「んで、クロが見つかる兆しはないと」
「仕方ありませんわ。あんな存在は稀有にも程がありますし……既存の探知に引っかかなくとも不思議ではありません」
「まあそうなんだけどさ……ここまで音沙汰なしとなるとちょっとねー」
そこまで言うと凛はルヴィアの自室の如何にも高級そうなソファーにドカッと腰を降ろした。
その吸収性は半端ではなく、凛はまるでどこまでも沈んでいきそうな錯覚さえ覚えた。
「ああ、このまま全部忘れて深い眠りに沈みたい……」
「遊んでいる場合ではないと--まあその気持ちも分からないとは言いませんが」
呆れたように凛を窘めるルヴィアだが彼女は彼女で声に覇気がない。というより最後の方は凛の言葉を肯定するという珍しい事態が起きている。
疲労困憊のていでこれまた高級感溢れるテーブルに上半身を投げ出すような形で座る彼女の目の下にはほんのりと隅が出来ていた。
クロの登場から1週間、2人にイリヤと美遊を加えた4人でのクロ捜索は毎日のように続いていたが、彼女の確保はおろかその姿を見ることすら叶ってはいなかった。
--セイバーは英霊だけど感知は出来ないし……よくよく考えたらあの娘思いっきり戦闘特化なのよね……というよりも他のことは出来ない
目の前に青銀の騎士がいてその言葉を聞いていたならばアホ毛ぴょこぴょこと揺らしながら「失礼な!」と怒りそうな事を考えてしまうのも疲労ゆえだろうか。
手詰まりになった思考はもはやまともに生産性のある答えを導く気はないと言わんばかりに下らないことのみにその回転速度を上げる。
今の2人の姿を見て、まさか時計塔の首席候補だとはだれも思うまい。
「学校休んで何日目だっけ?」
「3日ですわね……そろそろ行かないとシェロに怪しまれそうですわね」
ルヴィアの答えに凛は何の毛なしに3日かー、と上を向いて復唱する。
特にこの3日間は寝る時間以外の全てを注ぎ込む勢いで探しているのだ、だというのに手掛かりすらない。
その徒労に終わった時間の大きさを改めて実感し凛は大きく息をついた。
「明日は学校に行きましょう。きちんとした高校生活を送る、というのもゼルレッチ翁の課題の1つだしね。
あの化け物のことだしあんましサボってるとどこからか聞きつけてくるわよ」
「同感。他の人ならバカバカしいの一言で済ませられるのですがあのお方だけは別です。やりかねないですわ」
何故、こんなめんどくさい制約までついているのか。
凛は襲い来る頭痛に顔をしかめた。
協調性を学べ、もちろんその主となる高校生活はキチンと送れ。
自分達をこんな所に送り込んだ張本人の言葉だ。
元の原因が自分にあるのは凛とて分かっているし、学生生活そのものに不満はない。むしろ好きだ。
だが今はそんなことをしている余裕はないのだ。
「……となると次がラストチャンスですわね。今2時過ぎですし少し仮眠をとって美遊とイリヤスフィールと合流して何としてでもクロを見つけ出しましょう」
ルヴィアの言葉に凛が首を斜めに傾けると確かに時計の針は頂点を遙かにすぎてそろそろお昼時とは言えない時間を指し示している。
その方針に異存はない。
「そうね、けど休憩前にきっちり方針だけは決めておかない? 多分だけど闇雲に探したところで見つかるとは到底思えないわ」
もう一度頭を働かせるべく凛はソファーから立ち上がり、1つ大きく伸びをするとルヴィアがぐったりしているテーブルに置いてあるティーセットに手を伸ばし2つのカップを芳醇な薫りの紅茶で満たす。
そうして椅子を引き座ると片方を自分の手元に引き寄せ、もう片方を向かいあう位置のルヴィアの前においた。
「ほら、もうひと踏ん張りよ。砂糖ぶっこむでも何してもいいからとにかく頭動かしなさい」
「そんなことをしたらせっかくの香りが台無しではないですかこの野蛮人……まあ気が利いていた点だけは褒めてあげましょう」
机に突っ伏していたルヴィアがのそっとその身体を起こす。
凛のあまりにも不作法な言葉に非難するような視線を一度向けるもその香りに生気を取り戻したのかそれ以上の文句を言うことなく1つ礼を述べた。
