機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

55 / 84
明けましておめでとうございます。作者のノーリです。

本年も何卒宜しくお願いします。さて、新年一発目の投稿です。

前回…去年の最後の投稿の後書きでてんこ盛りになる予定と書きましたが、本当にてんこ盛りになってしまいました。今までで一番のボリュームになります。

今回、色々と場面転換が激しいので話が飛び飛びになりますがそこはご容赦いただけると幸いです。途中で切っても良かったんですけど、どうしても一つにまとめたかったので一本にしました。

楽しんでいただけるといいのですが…。

では、どうぞ。


NO.53 退場する影 登場する影

ヒルダたちがアンジュ奪還作戦のため出撃したのとほぼ同時刻、ミスルギ皇国上空ではアンジュがサラたちと再会を果たしていた。

 

「サラ子…サラ子なの?」

「お知り合いですか?」

 

真なる地球での顛末を知らないモモカがアンジュに尋ねた。

 

『しばらく見ないうちに、随分とみすぼらしくなって』

 

皮肉交じりの口調でヴィルキスの通信画面に姿を現したのは間違いなくサラだった。

 

『それに、風下だと何だか臭いますわ』

「んな!」

 

アンジュが絶句する。図星を突かれたのだから仕方ないところでもあるのだが。

 

「お風呂にでも入っていらしたら? ここは私が引き受けますので」

「じゃあ…お言葉に甘えて!」

 

機首を返し、アンジュは全速で離脱していく。

 

「お二人とも、用意は宜しくて?」

 

離脱していくアンジュを見送ったサラが左右に控えるナーガとカナメに尋ねた。

 

『はい、サラマンディーネ様!』

 

シンクロする二人の返答を聞いたサラが、引き受けたの言葉通りダイヤモンドローズ騎士団へと突っ込み始めた。ナーガとカナメもその後に続く。

 

「通していただきます、アウラの元に!」

 

そして新たな戦闘が始まった。その上空を見上げる人影が皇城に一つ。

 

「何ですの、あれ?」

 

シルヴィアだった。命からがらシュバルツの元から逃げ去ったシルヴィアは新しい車椅子に乗ってその様子を見ていた。と、戦闘を繰り広げているパラメイルが彼女の方に突っ込んでくる。

 

「きゃああああああーっ!」

 

その姿に悲鳴を上げるシルヴィア。そして、

 

「助けて、エンブリヲおじ様ーっ!」

 

相変わらずの素早い身のこなしでエンブリヲに助けを求めながらその場を去ったのだった。その間も、ミスルギ皇城の上空ではサラたちとダイヤモンドローズ騎士団の戦いが繰り広げられていく。そしてその状況に厳しい視線を向ける人物がまた一人。

 

 

 

「くっ、まさかもう戦闘になるとは!」

 

シュバルツだった。ほんの少しの留守の予定だったのだが、その間に戦闘が開始されるとはまったくもって間の悪いことこの上なかった。

 

(いや、あるいはエンブリヲの計算通りかもしれんな。私をアルゼナル…アウローラから引き離しておいて、ことを進める腹積もりもあったのかもしれん)

 

そうだとするなら、自分はまんまとそれに嵌ってしまったことになる。だとしたら間抜けなことこの上ないが、だからと言ってここで後悔していても始まらない。

とは言え、例えエンブリヲでもサラたちがシンギュラーを開いてこっちにやってくるタイミングなどわかるわけでもない。前回のようにリィザの口から聞き出したのならともかく、今回の襲撃をリィザが知ってるわけはないので全くの偶然なのだが。

 

(持ちこたえてもらうしかないな、私が戻るまで。そのための備えは奴に渡している)

 

シュバルツはその人物の顔を思い浮かべた。

 

(頼んだぞ、ナオミ)

 

頭に浮かんだ人物…ナオミが上手く立ち回ってくれることを祈りながら、今自分にできることをするために行動に移る。シュバルツが現状で懸念していることは二つあった。

 

「まずは…」

 

そのうちの一つを解消するため、シュバルツは身を翻して今来た道を戻っていったのであった。

 

 

 

「ヒルダ、何か変だ。もう戦闘始まってる!」

 

サラたちとダイヤモンドローズ騎士団との戦闘の光景はアンジュを救出にきたヒルダたちからも視認できたのだろう。想定外の事態にロザリーが驚きの声を上げた。

 

「はぁ?」

 

それはヒルダも同様だったようで、訳が分からないといった表情をしていた。そんな中、

 

「クンクン…クンクン…」

 

ヴィヴィアンが鼻を鳴らす。そして、

 

「ヒルダ、アンジュあっち!」

 

得物を捉えたようだった。

 

「は?」

「あっちー!」

 

そのままヴィヴィアンは自分の嗅覚がアンジュを捉えた方向へと機首を向ける。

 

「くそ、どうなってんだよ!」

 

ロザリーは相変わらず混乱気味である。戦いに行ったのに、すでに戦闘が始まっているのだから仕方ないが。更に、当事者の一方はどこの勢力なのかわからないのだから尚当然である。

それはヒルダも同じだったかもしれないが、彼女は部隊を預かる身のためすぐに次の行動に移った。

 

『タスク、作戦変更だ』

 

出撃前の作戦通り、超低空を滑るように走るタスクに通信を入れたのだった。

 

「えっ?」

 

ここにきての作戦変更に訝しげな表情になるタスク。だがそれも、次の通信内容で得心のいくものとなった。

 

『アンジュはもう、皇宮にはいないらしい。これより追跡する』

「わかった!」

 

通信を切ったタスクもヒルダたちと同じように作戦の方針を転換させて、ひとまずアンジュの探索に舵を切った。

その頃当のアンジュは、相変わらずミスルギの皇城から離脱している最中であった。

 

「モモカ、追手は?」

 

後ろを気にしながら、アンジュがモモカに尋ねる。

 

「今のところは…」

 

モモカがそう答えた直後、

 

『アンジュ、いたー!』

 

通信からヴィヴィアンの声が聞こえてきた。

 

「!」

 

驚いてアンジュが真正面に視線を向ける。そこには、

 

「すげぇ、ホントにいた」

「助けにきたぞ、アンジュ!」

「みんな…!」

 

その姿にアンジュが破顔する。と、ヒルダから通信が入った。

 

『おいアンジュ、シュバルツは?』

「えっ?」

 

予想外の質問にアンジュが詰まった。

 

『会ってないのか?』

 

アンジュのその反応にヒルダも眉を顰める。

 

「ちょっと待って、どういうこと?」

『その様子じゃ会ってないみたいだな。あいつ、エンブリヲに招かれて今ミスルギの皇城にいるらしいぜ』

「な!」

 

その内容と、そして会えていなかったことに絶句するアンジュ。そんなアンジュのヴィルキスを、凱旋門のようなオブジェの上からライフルで狙いをつけているパラメイルが一機。クリスであった。クリスは慎重にライフルの照準を合わせるとその引き金を弾いた。ビーム砲が寸分の狂いもなくヴィルキスに向かって放たれる。

