「此処が、地獄への入り口か。昔は自由に出入りできたのに、現世と天国もつながっているんだから驚きだな」
少々ときは遡り、地獄の門へと向かう一人の鬼がいた。
「お待ちになって~」
すると地獄へと抜ける門の両端から巨大な影二つが目の前に立ちはだかった。歩を止め、見上げると地獄の門番である牛頭と馬頭だった。
「此処から先は地獄となっているわよぉ」
「アナタ見かけないけど、天国からきたのかしら?」
「そうだ。なんだ?通るのに通行証が必要か?」
「そういうわけでもないけど、一応見せてもらえないかしら?」
しぶしぶと懐を探り、通行証を二人に見せ付けた。
「あら!まさか天部の…」
「ちょっと滞在させてもらう。まぁ。長くは続かないだろうけど」
「わかったわ、さぁどうぞ!」
頑丈な扉が轟音とともに開き、門を抜けた。出迎えたのはほの暗い空と、生ぬるい熱風が頬を撫でた。
「ふー、この鉄臭さと熱風。退屈はしなさそうだな」
「見覚えありませんか」
「はい、その書物は記録課では扱っていない代物です」
閻魔庁の記録課清書班主任である葉鶏頭(はげいとう)に、鬼灯は訪ねていた。
「まぁ、記録課で扱うというより、地獄ではめったに見られない代物ではないかと」
「どういうことですか?」
「そうですね、言ってしまえば桃源郷かあるいは他国の天国の所有物ではないでしょうか。このような材質が良い書物が存在するところも限られてきますからね」
「天国、ですか。しかし、なぜ亡者の書物に紛れ込んでいたのか」
「そこまではわかりません。但し是だけいえるのは、記録課と異国のつながりはほぼ無いということです」
「そうですか…わざわざどうもありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ何もお力もできず」
その後、鬼灯は記録課から立ち去り閻魔殿に通ずる廊下を歩いていた。廊下に面して大きな中庭では、鬼灯が丹精込めて育てた金魚草がゆらゆらと揺らめいていた。
「さて、天国の書物なら中身を確認しようにも、証印がなければ見られませんね。あのアホにでも聞いてみますか…」
すると突然、
「ほぉぉぉぉおおずきくぅぅぅんん!!!」
どかどかと地響きをあげながらこちらに猛突進で向かってくる閻魔大王。それを見て、かっと目を見開いた鬼灯は金棒を大きく振りかぶり、こともあろうか大王の脛に大打撃を与えた。
「はがっっ!!?」
確実に骨が粉砕する攻撃に、大王は反動で一気に転び、さらにそのまま顔面を強打を余儀なくされた。大きく息を吐き、金棒を地に付ける補佐官は一瞥した。
「廊下をバタバタと走らない!廊下を壊す気ですかアナタ!!」
「まず…君、ワシを壊しにかかってきてない……?!」
大王は脛への苦痛と顔面の打撃に激しく悶絶していた。
「何を今更、元々死んでいる身でしょう。私に何か用ですか?」
「そっ、そうだった…!えっとね、確か鬼灯君が持ってる赤い巻物を返してもらおうかと…」
「ああ、これですか。貴方のだったんですね」
「そ、そうそう!ワシにとって大事なものだから…」
いつもの様子と違う閻魔大王に不審を抱くと、鬼灯は眉間を曇らせた。
「ちょっと待ってください。まず先にこれはどういうものかを教えていただけますか?」
「え、あ、いや…それは、その…。お、一昨日桃源郷行ったときに商店街で珍しいなぁ~と思ってつい買っちゃって!」
「ほぉ~~~う・・・?」
とてつもない疑いの眼差し・・・!
「だ、だからお昼時に読もうかなって…!」
「そうですか…でも妙ですね、一昨日宴会で相当貴方のお孫さん話を語り、そのまま泥酔した記憶があるんですが…?」
「はっ・・・!?」
し、しまったぁぁ・・・!余りにもテンパりすぎてベタな失敗をぉ~・・・!!
「どういうことなのか、説明していただけませんかねぇぇ・・・?」
「あわわわわ・・・」
閻魔大王、絶体絶命。
と、思われたがそのとき、けたたましいサイレンが閻魔殿に轟いた。
「等活地獄より非常警報発令!亡者が一人脱獄!各獄門を封鎖せよ!繰り返す…」
サイレンと共に発令された内容に、鬼灯は舌打ちを打った。
「こんなときに。閻魔大王、様子を見てきます。後でたっぷりと話を聞かせてもらいますからね」
「ハイ……」
大王はそのままうなだれたまま、走り去る鬼灯の足音だけ耳にした。