「それで? 何かアイデアが? こう言ってしまうのもなんですが思い付く限りの手段は一通り試したと思うのですが……」
「まあそこよねー……」
言ってみたは良かったが凛自身アイデアなんてものは持っていなかった。
そんなものは全て試していたのだから。
「魔力残滓追跡、ルーン魔術、ダウジング式、固定式使い魔、そして私達特有である宝石、他にも精度の高いものを数種類、他に何があるかと言われれば」
「それこそそれに特化した魔術師じゃないと苦しいわね。メジャーなものは精度が高いからこそメジャーなんだし」
現状を確認し同時に溜め息をつく。
詰まるところなにも良化していない。魔術とて万能ではないのだ。
「となるとなにか意外性のあるものに懸けるしかないわよね」
「意外性……とは?」
「こういう膠着を突き崩すのはいつも意外なものじゃない。ほら、時計塔でもそうだったような」
「まあ……否定はしませんが」
凛とルヴィアが時計塔で二人揃って主席候補と並び称されるのはなにもその能力の高さのみではない。
そらならば少しは評価が傾いてもおかしくない。しかし彼女達は常に二人で称えられる。それは何故かというと、単独の時よりも遥かに二人で組んだときのほうが成果を挙げるからだ。
本人達が納得しているかは知らないが彼女達はコンビとしては相性が良い。
直情型兼行動派の凛、そして冷静沈着理論派のルヴィア、能力の高さも相まって二人が組むとやたらと結果をだすことから、犬猿のベストコンビと人は彼女達のいないところで賞賛した。
そして行き詰まったときに突破口を見出だすのは大抵凛のほうだった。
だからこそルヴィアも凛の投げやりにも見える、いや。完全に投げやりな言葉にも否定はしなかった。
その時、色々どん詰まり疲弊はした凛の頭の中では策とは言えないような策が浮かんでいたことにも気付かずに。
「と言うわけで、ちょっとだけ試してみたいこと思い付いたんだけどいいかしら?」
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「ってなんなのこれー!? え? なに? 何で私宙吊りになってるわけ!?」
「ルヴィアさん……これは?」
「……私は知りません」
数時間後、凛渾身の策は形となった。
満足げに草むらのなかに紛れドヤ顔を浮かべる。両隣でドン引きする美遊と何か自分の至らなさを責めるように下を向くルヴィア。
しかし凛にはそんなものは見えていなかった。
「ちょっと凛さん!? 降ろしてよー! 言っておくけど私にはそういう趣味はないからね!?」
「そう、じゃあ忠告。 その縄 、動くと余計にきつくなるわよ」
木から縄一本で吊るされ、涙目になりながらも必死に抗議の声を挙げるイリヤに警告するも既に時遅し。
次の瞬間。イリヤは、へっ? と気の抜けるような声を出したかと思うと直後うきゃー!? と苦悶の声を挙げる。
見る人が見ればそれで何日間の情欲を満たせるような被虐心そそられる光景だが凛は大真面目だった。
「押してダメなら引いてみよ、ってね。色々試してダメだったから一度トラップの原点に立ち返るのもありかなって 」
躍起になるから逆に泥沼にはまるのだ、と凛は力説する。時にはこのような単純な思考が活路を開くと。
「あの……流石に原始時代に立ち返る必要はないかと」
「同感ですわ。他に言うことはないとしか」
しかし反応は散々たるものだった。
特にルヴィアのそれは辛辣で、夕暮れの空を飛び回るカラスの鳴き声も相まってその場に変な空気が流れたのは言うまでもあるまい。
「う、うっさいわね! 見てなさいよー絶対にクロは来るから!」
だと言うのに何故か凛の自信は揺れなかった。
美遊のジト目にも、ルヴィアの凍るような視線にもめげることなく抵抗を止めなすがままに宙でしくしく涙を流すイリヤをじっと見つめる。
その姿は滑稽--
「え--」
「嘘ですわ--」
の筈だった。
「ははは! やったわ! だから言ったでしょ!?」
驚愕するルヴィアと美遊を尻目に凛が歓喜の叫びを上げたのはそれから数分後のこと。
