あ、お気に入り登録600突破ありがとうございます。
なんとか無印編終了まではなるべくペース維持したいなと思っております
「……」
「どうした衛宮?」
昼休みの生徒会室、ここで昼食を取るのは衛宮士郎の日常となっていた。
それにしても愛用の湯呑みにお茶を注ぎながら眼鏡を光らせ俺を心配してくるこの柳洞一成、実に鋭い。
確かに考え事をしていて少しばかりぼーっとしていたかも知れないが……こいつが声をかけてくるときは何かしら確信がある時だ。
いつもの自分と様子が違っているとは思わなかったがそこまで一発でばれるとは正直驚きだ。
「いや一成、実はさ……」
全てを話すわけにはいかない、と言うよりも話そうにも全てを知っている分けではないし、分かっている範囲を抜き出して話しても頭がおかしくなったか心配されるか思いっきり引かれるかというどうしようもない2択になるので話す気はない。
妹が夜な夜な魔法少女になって戦いを繰り広げていて、自分は金髪美少女の英国最大の英雄をどこかから呼び出したなど笑い話のタネにもならないどころかシスコンorロリコン疑惑が親友の中に生まれるのは必至だ。それはなんとかして避けなければならない。
かと言って何かあると言うことは間違いなくバレているので誤魔化すのも得策ではないだろう。
そもそも中途半端な態度をとってしまったのが原因なのだから……さて、どこまで話そうか。
「妹が最近悩んでるというか大変みたいでさ……ちょっと塞ぎ込んでるんだ」
ここが無難な落としどころだろう
間違った事は言っていない。
「うん?衛宮の妹と言えばイリヤスフィール嬢のことか?いつも太陽のごとく可愛い笑顔を振り撒いていたのが印象的だが……それは心配だな」
「一成?お前そんなにイリヤのこと気に入ってたのか?てか確かにその通りなんだがお前と会った時のイリヤはそんなんじゃなかったような……」
士郎の記憶の中では一成とイリヤが会ったのは数回、一成が家に遊びに来たときだけなはずなのだがその時イリヤは見た目はクールと言うか堅物にも見える仏頂面の一成に怯えてしまい、セラに連れ出され挨拶をするときも泣きそうな目でびくびくしながらか細い声だったのをよく覚えている。
少なくとも、太陽というよりは泣き出しそうな曇り空と言った方が適切だろう。
それだからむしろ一成はイリヤを嫌っていると思っていたのだが……
「ああ、何度か学校の帰り道で見かけたことがあるのだ。最初は少し驚いたがあれが彼女の本当の姿なのだろう。まああの年頃の少女が学生とはいえ年上の男を怖がるのは道理だ」
「そう言うことか。でな、それでその妹のことなんだが--」
そこまで言うと生徒会のドアがコンコンとノックされる。
昼休みのこの時間にここを訪れる人は少ない。と言うよりも記憶にある限りそんな暇人はいない。
いるとしたら生徒会の顧問でもある葛木ぐらいだが今日は所用で欠席している。
そう言うこともあって部屋の主である一成も怪訝な表情を浮かべている。
「誰かは分からんが……まあとりあえず出るべきなのだろう。すまんな衛宮、話は少し待ってくれ」
一言詫びをいれると一成が席を立つ、そしてドアを開きその訪問者の姿を確認すると彼にしては珍しく驚いたような声をあげた。
「あ、あなたは衛宮の!?いや驚いた……海外に奥様と長期赴任と聞いていたのですがいつの間に……」
「久しぶりだね一成君、3年振りかな。ところで士郎はいるかい?」
「親父!?」
珍しいと思い聞き耳を立ててみると今度は士郎が驚く番だった。
その声はとても懐かしく、そしてこんな所で聞くはずのない声だった。
「やあ士郎、元気にしてたかい?」
「親父……」
くたびれたスーツに黒いコート、ボサボサの頭にどこか少年っぽさを残した瞳……衛宮士郎の父、衛宮切嗣の姿がそこにはあった。
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「何か飲むかい?」
「ああ、じゃあコーヒーで」
「コーヒー?士郎も随分と大人になったもんだ」
「あのな親父、俺ももう16だぞ16 ちょっとサボって抜け出さないかー、なんて言う中年不良なんかよりよっぽど大人だ」
「ははっこれは一本取られたな」
駅前にあるふつうの喫茶店、その片隅で士郎と切嗣は向かいあっていた。
目の前で頬杖を付きながらもう片方の手で水と氷の入ったグラスをクルクルとストローでかき回している切嗣は終始笑顔だ。
その姿は士郎から見ると自分よりもよっぽど子供だった。
--少なくともまともな大人ならば自分の息子に学校をサボることを勧めたりはしないだろうな
そんなことを思いながら士郎は苦笑した
「それで、どうしたんだよ親父、いつものアイリさんの気紛れ帰国か?」
「こらこら、アイリさんなんて呼んだら怒られるぞ。ちゃんとママと呼んであげなさい。 アイリも喜ぶぞ~士郎のこと抱きしめて離さないだろうな」
「いや、それが恥ずかしいんだけど……」
--あの人どう見ても20代前半にしか見えないし
しばらく会っていない妹と同じ髪をした義母の姿を思い起こす。
可愛がってくれるのが嫌なわけではないし、それ自体はむしろ嬉しい。
しかしスキンシップがちょっと過激すぎたり色々と刺激が強いのだ。
「まあそれはいいか。さっきの士郎の質問だけどその通り、アイリがママの勘でイリヤと士郎が心配!早く帰ろうってせがむものだからね。少し長めにいるつもりさ」
「そうなのか……」
本当にそのママの勘とやらが働いたのかは知らないのがそれは正しい判断だったな、と士郎はアイリに感謝した。
今のイリヤは残念ながら自分にもセラにも手がつけられない。
兄としては悔しいがアイリ以上にイリヤのことを見てあげられる人間はいないだろう。
「まあ僕は--」
切嗣はクルクルするのをやめて今までとは打って変わって真剣な瞳で士郎を見据える
「君の方が心配だけどね」
「はあ?」
その言葉に士郎は呆れたように聞き返した。
--俺……なんか言ったかな?