 

「! アンジュ!」

 

最初に危険に気付いたヴィヴィアンが叫ぶ。が、ビームは容赦なくヴィルキスに迫り、アンジュを飲み込もうとしていた。その瞬間、またも指輪が光ってバリアのシールドのようなものがヴィルキスを護る。だがそれでもビームの威力は十分だったらしく、当たり所が悪かったのかシステムがダウンしてしまった。

 

「きゃああああああーっ!」

 

モモカの悲鳴と共にヴィルキスは力なく高度を落とす。幸い…と言うべきか、下が河だったため地面に落ちるよりも軟着陸で不時着することができた。

 

『アンジュ!』

 

ヒルダ、ロザリー、ヴィヴィアンの三人が叫ぶ。それに割り込むように、

 

『どいて』

 

無機質な通信が三人の元に入った。三人が顔を上げると、クリスのラグナメイルが突っ込んでくる。

 

「アンジュ…連れて帰るから」

「アンジュはあたしが貰ってく。邪魔すんな!」

「へぇ…助けにきたんだ…」

 

俯き加減で顔を伏せるクリス。そうしている間にも、悪意のオーラと呼ぶべきものが増していくのがわかる。

 

「あたしのことは、見捨てたくせに!」

 

とうとう感情が爆発したクリスがヒルダたちに向けてライフルを乱射する。

 

「おおおーっ!」

 

驚きながらヴィヴィアンが攻撃をかわす。

 

「ま、待てクリス!」

 

ロザリーが制止しようとする。そんなロザリーとは反対に、

 

「邪魔すんなって言ってんだろ!」

 

ヒルダが距離を詰めて襲い掛かった。クリスも受けて立つとばかりにブレードを抜くと、ヒルダと鍔迫り合いを繰り広げる。

 

「あんたが、あたしに勝てるとでも思ってんのかよ」

「変わらないね、そういうとこ…」

 

二機のパラメイルは瞬時に距離を取るとライフルで牽制しあう。そしてまた距離を縮めてブレードで斬り合った。

 

「あたしのことなんて、弱くて使えないゴミ人形ぐらいにしか思ってないんでしょう!?」

「はぁ!?」

「あたしはもう昔のあたしじゃない!」

 

積もり積もった鬱積を爆発させるかのようにクリスがライフルを乱射する。

 

「邪魔すると…殺すよ?」

 

ヒルダに向けたその殺気は、確かに躊躇いの見られないものだった。

 

「クリス…」

「ひいーっ!」

 

ロザリーが信じられないとばかりに言葉を詰まらせ、ヴィヴィアンは大仰にのけぞる。そんな中、

 

「はっ、やってみろよ!」

 

ヒルダはクリスの挑戦を受けて立ち、再びクリスへと突っ込んだのだった。そしてクリスと斬り結びながらタスクに向けて通信を開く。

 

『タスク、ヴィルキスが落とされた! こっちは手が離せねえ。アンジュを頼む!』

「わかった!」

 

ヒルダの通信を受け取ったタスクは、自機のスピードを上げたのだった。

同じ頃、そのアンジュはと言うとモモカから人工呼吸を受けていた。河に不時着したため機体自体に重大な損傷はなかったが、搭乗者のアンジュは着水時にしこたま水を飲んでしまったらしく、意識を失っていたのだ。

そして、そんな主を目覚めさせるためにモモカが必死に人工呼吸をしているところだった。

 

「…ぐっ、ゲホッ、ゲホッ!」

 

何回かの人工呼吸の後、アンジュがえづきながら咳き込んで意識を取り戻した。

 

「姫様!」

 

意識を取り戻したアンジュにモモカが心底ホッとしたような表情を浮かべる。

 

「モモカ…?」

 

未だ少し朦朧とした頭でモモカの顔を見る。だが、その姿の向こうに衝撃的なものを見てしまっていた。

 

「ヴィルキスが…!」

 

そう、河に水没していくヴィルキスの姿だった。気がかりではあるのは確かだが、今はそれに構っている暇はないのもまた事実だった。

 

「行きましょう、モモカ」

 

ふらつきながらもアンジュが何とか立ち上がる。

 

「どちらにですか!?」

 

モモカが脇からアンジュを支えながら彼女に尋ねた。

 

「ヒルダたちが来たってことは、近くにアウローラがいるはず。海まで出れば、合流できるわ」

「は、はい!」

 

こうして主従は寄り添うように海を目指して歩き始めたのであった。そうしている間にも戦火は広がり、皇城にも流れ弾や狙いの反れたビーム砲などが着弾し始める。そんな皇城の中庭で、身を寄せ合うように震えている一団があった。エルシャが面倒みている、エンブリヲ幼稚園の子供たちである。

アルゼナル育ちとはいえそこは子供。まだ戦闘に慣れているわけもなく、肩を寄せ合って泣きそうになりながら恐怖に震えていた。

 

「皆! エルシャママが帰ってくるまでの辛抱だからね!」

 

子供たちの中でもお姉さん格の一人の子が、他の子たちを元気づけるためにそう励ました。が、皮肉なことにその直後彼女たちの近くにビームが着弾する。

 

『わあっ!』

 

子供たちはぶるぶる震えながら悲鳴を上げた。そして、直前の着弾点より近くに再びビームが着弾する。

 

「怖い、怖いよう!」

「ママー! 助けてー!」

 

恐怖に震えるも、その恐怖で動くこともできず、子供たちの生命は風前の灯火だった。

 

 

 

「車、探してきますね。ここで休んでいてください」

 

一方、モモカと共に連れ立って歩いてきたアンジュは、ひとまず路地裏の路上に腰を下ろしていた。まだあまり身体に力が入らないのだろう。エンブリヲに身体の感覚をいじられて弄ばれ、先ほどまでしこたま水を飲んで意識を失っていたので仕方ないのだが。

 

「世話をかけるわね、モモカ…」

 

か細い声でアンジュが礼を言う。

 

「モモカ=荻野目は、アンジュリーゼ様の筆頭侍女ですよ」

 

そう言って微笑むと、モモカはそのまま車を探しに走り出したのだった。

 

「はぁ…はぁ…」

 

モモカを見送ったアンジュが疲れたとばかりに大きく呼吸を繰り返す。と、すぐ側に人の気配を感じた。

 

「モモカ…?」

 

思わずアンジュがそう口にする。だが、そんなわけはないのだ。車を探しに行ったのに、すぐに見つけられるはずがない。普通ならそのぐらい気づきそうなものだが、今の弱っているアンジュにはその判断もできなかった。案の定、そこにいたのは熊のぬいぐるみを抱えた見たこともない一人の少女。

 

『疲れただろう? アンジュ』

 

だがその口から紡ぎだされた声は、少女が出すとは到底思えない代物であり、そしてアンジュも良く知っている人物のものであった。

 

「! エンブリヲ!」

 

ぎょっとした表情になって慌ててアンジュが立ち上がった。

 

『さあ、帰っておいで』

 

