Fate/kaleid saber   作:faker00

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第13話 異変

「はぁああ!!」

 

「グッ――!!」

 

 耐える、ただひたすらに耐える。

 それが本当に拳なのか、それとも他の何かなのかすら分からないはしないがひたすらに全神経を動員して致命傷を回避する。

 その光景は外から見ればただの蹂躙。しかしそれでも当の士郎本人からしてみれば100点以上の出来なのだ。

 

 だってまだ、生きているのだから。

 

「――驚いた。まだ立っていられるのですね。貴方は」

 

 幾度目か分からない攻防の後、向かいあったままバゼットは士郎に向けて息一つ乱さずそう言う。

 余裕の表れ――と受け取ることも出来そうな言葉だが、その響きは純粋な驚きとともに彼を讃えるものであったように見えた。 

 

「はっ、可愛い妹達に頼まれたんだ。そう簡単に倒れてたまるかよ」

 

 そんな言葉をかけられるなど不服だと言わんばかりに士郎は余裕有りげに返す――がその実余裕は無いに等しい。

 

 バゼットとは対称的に乱れきった息を整えると身体の状態を確認する。

 

 ――全身無傷な所など有りはしないが戦闘続行には問題ない。

 

「にしてもシャレにならないぞこれは」

 

「はい。ですが士郎様は良くやっておられます。常人なら今の攻防で5回は死んでいるはずです」

 

「……それは誉めてるのか?」

 

 それで合ってるはずだ。しかしそうは言ってもそれはあくまで 今は の話であり今後どれだけ続くかは分からない。

 吹き出す汗を拭いながら士郎は今後の展開を思い寒気を感じた。

 あと何度あの猛攻を防ぎきれる? いや五体満足で入れるのはあと何分だ?

 

「ちっ――」

 

 何時の間に切ったのか。手の甲で拭った汗が血の色に染まっているのを見て士郎は自分の額からも血が流れ出ていることに気がついた。

 そう言えば、なんだか視界が赤い気がする。

 

「士郎様――」

 

「仕方無い。この程度で済むなら御の字だ」

 

 その言葉は半分強がりで半分本当。

 士郎はサファイアの言葉を遮った。そのタイミングが来るのがいつになるのかは分からないが、死ななければ勝ちなのだ。そう楽観的に捉えるなら今の状況はむしろ好意的にとらえるべきだ。それは本当。

 しかしだ、アドレナリンやら何やらで誤魔化されているとはいえ確実に身体にダメージは蓄積されており、ぎりぎりの戦闘に疎い自分ではいつそれが噴出するか分からない。今の傷だってもしも普段の生活時ならば痛みで悶絶しているはずのものだ。必ずどこかでしっぺ返しがくるのは目に見えている。それが強がり。

 

 要するに何もかもが手探り。見通しなんて立っていない。

 そして一つどうしようもない懸念もある。

 

「――――」

 

 だが他にどうこうする手段があるわけでもないのだ。

 士郎は深く息を吸い込む。

 クロの暗示は効いているようだ。先程まで感じていた空回り感、そして必要以上に膨れ上がった緊張、恐怖も陰を潜めている。

 もちろん相応の分はずっしりと背中に貼り付いているが。この程度ならまだやれる。

 

「――全く。強い瞳だ。これなら衛宮切嗣の息子、ナタリア・カミンスキーの甥であると言うのも頷ける」

 

「――? 親父と叔母さんを知ってるのか?」

 

 睨み付けると何故かバゼットは少し脱力したように腕を下げると困ったようにため息をついた。

 未だ放つ殺気は尋常ではないが、先程までのキリングマシーンっぷりに対比すると大分人間の情のようなものが見える。

 何より士郎の気を引いたのは、彼女の口から父と叔母の話が出たということだった。

 

「私達の世界であの二人の名を知らぬものはいない……まああなたはの二人に比べればライオンとチワワくらい違う。随分と可愛いものですが」

 

 それは全く違うのではないのだろうか。

 なんて喉から出かかった突っ込みを抑え込む。どういうつもりかは知らないが、ベラベラと喋ってくれるのならその分体力を回復することができる。わざわざこちらからそれを打ち切る理由はない。

 

「それにしても――」

 

 よくそんなことを考える余裕が出たものだと士郎自身内心驚く。

 クロの暗示はもちろんあるのだろうがそれだけではこうはなるまい。肉体面と同様に精神面を鬼のように鍛えてくれたセイバーに彼は改めて感謝した。

 

 

 

「――やはり惜しい。最後にもう一度チャンスをあげましょう」

 

「なんだと――?」

 

 数秒考え込むとバゼットはそう突然の提案を士郎に投げかけた。

 

 この場に於けるチャンス、の意味があまりに広義な為それだけで彼女の真意を図ることは難しいことだったが。

 

 

「ええ。このままでも先は見えている。だから貴方にチャンスをあげようと言っているのです」

 

「……今更何を言っている」

 

 ――罠か? 

