迫る死の瞬間。
そうだ、いかに優れた戦士であろうとも絶対に勝てないものがある。
私はかつてそんな者達を何人も見てきたではないか。
勇猛果敢な大剣士、全てを薙ぎ払う巨兵、頭脳明晰な軍師、影より表れる弓兵。
本当にこんな戦士が敗れるなんてことがあるのだろうか? とさえ思わされた戦士たち。
そんな彼らが敗れる時、その時の相手はいつも決まっていた。
――人では戦争には勝てない。
数十、数百、あるいは数千に囲まれ奮戦しての大往生。
当たり前だ。
いかに人として飛び抜けていようとそれは個での話である。
敵が集団になれば勝てる可能性がどんどんと減っていき、いずれ逆転するのは目に見えている。
世界に輝く英雄譚は数あれど、それは名を残さぬ幾多の戦士や協力者の存在が影にあったからで。
一騎当千の伝説がどれだけきらびやかに語られようとも、それは戦争全体という視点て見ればあくまで一つの局地戦である。
結局のところ、一人で戦争を勝ち抜いた者などこの世にはいない。
英雄に天敵がいるならば、それは戦争そのものだ。
――そして信じがたい事なのだが、そんな非現実を実現する相手が目の前にいる。
英雄王ギルガメッシュ。
古代ウルクの王にして半神半人の裁定者。
かつて世界が1つであった頃、その全ては彼が統べていたとさえ伝えられる。
そして後々の世界において彼はこう伝えられた。そう、世界最古の英雄王、と。
「――グッ!」
察したのは私だけ。
無数の剣の前に躍り出る。
「急いで撤退を! ここは私が食い止めます!」
「ち、ちょっと待って! 一体何がどうなって……そもそもあれを喰らって無傷だなんてこと」
「理屈がどうかなんて私にもわかりません! だがあの男の事だ。何があっても不思議はない!」
黒く染まる身体は変わらない。
しかし今はその全貌が把握出来るようになっていた。
2mにも満たない大きさに少し痩せた身体は普通の人間と大差ない。
だが醸し出される威圧感、風格はヘラクレスをも上回る。
正に怪物。黒の中に紅く光る双眸に、彼の後ろに浮かぶ剣達に、皆が息を呑むのを感じた。
「――――s――r――」
一瞬にやりと笑ったように見えた。
そして審判が下される。
「――――!!」
舞う悪夢。これが壮観というやつなのか。
矛盾しているとは分かっているのだが、一瞬見惚れてしまいそうになる。
歴史を彩った魔剣、真槍、名剣、大斧、の類。その一つ一つが伝説を生み出してきた尊き幻想なのだ。
そしてその全てを敵に回すということは幾多の英雄の逸話そのものと戦う事に等しい。
たが、退くなどという選択肢は無い。
王の裁定の前にそんな自由は許されない。
「はああぁぁぁ!!!」
ならば、自分が新たな伝説を作り出すしかない。
剣を振るう。例えどんな逸話であろうともここは通さない。
頭をこれでもかと鳴らす警鐘を全て抑えつける。
元々無理は承知だ。振り返ってみれば何も今までの戦い全てが楽に勝てたわけではない。
全力を尽くしなお届かないような戦いもあった。信じられないような幸運に助けられたような時もあった。
思い起こしてみれば、限界は何度となく乗り越えてきたではないか。
決意と共にまず初撃を打ち落とす。神速を誇る槍も我が剣を打ち破ることなどできはしない。
二撃目は刀。幾多のサムライを惑わせたと言われる妖刀。真っ向から弾き出す。
次いで今なお近代兵器にその名を残す名斧、圧倒的な圧力を受け流す。
まだまだ終わらない、次は、次は、次は……
「――――あああぁ!!」
荒れ狂う嵐の中を傘も持たず剣1つで突き進むようなものだった。
ただの嵐と違うのは、その雨粒一つ一つ全てが必殺を誇る凶器だということ。
どれだけ力が戻ろうとも、どれだけ覚悟を決めようと、世の中には限度と言うものがある。
――しかし、それでもやらねばならぬ。
その光景は傍から見れば正に伝説の再現だっただろう。
圧倒的な強者を相手にしても一歩として退かず、果敢に勝機を求め己の腕をふるう。
例えその勝機がどんなに薄く儚いものだとしてもその望みを信じて高みへ挑む。
振るう刃の一つ一つが、勝利へ続くものと疑わず。
振るい続ける。
「――!!」
しかし、私は大事なことを失念していた。
そう。伝説とは、そうそう叶わないからこそ伝説として昇華されるのだということを。
「グッ――!!」
長い長い剣戟。
数日か、数時間か、あるいは数秒の刹那か、どれだけの時間が過ぎたのか分からない。
しかし1つだけ分かったことがある。
私の新たな伝説への挑戦はここで終わりを告げるだろうということだ。
深く深く、どこまでも深く。
集中という海の底へと沈んでいた意識が突然の刺激によって引き戻される。