喋る少女の隣にウインドウが開き、そこにはエンブリヲの姿が映っていた。と、まるで計ったかのように丁度いいタイミングでモモカが車を調達して戻ってきた。

 

「アンジュリーゼ様、お車の「出して、モモカ!」」

 

全てを聞き終わる前にアンジュがふらついた足取りでモモカの元まで移動し、倒れこむように車に乗り込んだ。

 

「えっ!? は、はい!」

 

状況がわからないがそれでも主人の命令である。モモカ自身もすぐに車に乗り込むと、そのまま車を発進させたのだった。その頃、

 

「アンジューっ! アンジューっ!」

 

タスクがヴィルキスの着水地点にようやく到着して辺りを探している。だがもう既に移動した後なので、呼べど叫べど当然のようにアンジュの姿を見つけることはできなかった。見つけられたのは水没したヴィルキスだけである。

 

「っ!」

 

何か手掛かりはないかとタスクが周囲を見渡す。と、あるものを見つけた。それは、いつもモモカの胸元に結ばれているリボンだった。そしてそのリボンの落ちている近くに、足跡が二つ。その足跡は、真っ直ぐ街中に向かっていた。

 

 

 

「待ってくれクリス!」

 

ミスルギ皇城の上空では、未だにクリスとヒルダたちの戦闘が続いていた。ロザリーが必死の説得を試みる。

 

「何で…何であたしたちが殺し合わなきゃいけないんだよ!」

 

必死の説得は続く。が、

 

「人のこと見殺しにしておいて…!」

 

今のクリスの耳には届かない。

 

「あの時は…助けに行きたくても行けなかったんだ!」

 

ライフルの乱射を何とか回避しながら尚説得は続く。

 

「助ける価値もないから…でしょう!?」

 

だが、やはりクリスの耳には届かなかった。そのまま、クリスはロザリーのグレイブに突っ込んで体当たりを浴びせる。

 

「あんたたちはいつもそう。何にも変わってない」

 

そこでクリスは乗機のラグナメイル…テオドーラをアサルトモードからフライトモードに変形させる。そしてヘルメットを外し、シートから腰を浮かせて立ち上がった。

 

「ねえ…これ、覚えてる?」

 

そして、自身の三つ編みを手に取るとピンと伸ばしてロザリーとヒルダに尋ねる。覚えているのかいないのか、二人の反応は微妙なものだった。

 

「七年前のフェスタでさ…」

 

クリスが昔の…その時のことを語り始めた。

 

 

 

『せーの!』

 

まだ幼い…十歳前後のヒルダ、ロザリー、クリスが目の前にある紙袋を取った。と言っても、ヒルダとロザリーが先に選び、クリスは残り物を取るという形だったが。

 

『それあたしが買ったやつ!』

 

ヒルダが取り出した紙袋の中身を見たロザリーが声を上げた。

 

『へぇ…いいセンスしてるじゃん』

 

言葉通り、ヒルダはまんざらでもない様子だった。そう、彼女たちはプレゼント交換をしているのだ。紙袋なのは、中身が見えないようにするためだろう。

 

『あたしが選んだんだよ』

 

ロザリーが取り出したもの…水玉柄の靴下を見たクリスがそう言った。

 

『えへっ、クリスらしい!』

 

喜ぶロザリーの姿に、クリスも嬉しそうに微笑んだ。そして、そのままクリスも紙袋を開ける。

 

『わぁ…可愛い…』

 

そこに入っていたのは、真っ赤なリボンだった。だが、一つだけしか入っていなかった。

 

『でも、どうしよう? 一つしかないんじゃ…』

 

そこにクリスは難色を示した。当時のクリスは左右で三つ編みを一つずつ作っていたため、リボン一つでは足らないのだ。そこに口を挟んだのがヒルダだった。

 

『お下げ、一つにしちゃえば?』

『え?』

 

クリスが顔を上げる。

 

『二つだと、あたしと被ってるし』

『あ、いいじゃんそれで。な!』

 

ロザリーも追随する。

 

『う、うん』

 

二人に促され、クリスも頷いた。が、本心は違ったのだ。

 

「酷いよね。あの髪形、気に入ってたのに」

「それが今更、何だって?」

「それだけじゃない!」

 

刺すように冷徹な視線で返事をしたヒルダに、クリスが感情を昂らせる。

 

「ずっとずっと我慢してた。何でも受け入れようとしてきた。あんたたちの我儘も、自分の立ち位置も。友達だと…思ってたから…」

 

鬱積した感情が爆発する。クリスの脳裏には後方支援に回っていることで碌に稼げなかった時のことや、ヒルダとロザリーが仲良く遊んで自分がハブられている(と思っている)時のことが次々と浮かんでは消えていた。

一つ一つは小さくても、それが積もれば山になる。今のクリスがまさにそうだった。と、不意にクリスが口元を醜く歪める。

 

「なーんて、わかるわけないか。人の気持ちのわからない女と、何も考えてないバカに」

『!』

 

初めてと言っていいクリスからの辛辣な言葉に、ヒルダとロザリーが表情を歪める。

 

「でも…エンブリヲ君は違うよ」

 

そして、今身を寄せる『友達』のことを口にしたのだった。

 

 

 

『可哀想なクリス。裏切られ、踏み躙られ、友達だと思っていたのは君だけだったなんて』

 

舞台はアルゼナル。人間が攻めてきたときのこと。パラメイルの出撃の時に頭を打たれ、ボロボロの状態のクリスの元に近寄ってきたのはエンブリヲだった。

頭から血を流して、目尻に涙を浮かべて瀕死の状態のクリス…いや、もしかしたら撃たれた部位が部位だけにもう死んでいるかもしれない。そんなクリスの傍らにエンブリヲが膝を着く。

 

『自分を犠牲に、人の輪を大切にしようとする君の心。何と美しく尊いのだろう』

 

そう言いながらエンブリヲがクリスに手をかざす。すると彼女の頭部から流れていた血は止まり、まるで巻き戻しているかのように引いていく。そして、目尻に浮かんだ涙が流れ落ちるのと同時にクリスは意識を取り戻したのだった。そして、ゆっくりと目を開ける。

 

『う…?』

 

太陽の逆光越しに見上げたそこにいたのは、ゾーラでもヒルダでもロザリーでもなく、この時はまだ誰かも知らない初対面のエンブリヲだった。

 

『私と、友達になってくれないか? クリス』

 

そしてエンブリヲはクリスの左手を取ると、エンゲージリング宜しく彼女の中指に指輪を通した。

 

『これが…』

 

それこそが、後にクリスに与えられるラグナメイル、テオドーラのキーであった。

 

 

 

「これが、永遠の友情の証!」

 

それをヒルダとロザリーに見せつけるかのように手の平を二人に向ける。そしてそのまま三つ編みに手を掛けると、それを結んでいたリボンを引きちぎった。まるで過去と決別するかのように。

 

『……』

 

何を返せばいいかわからず…いや、何も返せずにヒルダとロザリーが絶句する。

 

「あんたたちは、友達なんかじゃなかったんだ!」

 