 

 真っ先に士郎の脳裏に浮かんだのはそれだった――が、一瞬でその考えは捨てた。

 まともな現状判断が出来るならそんな事をする必要がないのは明らかだし、なにより彼女の言葉に嘘があるとは到底思えなかったから。

 

「続けた先に待っているのは貴方達の全滅による強制カード回収です。私とて子供を手にかけるのは本意ではない」

 

「急に優しくなるんだな。交渉は1度きり、断わるなら2度とない。ってのが代行者、執行者のやり方だって言峰は言ってたぞ?」

 

「それはあの人のやり口でしょう……まあそう言った考えの人もいることはいますし、格下に無碍にされた交渉をもう一度持ち掛けるなど中々に珍しいことなのは否定しませんが――」

 

 無駄話はここまでだとバゼットの顔が再び真剣なものに戻る。

 

「衛宮士郎。私達と一緒に来なさい。そうすれば妹達の身の安全を保証――いえ。セイバーについても同様に対応しましょう」

 

「え――」

 

 そして持ち出されたのは交渉事に疎い自分でも破格の交換条件と分かるものだった。

 

「どういう――」

 

「言葉通りの意味です――私は貴女が気に入った、長ずれば良い使い手になるはず。出来ることなら殺さず手に入れたい。そして貴方は彼女達を守る為に戦っている。

 別にクラスカードのために戦っているのではないのですから利害も一致しているのではありませんか?」

 

「――」

 

 一理、ある。並べられた理由にどこか反論の余地はあるのか?

 士郎は自分の中でから改めて反芻する。

 

 自分が戦いを始めたのは――そうだ、セイバーとイリヤを守る為だ。それならばこの提案葉理に適っている。どこにも断る理由など有りはしない。

 戦い始めた理由を貫くならば、この提案は呑むべきだ。

 

「だが――」

 

「貴方自身がどうなるか、と言う事ですね。その葛藤は人間として正しいものです。貴方が臆病な訳ではない――そうですね、私の補佐と言う形に収まってもらって一緒に働いてもらいます。無論裏の世界踏み込むことになりますがそれ以外は人道的な扱いを約束しましょう」

 

「それは――」

 

 2度と元の生活には戻れないということか。

 その言葉にバゼットは頷いた。

 

「無理でしょうね。衛宮切嗣のようなケースもありますがあれは異端です。陽炎のように脆く揺らぐ日常の為により多くの痛みを背負ってきた。あんなことが出来る人間は感情のない機械か化物かのどちらかです」

 

「――――」

 

 士郎の中を切嗣の影が駆け抜けた。

 あれだけ人間っぽい人間もなかなかいるものではない。

 バゼットの言葉が本当なら、あの能天気な笑顔の裏にどれだけの傷を抱えていたのか。少しだけ、そちらに踏み込んだのは本当に少しだが、裏の世界の片鱗を僅かながら垣間見た士郎にはの痛みが想像できて――押し潰されそうになった。

 

 自分達を守る為にこんな選択を、彼は何度も繰り返してきたというのか。

 

 それなら、今度は守るべき存在の為に自分がそこに身を投じるのは当たり前のことじゃないのか?

 

「俺は――」

 

 だがそう簡単に結論は出そうにない。今までに経験したことの無い恐怖が支配する。戦闘のそれとは明らかに異質なもの。

 全てを捨てる、言葉で言うのは簡単だが実際にするのはここまで恐ろしい事なのか。

 

 士郎の中で今までの日々が駆け巡る。

 

 拾われた衛宮家での楽しい時間、学校の仲間達、家族達、その全てが。

 

 ――そして答えを出した。

 

「……皆の安全を保証してくれるなら俺は――」

 

 

 ゆっくりと息を吸い込む。そして震える声で結論を答えを告げようとし――

 

 

 

「バカですかこの鈍感朴念仁は!!」

 

「痛ってえ! ――ルビー!? 何やってんだお前!? イリヤは!?」 

 

 豪快に吹き飛んだ。

 突然側頭部に火花が散るように激しい衝撃が走る。

 士郎はあまりの痛みにしゃがみ込んで涙ぐみながらその元を見る。すると目の前にはふんぞり返っているステッキ――それも何故かサファイアではなくルビー――がいた。

 いきなりの出来事に士郎は抗議の声を挙げるがそんなもの彼女に通じる訳がない。

 

