「私達の持てる最大火力で一気に片をつけるわ!」
集まった私達を前に凛は今日の作戦をこれ以上なく簡潔に、それでいて堂々と言い切った。
建設中の巨大なビル、未だ外からは鉄骨の骨組みも確認できるその地下に私達はいる。
ここが最後の決戦の舞台。これから起こる嵐を予感させるかのように空気は重苦しい。
そもそもなんでこんな所に入れるかというと、クラスカードの位置を把握するともエーデルフェルト名義で土地ごと買い取ったからだ……本当にバカげている。
「理由は分かってると思うけど……このカードは全く情報なし、分かってるのはここの魔力を吸い込みまくって確実に強くなってるってことだけよ。
黒化英霊の性質的に一直線に向かってくる可能性が高いし、更に鏡面界は今までになく狭いわ。様子見なんて悠長なこと言ってたらそのうちに全滅しかねない」
今回の作戦の根拠を状況から推測して凛が指折り数える。
分からないことだらけと本人は言っていたが、ある程度の基本要素としては変わらないだろうというのが彼女、そして私達の共通した見通しだった。
「加えて私達の戦力がいつになく整っている、と言うのもありますわ」
凛の隣で腕を組んでいたルヴィアがカツン、といういつものヒールの音を響かせながら一歩前へ出ると並ぶ私達を順にざっと流し見る。
その顔は、慎重な態度を崩さない凛に比べていくらか自信に満ちていた。
「休戦協定を結んでいるバゼットにコトミネ、更にセイバーとシェロが近接戦闘担当、万能型なクロ、遠距離なら私達とイリヤスフィール、美遊。
本当に特化しているのはバゼットのみで後の陣容は相手に合わせて自由自在、おまけにコトミネは回復魔術持ち、これだけの戦力が揃うのは壮観と言うべきですわ」
その原因は今ここに揃っているメンバーが故だろう。
英霊の私は置いておくとして他のメンバーも揃いも揃って人間としてはトップクラスの実力を持っている者ばかりだ。
彼女の気持ちは分からなくはない。かつて私が率いていた円卓の騎士達もその全てが時代を代表するような戦士達だった。そのように味方が頼りになるという心強さはそうそうたるものがあるものだ。
きっと、ルヴィアゼリッタが抱いている感情もそれに近いものに違いない。
「待ってくれルヴィアぜリッタ、確かにこの陣容はなかなかです。しかし士郎の実力のみどうも未知数だ。貴女と凛はこの数日彼の能力を把握するのに費やしていたはず――ある程度の情報がないと私としても戦い辛い」
だがそれは必ずしも万全とイコールにはならない。
唯一とも言える不安要素について問いかける。
すると凛とルヴィアぜリッタは まあそうなるわよね。というふうに顔を見合わせると同じタイミングで同じ方へ視線を投げた。
「バゼットがギアスを掛けられている以上その目は私に向けられていると見て良いのだろうな……安心しろ。はっきり言って私は衛宮士郎がどんな特殊な魔術を使おうが興味はないし、それをどこかに報告する気もない」
「じゃああんたは何がしたいのよ」
「特にないな。ただ頼まれた以上断る理由もなかったので最初はお前に肩入れし、次はバゼット、そしてまたお前に戻っただけだ。それ以上に深い理由などない」
私達から少し離れた位置に立つ綺礼はいつものように淡々としている。
その隣ではバゼットがいかにも不服と言わんばかりの厳しい表情をしているが、何を思っていようとも何も出来ないのは彼女自身分かっているのか特に何を言うでもなかった。
「ま、最大の懸念はこのバカ神父だけどこいつがこう言ってるなら心配はないかな。こいつは読めないしやり辛いけど、嘘はつかないから――そうね、それじゃあとりあえず分かってるだけ話しておきましょうか」
そんな綺礼の答えを聞くと凛はあっさりと視線を外し私達に戻す。
正直私としては不安なのだがルヴィアも納得しているようだし、一番痛い目を見ているはずの凛がそう断言するならそれに口を挟むと言うのは野暮というやつなのだろう。
「まず士郎の基本スペック自体はそんな劇的に変化してるわけじゃないわ。サファイアの録画してた戦闘映像で見せてもらったけど、序盤でボッコボコにされてたのが本人の実力ね……まあお荷物と言って差し支えなし」
ざっくりと語られた彼女の士郎評は随分と辛口なものだ。
私の隣にいる彼の顔を盗み見ると、当の本人は引きつったような苦笑いを浮かべていた。
「けど――」
そこまで言うと凛は一呼吸置く。
「魔術は相当マシになってるわ。まずそもそもこんなんは当たり前じゃなきゃいけないんだけど――まともに魔術回路が回せるようになってる。それだけでも大きな変化。使えるのは投影と強化だけなのは変わらないけど練度が段違い。
特に投影は前までと別人。あの一瞬で何があったのかは知らないけど、剣ならなんでもほぼ100%って精度な上に双剣に関しては戦闘能力を底上げする効果まで持ってるみたい。それに……まだなんか切り札も他にあるんでしょ?」