感情を爆発させたクリスがテオドーラをアサルトモードに変形させてヒルダたちへと突っ込む。

 

「頼むクリス、あたしの話を!」

 

それでもロザリーがクリスを説得しようとする。が、クリスは耳を貸すわけもなくライフルをロザリーに向けて発砲した。

 

「わ!」

 

慌ててロザリーが回避する。そんな戦況は戦闘空域から離れた位置にあるアウローラにもしっかり伝わっていた。

 

 

 

「クリス! あのバカ!」

 

ブリッジのゾーラがダンと目の前のデスクを叩いた。

 

「落ち着きなゾーラ。感情的になるんじゃないよ」

 

傍らのジャスミンが釘を刺す。

 

「ああ、わかってるよ、ジャスミン」

 

内心は忸怩たるものがあるが、それでも司令官と言う立場上この場を放り投げるわけにはいかず、ゾーラは大きく息を吸って冷静になるしかなかった。

 

「ロザリーお姉さま!」

 

当然その戦況は、アウローラの側で待機している新兵の三人たちの耳にも入っている。

 

「あたしたちも行こう!」

 

新兵の一人、マリカがそう言った。

 

「ちょっと、マリカ!」

「命令は待機だよ!?」

 

左右から残りの二人の新兵、メアリーとノンナが抑える。が、

 

「でも、お姉さまが危ない!」

 

マリカが二人を振り切って出動したのだった。

 

「おいマリカ! 誰が出ろと言った! 戻れ!」

 

ゾーラが通信を開いて呼びかけるものの、通信を切っているのかそれに従うつもりはないのか、マリカのパラメイルの位置情報はどんどんとアウローラから遠ざかっている。

 

「チッ、あのバカ! どうすれば…っ!」

 

先ほど以上に苦虫を噛み潰したような顔になるゾーラ。そんなゾーラの元に、一本の通信が入ってきたのはその直後だった。

 

 

 

ミスルギ皇城中庭。二つある懸念のうちの一つをクリアしたシュバルツが、行動を起こす前の場所まで戻ってきていた。

 

「あちらはあれで良かろう。さて…」

 

シュバルツはある方向の空を見上げる。そこには今は何もないが、先ほど見過ごすことができないものが飛んで行ったのだった。

 

「ヴィルキス…」

 

その名を呟く。シュバルツが懸念しているもう一つのことがヴィルキスのことであった。正確に言えば、その搭乗者であるアンジュのことである。

 

「まさかここにいたとはな…」

 

ジルを退けてアウローラから離脱したアンジュだったが、まさかここで再会するとは思わなかった。もっとも、こちらは向こうがここにいることを知ったが、向こうはこちらがここにいることを知っているとは思えないので、再会と言うには少々語弊があるかもしれないが。

 

(だが、そんなことはどうでもいい)

 

すぐに頭を切り替える。ヴィルキスがここから離脱していったが、その後をダイヤモンドローズ騎士団の面々が追っていくのも見えた。アンジュが簡単にやられるとは思えないが、多勢に無勢では分が悪いのも事実。

とは言え、シュバルツもサラたちがシンギュラーから降りてきたのは見ていたし、ダイヤモンドローズ騎士団の中の二機…シュバルツはわからないことだが、ターニャとイルマ…がサラたちに向かったので戦力が分散され、負担が軽減されたのも事実だった。

 

(だがそれでも、逃げ切れたとは言い切れん。ならば、捨ておくわけにはいかんな)

 

そう判断したシュバルツはヴィルキスが離脱していった方向に向かって走り始めようとした。が、その前に後ろを振り返る。

 

(しかし…何だ、この気配は?)

 

どうにも気になることがシュバルツにはあった。ここに来てからというもの、どこからか感じたことがあるような気配を感じるのだ。しかし残念なことに、それが誰の気配で、そして何処から感じられるのかまではわからなかった。

 

(どうにもスッキリせんが、とは言えのんびりしている時間もない。ひとまず置いておくしかないだろう)

 

後ろ髪を引かれる思いを感じながら、シュバルツはもう一つの懸念を払拭するために走り出したのだった。

 

 

 

「さっきの女の子が、エンブリヲさん!?」

 

モモカが、調達してきた車を走らせながら驚きの声を上げた。アンジュの言った内容が内容なのだから当然だろう。

 

「どういうことですか!?」

「わからない…」

 

アンジュも困ったような表情をモモカに向ける。言葉通りどういうことなのかわからないのだから、それ以上言いようがないのだ。

 

「でも、操られてるように見えた…」

「そんな…」

 

モモカも眉を顰める。

 

「でも、それもそうだけど、もっと気になることがあるの」

「何ですか?」

 

モモカが車を運転しながら尋ねる。

 

「シュバルツのことよ」

 

アンジュが答えた。

 

「シュバルツさんですか?」

 

モモカが首を傾げた。

 

「ええ。モモカ、貴方もさっきのヒルダからの通信聞いてたからシュバルツがミスルギの皇城にいたのは知ってるでしょう?」

「はい」

「あいつ、招かれたって言ってたわよね」

「ええ」

「それがわからないのよ。どういうことなのかしら…」

 

アンジュが考え込んだ。

 

「あいつとエンブリヲに接点があったとは思えない。なら、どうしてあいつがエンブリヲに招かれて、それにあいつが応じるのよ…」

 

そこまで言葉にして、ある疑惑がアンジュの中に膨らんでいた。

 

「…まさかあいつ、私たちを裏切って」

「大丈夫ですよ♪」

 

その先は言わせまいとでも思ったのだろうか、モモカが微笑み、努めて明るい声を出した。

 

「え?」

 

アンジュが思わず顔を上げる。

 

「あの人は、これまで何度となく姫様や他の方たちを助けてくれたじゃないですか。それも命懸けで。そんなあの人が、姫様たちを裏切るわけないじゃないですか」

「そう…だけど…」

 

アンジュの声は暗い。人間、一度悪い方に思い込んでしまうと、中々それは払拭できないものである。

 

「それに姫様、お忘れですか?」

 

そんなアンジュを諭すようにモモカが続けた。

 

「何を?」

 

アンジュが首を傾げる。

 

「ジュリオ様やシルヴィア様に罠に掛けられた時、危険を顧みず助けてくれたのがシュバルツさんとタスクさんだってことを。そしてあの後で姫様が涙を流して悲しんだときに、受け止めてくれたのがシュバルツさんじゃないですか。そんな人が、姫様を裏切るとお思いですか?」

「あ…」

 

思い出す。そうだった、確かにあの時胸を貸してくれて、優しく包んでくれたのはシュバルツだったのだ。あの時のぬくもりはまだ鮮明に思い出せる。シュバルツを否定することは、あの時のぬくもりも否定することになるのだ。そしてアンジュには、それはどうしても考えられなかったのだ。

 

(…バカね、私)

 

顔を伏せ、アンジュが自嘲気味にふっと息を吐く。確かに一々モモカの言う通りなのだ。たとえ一瞬とは言えシュバルツを疑ったことを、アンジュは今更ながら恥じた。

 

