紅の牙と黒提灯   作:雅音かぐや

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第3話

「鬼灯様ー!サダコがまた逃げ出しましたぁー!」

 鬼灯が等活地獄についてまもなく、慌てふためく獄卒達をよそに金棒を地面にめり込ませた。怒りをを露にしているのが目に見えている。それをみた獄卒達はびくりと背筋を凍らせた。

「まったく、またワンセグ携帯でも持ち出したんですか!」

「いや、その茄子が休憩中に『呪いの動画』を面白がって検索していて…そうしたら、サダコが出てきて…」

「すみません…いきなり出てくるもんだから腰抜かしちゃって、最終的にゴキブリみたいに逃げちゃいました…」

 地獄の獄卒版チップとデールこと、唐瓜と茄子は反省の色を隠しきれず鬼灯に頭を下げた。

「呪いの動画に鞍替えしたんですね、サダコは。しかし、こうも脱獄されてはたまったものじゃありません。何か対策を練りませんと」

「あの、もう一つ大変なことが…」

「また何か?」

 鋭い眼光を向け、圧がのしかかる低い声で二人を見下ろす。

「サダコは一人だけじゃないんです!」

「はい?」

 

 

 打って変わり、ここは愛憎渦巻く『衆合地獄』。八大地獄の三番目に位置するこの地獄では、殺生、盗みに加えてエロスにまつわる罪を犯した者が堕ちる場所である。女性に乱暴を加えた男ももってのほか。故に、女性の獄卒による制裁が多い。ここの刑罰で有名なものは刀葉樹(とうようじゅ)による刑。木の頂上で美女が手招きをしており、助平な亡者が木登りを始めると葉が刃となって体を切り刻む。それでもめげずに頂上まで上りきると、そこには美女の姿はない。美女はいつのまにか下に降りて手招きをしている。と、このようにエロスな欲望を捨てない限り、刑罰は続く。

 どろどろと織り成す地獄である反面、花街と観光スポットに指定されている。現世で俗に言うキャバクラ等の妓楼(ぎろう)が多いのだ。

 そんな華やかな花街にざわざわと不穏な動きが起き始めていた。

「ニャー!こりゃ一体ニャンの騒ぎだい!」

「知らねぇよ~、急に騒がしくなったと思ったらこの様さぁ…!」

 ゴシップ記事のネタを嗅ぎまわる猫又新聞記者の小判と、花街の中でホストクラブを経営するオーナーこと野干狐の檎(ゴン)は、非常事態にあたふたしていた。

 突如として現れたサダコの大群。長い黒髪を振り乱し、あちらこちらと蠢く姿はホラーさながらの気迫を放っている。

「いやぁ、でもこの大混乱はただ事じゃネェ。幸い記者はワッチだけ。こりゃ大スクープニャ!」

「おいおい、余りでしゃばったりしたらロクなことないぞ?」

「ニャーに言ってんだィ。お前さんと違ってこちとら命懸けでやってんだィ!」

 自前のカメラを持って今起こっている出来事を写真に収めていく小判。そのとき、カメラのフラッシュに気づいた一人のサダコは、ゆらりと小判に近づいてきた。

「ニャ?なんか嫌な予感が…」

「ナマイキな化け猫め、こうしてくれる!」

 すると、長い髪の毛を振り回し小判に向かって絡ませた。蛇の如く絡みつく髪は、あっという間に飲み込んでしまった。

「わー、小判ニャン!」

 刹那、黒い塊と化したサダコの髪がばっさりと切られ、散り散りと辺りに散らばった。塊の中から無事生還した小判は、同時に何者かに寝首を掴まれた。

「ニャッ、苦じい!」

 

「全く、何千年ぶりに降りてきたというのに、この様子じゃあ先が思いやられるな」

 

 小判をぶらぶらと片手で持ちながら、右手に怪しく光る太刀を握る。小判を助けた謎の人物に、その場にいた一同は目を向けた。

「な、何者なんでィ。見た感じ獄卒、じゃあねぇよなァ」

「先に礼を言うのが筋だろう」

「お、そうだった。いやー助かった…」

 しかし、しゃべっている最中に檎の元へ放り投げられた。猫なので体を翻し、無事地面に着地する。

「人がお礼言ってる最中投げんじゃニャーよ!」

「ヒトじゃないだろ。ペットは大事にしろよ兄さん」

「ワッチはこいつのペットじゃニャーやい!」

 毛を逆立てながらフーッと威嚇の声を出す小判。

「さーて、現世じゃ襲来とかなんとかリメイクされて、大ブレイクじゃないか。諸君」

 それをよそに蠢く影の塊に目を向けている。いつの間にやらサダコの大群が集い始めていた。

「ある意味ホラーニャー!」

 

