「
その男は、苛ついていた。
暗い空間に差す一条の光、スポットライトのように収束したその光を一身に浴びている男が立つのは舞台。
しかし、その幕は降りている。
「いや……これも悪くないのかも知れない。名作には条件がある。主役だけじゃ駄目だ。破天荒な端役がいてこそより光は輝く」
笑う。だがその表情は直ぐに憤怒のものへと変貌する。
「だが……俺の舞台は俺が決める! しゃしゃり出るんじゃねえ!」
指を弾くとともに幕が上がる。
それと共に男は敢えて客席へと降りた。たった一つしかない特等席。
最高の舞台を作り上げるためには時として鑑賞者となる事も必要、と言うのが彼の持論だった。
「ようやく演者が揃い始めた――だがまだ足りない。全てを救済するためにはこんなもんじゃあ足りない。器が一つでは届かない、それどころかエキストラが必要だと知った時は絶望もしたが……まあこれも一興だ」
舞台に巨大な立方体が出現する。
その表面に浮かび上がるは様々な世界の光景。
その中から一つを汲み取った。
残る器はあと――
「さあ、鑑せてあげよう。そして俺にも鑑せるがいい! 最後の―――、そして誉れ高き―――」
―――――
荒れ果てた大地には無数の剣が突き刺さる、それが彼の世界だった。
赤く染まる空に浮かぶ巨大歯車。目的、意味も忘れてなお回り続けるそれこそが本質だったのかもしれない。
「ここは一体――」
自分ではない誰かの世界、それであって自分の世界。
矛盾したその感覚ををあっさりと受け入れた。
この世界は、一人の人間によって生み出されたものだ。
「あっ――!!」
流れ込む。
その奔流に頭が弾け飛びそうになる。油断すればその瞬間にこの余りに軽い自我は吹き飛び、2度と戻ることはないだろう。そうならないためにはとにかく耐えるしかない。
『――固―結―。――――つまりアンタは――でもなければ――でもなくて』
『――が持ち得るのはこの――だけだ。宝―が――のシンボルだと言うのならこの――――こそが俺の――』
「この声はとおさ……いや、違う。俺の知っているあいつじゃない……それにもう一人は……」
人影が映る。と言うよりも頭に直接流れ込んでくる。
見た事のある女性。だがそれば別人だ。
そして赤い外套に白い髪。知らないはずなのに、誰よりも知っている気がする。
荒野に倒れ込み頭を押さえながらも必死に顔を上げてその姿を見る、そして考える。
あれは――誰だ。
『アー――……貴―は――』
向かい合っているのは……
「ふざけ――てんじゃねえ、テメェ………――――!!!!」
突如として視点が切り替わる。
魂のみが身体を離れて別の容れ物に入ってしまったような感覚。借り物の目を通して見えるのは赤い外套の男。その後ろには無数の剣。
そうしてそれが何かを理解する時間もなく、士郎は吠えていた。
無数の剣が跳ねる。前だけではない。自らの後ろからもだ。
それを最後に士郎はそこから意識のみ浮き上がる。
回る世界。もう何も見えないし、何も聞こえない。
『勘――し――――』
『俺が―――――無――に――を内――する―界』
否、知らず知らずのうちに呟いていた。
だがそれも無意識のもの。
彼自身それが何なのか分からなかった。
――――――
「うわぁぁ!!!!――あれ?」
目の前に広がるのはいつもの教室。
皆が驚いたように自分を見ている。それも当たり前だ、だって今は……
「――衛宮」
「は、はい。葛木先生……」
「私の授業がつまらないというのなら退出しても構わんぞ?」
「すいません……以後気をつけます――」
授業の真っ最中なのだから。
衛宮士郎、これが人生初の授業中の居眠りだった。
「どうしたのですかシロウ? 居眠りなど貴方らしくもない」
「俺も記憶にない……だいたいいつの間に寝ちまったのかすら分からないんだ」
もしゃもしゃと玉子焼きを頬ぼるセイバーに心配される。
士郎も同じように弁当箱の中身をつつきながら自分の失態に苦笑いしつつそう返した。
だが今の彼にとってそんなことは些細なことだ。
「――」
「シロウ。どうかしたのですか?」
屋上を吹き抜ける風が強い。
そんな風を受けて頭の芯から冷やされるような感覚が士郎を包む。
そして彼の意識は再び先程の夢の事へと沈んでいく。
さっきの夢は一体なんだったのか。ただの夢とは到底思えない。だがそれがなんなのかは全く理解はできない。でもそんなことするまでもなく知っているような気がする。
そんな不揃いなパズルのピースのように散らばる思考の破片が頭を混乱させる。
何せそれを当てはめる台座はどこにあるのか士郎自身わからないのだ。
だというのにそれを知っているという感覚は確信に近い。これを一体なんと表現すれば良い?