「ありがとう、モモカ」

「モモカ=荻野目は、アンジュリーゼ様の筆頭侍女ですから」

 

いつものフレーズを口ずさみ、嬉しそうに微笑むモモカ。が、次の瞬間、

 

「うっ!」

 

雷に打たれたかのようにモモカは硬直してしまった。直後、

 

『忘れたのかね』

 

車内に聞き覚えのある男の声が響く。

 

「!」

 

驚いて再び顔を上げると、瞳のハイライトが失せたモモカがアンジュに向かって振り返った。と同時に、一枚のウインドウが開く。

 

「ひっ!」

 

そこに浮かんだ人物、エンブリヲの顔を見た瞬間、アンジュはこれ以上ない嫌悪の表情を浮かべたのだった。エンブリヲはそんなアンジュを気にすることなく話を続ける。

 

『この人間たちを創り出したのが、誰なのか』

「モモカ!」

 

瞬時にアンジュが正拳突きを繰り出してウインドウを割った。

 

「えっ…?」

 

と同時に、モモカも正気に戻ったように瞳にハイライトが戻る。

 

「今、私…」

 

呆気に取られていたモモカだったが、直後に悲鳴に近いアンジュの叫びが車内に木霊した。

 

「モモカ、前!」

「えっ?」

 

ぼんやりとした様子でモモカが前を向いた瞬間、車は街灯に衝突し、スピンして大破したのだった。

 

 

 

ミスルギ皇城上空では、サラたちとダイヤモンドローズ騎士団との戦闘が今も尚続いていた。が、シンギュラーから現れたのは機体を駆るサラたち三人だけであり、ダイヤモンドローズ騎士団はサリアを欠いているとはいえサラたちより一人多い四人である。もっとも、クリスはヒルダたちと相対しているので、実質は三対三なのだが。

が、徐々に徐々に天秤の針は傾いていく。それも、サラたちにとっては思わしくない方向に。

 

「やはり、今の戦力では…」

 

サラの端正な顔立ちが歪む。相手を見くびった…と言うわけでもないだろうが、これ以上の継戦は自分たちに不利と判断した。

 

「退きますよ、カナメ、ナーガ」

 

故に、退却命令を出す。

 

『ええっ!?』

 

案の定、二人は不服とも驚きとも取れる声を上げたのだった。が、サラも構わず続ける。

 

「現有戦力でのアウラ奪還は不可能です。一度退いて、体勢を立て直します。リィザは先ほど、シュバルツからのとある頼みを彼女から通信で聞かされたれたので、それを遂行させるために先に逃がしました。今はもう、ここに用はありません」

 

そのままダイヤモンドローズ騎士団を牽制するようにライフルを乱射する。そして、カナメとナーガの用意が整ったのを確認すると、三機はそのまま戦闘空域を高速で離脱していったのであった。

 

「くそっ、逃がすか!」

「深追いはダメよ」

 

追撃しようとするターニャをエルシャが制する。そして思わず眼下に目を向けたエルシャは見たくないものを見ることになってしまった。

皇城の中庭、とある一部分に砲撃の跡がある。だが、それ自体はそんなに珍しいものではない。先ほどまでドンパチしていたのだから、寧ろあってしかるべしである。では、何がエルシャの目を放さないのか。

それは、その着弾点に彼女が面倒を見ている子供たちの痕跡があったからだ。

 

「え…?」

 

業火の中、子供たちの遊び道具や日用品がその着弾点付近に四散している。子供たちの姿こそ見えないが、その状況を鑑みるに全員跡形もなく吹き飛んでしまったのだろう。

 

「あ…あ…」

 

起こってしまった取り返しのつかない事態に、エルシャは愕然とすることしかできなかった。

 

 

 

「モモカ、大丈夫!?」

 

一方、アンジュは大破した車からモモカを引きずり出しているところだった。アンジュ自身もそれなりのダメージを負ったが、モモカは窓ガラスに突っ込んでしまったのだろうか、ショックで気を失ってしまったのだ。そんなアンジュの耳に、

 

『怪我はないかい? アンジュ』

 

事故の直前に聞いたあの声が聞こえてきた。

 

「はっ!?」

 

驚いて顔を上げたアンジュの周囲を囲むように、大勢の人間たちがフラフラと二人に近寄ってくる。そして、その一人一人の頭上にはエンブリヲの姿が映し出されたウインドウが開いていた。

 

『帰っておいで、アンジュ』

 

操り人形のように、瞳に生気のない多数の人間たちの上に開いたウインドウのエンブリヲがそう言う。下手なホラー映画より余程怖い、トラウマものの光景である。

 

「っ!」

 

逃げ場を求めて慌ててアンジュが四方を見渡すが遅かった。もう十重二十重に囲まれていたのだ。そして、包囲の輪はどんどんと狭まってくる。

 

「そんな…」

 

絶望に打ちひしがれるアンジュ。そして、愉悦の表情でそのアンジュを見ているエンブリヲ。そうしている間にも、ゾンビのような人間の集団はどんどんどんどんアンジュに迫っていた。そして、そのうちの一人がアンジュを捕えようと手を伸ばす。

 

(助けて!)

 

モモカを抱きしめながら目を瞑り、思わず神頼みするアンジュ。しかし残念ながら神は微笑んではくれなかった。その代わり、

 

「はあっ!」

 

誰かの掛け声が響き渡り、直後、凄まじい打撃音がしたのだった。

 

(え…?)

 

何が起こったのか確認するためにゆっくりとアンジュは目を開く。

 

「間に合ったか」

 

そこにいたのは彼女のよく知る、そして最も頼りになる人物の姿だった。

 

「シュバルツ!」

 

その姿を見たアンジュの表情が一瞬でぱあっと明るくなった。

 

「怪我はないか、アンジュ」

 

群がる人間たちをいなしながら、シュバルツがアンジュに尋ねる。

 

「ええ!」

 

最強の援軍の到着に、アンジュも力強く頷いた。

 

「それは結構」

『おのれ…ッ!』

 

頷いたシュバルツとは対照的に、ウインドウの中のエンブリヲは忌々しげな表情になる。

 

「このままでは埒が明かん。取り敢えず退くぞ!」

 

相変わらず四方から群がる人間たちをいなしながらシュバルツがそう言った。

 

「え、ええ。で、でも、どうやって?」

 

アンジュが当然のことを尋ねた。四方には多くの人が自分たちを囲んでいるのだ。とてもではないが簡単に突破できる包囲網ではなかった。

 

「気を失っているその侍女は私が抱えよう。こちらに」

「わかったわ」

 

モモカを渡す。シュバルツは俗に言うお姫様抱っこの体勢でモモカを抱えた。そして、そのままアンジュに背を向けて腰を下ろす。

 

「え…?」

 

その行動の意味が分からず、思わずアンジュは戸惑った。と、シュバルツがその意図を説明する。

 

「お前は私の背中に」

「え、ええっ!?」

 

