「ねえサファイア……」
「なんでしょうか、イリヤ様」
「いや、そのさ……そろそろ私の事戻せるなら戻してくれないかな? この格好動き辛く「だめです」なんで!?」
彼女としては切実な案件である提案を一蹴されイリヤは抗議の声を上げた。
以前として彼女は何とも言えないファンシーな人形のままである。
故に通常人間が入ることなど叶うはずのない排気口を伝って誰にも気付かれずに進むという荒業を敢行できているのだが、道中時折目の前に現れる体感サイズが明らかに異様な蜘蛛やネズミの登場に肝を冷やし、絶叫したのは一度や二度ではないのだ。
あまり納得のいく状態であることは否めない。
「ちゃんと気をつけるから……それに何だか外が騒がしくなってるし皆そっちに気を取られているんじゃないかなー?」
「確かに警備の目はそれほどないかもしれません。しかしイリヤ様を戻すということはどこかに置いてあるであろうイリヤ様の身体をこちらへ持ってくるのと同義。
空っぽの中身だけがいどうすればすぐに気づかれます、なので気付かれても安全圏内と言える場所まで退避してからでないと」
「うう……一部の隙もない完全論破。ルビーと違って詰めが良すぎるよ……あ、そうだサファイア」
何一つ返す言葉もない。
イリヤはガクンと肩を落とすと再び見たくない前方を見据えほふく前進を開始……しようとして再び後ろでライトの役割を兼ねて青い光を放つサファイアへ振り向いた。
「なんでしょう。これ以上の交渉はイリヤ様の心をえぐるだけなので私としても心苦しいのですが」
「いや、もうそっちはいいです……そうじゃなくてね、あの、その」
言いたい事はあるのだが、こう都合よく上手い表現が浮かんでこない。イリヤは言葉につまり、うーんと頭を抱えた。
なにせ本来こんなことはありえないのだ。仮にテレビ番組のドッキリ企画なんかに採用されたとしてもここまでのクオリティを保つ事は難しいくらいに。それがノンフィクション、現実に起こっているのだから当事者としてはたまったものではない。
なんて、難しく頭を回転させているうちに彼女の思考は明後日の方向へと向き始める。
「"こちらの"士郎様のことでしょうか」
「そう! その……なんて言えばいいんだろう。お兄ちゃん、って呼んで良いとは言ってたけど私のお兄ちゃんとは少し違うし、かといって他の誰かと言われればお兄ちゃんだし……」
「そうですね。少しばかり説明不足でした。では進みながらですが答えられる範囲で答えようと思います」
しかしそこは流石のサファイア。イリヤの何とも言い難い――奥歯の奥になにか詰まってそれが取れなくてもどかしい、そんな感じ――葛藤を即座に見抜き助け船を出す。
それを聞いてイリヤは頭の中で疑問を整理しつつ動き始めた。
「えーと……それじゃあすっごい大雑把なんだけど……あの人は、誰?」
「衛宮士郎。なのは間違いないです。しかし様々な物が貴女の知る彼とは異なっている。まず年齢から既に異なっていて、貴女のお兄様である士郎様は16であるのに対し、あの士郎様は20だと仰っておられました。
更に経歴なのですが、彼は衛宮切嗣の義息子でありながらアイリスフィール・フォン・アインツベルンとは義家族ではない。それどころか面識すらないそうです」
「やっぱり……じゃああのおに……士郎さんは私がこっちであった凛さんと同じ世界からこっちに飛ばされてきたのかな」
「凛様、ですか?」
「うん。ここに連れてこられる前にセイバーさん達には会ってるんだけど、私の知ってる凛さんとは違う凛さんも一緒にいたんだ。セイバーさんは知り合いみたいだったけど、あの人も多分それくらいの年齢だったと思う」
イリヤはついこの間出会ったばかりの彼女の顔を思い浮かべた。
先程は自分自身混乱していて気付かなかったが、今考えてみると自分の知らぬ遠坂凛も確かに彼と同じように少しばかり大人びていた。
今彼女と、そして彼を頭の中で並べて見るとちょうど良く見える。
「なるほど……確かに士郎様も飛ばされる前は凛様と一緒にいたと言うようなことは言っていました。納得です」
サファイアがぽんっと羽を叩いたのかルビーの視界を照らす青い光に一瞬影が走る。
「それじゃあサファイア、あの人と私達は……」
「直接的に関係は、しかしこの世界を基準にするならばある意味同類といえる存在でしょう。違う世界からの異邦人であり、そして士郎様と凛様に至っては同位体とも言い換えられます。ただ少しばかり時間の横軸がずれただけ」
「……あの人にとって"イリヤ"ってどんな存在なんだろう」
「それは、どういう――」
