侵略! 軟体動物娘!   作:ナトリウム

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第二話

 

 

 ダッ! ダッ! ダッ! ダッ! ダッ! ダッ! 

 

 ズルッ ズルッ ズルッ ズルッ ズルッ ズルッ 

 

 

 400人以上の人間が走っていた。必死の形相で走っていた。試験官のサトツを追い抜きそうになるほど急いで走っていた。

 もう走り始めて6時間以上が経過しているが、誰一人として脱落者は居ない。呼吸が乱れパソコンを取り落とし、足は縺れて今にも倒れそうになっている少年ですら、ただ生き残るために必死で走り続けていた。背後から迫る侵略者から命がけで逃げ続けていた。

 それを見守るイモリ三兄弟の目尻には感動の涙があり、今にも倒れそうになるニコル少年を叱咤激励しながら。まるで感動もののドラマのごとく、 『俺たちは生き残る! 生き残るんだ!』 とか 『お前一人では行かせはしないさ』 とか 『我ら生まれた時は違えども、死すべき時は同じと願わん!』 とでも言いたげな、素晴らしい一体感の中で走り続けている。

 

 

【うわー、皆すごいなあ。もう結構時間たつよね? やっぱハンター世界なんだなあ】

 

 

 問題の侵略者……というか皆のアイドルなダゴンちゃん本人は、 『みんな私の姿を見たくないみたいだし、後ろに居たほうがいいよね』 という好意から最後尾に居た。正体不明のクリーチャーに追い駆けられる恐怖を与えているとは微塵も思っていない。天然だけに性質が悪い。

 

 一人だけ異質な足音を発生させている触手はどれも太く、人間の脳みそで操れる限界を超えているように思われるが、今のところ不都合はなかった。

 むしろたった二本しかない足で今までよく走れたなあ、なんて感想を抱けるほど馴染んでおり、蠕動を繰り返しながら元気に走っている。

 

 力も恐ろしく強いようであるし、強さという意味では非常に優れているだろう。日本人としての自分のままでこの試験に放り込まれた場合、絶対に合格することは不可能だと思われるので、そういう意味ではこの体を得たのはいい事なのだと思った。

 だが強くなっても全く嬉しくないし、帰れるなら今すぐに帰りたい。ハンターハンターにしても原作で十分面白く、オリーシュになって原作を俺色に染めてやる! なんて野望もなかった。転生してもどうすりゃいいんだよ、ってなもんである。

 何よりそんな事をやったら、我らのハンターハンターがバイオレンス触手アクションとかいう意味不明な作品になってしまうではないか。誰が読むんだよそんなの。登場するならワンピースだろうが。あれなら海もあるし、似たような台詞があったではないか。何だっけ? 海王類に、俺はなる! だったか。ともかくそんな感じだ。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ……」

 

 

 と、下らない事を考えていたら、前を走っていた少年を触手に巻き込んでしまった。どうやら力尽きて転んだらしい。これ以上乗り上げないように、慌てて止まる。

 ウネウネと蠢く触手の海に飲み込まれた少年は泡を吹いて気絶しており、心優しいクリーチャーであるダゴンちゃんの心の中は、うっかり踏んでしまった申し訳ない気持ちでいっぱいだ。すぐに彼の上から撤退し、頭から生えている触手を使って持ち上げる。

 なにやら前からは 『ニコルェー!』 『犠牲になったのだ……』 『お前のことは絶対に忘れない! 絶対にだ! だから安らかに眠れ!』 などと聞こえてくるが、今は少年を看病するのが先である。とりあえず呼びかけてみようと思った。

 

 

【えっと、大丈夫ですか? その、すみません。考え事をしていて……】

 

 

 触手の腕を枕にして横に寝かせ、相変わらずノイズ交じりの声で囁いてみるも、一言ごとに口から吹き出している泡の量が増えた。その上に陸に上げた魚のごとく全身が痙攣している。もしかしたらやっちまったかもしれない。涙目になりながらも触手でペシペシと頬を叩き、必死で呼びかける。