最初は何か分からなかったが理解するまでに時間はかからなかった。
これは、痛みだ。
原因に目をやると、左腕に鋭い槍が突き刺さりおびただしい量の血が噴き出している。
これぐらいなら戦うのに支障はないと無視して何十と弾き出した宝具の雨へ再び向き直るが、微かに動きが鈍くなる。
その僅かな隙は、瞬時に大きな弱点へと膨れ上がる。
一騎当千の原則は、最後まで無傷でいること。これにつきる。少しでも動きが散漫になれば、迫りくる大波を断ち切り続けることなどできない。
そして一度呑まれたら最後。そこから再び盛り返すこと出来るわけがないのだから。
「ウァ――」
「おねーちゃん!!」
「バカ! 前へ出たら死ぬわよ!!――ルビー! まだ離脱できないっていうの!?」
「やってます! どうにかあと数秒もあれば――」
「早く! このままじゃセイバーが――」
出血で意識が遠のく。
今まで124撃、それだけの数の宝具を凌ぎきったというのに。
たった一度、戦闘に影響はない程度の一撃を受けただけで次の20撃の内3がこの身を切り裂いた。
今や無事なのは左足と右腕だけ。
けれども、今私を奮い立たせるに十分な言葉が聞こえた。
「倒れて――たまるか!!」
あと数秒で離脱できる。確かに彼女はそう言った。
崩れ落ちそうになる身体を必至の思いでふみとどめる。
幸い無事なのは利き腕と、逆足だ。この二本に自由が利くなら立っている事ができる。
何があろうともこの後ろへは一撃たりとも通しはしない。
「だめ!! おねーちゃん!! 早く退いて!!」
そんな私の意図を察したのかクロが叫ぶ。
今や視界は霞み、耳もほとんど聞こえていないというのにその声はやけにはっきりと聞こえた。
「すまないクロ。こんな方法でしか貴女を守れない姉を許してほしい」
振り向く余力すら残ってはいない。
だけど、最後に謝っておきたかった。
必死の思いで上体を起こし顔を上げる。
見えるのは、まだまだ数には困らないと言わんばかりにその時を待つ武器の海。
対抗する手段は今の私にはない。
ならせめて、堂々と立って最期まで皆を守ろう。
またも私の身体を貫かんと迫る剣。
良いだろう、この身程度ならいくらでもくれてやる。
だが後ろには――
「
終わりを迎えようとした最後の瞬間。
私の目に写ったのは剣ではなかった。
七枚の花弁。それが何を意味するのかも分からないまま。視界が回る。誰かの叫ぶ声が聞こえる。
そのまま意識は闇へと落ちていった。
―――――
「な――」
畏怖を覚えたのは自分だけではない。イリヤも、美遊も、クロも、遠坂もルヴィアもだ。
だからこそ、彼女は叶わないと分かっていても前へ出たのだろう。
士郎の頭は一周回って冷静の境地に達していた。
セイバーは舞う宝具の山を一人で撃ち落としていく。
その姿は正に鬼神。伝説として今に語り継がれるアーサー王そのものだった。
でも、それでも届かない。
拮抗している様に見えるように見えるがそれは絶対だ。
理由とともに分かってしまったからこそ士郎は唇を噛んだ。
セイバーの敗因は自分達になると。
この場にいるのがセイバー一人だけなら勝負は分からなかったはずだ。
彼女ならば、この嵐の中でも路を見つけ、前進することが出来るはず。前が無理でも縦横無尽に風となり、活路を見出した筈だ。
それが出来ないのは、後ろに自分達がいるからだ。
その証拠に彼女は直接自分に当たりそうもないものまで射出された武器全てを叩き落している。それは無駄だ。その動作によって今度は自身が危険に晒されているのだから。
「ルビー早く!!」
それが分かっているのか、遠坂の声にも焦燥のようなものを感じた。
足元に展開する魔法陣。
必死の離脱へのカウントダウンが始まる。
「――ぐっ」
その時だ。
今まで呼吸すら無駄とばかりにひたすら剣を振るっていたセイバーが呻き声のようなものを上げたのは。
そちらに目をやると、彼女の左腕には槍が突き刺さっていた。
「おねーちゃん!」
それを見て、クロが正気に戻る。
「セイバー!!」
一瞬、ほんの一瞬生じた僅かなタイムラグ。
たったそれだけで彼女の身体から次々と鮮血が噴き上がる。
「――――!!」
その姿に、今まで他人事のように何処か遠くから見下ろしていたような感覚が現実へと引き戻された。
このままでは、目の前で彼女は死ぬ。
何度も自分達家族の命を救ってくれたセイバーがこんなにもあっけなく。
――バゼットと綺礼が飛び出し彼女に迫る宝具を打ち落とす
そんな事を許していいのか
――だがそれがどれだけ持つかは分からない
許していいはずがない。
そんな彼女の姿を見たくなかったから、戦うのを決めたんじゃなかったのか?