アンジュが素っ頓狂な声を上げる。まさか背に乗れと言われるとは思わなかったのだ。だが、シュバルツはいたって真面目である。

 

「早く! 戸惑いもあろうが、これしかないのだ!」

「わ、わかったわ!」

 

シュバルツに気圧されるようにアンジュは慌ててその背に自分の身を預けた。

 

「しっかり捕まっていろ!」

 

アンジュが自分の背に乗ったのを重みで感じ取るとシュバルツは立ち上がる。シュバルツの指示通りアンジュは手でギュッとシュバルツの肩を掴み、腰に足を回してこちらもギュッと腰を挟んだ。

 

「はああああっ!」

 

シュバルツは瞬時に車の上に飛び乗ると、そのまま手近の街灯の上にジャンプする。そして家の屋根からビルの屋上へと凄まじい速さで飛び移ったのだった。

 

「わぁ…」

 

予期せぬ空中散歩にアンジュが思わず状況にそぐわない歓声を上げた。シュバルツは一人を抱きかかえ、一人を背に乗せたまま次々にビルの屋上へと飛び移って距離を稼ぐ。グングングングンと先ほどの場所が遠ざかっていった。

 

(気持ちいい…)

 

肌を撫でる風が爽快感を身体に伝える。エアリアやフライトモードで飛行しているときのヴィルキスのような気持ち良さを感じていた。

 

(温かい…)

 

次に、密着した背中からシュバルツの体温を感じる。その優しく温かいぬくもりがアンジュの心臓を高鳴らせた。もっとそれを感じたいとばかりに、アンジュは更にギュッとシュバルツにしがみつく。

 

(お兄…ちゃん…)

 

その、大きく広く温かい背中に思わず以前も感じた感情を感じ、アンジュはギュッと目を閉じてその身をシュバルツに任せていた。

 

 

 

「ここまでくれば」

 

やがて、十分に人間たちから離れたとあるビルの屋上にシュバルツは着地する。そして、そこで一息をついた。

 

「立てるか?」

 

シュバルツは自分の腕の中のモモカに尋ねた。

 

「は、はい」

 

モモカが頷く。彼女はビルからビルへと移動しているときに目を覚ましたのだが、流石に頭は悪くないのだろう。一瞬で状況を悟って動いたりすることなくその身をシュバルツに委ねたのであった。

そのままシュバルツはモモカの足を地面に着かせる。足場を得たモモカはシュバルツの腕から離れたのだった。

 

「よし」

 

その光景を見たシュバルツが軽く頷く。

 

「ではアンジュ、次はお前だな。さあ」

 

そのまま腰を軽く降ろすと、アンジュに降りるように促した。が、

 

「…ヤダ」

 

アンジュは誰にも聞こえないように、本当にボソッと口の中でそう呟いたのだった。

 

「? 何か言ったか?」

「何でもないわよ」

「そうか」

 

シュバルツがこちらを向かないことをこれ幸いと、アンジュは地面に降りた。その顔が真っ赤に染まっていたのは気のせいではないだろう。と、

 

「う?」

 

アンジュが地面に降りたのとほぼ同時にシュバルツが崩れ落ち、地面に膝を着いたのだった。

 

「? どうしたの?」

 

アンジュが不思議そうな顔で尋ねるもののシュバルツは動かない。そのまま視界を隠すかのように右手で目の前を覆った。

 

「ねえ、ちょっと!」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

反応を示さないシュバルツにアンジュとモモカが慌てて側に近寄る。

 

「…いや、すまん」

 

少し間を置いてシュバルツがそう答え、そして何事もなかったかのように立ち上がった。

 

「どうも少し疲れたらしい。お前が離脱した後、色々あったのでな」

「過労ですか?」

「大丈夫なの…?」

「ああ」

 

心配そうに尋ねるアンジュにシュバルツは頷いて答えた。だが内心では、

 

(過労、か)

 

そのことに疑念を抱いていた。ガンダムファイターも生命体である以上疲労も蓄積するが、それでもこの程度で膝を着くような軟な鍛え方はしていないのだ。

では何故…という疑問は浮かんでこないでもないが、この場はひとまずそれは置いておく。何しろゆっくりしている時間はないのだ。

 

「それより、これからどうする? 取り敢えず距離は取ったから少しは時間は稼げていると思うが」

 

話を前に進めるためにシュバルツがアンジュに問いかけた。と、アンジュは表情を引き締め軽く頷く。

 

「まずはヴィルキスを回収しないと」

「回収?」

「ええ。攻撃を受けてね。河に不時着したのよ」

「場所はわかるのか?」

「ええ」

 

アンジュが頷いた。

 

「ならば…」

 

そこへ向かうかとシュバルツが続けようとした時だった。不意に、そのビルの屋上出入り口の陰から物音がした。

 

『!』

 

それに気づいた三人が振り返る。と、その物陰からゆっくりと二つの人影が姿を現した。

 

「! お前たちは!」

「! あ、貴方たち、どうして!?」

「え? え?」

 

その姿を見たシュバルツとアンジュは言葉を失った。唯一モモカだけは誰なのかわからずにその二人とシュバルツたちを交互に見ている。だが、それも仕方のないことだった。そして、シュバルツとアンジュが言葉を失っているのもまた、仕方のないことだった。

何故ならそこにいたのはシュバルツとアンジュが決して忘れることができない人物だったからだ。二人を護れなかったシュバルツもそうだが、それ以上にアンジュは過去の過ちを抉られていた。そう、そこに現れた二人というのは、アンジュが初陣でやらかしたせいで死んだ、ココとミランダだったからだ。

 

「うふふ…」

「あはは…」

 

二人…ココとミランダは悪意のない無邪気な笑顔を浮かべている。だがそれは、年相応の少女である彼女たちの本来浮かべるような無邪気なものではなく、怖気の走るような空々しく怖い笑みだった。そして彼女たちは三人に向かって走り出したのだ。

 

その手に、爆弾を持って。

 

「!」

 

その行為で、二人の…と言うより、二人をおもちゃにしている黒幕の狙いにいち早く気付いたシュバルツがいつものように瞬時に二人との距離を詰めた。そして、タックルの要領でそれぞれの腰を抱えて肩に担ぎあげると、瞬時にビルの縁に飛び移ってそのまま空中に身を躍らせた。

直後、ドンという爆発音と共に爆弾が爆発し、シュバルツたちのいた空域は炎上し、次いで黒煙がもうもうとその場に立ち込めたのだった。

 

「あ…ああ…あああ…」

 

呆然としながらその光景を見ているアンジュ。と、

 

「逃げられると思ったのかい?」

 

何処からともなく声がした。

 

「はっ!?」

 

モモカが振り返ると、そこにいたのはエンブリヲだった。アンジュは未だ、呆然とした表情でシュバルツたちが爆散した空中を見上げている。

 

「彼のことだからこうなると予想していたが…まさか予想通りに動いてくれるとはね」

 

ニヤリと、エンブリヲが厭らしい笑みを浮かべた。その表情は、モモカでさえも嫌悪感を抱かせるものだった。

 

