第1話 慟哭の騎士王 ~スパークスライナー~
「セイバーーーー!!!!」
「……!!」
目前に迫る刃と、文字通り全てを投げ捨てて向かってくる「元」主。
衰えたとは言え常人のそれを遥かに上回る直感は数秒後の景色……自らの敗北を鮮明に脳裏に写していた。
しかし、その景色を回避しようという気持ちとは裏腹に私の身体が動くことはなかった。
「……グッ!!」
突き刺さり、切り裂かれる。アーチャーの持っていた双剣--何故シロウが持っているかは私の知るところではない--煌びやかとは無縁なれども武骨なまでに鍛え上げられたそれが魔力で編み込まれた鎧の守りを突破し肉をえぐり心臓へと届いたのを感じた。
「ウッ……」
致命傷、いかにこの身が英霊であろうともここまで命に直結する傷を負ってしまえばまず動けない。
背中から冷たい地面に倒れ込みながらそう理解した。
「だというのにまだ回復の余地があるとは我ながら驚きですね……そんなことをしても無駄だと言うのに」
皮肉混じりに呟く。
これだけの傷を負ったと言うのに身体は諦めることなく回復をはじめる。
後10分もすればこの身体は再び剣を取れるまでにはなるだろう。
しかしそれは逆に言うならば、10分の間はただ無防備にこのまま倒れ込んだままでいるしかいないということでもある。
「ウッ……アアッ!!」
聞こえてくる気合いの咆哮に首から上を傾ける。
人間でありながら英霊を打倒するという奇跡を成し遂げた者、あと数分と持たないはずの身体で限界を遥かに飛び越えた者、そして……かつて自らが盾となり守ると誓った者……エミヤシロウは今にも崩れ落ちそうな身体をまた今にも砕け散りそうな双剣で支え必死に立ち上がろうとしていた。
「強くなりましたね……シロウ」
「当たり前だ……俺を鍛えてくれたのは……一体誰だと思ってるんだ?セイバー」
その何時もと変わらないーーほんの数日前まではかけがえのない日常であったーー声に思わずそうですね、っと同意する。
その声は、自分でも驚くほどに穏やかなものだった。
--出来ることならいつまでも続けていたいのだがそういうわけにもいかない。
「……勝負は決しました。早くトドメを、シロウ。あと数分もすればこの身体は再び元に戻るでしょう。そうなってしまえば今度こそリンの命はないし、サクラも救えない」
今ある現実のみを淡々と告げる。
ここまで頑張った彼にこれ以上の負担を強いるのは酷だがそうしなければその命懸けの突貫が無になることだけは分かっていたから。
「全く……最後の最後まで手厳しいんだなセイバーは……」
ヨロヨロと、亀が歩くかのごとくゆっくりと、シロウは私に近づく。
そうして辿り着いた彼は息も絶え絶えに私の上に馬乗りになり剣を向けた。
「セイ……バー……」
目が合う。
強い意志を持った瞳、しかし先程までとは違いその瞳には迷いのようかものが見えた。
「そんな顔をしないでください。あなたがこれから成すことは決して間違っていない」
それを見て、何だか安心した。
この期に及んでまでシロウはシロウだということに心底ほっとした。
「セイバー……!」
その瞳から、私を見下ろすと同時に大量の涙が溢れ出す。
それを見て思わず溜め息をついてしまった。
--あなたという人は本当にどこまでも。
「あなたは本当に優しいのですね、シロウ。私はあなたの敵なのですよ?」
「俺は……お前を殺さなきゃいけない……!」
「ええ」
--分かっています。
「お前と一緒に戦うって言ったのに! 必ず聖杯をお前の為に手に入れようって言ったのに!」
「ええ」
--よく覚えています。
「お前を……救ってやれない……!」
--最後の最後まで人の事ばかり見ているのですね。
「けれどあなたは桜を救う。一番大事な人を救うのならば……その結論は間違ってなどいない。胸を張っていればいい、それはあなたの正義なのですから」
「……!!」
涙が止まったわけではない。
けれども確かにシロウの瞳に力が戻ったのを見た。
「それではお別れです。シロウ。その剣を心臓に突き立てさえすれば流石に私といえどもこの身を留まらせることは出来ません……あなたの勝ちだ」
「すまない……セイバー……!!!」
慟哭と嗚咽混じりのよく聞き取れない叫びと共に振りかぶられた剣は心臓のど真ん中を射抜く。
それと時を同じくして身体の回復の停止、そして消滅を感じた。
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「あ……」
意識が覚醒する。
目の前に広がるのはおびただしい数の死体、死体、そして……血にまみれた祖国の旗。
また戦いが終わり帰ってきたということだろう。
「そうか……私は……なんてことを……」
声は震えていた。
今しがた大切な人にトドメを刺されたばかりの心臓はその鼓動を取り戻している。
だがその動きは不自然な程に早かった。
「……っ!」
