学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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Lucky 7 Turns 13

2006年 某月某日

 

アメリカ、デトロイト

 

「ベルトウェイ、何度も聞いてすまないが何で我々はここにいるんだ?私は日本(ヤポーニャ)での生活を気に入っていたんだが?ミシガンの様な所で何をしろと言うのだ?」

 

明滅する蛍光灯の明かりの下でパソコン二つと睨めっこをしているスペクターは不満そうに自分がいる部屋を見回した。安いホテルの見栄っ張りなインテリアはお世辞にもセンスが良いとは言えない。ベランダすら付いていないのだ。十分程前にベルトウェイが三人分のルームサービスを頼んだが、部屋がこれでは食事の品質もあまり高望みは出来ないだろう。

 

「おめえも知ってるだろ?ここはアメリカ全土で五本の指に入る犯罪都市だぜ?ギャングがどれだけウヨウヨしてると思ってんだ?金もたんまりある。奴らの資金源は大半がドラッグだ。それで商売をしている。」

 

うんざりした様にスペクターはパソコンの電源を落として乱暴に閉じた。

 

「私は元KGB、FSBのエージェントでブラトヴァとも繋がりがあるんだぞ?それ位の知識は裏社会じゃあ常識だ。そんな雑魚を相手にする位ならもっと大物を狙った方が良い。メキシコかコロンビアの麻薬カルテルなどどうだ?三下のクズよりよっぽど懐が暖かいぞ。後は同じアメリカでもベガスにチェチェンの大物が休暇でいると情報が入っている。金を巻き上げるついでに遊べるぞ?」

 

「ヴラディミール、ルポからも聞いてただろ?」

 

スペクターの本名を口にしたベルトウェイはパソコンで受信したメールを印刷した物を見せた。

 

『ベルトウェイ、

 

知っての通り長期休暇の間はローテーションでヴァイパーに海外で我々の仕事を手伝って貰う事になっている。今回は資金稼ぎだが、ヴァイパーの現時点での実力を測るテストも兼ねている。どうテストするかはお前達に任せるし、無茶をさせるのも構わんが、無理はさせるな。

 

死なせたら私が直々に殺す。

 

L

 

追伸:GMTではヴァイパーの十三歳の誕生日だ。何かプレゼントを渡してくれ。』

 

スペクターは印刷されたそのメールに目を通し、何度か小さく頷いた。

 

「しかしデトロイトでどうやって稼ぐと言うのだ?チマチマと小悪党を一匹ずつ葬って行くと言うのなら、私は今すぐ帰るぞ?」

 

「まあ、待てって。ラテン系のギャングのお偉方で俺に借りがある知り合いがいてな。莫大な賭け金が動く闘技場を紹介してくれた。サツの目を引かない様に昼間から興行されてるらしい。ヴァイパーはその試合に非公式でエントリーさせる。」

 

スペクターはそれを聞いて思わず笑ってしまった。グローブもルールも無い、賭博が行われる闘技場。幾ら戦争を何年も渡り歩いて来たとは言え、そんな所にまだ中学生の少年を放り込んだとルポが聞いたら間違い無く病院送りにされるだろう。

 

当の本人は時差ボケ矯正の為にソファーで熟睡している。飛行機に搭乗してから今までずっと寝ており、強く揺さぶったり抓っても目を覚まさなかった為、ベルトウェイがホテルまで運んで来たのだ。

 

「で、お前に借りがあるそのラテン系のギャングのお偉方は紹介した見返りに何をお望みだった?」

 

「紹介料とマージンを合わせて勝った分の十パーセント、自腹切ってヴァイパーに賭けたら二十パーセントを寄越せとさ。ゴネるのもめんどくせえし、交渉もお前がいないと時間を食うから一応オーケーしておいた。ルポは目標金額を設定しなかったが、期限は一週間しかないからな。とりあえず目標は十万ドルだ。ヴァイパーが上手くやればもっとデカく稼げる。」

 

カジノの方がもっと上手く稼げるのに、と思ったが、それでは未成年であるヴァイパーが入れないし、肝心の実力テストも出来ない。それに前回の任務内容の決定権は自分にあった為、スペクターは何も言わずに肩を竦めて今回はベルトウェイの好きにさせた。尤も、余程やり過ぎなければの話だが。

 

「カリーナが知ったら殺されるだけじゃすまんぞ?」

 

「ならそうならん様にこいつに頑張って貰わなきゃな。第一、リッカーをナイフと手榴弾一個で倒すなんて俺とベクターのいいとこ取りした戦い方が出来るんだぜ?タイラントじゃなきゃそう簡単に負けやしねえよ。」

 

ベルトウェイがそう言い終わった直後にドアがノックされた。どうやら丁度給仕が食事を運んで来たらしい。

 

「起こしてやれ、昼飯を食ったら出る。」

 

