保護した喰種はヤンデレでした   作:警察

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第3話

ー二日目ー

 

 母喰種の殺害が成功した翌日、俺は有休を取らせてもらった。真戸上官と亜門のチームに加わってからというもの、ろくに休みを与えられず働かされていたので申請はすぐに受理された。

何ヶ月ぶりだろうか……。

こんなに朝からゆっくりできるのは。

ここ(20区)に配属されてから毎週ある休みは亜門と組み手したり、真戸上官のクインケ作りを手伝ったりで消えていったしな。

確か、俺が前に組んでいたチームの上官が殉職したのが2年前だから、……2年振りか。

 

 朝っぱらから酒を飲んで昨夜の続きといきたいがそうもいかない。今日はやることがあるのだ。それをさっさと終わらせて、心労の種をのぞいて、平穏な日常に戻りたいものだ。

適当に朝食を済ませてからお嬢ちゃんのいる和室へ向かう。マス縁でも叩いてから入べきだろうか、と一瞬逡巡するが相手は喰種だと結局せずに襖を開けた。

 

「入るぞ」

 

 中は4畳ほどの小さな部屋だ。障子や襖(ふすま)で囲まれただけで、置いているものは机と布団だけ。壺などを置く床の間、違い棚、天袋もあるがなにも置いていない。そんな部屋の隅で蹲る嬢ちゃんはまだ起きていなかった。三角座りのまま眠っている。随分とあどけない顔をしているもんだ。こんな顔を見せられたら、喰種なのに俺達が守るべき子供に見えてきて困る。生まれつき色素が弱いのであろう茶髪は染料ではだせない明るさをだしており、幼い雰囲気のこの子によく似合っている。肩口まで伸ばされた髪は真っすぐ下ろされてストレートボブに。肌の方も色素が薄いのか白い肌をしているし、トレードマークの髪飾りは花があしらわれてお洒落だ。服もカーディガンっぽいセーターに丈の短いスカート、足は黄色いストッキングに全て守られいる。肩には誰かの手作りのように見えるマフラーが巻かれていた。

そのマフラーが巻かれている肩に手を置き揺する。

 

「う……うぅん。お母さん?」

 

 顔をあげたお嬢ちゃんと至近距離で目が合う。相変わらず目が死んでいる。

「……お嬢ちゃんの母ではないな」

「……」

 どうでもよさげに顔を俯かれる。ご丁寧に腕で顔を隠してまるでダンゴムシだ。しかし、俺もこの子に聞きたいことがある。でなければ喰種を家に連れ込むなど危険なことはしない。

 やや強引だが腕の隙間からほんの少し覗ける空間へ顎を掴むために手を入れる。

(ここか?それとも、こっちか?)

 見えない空間に腕をつっこんでいるため現在地が確認できない。感触を頼りに顎を探す。手のひらをなんどもひっくり返したりベタベタと触ってみたりする。

(顎だから尖ってるはずなんだが……。お。これか?手触りはウールのようなツルンと滑らかな布地、まるでユニクロで買い物している時のようだ。それに結構柔らかいものがフニフニと手を押し返してきて。

………ん?あぁ、これこの子の胸か)

 

 瞬間、手にチクリと痛みが走る。人よりも発達した歯の感触。鋭い犬歯に噛まれているようだ。

 

「反応するって事は、話は聞いてくれてるんだな」

 少女は何も答えない。

「お嬢ちゃんは何を食べて生きてきた? 人間を殺していないなら、それはなんだ?」

「……お母さんは生きてるの?」

 蚊の鳴くような小さな声だった。静かなこの部屋でも、聞き逃しそうな位の。少女は顔を少しあげながらそう言った。垂れた前髪から赫眼を覗かして。俺の右手を咥えながら。嘘を言ったら食いちぎられそうだった。

 無事な左手でポケットに入っているタブレットを操作し、一枚の写真を見せる。この娘の母親の死んでいる写真だ。

 

 

「っ!」

 俺の口から苦悶が外に漏れる。お嬢ちゃんは画面の方に眼球を動かし、久しく合ってなかった焦点が合った瞬間身を震わせ噛む力を強めた。成人した喰種は人間の6~7倍の筋力を持つ。子供であっても顎の力は人間の比ではない。手に逆三角形の歯が深く食い込み、ブチブチッと肉が抉れる音がした。

 

 多分、軽く肉を持っていかれた。俺の反射神経をもってすれば力が入り始めた頃に手を抜くこともできた。だが不思議とこれは罰なんだと思った。

そんな事を思ったのはわずかの間で、すぐに正気に戻り手を抜いたが。

 

「なぜ俺を殺さない……俺はお前の母を殺した奴の仲間だぞ」

 

 

 黒と赤の眼が俺の目を捉える。眼の周りに血管が浮き出るそれは生理的嫌悪を与える。同時に生物として頂点の存在の証明である。そんな眼が敵意を孕み俺を睨みつける。犬のうなり声のような低い音が響く。

 

来る、と思った。

 

 刹那、そいつの肩甲骨辺りから赫子が飛び出た。白色の見覚えるのある……母と同じ甲赫か。甲赫は防御に優れるが動きが遅い。冷静に見極めれば回避は不可能ではない、アカデミーで習ったことを冷静に反芻する。

 合計2本の甲赫がバラバラに迫る。一本目、頭部を狙った攻撃を膝の力を抜くことで体を斜め後ろにずらし避ける。二本目が足を狙っていると勘を付け、逸らした上体の動きを利用し手をつきバク転。直径2m幅60cmの歪な形をしている甲赫から距離を取る。あれで殴られたら防具服を着ていない今、余裕で内蔵が破裂するだろう。

 

「なっ!?」

 十分距離をとった。二擊目が来る前にクインケを……そう思い顔を上げた時には槍が突きつけられていた。 

ありえない事だった。

連結した脊髄のようなモノに突起がついたそれは、紛れもない鱗赫だった。

 思考停止した俺を現実に引き戻したのはまたしても痛覚だった。なにやら左手が重い。痛みの発生源を辿れば鱗赫にえぐられ血まみれの手があった。掴んでいたタブレットは粉々になってしまっていた。痛みを顔に出さないようにし、活路を探すが見当たらない。攻撃力がある分脆いといわれる鱗赫だがそんなものは喰種どうしで戦った時の話だ。人間の柔らかい身体なら2、3人はまとめて貫かれる。

 

(2種の赫子だと…………すいません真戸さん、隻眼探しもう手伝えそうにありません)

 

 

 

 目をつぶって衝撃に備える。甲赫による打撃か……鱗赫の刺殺か……。

 

 しかし、待てども痛みは来ない。うっすらと薄目を開け状況を確認すると

 

 

 

ーーーー喰種が泣いていた。

 

 両手で顔を覆いぐすんぐすんと泣いていた。

 

「もう……やだよ。傷つけあうのはいや……。あなたに仕返ししても…………このモヤモヤは消えてくれない……」

 

 俺は、こんな顔が一番辛い。

 

「……復讐なんてどうでもいいっ」

 

 こんな顔を俺は普段よく見ている。

 

「わたし……悲しいだけなの…おとうさんとおかあさんにあいたくて……悲しいだけなの…」

 

 局に保護された子は、この顔と全く同じだ。 

 

「3人で暮らしてた時にもどりたい……ひとりはさびしいよ………………おとうさん……おかあ…さ…ん……っ」

 

 




胸がぁぁぁぁぁ。

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