保護した喰種はヤンデレでした   作:警察

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第4話

「優しいな……。お嬢ちゃんは」

 俺はショックで言葉を失ったあと少しの間を経てなんとかそう呟いた。年端もいかない者でも喰種なら殺す俺と、そんな人間を殺さない喰種。今在るこの状況で果たしてどちらが人間らしいのか……と。

 右手は食いちぎられて手根骨の肉が削がれ、左の手のひらは鱗赫に大きく切り開かれた。重症度でいえば左の方が重い。神経も何本か持っていかれたし、激痛は常に走っている。

 だがそれだけだ。鱗赫の直撃をうけて原型が残っている事はまずない。なのに今も繋がっている。

 この子の先ほどの攻撃はタブレットを狙っていたのだ。俺の左手を落とすこともせず、そのまま右に動かして心臓を突くこともしなかった。

俺はその事を優しいと評した。

 

「うぅ……ごめんなさい………ごめんなさい…………傷つけてしまって」

 

 少女は顔を伏せ泣きじゃくっている。目は赤いし、背中には化け物の証が生えている。だがおぞましいとは思わなかった。俺は痛みを堪え、何を思ったのかその子に歩み寄った。

 

「っ…………来ないでっ!」

 

 ほんの10歩程だ。大丈夫。怖くない。

 

「それ以上来たら、攻撃します…………いやぁ……やめてっ」

 

 あと5歩。4、3、2、1……………0。

 

 

 

 近づけば口元に俺の血であろうモノが滴っていた。それを手で拭ってやる。だが生憎俺の両手は血だらけだ。拭けど拭けども新たに血が塗られてしまう。お嬢ちゃんは舌で血を舐めとる。その度に震えながら、おいしい。嫌だ……。おいしい……と呟いている。

 悲しいけどきっとこうなんだろうと思った。どこまで行っても人間は喰種に傷つけられるし、血ぬれた手では抱きしめてあげる事はできない。喰種はその手ごと人間を喰べてしまうだろう。分かり合えても、共存できない。優しい人間と優しい喰種が出会っても周りは残酷だ。

 その残酷さがこの子の母を奪い、真戸上官の奥さんを奪い、亜門を狂わせた。

 

 

 お嬢ちゃんの頬を拭ってやっていると舌先が伸び親指を舐め始める。狙っているのだろう。俺はそのまま指を頬からスライドさせ口に差し込む。お嬢ちゃんは初めて顔を上げた。目を見開いて俺を見ている。

 

「……いいぞ」

 

「や、やだ……嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌いやいやいやいやいやだ……」

 

 赫眼と黒目が合う。

言葉では拒否するが口元がまごついている。

左手にもはや感覚はないが咀嚼音が聞こえる。

 

「その代わり…今は親指だけで許してほしい。俺にはやる事があるんだ。真戸上官との約束は絶対に守らなければいけないし、亜門は危なっかしくて見てられない。……見守ってやりたい。その後ならお嬢ちゃんに食べられても、構わない」

 

 喰種に笑顔を向けるなんて初めてだ。局の子供にやるように自分の出来るだけの笑顔を見せる。亜門と違って自分は子供に好かれない。うまく笑えているだろうか。きっと出来ていないだろうな。

 

「ア……アァァアァアアアアアアッ!!」

 

 赫眼から大粒の涙が生まれる。両手で身体をかき抱き、赫子をそこらじゅうに展開する。狂ったように叫ぶ声からは理性が感じられない。それでもこの子は俺を攻撃しないという確信があった。

 

 

 

「すまない、お嬢ちゃんの大切なご両親を奪ってしまって……」

 

 最後にそう言うと、お嬢ちゃんは糸が切れたように意識を失った。俺の方に倒れ込んでくる小さな身体を抱きとめる。目元まで垂れている前髪を抑えてやると赫眼は消えていた。この子は完全に闘う意思をなくしていた。

 

 

(笛口リョーコさん。笛口アサキさん。貴方方を殺した者に預けるのは本位ではないでしょう。ですが勝手ながらにお願いします。この子を俺に保護させてください。この優しい子がどう育つのか見てみたくなりました)  

 

 

 

 

 

 

 その後、自宅にCCGから電話が入り草場さんの凶報を伝えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「草場一平三等捜査官は捜査中に兎面の”喰種”の凶行により命を落とした。おそらく母娘”喰種”の件に関わる者の仕業だろう」

 

「草場捜査官の勇気に敬意を表し、一分間の黙祷を捧げる。

一同……黙祷!」

 

「……………………………………………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 CCGの緊急病院で傷の手当を受けたあと、会場に向かうと帰ろうとしている真戸上官と会いどうにか告別会に引っ張て行った。終わった今は俺、亜門、真戸上官の3人で会場ホールの出口で佇んでいた。

 亜門や真戸さんに両手の包帯に突っ込まれた時、クインケで怪我をしたと言っておいた。左手の裂傷はそのまま、問題は右手の噛みちぎられた痕だった。このまま病院に持っていくとややこしい事になるので、自宅にある麻酔を射ち傷跡を刃物の断面にするため包丁で撫でてきた。ひとまずバレることはないだろうと思う。