「私を見つけた時のあの人、すごく嬉しそうだったけど、同じくらい悲しそうだったから」
次にイリヤの口をついたのはそんな言葉だった。
彼女の兄が2人いるならば、彼女の師といえる存在が2人いるならば、むしろ自分と同じ存在がいない方が不自然である。
そして、全てが一致しているならば、兄はあんな顔をするはずがない。
それが、どうにも気になった。自分に関係ないのは分かっている。だけれども気になったのだ。
「……私には測りかねます。むしろ私も驚いたのです。士郎様はそれまで話の中で凛様や藤村教授、それに桜という同級生の方については口にしていましたがイリヤ様には一言足りとも言及されていませんでした。だというのにここまで姿が変容したイリヤ様を一目見ただけで看破なさるとは……」
――なにかしらの強い執着、それこそ親友や家族レベルの親愛がなければありえない。と言うよりも、それだけのものがあったとしても気づけるとは限らない。
サファイアの出した結論をイリヤは黙って聞いていた。
結局のところ人の心を正確に読む事など出来やしない。いや、ルビーやサファイアが本気を出せばもしかすると出来るのかもしれないが……それはまた別問題だ。
今はこれだけで十分である。これからどう接していけばいいのかとか、何て呼ぶのが適当なのだろうかとか、色々疑問はあるがそれは今どうこうできる問題ではないのだろうと。
「僭越ながらイリヤ様――」
「ん? なーにサファイア?」
こちらの言葉を遮るサファイアにイリヤは振り返る。
そんな彼女にサファイアはいつもと変わらぬ淡々とした様子で告げた。
「こちらの士郎様の事もイリヤ様が嫌でなければ、お兄ちゃんと呼んであげてもらえないでしょうか。確かに不審な点も無いとは言えませんが、彼のイリヤ様への親愛の情は貴女の兄である士郎様と同様だと私は思います」
「――確かに、ね……」
それはそうなのかもしれない。とイリヤは肯定した。
あの衛宮士郎が自分が生まれてからおよそ10年間、色々な意味で――細かい表現はクロに任せよう――慕ってきた兄と別人なのは分かっている。
だがあの時、抱きしめられた時に感じた暖かいものは同じだったから。
「そうだね……うん、あの人もお兄ちゃんって呼んで欲しいって言ってたもんね! それならそれを嫌がる理由は別にないし、ここを出て助けてあげたらそうしようっと!」
「はい。士郎様も喜ばれると思います」
上機嫌になりイリヤは前進を始める。先程まで苦手なものラッシュで前を見れば不安しかおこらなかったが、今はどことなく爽やかな風が吹き、気持ち目の前から光が見えるような気すらしていた。
「よし! それじゃあまずは外に出ないとね! さーて頑張らな……っ!?」
「イリヤ様!?」
「ちょっ! なにこれ!? え!? モップ!?」
それから本当に光が見えたのはほんの数秒後のことだった。
問題はその光の見えどころが前ではなく、真下からという事、そして更になぜかモップの先端が目の前につき出ている、ということだが。
「まさか……イリヤ様! 早く後退を……しまっ――」
「え、いやぁぁ!!」
なにか思い浮かぶ節があったのかサファイアが声を上げるが間に合わない。
イリヤが事態を把握できないでいるうちに今度は彼女の後ろから箒の柄がまたも通気口を突き破り顔を覗かせる。
前後に支えを失ったイリヤの乗る地を支えるものはもう何もありはしない。ごく単純な結末として彼女の身体は重力に従い下へと落下する。
「ひゃっ!……ったーい。一体なにがどうなってっ――」
なぜ人形になっても痛みは変わらず感じるのか。
背中から臀部にかけて万遍なく広がる痛みに涙目を浮かべながらイリヤは顔を上げ――言葉を失った。
「凛さん……ルヴィアさん……」
「――」
「――」
珍妙な格好――普段からメイドをバイトにしている凛はともかく――をしているのにも全く気が回らない。
そんなことどうでも良くなるくらい、目の前の二人は良く知っているはずなのに全く異質だった。
「お立ちになってくださいイリヤ様!」
「っ――!」
間一髪、サファイアの叫びでイリヤは我を取り戻す。
人形とは思えない俊敏な体捌きで立ち上がるとそのまま高速で後ろへ転がる。そして立ち上がると先程自分がいた場所にはまたもやモップが突き刺さっていた。
だが一番に驚くべきはそこではない。
「なんでこんな所に……! いや、そんなことよりも!」
「イリヤ様の逆状態です。今のあの二人は抜け殻……身体は彼女達そのものでも中身は別の何か。情を持てば一瞬でやられるでしょう」
「なんでそんなに落ち着いてるの!?」
