今日から新卒の補佐が就任する。
昨日の雅という女に、鬼灯はすこぶる気に入らなかった。傲慢で人を見下す態度。しかし女性で気が強く、食い下がらない性格は嫌いではなかった。羅刹天に仕えているだけのことはあるか。と、鬼灯は閻魔殿へ向かう廊下を歩いていた。
ふと中庭を見ると、あたり一面に咲く金魚草を観察している人物がいた。赤漆の太刀を支え座り込み、真剣に金魚草とにらめっこしている。
「そんなところで何をしているんですか、雅さん」
「!鬼灯様。いや、これ何なんだろうっと思って」
鬼灯に声を声をかけられその場で立ち上がる雅。
「これは金魚草です」
「金魚…。ネーミング的にそうかなって思ってたけど、私の知っている金魚草とはかけ離れているんですけど」
「あの世とこの世の境目に自生していたのを、中庭に植え替えたところ増殖しましてね。さらに大きくなり、今では観賞用ペットに好評なんです」
「観賞用ねぇ…」
『オギャア!オギャアアア!!』
するとつんつんと金魚草をつついた途端、赤ん坊の泣き声を発した。
「をっ!?びっくりした…!」
「あと、鳴きますよ」
「鳴き声って、そっちの泣き声?」
一匹の金魚草の鳴き声をこまぎれに、ざわざわと周りの金魚草も鳴き始めた。
「…つかぬ質問するけど、食べられる?」
「ええ、新鮮なものでしたら刺身ですね。あと、エキスにして漢方薬にもできますよ」
「へー、食べれるんだ…」
「…雅さん、涎が出てますよ」
「おっと、つい」
「はぁ、そろそろ式が始まります。行きますよ」
「ん、了解」
手に持っていた太刀を帯刀して、鬼灯の後を追った。
「今日から初出勤か。あー緊張する」
「緊張している様子には見えませんが」
「…一つ聞いても?」
「なんでしょう」
「どうしてあの時断らなかったんです?上司も然り、閻魔大王の第一補佐官であるあなたに、あんな態度されたら黙っちゃ居られないと思いますが」
「あのアホは仮にも私の上司です。つまり・・・」
話の最中、金棒の柄を握り締め、瞬時に背後に居た雅へ向けて振りかざした。殺気を感じたのか、雅も抜刀し襲ってきた金棒を防ぐ。刃と鈍器、不釣合いの武器に対して、驚くことに刀身は折れることはなかった。
「こうなっては、事態の収拾がつかないと思ったのですから」
「いきなりは、ないんじゃない?しかも上司にアホって」
奇襲に取り乱す様子もなく、冷静を保つ雅。鬼灯の金棒を見切り、受け止めることなど他の鬼たちすら出来ない芸当だろう。俊敏さと瞬発力、女性でありながらも羅刹ということに、伊達ではないと感じた鬼灯であった。
「はぁ、もう降参」
ギチギチと緊迫した競り合いが続くと思いきや、太刀を鞘に納めた。
「忠告しておきます。ここは地獄、情けも容赦もない。天も羅刹も関係ありません。閻魔庁で働くことはもってのほかです。もし面倒なことを起こせば、すぐ天へ送り返しますからね」
鬼灯はより一層眉間にしわをよせ、警告を促した。
「・・・肝に銘じておきます、鬼灯様」
先ほどの態度と正反対に、笑みを浮かべる。ここまで態度を豹変させることに、呆れて溜め息が出てしまった。
「はぁ、昨日から態度が変わりすぎじゃないですか」
「第一補佐官の下で働くのですから、主従関係は成り立たせないと」
「やり方が古すぎます。言葉遣いは、ある程度限度していただければ結構です。貴女とは歳も近いようですし」
「え、そうなんですか?だったら改まることもないな。んじゃ、これからよろしく、鬼灯殿」
やれやれと肩を落とす鬼灯に、肩を並べて歩く自由奔放な雅。これが一週間もつづくのかと考えると、先が思いやられるばかりであった。