 

「亜門さん、青履さん……それに真戸さんまで……」

 

「中島さん……」

 

 草場さんの上司であった中島さんに声を掛けられる。亜門が生気のない中島さんを気遣うように返答する。

 

「…………メシ、一緒にどうですか。お三方」

 

「あぁ。私は遠慮しておく。それなら一分一秒でも仕事をしていたい」

 

「真戸さんっ!」

 

「真戸上官、俺も後日手伝いますんで。もう少しだけ付き合ってくれませんか」

 

「ふむ。

そっちの方が効率がいいか。分かった、御相伴に預かろう」

 

「……ありがとうございます。いいうどん屋があるんで、着いてきてください」

 

 

 

 

 

 中島さんのオススメのメシ屋は小さな定食屋だった。内装もこれといって特筆するところがなく、従業員は店主一人のカウンターのみ。至って普通の居酒屋のような店だった。

「ここが、オススメの店ですか?」

「……えぇ、草場とよく来てたんです」

 俺はそういう事かと気付いた。ここは草場さんが殺された現場のすぐ近く。この行きつけの店で飯を食ったあと喰種に襲われたのだと。

一泊置いてそうですか。と謝るように言った。

 4人で座ると所狭く感じる店内で中島さんが注文を頼む

「……店主いつもの4つ」

「はいよっ!」

「あっ、店主。俺は握り飯かなんかでお願いします」

「あいよっ、うどん定食3人前に握り飯セット1人前ね」

 真戸上官以外は重苦しい雰囲気に押し黙る。中島さんはお冷を見つめていた。

 

「……あいつが独身で良かった。嫁さんなんかいたら…哀れで……」

 

「あいつ……尊敬してたみたいですよ。…亜門さんのこと。楽なデスクワークじゃなくて現場に行きたいって……あなたみたいに頑張りたいって」

 

「……私など…」

 

「お待ちどう。なんでぇ、今日はいつものニイちゃん一緒じゃないんだね」

 

 店主ができたメシを運んでくる。再び閑静とした場になる。中島さんがうどんを一口すすりまた話し出す。

 

「……俺はここではいつもこのセットを頼むんだ」

 

 

「草場の野郎は俺が注文する度に『またですか中島さん』ってうるさくってな……あのバカ 毎回 俺に奢らせるクセしてよ……黙って食えっつの…ったく……」

 

 

「奢る相手なくなっちまったじゃねーかよ…バカヤロー」

 

 

「相棒だろーが……どーすんだよ仕事……なぁ……チクショウ……」

 

 カウンターに肘をつき頭を抱える中島さん。その姿は苦悩に満ちていた。自分を慕ってくれた若い部下。そんな男が自分より先に死ぬなど何かの冗談だ。男泣きしている中島さんに俺は何も言えなかった。

 俺も前の上司が殉職した時、頭が現実に追いつかなかったから。

 

ズゾゾゾゾッ!!

亜門がものすごい勢いで麺を啜る。一息で食べ終え

 

「草場さんが殺されていい理由なんてない……。

こんな世界は間違っている。

俺たちが正すべきだ。

中島さん、今度私にも食事を奢ってください。

…………草場さんよりずっと食いますが」

 

「……」

 

「なんだ亜門。面白い一発芸だな」

 

「うるさい」

 

「まぁ、中島さん。草場さんの仇、俺らに任せてください」

 

「私もやってやります」

 

「フッ……草場のヤツも喜びます……。こんなに想ってもらって」

 

「私を忘れてないかね。ラビットとは既に一度交戦している。次こそ仕留めてやるさ」

 

「真戸さんまで……。っ! ありがとうございますっ! ありがとうございます……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 車で家に帰ってきた俺は普段着に着替え、パソコンを片手に和室へ向かう。

 

「よく寝ているな」

 

 お嬢ちゃんは家を出る前に布団に寝かせておいた。近くに座布団を敷いて座る。安らかとは言い難い顔で眠るこの子の傍で、インターネットでCCG本部へログインし真戸上官とラビットの戦闘記録を探す。

 

「これか……。なるほど。ラビット、タイプは”羽赫”。典型的な羽赫の喰種で俊敏性に頼り切った単調な攻撃が特徴。持久力不足。長期戦に持ち込めれば優位。真戸上官の挑発に乗った、と。結構な情報だな」

 

 情報を元に戦い方をイメージする。きっと俺の身体能力なら引けを取らない。1対1、1対2、逆に2対1、3対1……とシチュエーションごとに突き詰めていく。

 そしてイメージの中でラビットを殺すと、天国の草場さんが喜んでくれている気がした。

 

 

「まずはこの手を直さないとな」

 

 完治には2週間はかかるだろう。CCGの最新医療を駆使してもだ。それまで安静にしておかなければ。

 

 そんな事を考えながら、お嬢ちゃんの頭を一撫でしてから俺も眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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