、それだけは自分にはないものだから。

 

「…………ふぅ」

 

 だから、少し溜め息を吐く。夕暮れ時。そろそろ帰らなければ風が心配するだろう。河原の階段に座って考え事。

 いつものように長く考えすぎて、やはり答えという奴はでない。本当に、最悪が重なると駄目だ。ぱんぱん、と頬を軽く叩いて気持ちを入れ替える。

 

「よし」

 

 いつも通りの自分。そうでなければ姉に悪い。そう切り替えて、帰ろうとした直前のことだった。

 

「うーん、これは奇遇だねえ、樹ちゃん」

 

 男の声に振り返る。いつの間にそこにいたのか、そこにいたのは良く知る人物。讃州中学の教師。神野明影先生。

 英語の先生で、日本人のくせに金髪のその人はとても楽しそうに寄ってきた。

 

 同級生はこの先生のことを嫌う人が多い。曰く気持ち悪いだとか。確かに、気持ち悪いだろう。何を考えているのか読めないし、授業に関係ない時に出会えば人の心を覗いているんじゃないかと思うほど的確に心を抉ってくるようなことを言うのだ。

 それにあの三年の歴史教師である柊聖十郎と関係があるんじゃないのか? などと下世話かつ失礼な噂もある。その手の女子は歓喜しているらしいが、あの二人の組み合わせほど悪いものはない。

 

 ゆえに大半の生徒からは嫌われていると言っていい。だが、

 

「神野先生、こんにちは」

「はーい、こーんにーちはーあはは」

 

 そう、だが樹としてはそれほど嫌な先生ではなかった。どこか、そうどこかシンパシーとでもいうのだろうか共感のようなものを感じるのだ。

 この人を形成している核のようなものと。意味がわからないが、そういうことで樹は彼を嫌うことができないでいる。

 

「今日も良い天気だねえー。いつきちゃん、パンツ何色?」

「セクハラです」

「あはは、ごめんねー。先生、ついいっちゃうんだぁ」

 

 まあ、好きでもない。

 

「まあ、こんなところで会ったのも何かの縁だし奢るよ。うどんでも食べない?」

「お姉ちゃんがご飯用意してくれてるから」

「オーウ、それは失敬。ふむ、なら途中まで一緒に行こうか。この辺は物騒だし、変質者が出るって噂だからねえ」

 

 それはあなたじゃないのか? とは言わない。言ったところでこの先生は気にしないだろうし、どうせ断ってもついてくるのだ。

 ならば、了承しておいた方が幾分かは主導権が握りやすいだろう。そういうわけで二人で帰ることに。事案発生と取られかねないがどういうわけか周りに人はいない。

 

 それは断じて何か異常が起きているというわけではなくて単純に人通りがないというだけのこと。そこらへんの家にはきちんと夕飯時の人の気配がある。

 

「さて、それで何を悩んでいたのかなぁいつきちゃーんは」

「は?」

 

 不意に、そう不意に神野先生はそう言った。

 

「だからぁ、何か悩んでるんだろ? この僕にはぜぇーんぶお見通しなのさ」

「…………」

「沈黙は肯定だよ樹ちゃん。まあ、話してくれなくてもいいんだけどね。その手の問題は大抵根が深いから」

 

 訳知り顔で、訳知り声で神野先生はそういう。何がわかるというのだろうか。この人ほど、そういう問題から遠そうな人はいないというのに。

 

「僕の大事な人の話だけどねえ。僕は弱い、僕は弱い、って言ってた人がいるんだよ」

 

 それは、まるで今の自分みたいで、

 

「その人はどうなったんですか?」

 

 ついそう聞いていた。

 

「死んだよ」

「え?」

 

 そう軽く、気軽に神野先生は言った。特に悲しみを感じさせるようでもなく、

 

「腹を切って自殺さ。彼には強い姉がいて、彼はその姉の事が好きだったんだ。ライクじゃないラヴだよ。きひひ。だから、自殺しちゃたのさ。このままじゃ自分は姉を恨んでしまうからってねえ」

「…………」

 

 自分と似た境遇の人の話を聞いて、多少思うことはあった。それがあまりに他人とは思えなくて。

 

「だから、僕は心配になっちゃったんだよ。君が、そうなるんじゃないかってねえ」

「それは……」

 

 ないとは言い切れるだろうか。断言できないのがまた自分の駄目なところなのだろう。自分は弱いから。

 

「もしものときは、僕の所に来ればいい」

 

 そんな自分に彼は悪魔のように囁くのだ。こちらに来い。そうすれば楽になるのだと。望みを果たせるし強くなれるのだと。

 そう言って――

 

「何をしているのだ神野」

「ああ、甘粕せんせ、ちょぉーっと教師らしいことをしていただけですよ」

 

 甘粕正彦が現れた。

 

「ならば、あまり良くないことを吹き込むのは感心ないな」

「はーい」

「樹よ。早く帰ると良い」

「は、はい」

 

 なんだろう。悪くないのになんだか悪いことをしたような気になってしまった。ともかく神野先生は何を言いたかったのか。

 樹はわからないまま帰路につく。その時だった、

 

「見つけた――お前、俺の役に立て」

 

 出会ったのだ、どうしようもなく人不安にさせる、男の子と。




はい、というわけで樹ファンの皆様ごめんなさい。あと遅れてごめんなさい。

友奈が四四八、東郷さんが歩美、風が水希。風の妹である樹は必然的にノブ枠だったのでした。

ええ、マジごめんなさい。反省してます。

まったく話進んでない上に悪魔が悪魔の囁きしててちょっとやばい敵側の奴が出てきただけです。

さて、それはさておきとあえず万仙陣はエンディングを見ました。まだコンプリートしてないのですが一週目は終了しました。
感想は活動報告の方にあります。

そのテンションで書いてるのでこうなりました。大丈夫、後半覚醒する万仙仕様のノブだから。その証拠に相方が最後の方で出てきたので。

次回はどうなるかわかりませんが、引き続き読んでいただけるなら幸いです。
おそくなるでしょうが、ではまた次回。

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