「イリヤさんならサファイアちゃんに任せてあります! 距離制限にかかったらその時はその時です! 全く! 念の為にと思って集音機能をONにしておけば……本当にバカですね!」

 

『ちょっ!? ルビー!?』

 

『集中して下さいイリヤ様……来ます!』

 

 遠くから混乱する妹の声がした気がする。

 

 しかしそれ以上に聞き逃せないことがある。

 

 

 

「バカとは何だバカとは! 俺はイリヤ達の為を思って――」

 

「それがバカだと言ってるんです! 全く……危うい所はあるような気はしていましたが。何ですか!? 士郎さんの中で切嗣さんの存在でかすぎです! しかも悪い方に!」

 

「痛い痛い! お前は凶器みたいなもんなんだからビシビシつつくな―― つーか親父は関係ないだろ!?」

 

 額をガシガシつつかれる。

 はっきり言って相当痛い。

   

「あります! 貴方はもとよりそんなに肝の座った……と言うよりもぶっ壊れた人間じゃないんです! 自分で分かっているでしょう? そんな決断を下せるのは機械か化物かのどちらかだと。

 だって言うのに貴方は自分が抱えきれない痛みを背負うことをあっさりと決めた! これが切嗣さんの影響以外のなんだと言うのです!」

 

「それは――」

 

 ガツーンと後頭部から揺れるような感覚が襲う。

 

 そんなつもりはなかった。だが、突然自信がなくなった。

 

 今の答えは自分で出したはず。そのはずなのに切嗣の名前が出たとたんに支えになっていたものが全て崩れたような、そんな錯覚を覚えた。

 

 言い返せない。 

 

「良いですか!? 耳の穴かっぽじってよーく聞いてください! 父親の思いを受け継ぐ、素晴らしいことです! ですがそれは貴方自身の幸せの為に選び取る結果としてであって、それによって自身を抑え込むための枷になってはならない!

 ――そんな事を出来る人間は歪です。いつか絶対に壊れてしまう。そしてそれは偽善です。貴方はそれで良いかもしれませんが誰も喜ばない。それが貴方と切嗣さんの1番の違いです。

 私の言ってること、わかりますか?」

 

「――――」

 

 理屈として分からないわけではない。

 これだけ分かりやすく言われてしまえばどうしようもない。

 そしてそれを否定したくても、自分の中で上手い答えが見つからない。

 

「理解はしているけど納得はしていない、って顔ですね……まあ今はそれで良いでしょう。切嗣さんと話が出来ればそれに越したことはないですが――ある種の呪いですねこれは。

 で、今の貴方はさっきの決断をもう一度出来ますか?」

 

「それは……無理だ」

 

 一度グラついた思いを封じ込めて出来るほどいまの決断は甘いものではない。

 

「それがまともな人間です。まあ納得は無理でしょうしそれは直接切嗣さんにでも聞いて下さい。では」

 

「おい!? 一体どこへ……」

 

「イリヤさんのとこに決まってるじゃないですか〜――サファイアちゃ〜ん、交代ですよ〜」

 

 

『早くして下さい。姉さん。そろそろ限界です』

 

『早くー!!』

 

 満足気にルビーは去っていく。

 まるで嵐のように過ぎた一連の流れに士郎はしばし呆然とせざるを得なかった。

 

 もう何が何だかわからない。

 

「けどまあ――」

 

 冷静になって見れば自分以外誰も喜ばないというのはそのとおりかもしれない。

 士郎はどこか気恥ずかしくなり頭を掻いた。

 あのままルビーの横槍が入らなかったとして、後悔はしなかっただろう。

 だがそれは自分だけの話だ。大義を盾に自分を正当化する事はそう難しくないだろうが――救ったと信じた少女達の顔を真正面から見れるかと問われれば断言は出来ない。

 それが分かっただけでもルビーの言葉には意味がある。

 

 

 

「交渉は決裂、と言うことで宜しいですね」

 

「ああ――構わない」

 

 顔を上げる。

 諦めたような、どことなく寂しそうにさえ見えるバゼットは先程と変わらず立っている。

 

 あれだけの隙があっても手を出さなかったところ彼女も実は善人ではないのだろうか……そんな事を士郎は思った。

 

「行けるな? サファイア」

 

「はい、お任せ下さい。士郎様」

 

 ルビーと交代して右後方に浮かぶサファイアに問い掛ける。

 

 やることは同じだ。

 

 

 

 

「残念です――なら、死になさい」

 

「――! サファイア!」

 

 再びバゼットが一瞬視界から消え去る。

 五感を全て動員しても届かない。だが今はそれ以上に優れた目がいる。

 

「強化魔術を右半身に限定展開……それにより強化強度を1.5倍に上昇――右です!!」

 