「私が士郎様の独房に飛び込むまで彼女達に追われていたからです。今の二人は私達の敵です」
サファイアの言葉が真実であることは明白だった。
否定しようにもできずイリヤはギュッと口を結ぶ。立ち塞がる掃除用具を構えた使用人コスチュームの良く知った二人組。
その目は虚ろで、何が映っているのかすらわからない。
「そんな――」
「モクヒョ、ウヲハッケンシマ、シタ」
「オソウジヲ、カイシシマす」
どこか声まで機械的になっている。抑揚のない宣告とともに師とも言える存在の二人は容赦無くイリヤへと飛び掛かる。
「やば――」
「!?」
人間の本性とは、窮地に追い込まれた時にこそ出るという。その言葉が真ならば今回はその人間の性に彼女達は感謝すべきだろう。
真っ白になる頭。その中で反射的に、そして最速に、イリヤの身体は無意識のうちに最善の答えを導き出し、そして実行に移す。
自らの出しうる最速での逃げの一手。イリヤは機械的に選択された先手必勝の一撃を交わし切ることに成功した。
「はっ、はっ――!」
「イリヤ様!」
「ごめんサファイア! どうしたらいいのか分かんなくて!」
「いえ、今のは確実に最善手です。ですが――」
サファイアの言わんとすることは理解できる。
後ろから追ってくる気配は離れそうにもない。全力で走り息を切らせながらもイリヤはそれだけ把握していた。
「どう――しよ――!」
「……仕方ありません。イリヤ様次の角を左へ。今の二人はまさに機械そのもの。視界から消えさえ出来れば一瞬罠を警戒し時間ができるはずです」
「そんなの――ほんとに一瞬だよねっ! もしも行き止まりだったりしたら!」
「構いません。私を信じてください!」
「分かった!」
そこまで言われてしまえばもう縋るしかない。
イリヤは角までたどり着くとスピードを落とさず直角に曲がり切る。
「速く――」
「申し訳ございませんイリヤ様。一瞬だけ我慢してください」
「へ――」
頭頂部に雷が落ちるような感覚。イリヤは目の前が真っ暗になった。
――――
「あれ……?」
「どうかしたのですか、リン?」
ピタッと凛は立ち止まった。先導するセイバーが不思議そうに振り返るのを見て彼女は大丈夫と手を振る。
「いや、ちょっと突然大きめの魔力が現れたから……この中かしら?」
城壁に額を寄せる。雑兵の群れは城に近づくたびにどんどん増えていたのだが、あるところを境にピタッと姿を見せなくなった。
戦いの本陣に小細工は不要。敵はそんなことを考えているのかも知れないと、直にダリウスと接したことのある凛とセイバーの意見は一致していた。
「罠か……それとも別の何かか……」
凛は逡巡し、そして瞬時に結論を弾き出した。
「セイバー! ちょっと先に行ってて。私、ちょっと確かめたい事があるから!」
「それならわたしも――」
「いいわ、私一人でどうにかする! だからセイバーとクロは先を急いで!」
この場は自分一人でどうにかする。もしもこれが時間稼ぎ系の罠か何かだとすると、わざわざセイバーまで引っ掛けるメリットはどこにもない。イリヤや美遊という少女がどうなっているかわからない以上今現在求められるのは最大戦力であるセイバーをなるべく早く敵の懐まで送り込む事だ。ならここで取る道はこれしかない。
魔術師の正々堂々と一般人の正々堂々は少し違うのだ。敵の思惑があるかもしれない所にわざわざ乗ってやる必要もないのだ。
「――」
セイバーも承知したのか。クロに一声かけるとまた走りだす。やはりザーヴァントの脚力は次元違いで、見えなくなるまでそう時間はかからなかった。
「さてと……」
それを確認して凛は一歩下がる。
同時にポケットから数個宝石を取り出した。離れとはいえ城壁を吹き飛ばすのは少しばかり無理をしなければならないだろう。
「お願いだからこれで無傷とかやめてよね……爆ぜろ!!」
轟音と共に白煙が巻き上がる。
凛は本能的に腕で顔を覆う。そしてその腕にあたる感覚でその成功を察した。
「うし! とりあえず成功っと……あ――」
一瞬の歓喜。しかし次に目に飛び込んできた光景に凛は閉口せざるを得ず、それなりに経験を積んできたという自負を打ち砕くのに充分なものだった。
「イリヤ……あんたなんて格好してんの? それに――」
「――」
「この趣味の悪い格好してるの……もしかして私?」
どうもです!
ダメだ。ペースが戻らない……とにかく書くしかないなー……
なんかもうぐっちゃぐちゃですが頑張ります!
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