祈るように見つめていた彼女もいい加減冷静になり、こんなもん無理か、と諦めようとしたところ奥の草むらががさごそと動いた。
最初は見間違いかと思ったがそれは長く明らかに不自然だったのでそちらに注意を移す。そしてじっと待ってみると、ひょっこりそのなかから1週間求め続けたターゲットが顔を出したのだ。
「--?」
「あ、あわわ……ひゃい!?」
興奮する凛の視線の先でクロが不思議そうな顔をしてイリヤのお臍のあたりをツン、と触る。
そうして変な声を挙げたイリヤを本物と確認すると怪しげな笑みをこぼした。
「ふーん……なんでか知らないけど本物じゃない……じゃ、ここで殺そうっと」
その言葉で、凛含む3人は我に帰った。
「やば!?」
凛は失念していた。
イリヤを縛っている縄に彼女自慢のある仕掛けを施していたことを
「貴女バカですの!? 魔力循環の抑制だなんて無駄に手の込んだことを一体何のために!」
「だってそうでもしなきゃあの
たたでさえ臆病、怖がり、痛いのが嫌いなイリヤ。彼女が今の状態に我慢できるかと言ったらNOだ。
その為に凛は手を打った。それが彼女が時計塔時代に考案した魔力抑制の術式を施した縄による拘束。
出来ることなら任務をローコストでこなしたい=相手を無力化するほうが早い。という動機から研究を始めたものだが思いの外上手くいき、彼女の財布事情は幾分かましになっていた。
そんなものでぐるぐる巻きにされているイリヤは転身こそしているものの、能力としてはただの一般少女と変わらない
「とにかく行きます……! サファイア!」
言い合う二人を置いて美遊が真っ先に飛び出していく。
クロから彼女達が隠れている草むらまではせいぜい15m、一息で詰められる。
「ああもう! とにかく獲物は出たんだしさっさと行くわよ!」
「こら! 待ちなさいトオサカ!」
それを好機と見て凛もルヴィアから逃げるように駆け出す。
自分のうっかりが原因である以上口喧嘩をしても勝ち目がないのはよく分かっていた。
「シュート!」
「「 フォイヤ!」」
三者同時に放った攻撃はクロとイリヤの僅かな隙間へと吸い込まれるように向かっていき、爆散。
巻き起こる土煙が視界を奪うなか彼女達はイリヤの前へと立ちはだかる。
「ふええ……凛さんのバカ……」
「あーごめんごめん、私が悪かったから、ね?」
涙目、というよりも既に半分以上泣き出しているイリヤの縄をあやしながら解く。
流石にやり過ぎたか、と凛が内心反省しながら手を進めていると不意に底冷えするような冷たい声が聞こえてきた。
「へえ、罠だったんだ。やるじゃない凛」
土煙を突き破り飛んでくる中華刀。
それに凛はすんでの所で気付き横に飛んで回避する。
勢いからゴロゴロと二三回転がった後口許に付いた土を払いながら顔を挙げると既に視界は開け、その向こうで1週間ぶりに見る弓兵の姿をしたクロが仁王立ちしていた
「ええ、まあそれはいいじゃない」
立ち上がりそんなクロを睨み付ける。
ようやく会えた、だが本番はここからだ。
「それで? 罠だとしてこれからどうする? 4対1で逃げられるなんて思わないでしょ」
こちらの有利を全面に押し出す。
出来ることなら無条件降伏が理想なのは間違いない。こちらとて、クロを倒したい訳ではない。
イリヤを殺すなんて物騒な事を言いださなければ、少なくとも今のところはという条件こそつくものの敵対する必要はないのだから。
「冗談、たった四人で私のことを止められると思ってるの? おねーちゃんもいないのに? バカね。そもそも今のイリヤなんて戦力にカウント出来ないのに」
「どういう……こと?」
しかし、クスリと笑いながらの返答はとりつく島もないものだった。
それどころか何か気になるようなフレーズまで残してくるというおまけつきだ。
「気付いてるだろうけど私はイリヤの中から生まれてるのよ? その時に大部分は持ってっちゃったから……ほら」
クロが手に持っていた双剣を手放し地面に落とす。
そして無防備なままに両腕を横に大きく広げ、ようやく拘束が解かれ凛の隣に立つイリヤにその視線を向けた。
「一発だけチャンスを挙げるわイリヤ。私はなんもしないから全力で一撃叩き込んでみなさい」