そんな記憶はないし、心配されるようなことをした覚えもない
セラが何か言ったという可能性はあるがそれにしても切嗣がこんなに真剣な顔をするのはあまり記憶にない。見たことはある気がするのだがそれはいつだったか……
「--っ!」
ビリッときた頭痛に顔をしかめる。
何故なのかは分からないが時々こういうことが起こる。
それは昔のことを思い出そうとしたりするときにより顕著になる。
士郎にはこの切嗣に連れられて衛宮家に来たときよりも前の記憶がない。自分が養子だと言うことは分かっているのだがそれ以外はさっぱりだ。
その事が関係あるのかと思ったことはあるが何となく深く考える気はしなかったので放っていた。
そして今も、頭痛はひくと同時に不自然なまでに士郎の頭から抜け落ちていた。
まるでそんなことはなかったかと頭のどこか奥の方が言うように。
「記憶の方はしっかりとかかっているか。しかし……いや、分かっていたことだ。 今更嘆いても始まらないか」
「親父……?」
それを見て切嗣が呟く
士郎は何か薄ら寒いものを感じた。
こんな切嗣は見たことがない。いや違う。見たことはあるはずだ。それなのに、それがいつのなか思い出せない。
「ああっ!」
先程のよりも強い頭痛、その痛みに耐えきれず思わず頭を抱える。
--頭が--割れ……
「僕は【魔法使い】なんだ。士郎、君に初めて会ったときに言った言葉だ。覚えてるかい?」
「え……」
その言葉、と言うよりもその一部分を聞いた途端にその痛みは収まった。
だがこれはおかしい。
「覚えてるさ……そんな言葉は聞いた覚えがなかったのに、今は間違いなくある」
普通なら、何か思い出したらそれを思い出したという感覚があるはずだ。
なのに今のはそれがなかった。
自然に記憶の底が深くなったような。衛宮家のドアを初めて開けた瞬間、そこが最も古いものとして止まっていたはずの記憶が少し、その何日か前に切嗣と初めて出会い、今のように真剣な瞳で問いかけられた時のものに上書きされている。
それ以外の情景は全くないが。
「大丈夫かい?少しだけ封印を解いた。これでもう辛くはないはずだ」
「親父、これは一体どういうことだ」
今度はこちらが真剣に問いかける。
士郎は切嗣を真っ直ぐに見据えた。少しの揺らぎさえ見逃さない、と
それを受け止める切嗣は全く表情を変えない。
「一生話す機会がないことを僕は父親として望んでいたが話そうと思う。士郎、家にいるセイバーだが僕も彼女のことを知っている」
「は……」
言葉を失った。
だって、それは有り得ないことだから。
セイバーはそもそもこの世界の人間ですらない。なぜそんな彼女のことを知っているのか?