敵意か、もしくはそれに近い恐れか、ただ純粋な疑問と言うよりは何かを測るような微妙な目をした凛は半ば呆れながらそう言った。
「ああ、あいつには色々と世話になったからな。全部は無理だけど幾つかは手土産なんだとさ」
そんな彼女の微妙な変化には気付く事なく士郎は頷く。
凛とは対照的に彼の目からは迷いや恐怖の類の一切が消えていた。
「アーチャーに会った、というやつですか。ニワカには信じがたい話ですが事実士郎が強くなっている以上戯れ言と片付けるわけにもいかない」
なぜそんな現象が起きたのか、など理由を考えるのは無駄だろうと、私はあの直後彼の言った突飛で空想とも思える言葉をとりあえず信じる事にしていた。
理不尽なこと、説明がつかない事などいくらでもある。それこそ私が今ここにいるのも全く分からないように。
それに思い当たる節ならあるのだ。
私は以前彼が語ってくれた夢の話、そしてかつての記憶を思い出す。あの時士郎の左腕は確かに彼のものだった。
人間にサーヴァントの腕を移植など出来るわけがない。そんなことをすればその腕に全てを持っていかれてしまうだろうから――それでもやり遂げる可能性があるとすればそれは1つしかない。
当たり障りのない言葉の後すっと士郎から視線を逸らす。
無駄な混乱は避けたい。私が勘付いていることは気付かれたくはないのだ。
「とりあえず纏めると、少ない時間ならバゼットと拮抗できるだけの爆発力は出せるって事ね。これで質問の答えになるかしら? セイバー」
「ええ、それだけ分かれば充分です」
手をあげて応える。
細かく突き詰め始めたらキリがない。
おおよそが把握できただけでも良しとしよう。
「それじゃああと確認しておくことは……そうね、イリヤ。カードの振り分けはどうなってるの?」
「ええと……私がランサー、キャスター、アサシン。美遊が、ライダーとバーサーカーだよ」
イリヤは腿に取り付けたホルダーからカードを取り出して確認する。
確かにその手には三枚のカードが握られていた。
「――美遊は変わらず、ですね」
しかし私が見ていたのは更にその奥にいる美遊だった。
彼女は8枚目の存在が明らかになって以降どうも様子がおかしい。
それはこの場においても変わってはいなかった。
「そう。まあ妥当な分け方ね」
だが彼女の様子をマークしているのは私、そしてクロだけだろう。
凛は特に美遊の様子を気にすることもなく納得した様子である。
「――クロ、美遊から目を離さないように」
「分かってる」
士郎とは逆隣に立つクロにボソッと耳打ちする。
彼女も了解済みなのか、グッと親指を突き立てた。
「それじゃあ行きましょうか。これで全部終わらせてやる。ルビー!」
「あいあいさ〜」
ルビーを中心に全員が集まる。
詠唱を開始すると同時に下に魔方陣が展開され、そして――
「
―――――
圧倒的、という言葉は誰もが耳にしたことがあると思う。
そしてその言葉が聞かれる局面は様々だ。
例えばスポーツで今までに見たことがないような相手と対峙した時、人として器が大きい人を見た時、びっくりするほど美味しい料理を食べた時、それこそ数え始めたらきりが無いくらいに。
しかし待って欲しい。
本当にその全てが"圧倒的"という言葉に該当するかと言われればそんなことはないのではないだろうか。
表現は人の自由だ、それについて文句をいう気はない。
だがもしもそんな風に軽々しくその圧倒的という言葉を使う人がいたとして、この光景を見たならば考えを改めるに違いない。
あまりの壮絶さに、息を呑む。
「これが本当の意味での圧倒的ってやつなのね……」
「覚悟はしてきたつもりでしたがその想定の遥か上を行くなんて……!」
そこは神域だった。
選ばれし者以外は触れることさえ許されぬ、そんな場所に足を踏み入れた。否、踏み入れてしまったことを私達は瞬時に察知した。
それ故の畏怖。臆病とは違う。あまりにも禍々しいが為の自己防衛本能。
人であるならば、それが正解。
「あの黒いモヤは一体……」
「超高密度の魔力の渦、と言ったところでしょうか――ここまで溢れ出すとなるとどれだけの魔力を保持しているのか考えるだけで頭が痛くなる」
ルビーを手に持つイリヤの手も震えている。
それも仕方のないことだ。あれを見て平然としていられる方が人としてどうかしている。
視線を前にやるがはっきり言ってしまうとほとんど何も見えない。
私達の前の空間全体を覆う暗闇。それは本体から吹き出した魔力だ。どこまでも暴力的で、それでいて深い魔力。
その先に微かに人影が見えるからそれが8枚目なのだろうが、その詳細は全く掴めない。
「となると――」
「何を気圧されている、凛」
しかし何処にでも例外はあるものだ。
そんな領域を目の前にして、それでも綺礼はいつも通りだった。
一歩前へ出る。
「詳しい情報は不明となると当初の予定通り全力を叩き込むしかなかろう。あれだけの魔力だ。どんな相手かは知らんがやれることはやれるうちにやっておいた方が後悔もないはずだ。