柳洞寺で影に飲み込まれてからおおよそ7日間の記憶が頭の中へと流れ込んでくる。
守ると誓った者を殺そうとした、自らの誓いを裏切った。
そんな苦い記憶全てが……
「謝るのは……謝るのは私の方だ! 士郎!!!」
叫ぶ。しかし声は届かない。ここには生者は自分一人だ。そもそも彼との間には千年以上という果てしなく分厚い壁がある……だと言うのにそれをやめることなど出来なかった。
「あなたが泣く必要なんてない! 私の為に涙なんか流さないでくれ!!」
抱き締めたい。今すぐにその涙を止めなければならない。
それなのに……さっきまで手の届く位置にいたはずの彼に会うことは二度とできない。
「うっ……アアア!!」
泣いた、叫んだ、自らを何度も呪った。
何もかもをやりなおしくて、救いたかった筈なのにまた一つ戻せない後悔が増えた。
そうして涙すら枯れた頃に残っていた感情は1つだけだった。
「すまない……シロウ」
それでも聖杯を手に入れるまで私の戦いは終わらない、どんな運命を辿ろうとも。
それならば……
ーー次に出会う誰かのことは、どんなことをしても守ろう
ーーーーー
「いやー!!! 遅刻遅刻ー!!!」
寝ぼけた衛宮士郎の頭を覚醒させたのは、そんな悲痛にまみれた妹の叫び声だった。
「っ!? どうしたイリヤ? まだ7時だぞ?」
中途半端に整っていない制服と髪の毛のままバタバタとリビングへと駆け込んできた妹……イリヤに声をかけるとイリヤは鬼気迫る表情で
「今日は運動会の練習なの! もーう! なんで起こしてくれないのよリズはー!!」
と、小学生らしく何ともほほえましいながらも彼女にとっては超がつくほど重要であろう事情を士郎に説明すると同時にその焦燥の根元であろう存在に抗議の声を上げていた。
「ごめーん、忘れてた」
全く効果はないようであったが。
半分涙目になりながら怒るイリヤに一応謝罪の言葉を返すもののリズはどこ吹く風である。
「リズ! あなたなんてことを……! イリヤさん、朝ご飯は……」
洗濯物を干していたセラがその声にひょこっとベランダから顔を出す。
イリヤの姿を認めるとその朝食を用意するためにスリッパを履いて部屋にあがるが
「いらない!それじゃあ行ってきます!お兄ちゃん!!!」
当の本人はそう宣言するとまるで台風のように駆け抜けていき3人はそんなイリヤを呆然と見ていることしか出来なかった。
冬木市内のとある一軒家、衛宮家ではこんな事が日常茶飯事なのである。
「はあ……リズ、少しはイリヤの話をちゃんと聞いてやれよ。これが重要なことだったら、いつかほんと困るぞ?」
「士郎うるさーい。まるでセラみたい」
「どういうことです!! ほんとに頭が痛い……只でさえイリヤさんのブラコンっぷりが最近加速していると言うのに……今も挨拶が士郎に対してだけでしたよ!?」
「ははは……ノーコメントで」
妹--血は繋がっていない--が重度のブラコンだという頭を覆いたくなるような指摘に赤みがかった茶色い髪をかくと士郎は朝食の乗っていた皿を台所に置いて制服の上着を着直す。
私立穂群原学園、彼の通う高校までは自転車でおよそ15分。今から準備をしても充分に間に合うはずだと士郎は感じていた。
--ブラコンって流石にそれはないだろ……仮にそうだとしてどうするってわけでもないけどさ
そんなことを考えながら鞄を持つと廊下へと出る。
妹は確かに自分に懐いている方かもしれないが、それはあくまで普通の範囲だろう。
士郎は最近至る所から聞こえてくるイリヤブラコン説についてそんな風に思っていた。
……実際のところ他の人が見ればなに言ってんだこいつ?気づかないとかどんだけ鈍感なんだよ?と100人中100人が答えるのか現実だったが少なくとも本人はそう信じていた。
「あれ……?」
--なんか落ちてる……カード?
廊下に出るといつもリズが丹誠込めて掃除しているおかげが埃1つ見当たらないフローリングに何やら見慣れないものが目に入る。
拾ってみるとそれは裏に中世の騎士とおぼしき絵が書いてあるカードだった。
「イリヤ……かな? セラがこんなの落ちてたら見逃すはずないし今出てったときに落としたのか」
年頃の少女が遊ぶようなカードにしては妙に重厚感のあるカードだな、と士郎は感じたが流行り廃りとはそう言うものだろうと特に疑うことなく自分の中で結論づけた。
「それじゃあ行ってきます」
--もしかしたら学校で会うかもしれないしその時にでも渡そう
なんの考えもなく士郎はそのカードを鞄に入れて家を出た。
その判断が彼の人生を一気に動かすことになるとも知らずに。
書き始めた理由は久しぶりにレアルタヌアやって HFだけセイバー救いなくね!?
しかもこれグランドフィナーレだろ!?そんなん許せるかよー!!という至極単純なものです。
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