「聖杯……戦争……」
数秒かかって言葉を絞り出す。
そう言えばルヴィアの家で聞いたことがある。
並行世界の自分が彼女とパートナーを組んだと聞いた。しかしそれでも説明がつかない、どちらにしろ関わったのはエミヤキリツグではなくエミヤシロウだ。
切嗣が彼女を知っている理由にはなりえない。
だが、それ以外有り得ない
「君が知っているそれとはまた別のものだがね……そうだ士郎、僕があの時言った言葉は真実だ。そして君もまた……魔術師だ」
士郎の頭は考えることをやめた。
--待て、親父が魔術師ってどういうことだ?親父は普通に仕事を……いや、考えてみたら親父の職業なんてきいたことがない、それはまだいい。よくはないが。それよりも問題はその後だ、俺が魔術師……?そんなバカな。魔術師とは遠坂やルヴィアの事を言うはずだ。知識があって、実際に使えて、俺にはそんなことは--
その直後、遅れを取り戻そうとするかのようにフル回転を始める。
しかし整理がつかない、自分でも何を考えているのかわからない。
自分が混乱しているということにすら士郎は気づかなかった。
「士郎、落ち着け」
「あ……」
その渦から士郎を引き戻したのは、またも父親の言葉だった。
「びっくりするのは分かる。だが聞くんだ士郎。これは君だけじゃない、イリヤにも関わることだ」
「分かったよ親父、もう大丈夫だから話を頼む」
「それでこそ僕の息子だ」
イリヤという言葉にすっと落ち着くのを士郎は感じた。
どうやら妹のことになると兄としての意識か自分をコントロールするのがうまくなるらしい。
そんな士郎を見て安心したような顔に変わって切嗣は話し始めた。
「僕も、そしてアイリも魔術の道に関わる人間、そしてそんな僕らの娘でもあるイリヤも、みんな魔術師と呼んで差し支えないものを持っている」
「そうか……」
薄々だが気付いていた。
イリヤが魔法少女として戦っているのを見たあの日以来そんな予感はしていた。
信じたくはなかったが普通の人間にあんなことが出来るわけがない。
「そして10年前、僕はある目的の為にセイバーを呼び出し聖杯戦争を戦った。その目的というのは聖杯戦争を潰すことだったんだけどね……そしてそれは成功し、二度と聖杯戦争が起こることはなくなった--まあここまでは直接士郎に関係はないことだけどね」
「その後だ、僕らは二度と魔術には関わらないことを決めた。あんな世界は、捨てられるものなら捨ててしまったほうがいい。イリヤの魔術師としての部分を封印し、僕らはこの冬木に一般人として移り住むことを決めた」
「そしてそれから程なくして士郎を見つけたんだ。士郎、初めて見た君は……」
「怪物だった。士郎、君は魔術師、それも規格外の存在だ。そのことを知って君はどうしたい?」
「どうしたいって……?」
「なにも知らなかったことにするのもいい。今話した記憶を抹消し、僕と士郎は他愛もない世間話をした、ということにする選択肢もある。けどそれだけじゃない」
「何となくでも分かっているんじゃないか?士郎、君の封印は融けかかっている。 それがいつ起こったのかは分からないがそこから士郎の中で何か変化があったはずだ」
その言葉には、思い当たる節がある。
クラスカードを拾ったあの時、確実に自分の中で何かが開いていた。
それは今は影を潜めている。
だが言われてみれば以前と今では何かが違うような気がする--
「ああ、自覚は……ある」
「一体なんの拍子でそんなことになったのかは正確にはわからない。
けどセイバーに聞いて少しだけ見えてはきている。士郎、僕は皆がまた何の問題もなく普通の生活を送れるようにこの事態の根本を突き止めるつもりだ。しかしそれには時間がかかる。
その間にもイリヤやセイバーは闘いに赴くことになるかもしれない。その時に--士郎はどうしたいって聞いてるんだ」
「それは--」
決まっている。自分の大切な妹を、命を救ってくれた少女を、そんな二人が命を懸けて戦っているのを、黙って見ていられるはずがない。
その世界がどんな場所かは知っている。正に規格外、常識外れな世界だ。
だが今切嗣は言った筈だ。衛宮士郎もまた規格外の怪物なのだと。それなら出来ることもあるはずだ。
「やる--俺はセイバーやイリヤを戦わせて、自分だけのうのうと生きるなんて、できない」
士郎の答えに切嗣はどこか安心したような、それでいて落胆したような、そんな風に一度視線を落とすと士郎の額に手を乗せた
「これから君にかけた魔術封印を解く。ブロックワードによる簡単な解呪だ。 さっきの言葉に僕が念を込めればそれで士郎の力は戻る--今ならまだ引き返せる。考えてもいいんだよ?」
切嗣の言葉は父親として子を案じる、ただ純粋にそれだけの言葉。
しかし士郎はそれを分かってなお止まる気はなかった。
「いいや、決めたんだ親父。俺は……イリヤとセイバーを守る」
その決意に、切嗣は参ったなと笑う
「士郎、僕が昔何になりたかったか知ってるかい?」
「……いや?なんなんだよ一体こんな時に」
「答えはね……僕は正義の味方になりたかったんだ。いや、その思いは今も変わっちゃいない。けど今の士郎のほうがよっぽど正義の味方に見えるからついね……それじゃあ目を瞑って……【僕は魔法使い】なんだ」
何かが、融けた
「士郎、昔僕がみた君の使える魔術は強化と投影、属性は剣だ。 何か知りたければ遠坂の娘のところへ行きなさい。彼女ならきっと士郎の助けになってくれる」
先に言っておきます。こんなこと言ってますが無印編に彼の戦闘はないです。
ツヴァイ編以降をお楽しみに!笑
次はいよいよラストバトルへ……ここにきて初の美遊視点です
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