丁度その時。
「飛龍、入ってもいいか」
ドアの向こうから長門の声が聞こえた。
「あ、長門秘書艦、どうぞ」
「失礼する」
妙に重たい口調で、何やら大きな包みを抱えた長門が部屋に入ってきた。
「・・・・・・どうかしたんですか?」
一瞬。ほんの一瞬、自分の顔を見た彼女の表情に影が落ちたのを飛龍は見逃さなかった。
「ん。いや、なんでもない。それより、体の具合はどうだ?」
「うーん・・・・・・まだ体を動かすと少し痛みますけど。良好って感じです」
「・・・・・・そうか」
そう呟いたきり、長門はしばらく何かを考えるように天井をしばらく見つめていたが、唐突に、
「飛龍、お前は艦娘か、深海棲艦か、どちら側だ?」
と、意味の分からない事を聞いた。
「・・・・・・艦娘か深海棲艦のどちら側かって・・・・・・私は二航戦の正規空母、飛龍ですよ。深海棲艦の訳がないじゃないですか」
その答えに長門は少しばかり顔を曇らせた。
「あぁ、そうだな。お前はれっきとした艦娘だ。私だってそう思いたい。・・・・・・だが・・・・・・それならば、こいつはいったい何なんだ・・・・・・」
長門は持参した包みから何かを取り出して飛龍に差し出した。
「これは・・・・・・」
黒く、いびつに歪んだ弓だった。
「・・・・・・あの作戦で、海中に沈みかけたお前を助けたとき、お前はこの弓を握りしめていた。飛行場姫を倒した時にはすでに失われていたはずの弓を。」
「・・・・・・そんな・・・・・・これが私の艤装だって言うんですか」
飛龍は目の前の弓をじっと見つめて呟いた。確かに形だけで言えば弓に間違いはない。ただ、色も手触りも以上だった。本来のしなやかなフォルムの代わりに、ゴツゴツとした、まるで岩肌のような感触と、不気味な光沢を放つ黒色が、自然と、ある単語を飛龍の脳裏に浮かべさせた。
人類の敵、深海棲艦の名を。
「・・・・・・まるで深海棲艦の艤装みたいじゃないですか・・・・・・」
「そんなわけあるか」という否定の返事を求める飛龍に対し、長門は静かに言った。
「・・・そうだ。それを構成する物質は奴らの艤装とほとんど同じだ。・・・先程夕張たちに調べてもらったんだ」
「・・・・・・・・・それじゃあ私は・・・私は一体何者なんですか・・・・・・」
今にも泣き出しそうな飛龍に、長門は何も言わず、ただじっと飛龍から目をそらすように窓の外に視線をやるばかりだった。
数分の沈黙の後、
「飛龍。お前はしばらくの間、何があってもこの部屋から出るな・・・・・・」
その一言だけを告げて、長門は立ち上がり、飛龍に背を向けた。
「部屋から出るなってどういうことですか・・・・・・。私はもう戦うなってことですか?」
その問いに答えが返ってくることはなく、代わりに病室にドアの閉まる音が響いた。
「私・・・・・・どっち側なんだろ・・・・・・」
ぼそりと自分で呟いた言葉にゾッとして、飛龍は布団を口元まで引き上げて言い得ない恐怖から逃れるように目を閉じた。一瞬、瞼の裏にあの月夜に浮かぶ空母が見えた気がした。
* * *
「お疲れさまです、長門」
「ん、あぁ、ありがとう陸奥」
司令部に戻った長門に、陸奥が淹れたての紅茶を手渡して言った。
「で、どうだったの? 彼女の様子は」
「・・・・・・私もなんと表せばいいのかわからん。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「・・・・・・彼女の身体の所々が奴らの肉体に変質しているのは事実だろうな・・・・・・」
紅茶のカップをテーブルに置き、長門は窓の外へ視線をやった。
「あら、今夜は満月だったのね。ちっとも気づかなかったわ」
長門の横に立った陸奥がそんなことを言った。
「あぁ・・・・・・」
「・・・・・・まだ気にしてるの? 自分のした決断を、彼女を殺さなかったことを」
「・・・・・・さぁ、どうだかな。気にしていないと言えば嘘になるが、今更気にしても仕方ないと開き直っている自分がいるのもまた事実だ。」
「そう・・・・・・、あなたと提督が決めたことだもの、私はただ付いていくだけよ。それに・・・・・・」
「・・・・・・あぁ、気にしようが気にしまいが、どちらにせよ明日は地獄が待っているのだからな・・・・・・」
次回から戦闘シーンが入るはずですが、たぶんただの砲雷撃戦とはいかないはずですので、どうか気長にお待ちください