「アンジュリーゼ様、逃げましょう!」

 

モモカがアンジュの服を掴んでこの場から逃げようとする。だが、アンジュはまるで石になったかのように固まって動かなかった。

 

「姫様?」

 

モモカが驚いてアンジュを見上げる。アンジュは呆然とした表情のまま、

 

「探さなきゃ…」

 

うつろな表情でそう呟いて足をシュバルツたちが爆散した方向へ進めたのだった。

 

「姫様!? アンジュリーゼ様!」

 

必死にモモカが話しかける。だが、アンジュは変わらずうつろな表情のままブツブツ何事かを呟きながら歩みを止めようとはしない。

 

「おやおや、少しショックが大きすぎたかな?」

 

その様子にエンブリヲが下卑た笑みを浮かべたままアンジュに近寄る。そして、その手を取ろうとした時だった。

 

「ぐはっ!」

 

不意に上空から機銃が斉射され、それがエンブリヲの身体を貫いた。エンブリヲは喀血しながらその場に崩れ落ちる。

 

「アンジューっ!」

 

そしてマシンに乗ったタスクが舞い降りてきたのだ。

 

「遅くなってごめん!」

 

マシンから飛び降りたタスクがアンジュに駆け寄る。だが、

 

「タス…ク…?」

 

アンジュはタスクの姿を見ても喜ぶでも嬉しがるでもなく、呆然とした表情を浮かべていた。そして、早々にタスクから顔を背けてしまう。

 

「アンジュ…?」

 

流石にアンジュの様子がおかしいことに気付いたタスクが訝しがるような表情になった。と、

 

「実は先ほどシュバルツさんが爆弾で…」

 

モモカが簡潔に説明する。その一言で何があったのか大体の想像がついたタスクが、

 

「しっかりするんだ!」

 

と、アンジュに平手を見舞った。

 

「え…あ…?」

 

平手の衝撃で幾分目に精気が戻ってきたアンジュが、叩かれた頬を抑えながらタスクを見上げる。

 

「タスク…?」

「君たちは早く逃げるんだ!」

 

そう言って、愛用のゴーグルをアンジュに手渡した。

 

「でも、シュバルツが…お兄ちゃんが…」

 

まだ現実を受け入れられないのか、アンジュは呆然とした表情のまま呟く。そんなアンジュに、

 

「大丈夫だよ」

 

と、タスクは優しく語りかけた。

 

「え…?」

「あの人がそう簡単に死ぬはずない。それは、君の方が知っているはずだろう?」

 

タスクがアンジュの瞳を覗き込んだ。

 

「でも…だって…」

 

しかし、まだアンジュは諦めきれないというか踏ん切りがつかないようだった。そのため、再び語気を強くして説得の言葉を重ねる。

 

「しっかりするんだ! ここから無事に脱出しないと、あの人を探すことも再会することもできなくなるんだぞ!」

「!」

 

その言葉が引き金になったのか、アンジュの瞳に精気が戻った。

 

「さあ、早く!」

「貴方は?」

「あいつに用がある」

 

タスクが振り返った先には、当然のように無傷のエンブリヲが悠然と立っていた。そして、これまた悠然と近づいてくる。

 

「急げ!」

 

タスクに促され、アンジュはモモカと共に慌ててタスクのマシンの飛び乗った。そして、発進の準備を整える。

 

「モモカ、行くわよ!」

「はい!」

 

モモカの返事を聞いたアンジュがそのままマシンを発進させた。

 

「私たちを引き離すなどと…覚悟はできているな、蛆虫が!」

 

エンブリヲが浮かべていた笑みを消し、憤怒の表情でタスクを睨んだ。…しかし、アンジュはエンブリヲを受け入れたとは一言も言っていないのに、エンブリヲの脳内では既に愛し合う二人になっているらしい。こういう面においてはどうにもつける薬のない調律者様である。

が、タスクは気にした様子もなくナイフを構えた。

 

「ヴィルキスの騎士イシュトバーンとメイルライダーヴァネッサの子、タスク!」

 

タスクが走り出してエンブリヲに向かっていった。迎え撃つように、エンブリヲが何もない空間から剣を取り出してその手に握る。

 

「最後の古の民にして、アンジュの騎士だ!」

 

そう宣言すると、タスクは何かをエンブリヲの頭上に向かって投げた。思わずそれを目で追ったエンブリヲだったが、その瞬間、それが眩いばかりの光を放つ。タスクが放り投げたそれは、フラッシュグレネードの一種だった。

 

「っ!」

 

思わず手をかざしてエンブリヲはその閃光を防いだ。

 

「そうか、貴様が…っ!」

 

何かを語ろうとしたエンブリヲだったがその先は言えなかった。何故なら、背後に回り込んだタスクがナイフで背中を突き刺したからだ。

どうと音を立てて倒れ伏すエンブリヲだが、タスクはすぐに顔を別の方向に向けた。その視線の先には、何事もなかったかのように平然と立っているエンブリヲの姿があった。

 

「ふっ!」

 

タスクが瞬時に手裏剣を投げ、続けざまにワイヤーガンを発砲する。エンブリヲは持っていた剣で手裏剣を叩き落すが、ワイヤーガンはその手首を貫通して鮮血があふれた。

 

「ほぉ…」

 

タスクを見据えたエンブリヲが楽しそうに笑った。

 

 

 

「ふにゅうっ!」

 

皇城付近の上空では、クリスとヒルダたちとの戦いが未だ続いていた。吹き飛ばされたヴィヴィアンが何とか体勢を立て直す。

 

「クリス、つえー」

「くそっ!」

 

まさかここまでの壁になるとは思っていなかったのだろう、ヒルダが忌々しげな表情になった。と、タスクから通信が入る。

 

『ヒルダ、アンジュを見つけた!』

「!」

『保護を頼む!』

 

エンブリヲと渡り合いながら、何とかタスクが必要事項を伝える。

 

「ヴィルキスは!?」

『水没している!今すぐ回収するのは無理…っ!』

 

エンブリヲの攻撃を防いだ拍子にタスクが通信機を落としてしまい、そこで通信は途切れてしまった。

 

「タスク!」

 

ヒルダが叫ぶが、通信の向こうからはノイズしか聞こえてこない。

 

「くそっ!」

 

忌々しげに悪態をつくと、現状を分析したヒルダはロザリーとヴィヴィアンに向けて通信を開いた。

 

「総員撤退! アンジュと合流し、アウローラに帰投する!」

『了解!』

 

三人はフライトモードに変形すると、そのまま戦闘空域からの離脱を図った。

 

「逃がさない」

 

が、クリスも指を咥えて見ているわけもなく、三人を追撃し始める。そして、照準を三機のうちの一機に合わせようとした時だった。

 

「お姉さまーっ!」

 

一人、救援のために出張ってきたマリカが機銃を乱射してクリスに向かっていったのだった。

 

「マリカ! 何しに来たんだ!」

 

思わぬ援軍にロザリーが詰問口調になる。

 