「・・・と、言うわけで今日から私の補佐を勤めてもらう雅さんです」
打って変わり、場所は閻魔殿。閻魔大王をはじめ、獄卒を集めた雅の簡単な就任式が行われた。
「あの人が鬼灯様の補佐官?」
「昨日でっかい刀振り回してた人だね」
「鬼灯様、よく引き受けたなぁ」
「聞いたか、あの羅刹女だってよ。噂通り美人だな!」
「お静かに。みなさんも、急に決まったことなので少々戸惑いがあるようですが、同じ獄卒として働くのです。仕事を怠ることはないように。では雅さん、貴女からも何か一言どうぞ」
「え?こういうのは別に紹介だけでも…」
「同僚となる仲間に挨拶は基本ですよ。簡潔で構いませんので」
「はぁ、こういうの苦手なんだけどな」
ポリポリと頬をかきながら少し前に出て、咳払いをして視線を獄卒たちに目を向けた。
「えっと、今日から鬼灯殿の補佐を勤めることになった、雅という。一応新卒なんで、至らないことも多々あると思うが、よろしく頼む」
「…なんか、普通だね」
「そういうこと一々言うなよ…!羅刹天の補佐を勤める人だぞ。これぐらいの常識は当たり前だろ」
「それと・・・あ、そうだ。先の、鬼灯殿の話に出ていたが、私は依然羅刹天の補佐官だった。羅刹である以上、皆に一つ警告しておくことがある」
警告?と、その場にいた獄卒たちは首をかしげた。
「『羅刹は鬼を喰らう鬼だ』として言われているようだが、私はそういうくだらない言い伝えに囚われるのは嫌いだ。これはあくまで、大昔に悪鬼と分類されただけの話。羅刹女と侮る輩も少なくはない。まぁ、手っ取り早く済ませると…ナメた態度をとれば、その伝承の通りになりかねないので、そこんとこよろしく」
愛想笑いのつもりか、どこかあやしい表情に獄卒たちは一気に凍りつき、下手したら喰われる!と恐れを抱いた。
「雅さん、挨拶は挨拶でも時代遅れもいいとこです。どこのヤンキーですか」
「あれ?違った?」
「ですが、先ほどのなんともいえない威圧感は嫌いじゃないです」
「あそう?なら問題ないな」
ドSの共感・・・!
「も、もういいいかな?今日はこれぐらいにして、みんな雅ちゃんと仲良くしようね」
無事に就任式は、その場の獄卒たちは自分の持ち場へと戻っていった。
「さて、始めるとしますか」
「ええ、では雅さん。昨日渡した資料の通り、作業を始めてください」
「えっと、記録課に行って生前記録を取ってくると。了解」
雅が記録課に向かった後、閻魔大王はにこにこと笑みを振りまいた。
「いや~雅ちゃんの仕事ぶり、楽しみだなぁ」
「閻魔大王、何鼻の下を伸ばしてるんですか」
「の、伸びてなんかいないよ・・・!疾しいことも一つもないからね鬼灯君!」
「自分から疾しいといえば、さらに疾しくなりますよ」
「で、でもさぁ、雅ちゃんてみた感じ美人だよね?」
「そうですか?割と普通だと思いますけど」
「いーや、あの子は美人だよ。凛とした表情に冷戦沈着でしょ。それに刀も扱えるし、文武両道で出来る美人秘書っていい響きだと思わない?」
「初勤務早々セクハラですか」
すると、閻魔大王の机の横に雅の姿があった。
「うわっ!い、いつの間に戻ってきたの?!」
「みた感じ美人、のところからです」
「それより、記録はどうしたんです?」
手にしていた資料を見ながら、無言で指す方向に彼女が持ってきたであろう資料が、鬼灯の机に積まれてあった。
「本当にいつの間に、気配すら感じませんでしたよ」
「じゃぁ、私は影が薄いんだきっと」
「そんなはずないでしょう。身なりはおろか、その赤い髪は一際目立ちますよ」