「私の分はヴァイパーと分けて食べてくれて構わない。私は後でどこかの高級レストランを探すよ。こんな所じゃ不味い食事がより一層不味くなる」

 

 

 

 

 

 

後部座席から車窓を見て自分がどこに連れて来られたか、そしてそれにより自分が『手伝う』仕事の内容をヴァイパーは瞬時に理解した。

 

「・・・・・聞いてないんだけど?」

 

「文句言うな、ルポがテスト内容は俺に任せるって言ってたんだからな。適応力と反射神経、後は耐久力をテストする。まあ、今回は初めてだから一試合やれば十分だろう。」

 

場合によっては他の選手が飛び込みで攻撃して来るかもしれないが、ベルトウェイは敢えてそれを伏せておいた。

 

到着した時には既に試合の途中だった。野次や声援を飛ばす観客で出来た人垣が円を描いただけの、あって無い様なリングの中で屈強な男達が獣の様な唸り声を上げながら汗と血を流し、ぶつかり合っていた。

 

車を降りると、アルマーニの白いスーツに身を包んだオールバックの男が笑顔でベルトウェイに手を差し出して来た。

 

「ヘクター・ヒヴァース。久し振りに会えて嬉しいよ。」

 

「元気そうだな。」

 

身に付けている服や小物に目をやり、ベルトウェイ————本名ヘクター・ヒヴァース————は彼の手を握り返した。男は刺青以外に金時計や指輪、ダイヤのピアスなどをこれ見よがしにゴテゴテと身に付けている。ラテン系の大物ギャングは彼の事なのだろう。

 

丁度試合が終わった所で彼の部下らしき男達が人垣の一部を押し分けて道を作り、ヴァイパーはゆっくりとその中に足を踏み入れた。

 

賭け試合に参加する事自体奇異の目に晒される行為だが、ヴァイパーの様な子供が参加すると分かった所でそれが一層強まった。何故子供がこの場にいるんだと不審がる視線、相手が只の子供だから楽勝だと見縊る視線、そして子供であろうと確実に叩きのめすと言う殺気立った視線なども混じってヴァイパーに集中的に浴びせられる。

 

「ヴァイパー、分かっていると思うが、これはルール無用のストリートファイトだ。武器の使用以外はなんでもありだからな。」

 

「あ、じゃあ急所攻撃ありなんだ?」

 

「ああ、ありだ。だから尚更気をつけろ。あの時の訓練と違って防具も無い。お前の場合急所であろうと無かろうと、当たれば痛いでは済まんぞ。」

 

「分かってる。ベクターから体格差をカバーする戦い方、入隊してからずっとレクチャーして貰ってるんだよ?大丈夫だって。」

 

落ち着け、問題は無い。大丈夫だ。皆と訓練をした時と変わりは無い。ただ防具が無いのと、相手もベクター程の殺気も素早さも、ベルトウェイ程の体格も、ルポ程の容赦の無さも、スペクター程のトリッキーさも無い。

 

ヴァイパーの口元は緩み切っており、無意識の内に体が震えていた。また、戦える。また、敵を倒せる。その事実を前に体がその愉悦に反応してしまう。それを抑える為に腕を組んで体を強張らせた。

 

「おいおい、何でこんなトコにお子ちゃまがいるんだ?来るとこ間違えてるぞ?」

 

頭に赤いバンダナを巻いた黒人の若い男が少し屈んでヴァイパーと目線を合わせ、頬を抓る。顔は十数センチしか離れていない。服からは安い酒と煙草、そしてマリファナ特有の臭いが漂って来る。鼻が曲がりそうな悪臭にも拘らず、ヴァイパーは相変わらず笑みを顔に貼り付けているが、既に臨戦態勢に入っている。

 

「間違えちゃいない。戦いたいなら別だけど・・・・・そうじゃないならどいて欲しいな。

ヴァイパーは組んでいた腕を解いて自分を抓っていた手を払い除けてその人差し指を掴むと、本来曲がる方向とは逆に曲げた。大の大人を下す膂力を持ち合わせてはいないが、素手で手首や指、足首や足指の骨を破壊するだけの力はあるのだ。痛みに悲鳴を上げる男の鼻を頭突きで潰して黙らせる。仰け反らせて顎や喉、腹の隙が大きく露わになった所ですかさず右足を後ろに引き、腰と手首の捻りを利かせた右ストレートを鳩尾に叩き込んだ。腹を抑えて踞った所を両手の指を相手の後頭部で組み、男の耳元で囁いた。

 

「アンタみたいな雑魚に用は無い。」

 

とどめにその状態から力一杯顔と胸に一発ずつ膝蹴りを叩き込んだ。突然の猛攻に男は折れた歯と血を鼻や口から噴き出しながらどさりと大の字に倒れ、グルンと白目を向いた。

 

「全く容赦が無いな。伸び代大有り、期待大だな、君のファイターは。気に入ったよ。」

 