 しばらくすると必死に呼びかけた甲斐もあってか、少年はカッと目を剥いて覚醒すると、横たえられていた状態から一瞬で飛び起きた。その顔は先ほどのトンパ氏の顔をさらに10倍ほど歪め、狂気を300%増しにしたような顔である。そしてダゴン本人にも解読不能の言語を叫び始めた。

 

 

「ふんぐるい! むs,・゚Mメス~・テ゚RXmなふ くとぅぐあ! ふぉ阪g甅ィィと んがあ・ぐあ なふナ・dホ・ェ@・VKuアスん いあ! くとぅぐあ!  Bンk閇N瓠ミtg・ナc・€P鈐€Aw(4租Dンrァタ・㍾・*世;Di#Uヒ・ケ=・%トシ・MpA九nj5セ・ CTオ\u,7甫 ・sk嶝靦璉 €シ"タ・犲・ワム wE€8 ネ虹 ネ」

 

 

 その音色はダゴンにとっては快かったが、ほかの人間にはそうでなかったらしい。前を行くほぼ全員の顔が真っ青に染まったのが見えた。

 そして少年はダゴンの腕から離れると、非常にぎこちない動きで足を進める。まるで少年の魂を押しのけて何者かが乗っ取ったような、体の動かし方を初めて知ったかのような動きだ。それだけでなく少しずつ加速を始め、凄まじい恐怖の悲鳴を上げる志望者の群れへと突撃していった。

 

 

「うわあああああ!」

「に、ニコルゥゥゥゥ! 死ねよ! お願いだから死んでいろよ!」

「来るな! 来るんじゃねえ! ママァー!」

「マラソンってレベルじゃねえぞ! デスレースだこれ!」

「助けてぇええええ! 嫌だぁぁぁぁ!」

 

 

 いい年をした男たちが泣き叫びながら逃げ惑う様は、まさに地獄絵図。ハンター試験は史上最も過酷な物になろうとしている。

 それを見たダゴンは泣きそうになり、心の中でごめんなさいごめんなさいと繰り返しながら速度を上げた。一刻も早く事態を収拾したかったのだ。

 

 しかし意に反してニコルは加速していき、追い駆けられる受験生たちは圧倒的な恐怖から逃れるべく、更に加速していった。

 

 

 その先頭に居るサトツは、次々に自分を追い抜いていく受験生たちを見て困惑していた。

 この地下道は一本道であり、地上の出入り口までは絶対に迷うことはない。だから急ごうとすれば、それこそいくらでも急げるが、余計に体力を使うだけではないか。サトツは一定のペースで走る事になっているし、早く着けば着いただけ休めるにしても、体力的には完全な無駄である。

 いくら体力に余裕があろうとも、ハンターたるもの常に想定外の事態に備え、少しでも体力を温存すべきなのだ。競争のように先を急ぐなど、愚の骨頂。

 サトツは無表情のままに髭を撫でる。今年の志望者たちはハズレなのかもしれない。最近はルーキーが合格していないようだし、今年などは合格者すら出ないのではなかろうか、と思った。嘆かわしいことだ。ハンターはいつも冷静沈着にあるべきである。

 

 落胆しながらも、何気なく後ろを振り向いて、鼻水を噴出しそうになった。

 明らかに異常な動きで走っている、いや、あれは走ると表現していいのか。ともかく異様な動きで迫り来る少年がいる。

 そして、その後ろに、何か彼の理解を超える者が居た。おぞましい触手をくねらせ、今にも襲い掛かろうとしている。

 

 サトツは反射的にオーラを漲らせ、口から解読不能な悲鳴を上げながら、逃げ出した。ほかの受験生たちと同じく。

 

 

 

 

 受験生たちは走り続ける。そしてついに、地下道は階段ゾーンに突入していた。

 予定よりは2時間以上も早いという驚異的なペースにもかかわらず、未だに脱落者は居ない。人間からの脱落者という意味では1名ほど居るようだが、ともかく全員が生存していた。汗だくになって色濃い疲労を浮かべながらも、お互いに必死で声援を掛け合い、ただ必死に走り続けていた。

 というか力尽きた場合のサンプルが人の形をして追い駆けてくるのだから、火事場の馬鹿力を全力で発揮して走っているのだ。絶対にああはなりたくない、それが全員に共通する意識である。

