紅の牙と黒提灯   作:雅音かぐや

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ざわめき

 ここは閻魔殿。地獄に落ちてきた亡者の罪を審査し、それ相応の地獄に仕分ける閻魔大王がおわす場所。そしてその腹心、第一補佐官である鬼神・鬼灯が君臨する。今しがた裁判の午前の部を終え、休憩に移ろうとしていた。

「はぁ~…やっと一息ついたよ。ここのところ亡者の数が増えすぎてない?」

「そうですね。現世での行いに、目まぐるしく環境が変化したせいでしょうか。ですが、亡者が地獄に来る以上、仕事に支障をきたすわけにはいきませんからね」

 ドスの聞いたバリトンボイスを、閻魔大王に向ける鬼神は裁判の後片付けをしていた。

「それはそうだけど、こう忙しすぎるとついていけなくなるというか…。君の仕事量も増えないかって心配だよ」

「貴方が今以上に切磋琢磨してくれれば、私の荷も軽くなるはずなんですがね…」

「そ、それは御尤も…!」

 上司に嘆息しながら、ふと荷車の底に残る一つの巻物を手に取った。

「閻魔大王。一つ帳簿が残っていたようです」

「え?午前の部までの帳簿は、全部ここが最後だけど」

 巨漢である閻魔大王は使うものも大きい。長身である鬼灯を凌駕する机の上に、亡者の帳簿と思われる巻物が積まれていた。

「おや、おかしいですね。一つ増えていたとは」

「まぁいいじゃない。それは午後に回すとして、一緒に食堂にでも行こうよ。もうワシお腹ペコペコ」

「私は記録課に行ってきます。お先に休憩を取ってください」

「あ、うん…わかった」

 閻魔大王の誘いの言葉を割り、鬼灯は記録課へと足を運んだ。

「あー、今日も話ができなかったなぁ…」

「閻魔大王―、お疲れ様でーす!」

 落胆する閻魔大王をよそに犬、猿、雉と桃太郎の元お供である仲良しトリオが現れた。この三匹は鬼灯の斡旋により等活地獄で働く、不喜処地獄に勤務する動物獄卒達である。主人である桃太郎は桃源郷にある『極楽満月』という薬局で勤務している。

「あ、みんなお疲れ様」

「閻魔大王、これからお昼?」

 無邪気に白くてふわふわとした尻尾を振りながら、閻魔大王を見上げるシロ。

「俺たちもちょうど終わったんで、一緒に食堂でもと」

「いつもの俺たちじゃ、何かぱっとしなくて」

 続いて桃太郎チームのブレーンこと猿の柿助と、しっかり者の雉のルリオが続いた。

「ありがとう。ワシもこれから行こうと思っていたから。いやぁ、地獄にも癒しは必要だね」

 一人と三匹はのんびりと食堂へと赴いた。周りから見れば、某アニメ映画に出てくるト○ロ一行だ。

「そういえば、鬼灯様は?」

「彼なら記録課に行っているよ。用事が済んだら来るんじゃないかな?」

「ふーん。さっき浮かない顔してましたけど、どうかしたんですか?」

「え?うん…多分耳にしていると思うけど、ワシの補佐官を増やすって話聞いたことあるでしょ?あの子、補佐について云千年だし、人員を増やせば鬼灯君の負担も軽減できると思ってさ」

「あー、なんか聞いたことありますね。でもあの人のことだから、余計なお世話とか、特に自分のテリトリーを侵してほしくないんじゃないですか?」

「気持ちは分かるんだけどね。今も目立ったミスとかもないし、優秀な部下を持ててうれしいよ。でも部下を大事にするのも上司のつとめ!…だからワシ、思い切ってみたんだよ。第二補佐官の募集をね」

「え、それって、どういう…」

「ここだけの話なんだけどね。ワシ天国の天部の人たちと会談する日があってさ」

「?てんぶ??」

「あぁ、『天部』っていうのは仏様を守る神様たちのことだよ。全部で十二人もいて、『十二天』という呼び方もあるんだ。毘沙門天とか韋駄天とかが代表だね」

「へぇ~、神様を守る神様なんてかっこいいなぁ!」

「でね、話をもとに戻すけど、鬼灯君が席を外した隙を狙って、十二天の一人に第二補佐官の件を話したんだ」

「それで、どうなったんですか?」

「……受けちゃったんだよね、即決で」

 歩を進むのをやめ、その場で力が入っていない言葉を吐いた。三匹も同じく立ち止まって閻魔大王を見上げる。

「う、受けたって…?」

「第二補佐官の推薦を天部達に任せちゃったんだよ。鬼灯君に話さずに」

「えーそれって、大丈夫なんですか?鬼灯様が知らないって、大ピンチじゃないですか!」

「そこなんだよ~…あの時お酒が入ってたから、舞い上がって運が良かったのか悪かったのか…いつか鬼灯君に話さなきゃって思ってたのにズルズルと引きずって……あ」

 閻魔大王の青ざめた顔がさらに増していく。

「あの~、閻魔大王?」

「大丈夫?一体何を・・・」

「しまったぁ!!今日その推薦された子が来る日だぁ……!」

「ええええぇぇえええ!!!?」

一人と三匹は幸い人が通っていない廊下の真ん中で仰天しあった。

「じゃ、じゃあもう、この地獄に来られているんじゃ…!」

「あぁー…どうしよう!天部直々の推薦だから、今更急に追い返すのもなぁ……」

 閻魔大王は頭を抱え、その場でうろうろとさまよっていた。

「その人に事情を話せばわかってくれるかも」

 シロの突拍子な提案でみんな眉をひそめた。

「どうかなぁ…渡された推薦書に書かれたその子の詳細があって、何かしらないけど『長所は約束事破ったらきちんと針千本飲ますこと』って書いてあったから…」

「指きりげんまんに、何か恨みでもあるのか…?」

「というか、それを長所といっていいのか…」

「もう一度推薦書を見直したら?何かの見間違いかも」

「そ、そうだね。幸い推薦書は肌身離さずもって……あれ?」

 自分の懐を探るが目当てのものが見つからない。パタパタと服をはたかせても出るものは出てこなかった。

「ない!?おかしいな、午前の審判まではあったのに……まさか」

 はっとして、先ほど鬼灯が持っていた亡者の資料だと思われる赤い巻物を思い出した。

「アレか…!ごめん、食堂は君たち三人で行ってくれないかな?ワシちょっと記録課へ行かないと!」

 と、大慌てで来た道を戻り走り去っていった。

「閻魔大王…!?」

「なんか、大王にしちゃ相当な勢いだったな…」

「鬼灯様の件もあるし、閻魔大王大丈夫かなぁ」

 大王の身をしぶしぶと案じて、三匹の獄卒たちは歩を進めた。

 

 

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