「だから言っただろ?コイツは強いって。」

 

リングの中心に立つヴァイパーは誰か戦ってくれる人がいないか辺りを見回していたが、やがて上半身は勿論、首筋や顔にも刺青を入れた凶悪な目付きをした男が指を曲げ伸ばししながらヴァイパーを見下ろした。

 

「さてさて、血塗ろのグラディエイターファイトが大好きなお集りのファック野郎ども!注目!」

 

司会者を勤めているらしいドレッドヘアーの男が二人の間に立って声を張り上げる。

 

「本日最後のファイトだ!ラストカードはメキシコの超極大保安体制(スーパーマックス)刑務所から出所して一年足らずのケダモノと、先程凶悪さを見せつけてくれた若きファイターだ。どっちに賭けるか決まったか?!」

 

歓声を肯定と見なし、司会者は首から下げていた銅鑼を叩いて試合開始の合図を出す。

 

挑発のつもりなのか、男は素早いフットワークとジャブを披露して見せた。腕も長い為、リーチもかなりある。体格からして相手の体重は六十キロ半ば、ボクシングで言えばウェルター級の重量だ。ヘビー級でなくとも、当たればかなりのダメージが予想される。

 

落ち着け、焦るな。訓練やラクーンシティーで絶え間なく攻撃される様な所とは違う。相手は一人だ。自分が子供だから簡単にあしらえると思っている。意表を突く隙も、その隙を作る為の戦略を考える時間もたっぷり出来る。そう自分に言い聞かせた。

 

ヴァイパーは構えらしい構えを取らず、ゆらゆらと体を左右に揺らしながら相手を注視した。それこそ、まるで獲物が隙を見せるのを注意深く待つ毒蛇の様に。

 

飛んで来るジャブをサイドステップで躱す。更に逆の手から来るフックを屈んで躱す。

 

遅い。一撃がプロピッチャーの豪速球並みだと錯覚してしまうベクターのラッシュに比べれば、どうと言う事は無い。

 

更に続くラッシュを全て避け切り、相手の右ストレートが伸び切った所で反撃を開始した。左手で腕を弾いて軌道をズラし、右手で掴む。直後に相手の鼻の下———人中と呼ばれる急所だ———に手刀を叩き込んだ。更に踏み込んで首筋に左エルボー、右フック、よろついた所で顎の先端を全力で蹴り上げた。棒立ちのまま弥次郎兵衛の様に倒れずふらふらし続けていたが、リングの端から助走をつけた飛び膝蹴りと脳天を狙った二発目のエルボーを食らい、ヴァイパーが馬乗りになった状態で仰向けに倒れた。

 

だが男は僅かとは言えまだ抵抗の意思があり、ヴァイパーを引き剥がそうと彼の顔に手を伸ばした。

 

「動くなよ負け犬、鬱陶しい。」

 

その手が届く前に肝臓を狙って四発パンチを叩き込んだ。

 

「大人しく喰われろ。」

 

更に伸ばした腕を掴み、ヴァイパーは親指から順に指を、次に手首を、更に肘を折り、最後に腕十字固めで肘の靭帯を断裂させ、肩を脱臼させた。もうあの腕は治ったとしても後遺症で大して使い物にはならないだろう。

 

激痛のあまり弱々しい呻き声しか上げられないその男は担架でどこぞへと運ばれて行った。ヴァイパーも興味を失い、彼に背を向けた。

 

「見ていてスカッとしたが、最後のアレはやり過ぎじゃないか?」

 

スペクターが労いの言葉をかけながらミネラルウォーターが入ったボトルとタオルを差し出し、氷嚢を彼の首筋に宛てがった。

 

「十三歳のガキだからってナメたあいつが悪い。以前本で読んだんだけど、大型のアナコンダが獲物に巻き付くのは窒息させるだけじゃなく、骨も粉々に砕いて内蔵を圧迫して殺すらしい。それに獲物がたとえ瀕死だとしても藻掻いて反撃されない様、必ず十分以上は拘束を緩めない。毒蛇も獲物を丸呑みにする前に確実に息の根を止める為に何度も毒を注入する。それと同じ様に念入りに止めを刺しただけだよ。」

 

「その容赦の無さとえげつなさ、ベクターとバーサ譲りだな。変なトコばっかまともに育ちやがって。よしと、初勝利の祝いだ。」

 

ベルトウェイは紹介料とマージンを渡し、ホテルに戻る途中でタトゥーパーラーに立ち寄った。そこでベルトウェイはヴァイパーに誕生日だから好きな物を選ばせた。迷わずローマ数字の七と狼のトライバルタトゥーを指差す。狼のタトゥーは左の肩甲骨に、数字は右胸に彫られた。

 

それから約一週間の間ヴァイパーは嬉々として次々に対戦相手を駆逐して行き、目標より数倍上の金額を稼ぐ事に成功した。

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