「えーと……それじゃあなに? あなたはイリヤの中に封印されてた別人格で、アーチャーのクラスカードを媒介に身体を得た、こう言いたいのかしら」
椅子に座って事情聴取を行う刑事さながらに緊迫した空気を漂わせながら凛が凄む。一切の嘘偽りも許さないぞ、と。
しかしその目には隠しきれない半信半疑、困惑の感情が見て取れた。
「まーそんなところね、色々と話したい人とか殺したい人はいるけど--どーしたのおねーちゃん? 顔色悪いよ?」
そんな凛の追及に彼女はどことなくつまらなそうに淡々と答える。
ここまで様々な質問をされてきたが一度として言い淀むこともなくスラスラと答える姿に嘘があるとは思えない。
更に私の変化に敏感に気付いて気遣う辺り本当に敵対する意思はないのかもしれないと思えた。
「いえ、出来れば放してくれると助かるのですが……」
だが……私に取って一番の問題はそこではない。
「それは嫌」
「--」
そう、これだ。
ここまでは
とりあえず話をしよう、あなたについて聞きたい、といった私の言葉に素直に従ってきた彼女だがこの言葉だけは完全拒否だ。
崩落した洞窟から出てエーデルフェルト邸に辿り着き凛からの尋問が行われている現在までの約2時間、アーチャーの格好をし、私を姉と呼んだイリヤの片割れは一時としてしがみついた私の左腕から離れようとしなかった。
因みに私をおねーちゃんと呼んだ原因はやはりあの時のランサーの主人格を占めていたのが彼女であり、初めて優しくされた存在が私だから、と言うことだった。
「セイバー我慢して。この娘が大人しいのは貴女が側にいるからって可能性もあるんだから」
「そうそう、よく分かってるじゃない凛」
なんて無責任な事をいう凛とそれに乗っかり腕に頬をすりつけてくる彼女。
確かに姉と呼ばれて気分が悪いと言うことはないし、懐いた猫のようにくっついてくる少女の感触が嫌な訳でもない。
だがいくら何でも2時間も正体すら不明な相手に密着されるというのは些か精神的負担が大きすぎる……!
「セイバーさん、ファイトです……!」
「私が2人、私が2人--」
「そうか、私に救いはないのですね」
助けを求めて横にあるソファーに座っている美遊に視線を投げるが彼女から返ってきたのは右手のサムズアップとその言葉だけだった。
因みに左手は彼女の膝の上に頭を乗せてうわごとを言いながら寝ているイリヤの頭を撫でることに全力を注いでいる。
心なしか頬が紅潮しているのはそのせいだろう。
「申し訳ないですが今は我慢してください。いつまでもそうしているわけでもないでしょうし」
壁に寄りかかって話を聞くことに終始していたルヴィアゼリッタが溜め息を尽きながらそう私に謝罪する。
それは確かにその通りなのだが……ほんとにそうなのかと疑ってしまうほど今の彼女は私にべったりだった。
「まあこっちも聞きたいことは山々だけどとりあえずまずは貴女の名前を決めましょうか。
あっちが私達の知ってるイリヤなら貴女もイリヤって呼ぶのややこしいでしょ? 何か希望あったら聞くけど」
凛の提案は至極真っ当なものだ。
あちらがイリヤなら彼女にも名前が必要なはずなのだから。
「え? うーん……」
その提案が意外だったのか、彼女は目をパチクリさせながら顎に手を当てて考え込む。もちろん反対の手は私の腕をホールドしたままだ。
「何かいい名前ないかな? おねーちゃん」
そして上数秒程考え込むと上目遣いでこちらを見て結局私に全てを投げてきた。
「私ですか……」
とは言えその可能性も考えていなかった訳ではない。
最初は混乱したものだが彼女の正体があの時の相手ならばむしろこうやって選択を私に委ねてくるのはむしろ当然なのだから。
「それでは……クロ、で」
「猫か」
「なんとも言えないですわね」
「私はおねーちゃんが言うならそれでいいけど……なんで?」
私としては懇親のネーミングだったのだがどうやら不評なようだ。彼女さえもキョトンッと首を傾げている。
けれど私も適当に決めた訳ではない。彼女とイリヤはほとんど見極めがつかないほど似ているがちょっとだけ違う所がある。
肌が全体的に少し褐色なのだ。そして私にすがりついてくる様子は正に猫。
彼女を言い表すに此処まで適当な表現は他にないと思ったのだ。
「はあ……まあそっちが納得するならそれでいいわよ、私は」
「いいじゃない! 私気に入った!」
その旨を説明すると凛達はともかく彼女は納得したように顔を輝かせる。
私にとってはそれだけで充分だった。
「それじゃあクロ、質問に戻るわ。さっきはあまりに自然だったから流しちゃったけど……話したい人、殺したい人って一体誰よ」
弛緩していた空気が再びピンと張り詰める。
そうだ、あまりにも無邪気な姿に忘れかけていたがクロは確かに言ったはずだ。