 中にはあまりの苦境によって念能力に目覚めてしまったレオレオ君とかも居る。本気で全裸になって走っているので物凄く暑苦しいが、彼は全裸になって喜びを感じる変態ではない。ただ生きるために全力で、時に全力以上の力を出しながらも走り続けているだけなのだ。

 

 

「皆さん頑張ってください! あと僅かで出口です!」

 

 

 サトツは紳士的に出口を指差し 「全身にオーラを纏って走っているのに、何で試験官でプロハンターでもある私が一番後ろなんだ! こいつらおかしいだろ! つか追い駆けてくんなよマジで!」 という思いを紳士フェイスの下に押し込め、なぜか自分より早い志望者たちを鼓舞した。

 終わりなき地獄に明確なゴールを示され、受験生たちの表情が聖母を見たかのように明るくなった。ラストスパートとばかりに速度を上げる。もはや人間の限界に挑むような驚異的なスピードだが、人に出来ないことは何もないんだ! 人間には無限の可能性があるんだ! とばかりにギアを上げていた。

 

 

「ゴール! ……ゴォォォッォル!

「俺、生きてる! 生きてるよ! 人生って素晴らしい!」

「隔壁を降ろせ! やつを封じ込めるんだ!」

「総員! 戦闘配備! やつが現れると同時に離脱準備!」

 

 

 小さな出口から怒涛の勢いで400人の受験生が残らず(一部例外あり)飛び出し、恐るべき悪夢と化したニコルとダゴンから逃げ切るべく、サトツは緊急用と書かれた隔壁の閉鎖ボタンに腕を叩きつけた。

 もう予定とか知ったものか。今はともかく逃げることが優先、否、何よりも重要なのだ。サトツは汗と鼻水で明後日の方向に飛び跳ねている髭を元に戻した。

 

 この出入り口は、詐欺師の塒と呼ばれるこの湿原からの侵入者を防ぐための物で、厚さ訳2インチある鋼鉄製のシャッターで封鎖できる仕様になっている。

 力尽きて次々に倒れる志望者たちの前で、ジリジリ。ジリジリ。緩やかな、余りにも遅すぎると思えるような速度で、ひどくゆっくりと隔壁が降りていく。

 高速で迫り来るちょっと太目の少年の形をしたナニカが迫り、受験生たちは悲鳴を上げたが、無限とも思える時間が過ぎた時、悪夢よりも隔壁のほうが足が速かった。

 

 

「やった! やった! 隔壁一枚あればいい!」

「もう、ゴールしてもいいよね……」

「安西先生……。ハンター試験とかどうでもいいから、もう帰りたいです……」

「噂には聞いていたが、ハンター試験がここまで過酷だとは……」

「……クラピカ。俺、勉強して医者を目指そうかと思うんだ……」

 

 

 感動の涙を流しながら抱き合う受験生たち。その中にはどうにか正気に戻ったトンパの姿もあり、彼はイモリ三兄弟と肩を組み合って号泣していた。

 多くのハンター候補者たちが人生の素晴らしさに気づき、全身に針を生やした暗殺者さんすら、心からの安堵によって胸を撫で下ろしている。

 

 と、その時。不意に轟音が響いた。

 硬いナニカを思い切り叩きつけたような、今にもこの壁をぶち破りそうな音だ。

 

 まさか。そんな。

 

 場の空気が一瞬で凍りつき、全員が絶望の表情を浮かべて振り返った。

 その視線の先で、2インチある鋼鉄の表面が少しずつ盛り上がっていく。少しずつ。少しずつ。そして、何度目かの激突にて、ついに少年の腕が隔壁から飛び出し……。

 

 引き抜かれた腕の代わりに、血走った目が隔壁から覗き。

 

 

「全員! 第二次試験会場へ向かう! 死にたく! なければ! 走れぇぇぇぇぇ!」

 

 

 サトツの絶叫とともに、全志望者が一斉に駆け出した。

 

 

 

 

 

 最後に、ダゴンちゃんから一言

【ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 何でこうなるんだよぉぉぉぉぉ!】

 

 

 

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