――そら、さっさと指示を出せ。先頭をきるじゃじゃ馬が大人しいと調子が狂う」
そして皮肉げに凛を流し見る。
結局のところこの神父の言う通りだ。
半ば無理やりながら指針を定めたところでやけに落ち着く声に浮き足立っていた空気がいい意味で張り詰めたのを感じる。
どうやら綺礼には場を整える才覚というものがあるらしい。
「……わかってるわよ! ルヴィア! 最大出力で先陣をきるわよ! クロと美遊とイリヤが第二陣! 綺礼とバゼット、士郎は後詰め、セイバーは状況次第でエクスカリバーか近接戦闘のどちらかを!」
調子を取り戻した凛が叫ぶ。
その声と共に、全員が散開した。
「いきますよーイリヤさん!! ど派手にぶちかましちゃってくださーい!!」
「魔力集中、大砲のイメージでど真ん中を撃ち抜く……」
「美遊様……」
「集中してサファイア……!」
上空からイリヤと美遊のコンビが超巨大な砲門を展開する。
防御など微塵も考えていないからこそ出来る一撃。初手である凛達より早く準備を始めたのはそれだけ溜めに時間がかかるということだ。
その間の無防備な時間。万が一先に攻撃が来ようものならそれを防ぐのは後陣である私達の役割だ。
「ルヴィア! あんた出し惜しみしたりしないでしょうね!」
「当然ですわ! 総額云億円、今までにないエレガントな一撃をお見舞いしてやりますわ!」
地上からはいつものように悪態をつきあいながら凛とルヴィアが今まで見たことも無い数の宝石を上空に投げたかと思うと、その宝石は綺麗な円を描く。そうして幾重にも重なった魔法陣を作り出す。
展開された魔法陣は共鳴しだし、その縁を彩る宝石は耀き溜め込んだ魔力を放出し流れ込む。
加速し、互いの威力を倍化していくその姿はさながら魔力で形作られたレールガンと言うべきだろうか。
「「いっけえ!!!」」
そして先陣をきって虹色の閃光が視界全体に広がる。
彼女達二人の腕から同時に放たれた特大の魔弾はまず絡み合い同化する、これで倍。
そして魔法陣を抜けるときに宝石から放出されたそれでまたも成長する。そこでもらう力は更に倍、と言うよりも乗だろう。
そこからはもう同じ計算をひたすら繰り返し、最後には神代の大魔術師も真っ青になるであろう怪物になっていた。
「――っ!! どうよ!?」
「いえ、まだです!!」
モヤと直撃し弾ける。
轟く炸裂音。
真っ白になった視界は何も見えない。
その威力は宝具換算でAランク、もしくは一瞬ならばA+がついていてもなんら疑問は感じないものだった。
だからこそ手応えと期待の篭った凛の声。
しかし、まだ足りないと直感が叫ぶ。
「――セイ――ハ――イ――!!!」
爆風の後モヤが消える。
完全な相殺、彼女達渾身の一撃でさえもその奥を捉えるには至らない。
しかし遂に見えた。その先に浮かび上がる黒い人影。恐ろしいほどの威圧感を放つその相手がようやく見えた。
「見えた! 今度こそ決める!」
クロが凛とルヴィアの二人と入れ替わるように前に出る。
握られるのはアーチャーの弓。
「I am the boned of my sord ……」
彼女は言っていた。
私には理論や理由をすっ飛ばして結果を導き出す能力があると。
普段よりも明らかに低い声はそれ故のものであり、彼女自身身に覚えがあるものではないのだろう。
だが私には分かる。その呪文は、彼がその力を引き出すために己の内に問いかけるものであるということを
「
矢ではなく、捻れた剣を弓にかけ放つ。
特大の魔力をまとったその一弓はその形状のように周りの空間を引きちぎるように進んでいく!
「フォイヤー!!」
「シュート!!」
同時に上空から轟く轟音。
先程の凛とルヴィアの一撃に匹敵する魔力砲は先に出たクロの弓をも呑み込む。
「爆ぜろ!!」
そして、8枚目の目の前でその強大な魔力を弾けさせた。
「あれは――」
結果は直撃、開放された魔力が竜巻となり8枚目を包み喜びの声を上げる少女達。
宝具を爆発させるなんてデタラメ。それを人を超えた威力の中でやってしまったのだ。その衝撃はもはや人の手で作り出せるものではないだろう。
しかし、私はその時見てしまった。
絶対に見てはいけないものを
脳裏に浮かぶのはその瞬間だけ。
爆発の直前、今までずっと興味がないと言わんばかりに何処かを見ていたその顔がこちらを向いたのを、8枚目の瞳を。そして周りに浮かんだ黒に包まれる黄金を
「ダメだ――」
声を絞り出す。
「え? 何か言った――」
誰も殺したくないなら急がないと。
「ダメだ!! すぐに逃げて! あれには貴女たちでは!!」
王に常識は通用しないのだから。
飛び交うのは無数の、剣
どうもです!
遂に最終決戦スタートです。
ラストスパート作者も頑張りますのでどうかお付き合いください。
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