殺したい人がいる、と。
それは、決して見過ごせるものでも流せるものでもない。
「あー……言わなきゃダメかなやっぱり。ここで拒否はおねーちゃんも許してくれないよね?」
「ええ、クロ。はっきりしなければ貴女をどうしたらいいかわからない」
私の言葉にクロはだよねー、と小さく漏らすとようやく私から離れる。
そうして踊るかのように部屋の隅、私達を見渡せる位置に向かうとクルッと振り返る。
「私の目的はね……3人の人を殺すこと。私から全てを奪った人達を」
「--!」
ぞっとするような冷たい声、そして雰囲気。
今までの年相応の少女のものとは全くの別人、冷酷かつ非情なそれは魔術師と呼ばれる者達が一番近いだろう。
突然の変貌に気絶しているイリヤを除く凛、ルヴィアゼリッタ、美遊も警戒するように各々の得物を持ち出し戦闘態勢に入る。
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、アイリスフィール・フォン・アインツベルン、衛宮切嗣。アイリスフィールと切嗣はいないみたいだけどイリヤはここで……!」
「やめなさいクロ!」
イリヤに向けた指先から充満する魔力とそこから形作られていく見覚えのある弓、その正体にいち早く気付き制止を試みるがそれは間に合うことはない。
「ごめんねおねーちゃん……おねーちゃんのことはなるべく巻き込まないようにするから--
本当に悲しそうに目尻に涙を浮かぶのが見えた。
放たれる剣、迫る特大の魔力。
しかし私の脳裏に焼き付いたのはそんなものではなく、今にも泣き出しそうな少女の横顔だった。
「--クッ……!
-----
「どうしたセイバー --セイバー?」
「……! シ、シロウ!? いえ何でもないです……」
「そうか? なんかボーッとしてたから疲れたのかと思ってさ。無理はしないでくれよ?」
少し気を抜いた瞬間に寝てしまったのか。
肩を揺さぶられる感覚で目を覚ますと心配そうに見てくるシロウの姿があった。
それで思い出す。今のは3日ほど前の夢だ。
結局私はクロの放ったカラドボルクを相殺するので精一杯で彼女は何処かへと消え去っていった。
凛とルヴィアゼリッタは彼女がイリヤを狙っている、そもそもアーチャーのクラスカードと同化している以上放置しておくわけには行かないと言うことで日夜クロを探索している。
私もそれに参加しようとしたのだが
「セイバーはダメ。あいつセイバーのことは好いてるみたいだし貴女がいたらどうせ出てこないわ。ま、後は何とかするから任せて起きなさい! 貴女はその間にも士郎のことを鍛えてあげて?」
と言われてしまいこの3日間4人とは別行動になっている。
出来ることなら自分でクロを説得したいのだが……それが難しいと言うことも凛の言うこともよくわかるからもどかしい。
その間イリヤが帰ってくるたびにヘロヘロなのは何か問題が発生したわけではなく作戦などの都合上だと信じたい。
「そろそろ私も教会に戻らなければならんのだが……お前の体調が優れないなら送っていくのもやぶさかではないが?」
「いえ、大丈夫ですコトミネ。これから予定通り2時間ほど剣の鍛錬をしますので。お気遣いどうもありがとう」
ガラガラっという音と共に道場の扉が開きそこから今まで士郎に格闘技術を教授していたコトミネが額の汗をタオルでふきながら現れる。
その手にはペットボトルが3本握られており冷たいそれを彼は私達に手渡した。
コトミネキレイ、元の世界でも名前だけは知っていたが接点はほとんどない。
分かっているのは10年前の聖杯戦争と第5次聖杯戦争のどちらにも関わった唯一のマスターであるということと、あのキリツグが最重要人物としてマークしていたほどの使い手である、ということだけだ。
聖杯戦争がなくなったことでこの10年が変わったのだろうが少なくとも私の見る限り誠実な人物だ。
凛に頼まれたからという理由があるにしろシロウを熱心に教えてくれている。
あくまでこちらの世界では、の話だがそれなりに信用してもよさそうな感じはしている。
「ところでコトミネ、シロウの具合はどうですか?」
「悪くはないが今のところ一般人の領域は出てはいない。本気の英霊と渡り合う、というレベルに達するには数年の修練が必要だろう……それこそ血の滲むような」
「そうですか--」
シロウがシャツを変えてくると外に出たのを見計らってコトミネに質問するが返ってきたのはまあ予想通りの答えだった--だというのにそれに心の奥で落胆している自分がどこかにいることに気付き私は愕然とした。
--なにを馬鹿な……今守るべきシロウと私の知っているシロウは別人だ、そんなことは分かりきっているのに私は今シロウにあちらのシロウの面影を探さなかったか?