「お姉さまの援護を!」

 

そう答え、マリカはそのままクリスに突っ込んでいく。が、今のクリスはその程度で怯みはしなかった。

 

「邪魔!」

 

苛立たし気にそう吐き捨てるとブレードを振りかぶる。そして、そのままマリカに向かって投擲した。

ブレードは真っ直ぐマリカの機体に向かう。そして、寸分の狂いもなく彼女の生命を刈り取るはずだった。が、その寸前に大きな金属音が響き渡り、マリカは生命を拾う。

マリカの生命を刈り取るはずだったそのブレードを防いだのは、彼女たちの上空から同じように投擲されたブレードだった。

 

「!? 何だ!?」

 

思わぬ展開にヒルダが見上げる。そこにあったのは

 

「あれは!」

「お姉さまのアーキバス!」

 

ヴィヴィアンとロザリーがその姿に声を上げる。二人が言ったように、そこにはゾーラのアーキバスがあったのだ。

 

「ゾーラか!?」

 

予想外の援軍に驚いてヒルダが通信を開く。が、返ってきたのはゾーラの声ではなかった。

 

『ゴメン、遅くなっちゃって! チューンに時間がかかって!』

「! その声は!」

「ナオミ!?」

『そうだよ』

 

そこに乗っていたのはゾーラではなくナオミだったのだ。

 

「ナオミ…?」

 

ヒルダたちの通信を聞いていたクリスが訝しげな表情になった。その呟きが聞こえたのか、ナオミもクリスに向けて通信を開く。

 

『久しぶりだね、クリス』

「あんた、生きてたんだ」

『まあ、色々あってね』

 

言葉を濁す。実際に、色々あったのだから間違ってはいないが。

 

「ふーん。…で、お姉さま…いや、ゾーラのパラメイルに乗って、何しに来たのさ」

 

冷たく淡々とクリスが通信越しにナオミに尋ねた。

 

『ヒルダたちの助っ人だよ』

 

当然のようにナオミがそう答える。

 

「じゃあ、あんたも私の敵だね」

 

クリスが相変わらず淡々と呟くと、ライフルを乱射しながらナオミに向かってきた。ナオミもパラメイルをフライトモードからアサルトモードに変形させて迎え撃つ。互いに高速で空を滑りながらライフルで牽制しあい、ブレードで斬り結ぶことを数度繰り返した。

が、機体の性能差か、徐々にナオミが押され始める。

 

「くうっ!」

 

クリスの攻撃をしのぐナオミが顔を歪めた。

 

「ナオミ!」

 

ヒルダが慌てて加勢しようとする。が、

 

「大丈夫!」

 

そう言って、その足を止めた。

 

「で、でもお前…」

「とても大丈夫には見えないよ?」

「お姉さま、加勢します!」

 

マリカが再びクリスに向かおうとするが、

 

「来ちゃダメ!」

 

鋭く叫んでその場に留まらせた。次の瞬間、

 

「加勢してもらえばいいのに」

 

クリスの体当たりを受けてナオミが吹っ飛ぶ。

 

「きゃあっ!」

『ナオミ!』

 

ヒルダたちの声が重なった。

 

「もっとも、加勢したら一緒に殺すだけだけど」

 

クリスが獰猛な笑みを浮かべた。アルゼナルにいた時には決して浮かべたことのないような、獰猛なものだった。

 

「くうっ!」

 

何とか空中で体勢を整えてクリスを見上げるナオミ。

 

「腕が鈍った?」

 

蔑むようにクリスが挑発した。

 

「かもね」

 

だが、ナオミは挑発に乗らない。それどころか、不敵な笑みを浮かべた。

 

「けど、私たちは退かせてもらうよ」

「そうさせるとでも思ってるの?」

 

クリスが嘲笑を浮かべながら吐き捨てた。

 

「まさか」

 

ナオミもあっさりとその意見に同調する。

 

「けどね、こっちには切り札があるんだよ」

「切り札…?」

 

ロザリーが怪訝な表情になった。そんなものがあるとは思えないからだ。

 

「あいつ、何するつもりだ?」

「ナオミぃ…」

 

ヒルダも同じく怪訝な表情になる。ヴィヴィアンは二人と違って心配そうだ。

 

「へぇ…」

 

クリスは対照的に嘲笑を浮かべたままナオミを見下ろしている。

 

「なら、見せてみなよ。その切り札ってやつを!」

 

そのままブレードを展開させてまた突っ込んできた。

 

「言われなくても!」

 

ナオミが答えると、懐からあるものを取り出す。それは、シュバルツがエンブリヲのところに出向く前にナオミに渡したもの…超小型のマイクのようなものだった。ナオミはそれに向かって何やら喋りかける。が、何ら変化は起こらない。

 

「あれ?」

 

頭に“?”を浮かべながら何も起こらないことに不思議がるナオミ。が、呆けている暇はなかった。すぐそこまでクリスが迫っていたからだ。

 

「っ!」

 

慌ててブレードを構え、クリスの突撃を受け止める。

 

「ほらほら、どうしたのさ!」

 

クリスがライフルを乱射してナオミを追い詰める。

 

「どうして!?」

 

対してナオミは何も起こらないことにパニックになっていた。

 

「何で!? 確かに言われた通りにやったのに!」

 

ライフルからのビームを交わしながら、シュバルツと話したあの時のことを何とか思い出す。

 

「! そう言えば!」

 

ナオミはビームを必死になって避けながらあることを思い出していた。

 

「確かシュバルツは『叫べ』って言ってたっけ」

 

そこまでがキーなの? と思いながらも、思い当たる節はそこしかない。加えて、クリスの攻撃も次第に激しくなっている。戸惑っている暇はなかった。

 

「ううー…恥ずかしいけど、仕方ないよね。背に腹は代えられないし」

 

そこでナオミはすうっと息を吸い込む。

 

「トドメ!」

 

クリスがニヤリと笑いながら突っ込んできたのはそれとほぼ同時だった。

 

「っ!」

 

ナオミは手元のマイクに気を取られたていたため反応が遅れてしまった。彼我の距離、位置、スピード的にクリスの次の攻撃をかわすことは不可能だった。

 

『ナオミ!』

「お姉さま!」

 

ヒルダたちの叫びが重なる。ナオミはグッと歯を食いしばり祈りを込め、そして、

 

「が、ガンダームっ!!!」

 

と、そのマイクにありったけの声量で叫んだのだった。直後、クリスによって貫かれるナオミの姿を誰もが予測したが、二人の間に突如黒い竜巻が現れる。そして、その竜巻はクリスを弾き飛ばした。

 

「うわっ!」

 

竜巻に弾き飛ばされたクリスが悲鳴を上げながら吹き飛ぶも、何とか体勢を整える。

 

「な、何?」

 

突如現れた黒い竜巻にクリスが訝しげな視線を向ける。そして、その竜巻が収まった後にその場に現れたもの。

それは、ナオミをかばうかのようにその前に仁王立ちしたガンダムシュピーゲルの姿だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。