思考が駆け回る。
「グウっ……!」
「これでは……!」
「すまないクロ……こんな方法でしか貴女を守れない姉を許してほしい」
そして、堤防が決壊する直前。
笑顔を浮かべた横顔が目に入って何かが弾けた。
――頭の中でスイッチが切り替わる。
「あああ――!!」
殴りつけられたような衝撃とともに全身が熱く燃え上がる。
ギリギリと引きちぎられるような痛みは魔術回路の回転に身体が追いついていないが為だろう。
このままでは壊れる――それがどうした
戻って来られなくなる――そんなものどうでも良い
まともではいられなくなるぞ――彼女を守れないならどの道まともではいられない……!
――警告を鳴らす理性を本能で抑え込む。
こんなことでびびっていてどうする。衛宮士郎は誰かを救う力がある。
その力はとっくのとうにこの手の中にあるはずだ!
今の君のほうがよっぽど――父の言葉を思い出してブレーキを叩き壊す。
材料は衛宮士郎の中にある。まずはその全てを引き出す。
衛宮士郎が何かを守りたいなどという大言を口にするならば――赤き弓兵の言葉でその心を思い出す。
彼がくれた。皆を守る為の力を。基本となる骨子を想定し、現実のものとして呼び起こす。英雄でもなく、戦士でも無い衛宮士郎に許された唯一の力を幻想する。
シロウ……――そして、彼女を思い出すことで覚悟を決めた。
回るイメージ、引き出す幻想、彼の遺したものの中に答えはある。
なら作り出せ、例えこの身が吹き飛ぼうとも。それだけの価値がここにはある!!
「ロー……」
右腕をつき出す。
イメージするのは最強の盾だ。どんなも一撃さえも通さぬその盾は大英雄の投擲さえ完封する。
いかにこの宝具の山が規格外だとしても、担い手のいない原典ごときで通せる道理はない。
完成図は出来ている。
「アイアス!!」
舞う花弁は七枚。その大輪を持って絶対の防御となす!!
「うそ――」
誰の声かは分からない。
そんなものを聞く余裕はない。
士郎はひたすらに右腕から脳の中心を叩く激痛に耐える。
まだ、倒れるわけにはいかない。
気を失った彼女を包み込むように浮かんだ花弁は5枚。
完全な再現は出来なかった。
そして打ち付ける嵐によってその2枚目の半分ほどまで散り始めている。
ここで力を緩めれば瞬く間に霧散するだろう。
「とお……さか!!!」
「――出来た!! 綺礼! はやくセイバーを!!」
その声で綺礼がセイバーを回収するのが見えた。
それを確認しジリジリと後退する。
「皆入ったわね!? それじゃあ――」
花弁が残り2枚というところで。
世界が、揺れた。
「うあっ!」
地面に放り出される。
能力を超えた魔術は身体を破壊する。アーチャーの言葉通り右腕は内側から神経が焼け焦げていた。
脂汗を流しながら士郎は立ち上がり必死に探す。
「セイバー……!」
果たして彼女はそこにいた。
血だらけになり意識もないが確かにセイバーは生きていた。
凛に介抱されている彼女を見て、士郎はその場にへたり込んだ。
「……衛宮君のあれにも驚きだけど。ほんとこの娘は規格外ね。あれだけの数の宝具を真っ向から剣一本で受けてあれだけ時間を作るなんて化け物としかいいようがないわ」
凛がセイバーに治癒をかけながら呆れたように、それでいて感心したように呟く。
間違いなく彼女の決死の時間稼ぎが無ければあそこで全員死んでいた。
それを分かっているからこそ無謀と分かっていた行動にも文句の1つも出てこない。
「ですか問題は、そんな桁違いの彼女を持ってしても8枚目はどうしようもないということですわ。なんとか対策を練らないと……」
「私も同感です…、」
同じように座り込みながらルヴィアと美遊が焦りの感情を隠すことなく憮然とする。
確かに彼女の言う通りだ。セイバーがいかにすごかろうとも現実には敗れてしまったのだ。最大戦力が正面から破られた事実は心に重い影を残すのはある意味当然のことである。
「……まあそれもセイバーが回復した後ね。とにかく今は休まないと……」
そこまで言ったところで彼女の言葉が止まる。
士郎もそこでようやく気が付いた。
ここまで喋ったのは一体何人だ?
「まさか……!」
凛の声とタイミングを同じくして、士郎は軋む身体を何とか制しもう一度立ち上がる。
そして先程よりも視野を広くして辺りを確認し――覆らない現実に目の前が真っ暗になった。
「イリヤ……」
ここにいるのは、5人だけだ。
―――――
「何よ。なんてあんた達まで残ってるのよ」
「確認するまでもないでしょう。私の目的はあくまでカード回収だ。目の前に1枚でもあるのならそれを手にするのは当然です」
「私は少し違うのだが……恐らく撤退した所で結果は同じなのでな」
「……? どういう意味?」
「私は場に対する勘は鋭くてな。先の戦闘でこの空間は既に悲鳴を上げている。このままこいつがここにいればどうなるかは……わかるな?」
「まさか……!」
「そういうことだ。それが嫌ならばこいつはここで片付けるしかあるまい」
やっぱり作者は戦闘書くの苦手なんじゃないだろうか。
どうもです!
決戦まで辿り着いておいて初っ端から弱気な作者です。
やっぱりAUOは強いです……そして次回。いろいろ好き放題するチャンスかも?
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