「があぁ!!」

 

 サファイアの言葉を頼りに、投影品と、強化したオリジナル、左右に構えた木刀で回し蹴りを抑え込む。

 通常なら抑えた所で吹き飛ぶのが道理、しかし強化された肉体は有り得ないだけの力を発揮し身体をその場に留める。

 

「っらあ!」

 

「そのまま後方へ飛んでください。それで追撃は避けられます」 

 

 一度身体を回転させ瞬間無防備になったバゼットの上半身を薙ぎ払おうとし――いとも容易くかわされる。

 しかしそれは想定内、サファイアの言葉通りそのまま後ろに飛ぶことで反撃を未然に回避する。

 それで構わない。こうしてまた1つの攻防を生きて乗り切ったのだから。

 

「――ふうっ ありがとうサファイア」

 

「いいえ、ですが――」

 

「ああ――」

 

 サファイアの危惧は理解できる。

 今まで自分を生かして来たのは一重に彼女のサポートあってのことだ。

 しかし、そのタイミングは徐々に難しいものへと変わってきているのは士郎にも分かっていた。

 そしてその理由はただ一つ――またも迫るバゼットに歯噛みしながら必死に身体を研ぎ澄ます。

 

「追いきれない――!! 全面へ防御を展開。あのルーンを用いた拳には対応出来ないかもしれませんが……!」

 

「ぐっ――」

 

 バゼットの拳が光り輝く。

 サファイアの魔術で自分の身体強化されているように、バゼットの身体も強化されている

 ルーンと言えば以前にルヴィアの授業で聞いたことがあるはずだ。確か北欧発祥で護符を用いるとかなんとか――

 

「そこ!!」

 

「ぬぁっ!」

 

 反応し切れぬスピードで脇腹を抉られる。

 サファイアの強化も有り得ないほどの強さなのだ。それをこうもやすやすと上回るなんて!!

 

「なろ!」

 

 無理に抵抗はしない。

 そのまま勢いに任せて受け身を取って転がる。

 反撃を考える余裕など士郎にはなかった。

 

 

 

「申し訳ありません士郎様……」

 

「いや、サファイアはよくやってくれてるさ……けど」

 

「私の目でも捉えられなくなり始めています。このままでは」

 

「ジリ貧だな。くそ、何なんだあの化け物」

 

 憎まれ口を叩く。

 そう、タイミングが難しくなっている、と言うより間に合わないのはこれが理由だ。

 バゼットの動きがサファイアの限界を超えつつある。全く人間業ではない。

 

「そろそろ掴み始めてきましたね……よく頑張ったほうですが」

 

 相手もそれをわかり始めているのだろう。

 だからこそ少し攻撃が緩まった。自分の限界に近い動きは相応の隙を生み出す。必要がないなら相手を1段階上回る程度にまで抑えて一分の隙も残さずいたぶれば良い。どこまでも狡猾。

 

 士郎は道が詰んでいくのを感じ始めていた。

 

「士郎様――」

 

「分かってる――」

 

 こうなれば全てを防御に回すしかない。

 士郎は覚悟を決めた。

 これは本当に最後の手段。一時凌ぎにしかならないのは目に見えているし、攻めを放棄した以上寧ろ最大値としての終焉は早まる恐れすらある。

 だがバゼットがサファイアの予想を超え始めた以上突発的な何かが起こる可能性を防ぐほうが優先すべき――ふーん。諦めるのか――ことなのだ。

 

 

「――ァ!」

 

「士郎様!?」

 

「大丈夫、ただの頭痛だ」

 

 そう割り切ったところで、鋭い痛みが頭の中枢を走り抜けた。

 それを自覚した頃にはもう消えている。そんな痛みだ。

 

「これは――」

 

 大丈夫と手を振りながら何か身体が芯から冷え込んだのを感じた。

 今、頭の中に何か異物が走らな――贋作者と言ってもそれが限界か、困るんだよ。この程度じゃ――かったか?

 

「やめ――」

 

 ――仕方ないから見せてやるよ、今回ばかりの大サービスだ。お前もこの舞台の端役なら相応しい物を見せてみろ――

 

 ……この痛みは知っている。始めて彼女と会ったあの日、あの時に感じた――

 

「士郎様!!」

 

 呑み込まれる。 

 

   




どうもです!

多分最後の展開唐突に見えてるんだろうなあと思いながら書き終えました。一応予定通りなのですが、自分でも若干――なんて思ったり(汗)

前回はSN士郎と今作士郎の違い、そして今回はプリヤ士郎と今作士郎の違い。

それではまた! 投票、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!

PS 感想ありがとうございます。返事は明日の朝には必ずします。申し訳ありません。

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