それは、あってはならないことだ。
「--何があったかは知らないが心に迷いがあれば死ぬぞ。少なくともお前が戦う世界はそのはずだ。」
私の肩をポンと叩くとコトミネは外へ出ていく。
扉が閉まり彼の足音が遠ざかってからも私は暫くの間自らのうちに生まれた葛藤に蹴りをつけられなかった。
「あれ? 言峰はもう帰ったのか」
「ええ、それでは剣の鍛錬を始めましょうか。手加減はしませんからね」
「こりゃ参ったな……」
それでもやらなければいけないことはやるしかない。
帰ってきたシロウと竹刀をもって向かい合う。
私は決めたのだ、例えなにがあろうとも次に仕える相手は守るのだと。それに差し支える感情は必要ない、たとえそれが……一番大切な誰かに向けられたものだとしても
竹刀のぶつかり合う音が静かな道場に響いた。
「いたた……こっぴどくやってくれたな」
「すいません。思ったよりも随分シロウの技量が上がっていたので少しやりすぎてしまいました」
「誉めてくれるのは嬉しいけどな……」
1時間後、腫れ上がったシロウの腕に氷を巻く。
苦笑いを浮かべる彼だが私の言葉は偽りない本音だ。シロウの力量は加速度的に上がっている。ほんの数日前まで素人だったとは到底思えないほどに。
それも当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
魔術の師は当世では指折りの天才である凛に彼女のライバルであるルヴィアゼリッタ、格闘技術は英霊と張り合うという奇跡を成し遂げるだけの腕を持つコトミネ、そして剣術は私。
自分も含めて語るのはおこがましいかもしれないが、これだけの面々が付きっきりで指導するというのはかなり強みだ。伸びないわけがない。
それでも、私はシロウの成長に頬が緩むのを止められなかった。
「……? どうした、そんな顔して。なんか思い出したか」
「いえ、何でもないです--はい、これで終わりです」
「お、ありがとう……って言ってもやったのはセイバーだもんな」
苦笑いしながら腕を回して士郎が立ち上がる。
そうして靴をはいて外へ出ようとする。
「シロウ……? どちらへ?」
「今日はもう打ち止めだろ? 少し早いし家へ入ってお茶にしよう」
「--」
「和風の家は初めてか?」
「い、いえ。そういうわけではないのですが……」
懐かしくてびっくりしたのだ、とは言えない。少なくとも私が「ここ」に来るのは初めてなのだから。
道場でも感じたことなのだがこの屋敷はあまりにも同じなのだ。
学校、街並み、どれも少しずつ変わっていたのだがここは違う。私がかつて過ごしたそこと全く一緒だった。
キリツグが買い上げたというところまで一緒。流石に土蔵に魔法陣はなかったが違うのはそれだけだ。
畳と座布団を指でなぞり、その懐かしい感触に浸りながら台所に立つシロウを覗き見る。
--違う。シロウはシロウでも彼とは違う。
再びダブる迷いを振り払うべく首をぶんぶんと振って頭に浮かんだ影を消す。
何度となく私を救ってきた直感が告げてくるのだ。いつまでも固執するようなことがあればそれが命とりになるぞ、と。
その日、シロウと2人で飲んだお茶はとても美味しかった。
-----
「ゼルレッチ翁」
「どうした?」
「クラスカードの存在に教会も気付いたようです」
「また面倒だな……誰が動く?」
「……」
「先代、か」
「……はい」
「彼もかつては神童とうたわれた者だったのだがな。まあ成り行きを見守ろう」
「ですが彼相手は!?」
「焦るな。こんな事でダメになるようならあの2人もそれまでだということだ」
「分かりました……貴方の意志に従いましょう」
どうもです!
最近セイバーさんがプリヤ時空に引きずり込まれつつあることに気付き、違和感を覚えながらもこれはこれでと開き直り始めたfaker00です
クロが完全にシスコンなのはご愛嬌。シロウがSHIROU化待ったなしの指導体制なのも……
ある意味最初っから落ちてるのでクロ編は少し短めかもです。あと原作崩壊タグがそろそろ仕事するはず。
それではまた!
評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!