「なっ……!?」
その言葉に驚いたのは指名された本人だけではない。
凛も同じように愕然として、大胆不敵に笑うクロを見る。
--正気とは思えない……けどあの目は
「嘘とも罠とも思えないですわね。あの自信は一体……」
「本当に食らう気、ってことかしら」
全く自然だったのだ。
通常フェイクを混ぜた発言は何かしら普段とは違いが出るのだ。言葉自体が震えたり、目が泳いだり、もしくは身体のどこかが特有の不自然な動きをしたりと言った具合に。
しかし今のクロは違う。自然体も自然体、今日どこか遊びにいこう。と軽く言うように言ってのけたのだ。
「バカじゃないの? そんなん信じるわけ--」
「別に信じろなんて言ってないわよ。けど凛、貴女はイリヤにやらせるわ。だって今の貴女はもう疑ってるもん。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。
私のこともよくわからないのに今度は自分達までどうかわからなくなった。そんな状態で勝負をかけるほど貴女はバカじゃない、けど同時にこのまま退くほど物分かりは良くないもの」
牽制は見透かされている。
時間稼ぎも誘導も無駄だとこちらを見据えるクロの目は自信に溢れていた。
だが、その姿に凛は妙な違和感を感じていた。
「正解……けど分からないわね」
「何がよ?」
「私のこと、貴女分かりすぎよ。イリヤの中で見てたとかにしても理解されすぎてる。私、そこまで自分の事を見せた覚えはないわよ」
あまりにも遠坂凛という人間についてクロは理解しすぎている。
凛が違和感を覚えたのはそこだ。直接話すのは初めて、イリヤとも大した時間は過ごしていない。だというのにクロは、まるで旧知の友であるかのように凛について語った。
この理由がどうしてもわからなかった。
「うーん……何でって言われると困るんだけど……」
クロがうーんと腕を組んで考え込む。そのまま数秒ほど困ったように考えこんでから口を開いた
「時々見えた、からかなあ。それこそ何年も前から」
「はあ?」
「私にも正確には分からないわ。見えたのも貴女だけど正確には貴女じゃないだろうし」
これ以上は答えようにも答えられないから追及はなしよ、とクロが会話を打ち切る。
凛からすれば要領を得ないどころの話ではない、それどころか無駄に謎が増えたが不思議とそれ以上は聞いても無駄だろうとなんとなく納得してしまった。
「じゃ、早くしましょう。来ないっていうなら私の方からいくし。せっかくだしチャンスを活かしたほうがいいと思うけど?」
元に戻ったクロがそう告げる。
もうこちらに選択肢はなかった。
「はあ……思い通りってのは気に食わないけどやるしかないか。イリヤ、一発ぶちかましなさい。それでなんかあってもそれはあいつの自業自得だから」
「はーい」
大体会話の流れから察していたのか、イリヤが文句もなく前へ出る。
そしてルビーをクロに突き付け魔力をため始める。
「全力全開……フォイヤーー!!」
「……!」
集束する魔力束、濃い密度のそれがクロを呑み込まんとせまる。
たがクロは逃げない。余裕めいた笑みを浮かべたままだ。
そしていよいよ、本当によけないのか!?と凛が思った直後何か視界の端に銀色の何かが写った。
「Scalp--!!」
悲報、作者の執筆を支えてきたスマホ、突如機能不全に。
そして代わりはめっちゃ使いづらい。
どうもです。そんなこんなで遅れました。
慣れないとまともに文字打てない……早く新しいのに変えなければ。
とまあ愚痴は置いておいて本題へ。
おかしい……主人公が連続で休みだ。
凛ちゃん出したすぎて喰ってしまうとは。
そして最後に現れた謎の声。一体だれなんでしょーねー(棒読み)
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作者のモチベなのでどしどしお願いします!
やっぱり投票の数増えてるとおおっ!てなるし、感想来ると返しとか頑張ろうってなるし、お気に入り来るとなんとなくニヤニヤしちゃう。人間ですもん。