 

―――時を同じくして、鬼灯一行は事態を収拾するため衆合地獄の繁華街に着いた。

「これはひどいですね。すぐにサダコを捕獲しなさい!」

 引き連れた獄卒たちに指示をあおぎ、サダコらを取り押さえていった。

「うげっ、あちこち髪の毛だらけで気持ち悪い…」

「んなこと言ってないで俺たちも行くぞ!」

 唐瓜に首根っこをつかまれ引きずられる茄子をよそに、鬼灯はある場面に遭遇した。

「その湿った髪をさらにバリバリにして枝毛だらけにしてやろうか!」

「ひぃ、キューティクルが失われる…!」

「幽霊にそんなものいらん!」

 小判を助けた謎の人物はバッサバッサと太刀で髪を切っていき、サダコらを戦意喪失へと陥れていく。手際よく事が運ぶなか、鬼灯は暫くその様子を伺った。地獄である以上、よそ者がまぎれることは珍しくもない。明らかに地獄の者ではなさそうだ。獄卒でもない。いや、それ以前にこの環境に溶け込むほどの違和感が失われている。あの者はどこから来たのか、調べる必要があった。

「失礼ですが」

うん?」

 最後の一人であるサダコを倒した際、鬼灯は謎の訪問者に近づいた。切った髪の毛のくずを振り払い太刀を納め、パンパンと服についた髪の毛を払う若者に、改めて姿を見る。

 漆黒の着流しに、振袖にかけて赤い流紋模様と金糸があしらわれている。帯の位置からして、胸の膨らみがあることで女性だとわかる。その袖から覗く手首には手甲を装着。左腰には朱塗りの鞘に収めた太刀を帯刀。足は珍しい黒色の足袋に、鼻緒が赤い黒下駄を履いている。そして一番気になるのは、武者鎧の兜の下に装着する面具をつけていること。藁の傘を深く被ってまで、素顔を隠しているように見える。身長もそこそこ高く、鬼灯の肩までぐらいだ。

「先ほどの一部始終を拝見していました。地獄の住人ではなさそうですが、あのような手際のよさはどこで?」

「そうだな。閻魔殿に向かおうとしていたら、この事態に巻き込まれて」

 鬼灯の質問に答えている最中、覆面の女性は鬼灯を見て言葉を切った。

「あんた、もしかして…」

 何か言いかけたそのとき、背後から突然何かが飛びついた。それは物陰に隠れていたもう一人のサダコだった。

「わっ!なにを…!」

「よくも仲間たちを、変わりにお前の髪をむしりとってやる!」

 不意打ちを受けた若者の傘帽子と面具を外そうとした。

「ちょっ、やめろこの…!」

「あ…」

 すると案の定面具が外れ、渇いた音が地面に鳴り響く。それと同時に傘帽子もはずれ、素顔が露になった。

 まず一番早く目が行ったのは、鮮やかな赤色だった。一房に束ねたポニーテールが揺らめき、艶のある一房がぱさりと肩にかかる。また鬼灯と同じ、見尻に紅が色づいている。

「この、3Dになったからって調子に乗るなよ!」

 掴みかかったサダコを引き剥がし、燃えるような赤い瞳で睨むと威圧で尻込みしてしまった。

「鬼灯様、こっちはもう全部片付けましたよ」

「ご苦労様でした」

「あれ?あの人、誰ですか?」

 鬼灯は無言で赤髪の鬼に近づいた。

「あなた、もしかして《羅刹》ではないですか?」

「ん?ああ、そうだけど」

 面具で隠れていたのか左頭部に黒い角が生えている。何故か対称である右側には生えていなかった。

「ら、羅刹女?」

「ほぉ~、こいつぁ驚きだ」

「スクープ満載ニャ!」

 小判は無我夢中にカメラと隠し撮りの携帯カメラでその場を撮った。

「羅刹女?って、何だ唐瓜?」

「馬鹿、お前知らないのか?大体羅刹っていうのは…」

「ここで話すのは控えましょう。まずこの現場を納めないといけません。貴女のお名前は?」

「私か?」

 貴女しかいないでしょう、と言いたげに眉をひそめ視線を送る。それを見てポニーテールの赤髪を振り払い、こう告げた。

「羅刹天補佐、雅だ。閻魔大王の第一補佐官、鬼灯殿?」

 薄笑いを浮かべる羅刹女に、その応答に返すこともない無表情の鬼神。さてさて、二人の出会いが良くも悪くも、地獄はにぎやかになりそうだ。

 

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