「シロウ……?」
「――あっ! ――済まないセイバー。ちょっとぼーっとしてた」
「本当にそうですか? どうも私には貴方がいつもと違うように見えたので……」
「――!! 大丈夫! 本当に大丈夫だから!」
ふと気づけばいつの間にかセイバーの顔が士郎のすぐ近くに来ていた。
最初はあまり集中できていなかったことが幸いしたのか逆に冷静に対応出来ていたのだが……そんな誤魔化しは一瞬のものだ。
一気に沸騰する顔を見られないように顔を背けながらぱっと飛び退く。
それを不思議そうに見つめるセイバーにしばらく目を合わせられそうにない。
「む……それなら良いのですが……」
納得行っていないのが丸見えながらもとりあえずセイバーが引き下がる。
そんな彼女を見て、なぜこの少女は自分の容姿がとんでもない美形なのか欠片も自覚していないのか。
士郎は心底そう感じた。
透き通るような白い肌、華奢で抱きしめたくなるような小さな体躯、流麗なブロンドの髪、吸い込まれそうになる翡翠色の瞳、時に鋭く、それでいて柔らかい雰囲気。
何もかもがドストライク。だというのに彼女自身にその自覚がないと来たらもうたまったものではない。
今まで血の繋がらない女性と同居する事など意に介さなかった士郎だがセイバーと過ごしたこの数ヶ月、間違いなく彼の睡眠時間は減っていた。
「あーーセイバー、ちょっといいかな?」
ピンチの後にチャンスあり、それと同じように無駄な事の後に有意義な事あり。
そんな煩悩を振り切ると、士郎の頭にふとアイデアが浮かんだ。
「はい? 私に答えられることなら構いませんが」
真剣な表情でずい、っと詰め寄るセイバー
確認しておくと今は夏なのである。そんなに密着されると薄手の白いワイシャツがすけて――!!
「あ、ああ。セイバー、赤い荒野、に覚えはないかな? 剣以外なにもないような、そんなことろ」
「荒野……ですか……?」
理性がここまで働き者だと知ったのは今日が初めてだ。
心の中で自分の理性を褒める士郎、しかしそんな風に見えないものが彼の内ですり減っていることも知らずにセイバーは考え込むようにうーんと目を閉じる。
それを見て士郎はあの光景を思い起こす。
荒野に立っていたのは4人の筈だ。
あの声は聞いたことがある気がする。
そして、その人物は目の前にいる。
「そうですね――荒野と言うのはかつて戦場で幾つも見て来ましたが剣しかない、というのは記憶にないですね」
「そうか……」
しかしその答えは期待通りのものではなかった。
苦い表情で告げるセイバー。彼女が嘘をつくとは思えない以上自分の考えが間違っていたと言うことになるだろう。
「しかし突然どうしたというのですか?」
今度はセイバーの番だった。
不思議そうな表情でそう問いかけてくる。
確かに突然の質問にしては随分と意味有りげなものだったかもしれない。しかし夢の話なんて荒唐無稽な話をするべきなのか否か……
「いや、ちょっと変な夢を見てな――」
セイバーならそんな話をしても笑ったり、適当に流したりしないだろう。
それが士郎の出した結論だった。
「夢……ですか?」
「ああ、その荒野には遠坂とセイバーと赤い外套の大男と……俺じゃない俺がいた」
「私に凛……それに赤い外套と言いましたか?」
「え……ああ、そうだけど」
「まさか……!」
赤い外套という言葉にセイバーが驚いたように目を見開き食い気味に聞き返す。
その姿は見るからに動揺していた。
「どうしたセイバー? 顔色悪いぞ」
「――」
直後セイバーは考え込むようにうつむき黙り込んでしまう。
突然の変化に士郎はついていくことが出来なかった。
「おい――」
「シロウの言っていた荒野には覚えがありませんが」
士郎が声を掛けようとするがそれは途中でセイバーに遮られた。
顔を上げた彼女の瞳には未だ困惑の色が消え切らない。しかし何か割り切ったように口調ははっきりとしていた。
「その赤い外套の男のことは知っているかもしれない。シロウ、その男は白髪ではなかったでしょうか?」
「え――」
その通りだ。
だからこそ士郎はそこで返答に困ってしまった。
いくら意味有りげなもとはいえ夢は夢であり、さらに言うとそれは自分自身のものだ。
しかしその登場人物をセイバーは自信有りげに知っているかも知れないと答えた。
そんなことが有り得ても良いのか?
「そうなのですね――私もまさかとは思いましたが――」
そんな士郎の沈黙をセイバーは肯定と受け取ったのか。
一度目を瞑りため息をつくと彼女は真剣な表情で彼に向き直り言葉を続けた。
「シロウ、そこに私や凛がいたのは当然だ。なぜなら彼は――凛の剣として聖杯戦争を戦ったサーヴァントなのですから」
ちょっと短くなりましたが士郎さんのターン……いや、そうでもなかったか。
クッション回と言うかなんというか。
ここからもう少しおいていよいよ彼女が登場、そしていよいよツヴァイ編も佳境へ突入していきます!
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