闇の書事件が終わり、急いでミッドチルダに戻ってからの初出勤。地球にいる間もある程度は事務仕事はしていた。本業である転送ももちろんこなしていたのに、スケジュール帳に大量の予定が追加されていた。おかしい。ミッドチルダを出発する前はこんなに予定なかったし、念の為後でするはずだった仕事も終わらせておいたはずなのに。
「あの、課長。なんでこんなに仕事溜まってるんですか。忙しいと言ってもこんなには無かったはずですよ?」
「ああ、君主任になったから。よろしく頼むよ?」
「とうとう変な物食べて狂いましたかこの昼行灯」
「やだなあ、いくら私でも傷つくよ?」
どうやら本当の事らしい。
課長が言うには、そもそも輸送3課には課長の下に役職付きがいないのが問題視されていたらしい。なので、その補充に他所から事務仕事を請け負ってくれる人が主幹として移動してくる予定だったそうだ。
が、しかし。なんでもあの万年人手不足の無限書庫に、今度期待の新人がやってくる可能性があるから、そっちに引き抜かれてしまったそうだ。まだ来る可能性があるだけだから、できるだけ来てもらえるようにやる事はやるぞ、と上の人が決断したとの事。
で、それだと問題解決しないから、とりあえず輸送3課で課長の次に働いている俺を主任にしてしまえとなったそうだ。
「課長課長、自分まだ子供の域出ないんですが!」
「私もそう思ったから、これでも頑張って反対したんだよ?」
「主任になってるじゃないですか」
「反対していなかったら君、主幹になってたからね?」
そうなっていたら残業代出ないぞー、と課長は笑いながら言ってくる。どんだけ人手不足なんですか時空管理局。いきなりヒラを主幹に抜擢するとか頭おかしいんじゃなかろうか。前線に出る武闘派や、うちみたいな専門職なところじゃない事務方の人間ぐらい満足に用意しておこうよ。リンカーコアとか魔法の適性みたいな資質いらないんだから、ちゃんと試験開けば人数確保出来るでしょうが。
主任になったせいで俺がサインしないとダメな事案が増えた結果が、この多量のスケジュールや、書類やメールの束。ただでさえ自分の仕事多かったのに、今まで以上に仕事増やしてどうするんですか……
「という訳で頑張っておくれよ主任。ほら、君が転移魔法使って切断したのがバレたからこんなに仕事の依頼が」
課長が依頼のリストが表示されたホロウィンドウを見せてきたら、そこには今までは無かった危険生物の駆除の仕事が。それも多数。おいおい、仕事しろよ海と陸。これあなた達の仕事でしょうが。何でただの輸送課に危険な仕事回してるんですか。
課長も困った顔しているし、他の同僚は「私にはそんな事出来ないんで」と首を振って拒否している。
「あの、これ受けないとダメなんですか?」
「受けてもいいよ?」
「じゃあ断りますね」
一斉に削除すると、どこからか「うわぁ、救世主が、期待の星が消滅した!」なんて悲鳴が聞こえてきたけど幻聴幻聴。知らないホロウィンドウも一緒に捨ててしまおう。自分達の仕事は自分達でやってください。いい大人が子供に頼ろうなんて情けないなあ。
それでも執拗にホロウィンドウだしてくる部隊があったので、その部隊を依頼先の場所へ転送しておいた。
「君も容赦ねいねえ」
「あそこまで熱心に仕事したいと言われたので、その熱意に負けて転送しただけですって。特別に、と・く・べ・つ・に輸送賃は取らないであげます。サ――ヴィスですよ?」
「優しいねえ」
他の同僚が「悪魔がいる。大きいのと小さいのと2匹もいる」とか「やばい、視線が合った」とか言ってはしゃいでいるので、俺の仕事を分けて上げよう。その元気を存分に使い切ってください。はい、振り分け完了。
「じゃあ、今日もお仕事頑張りましょうかー」
「か、課長。バリオス君が私達に仕事投げてきたんですが!?」
「主任なんだから、部下に仕事振り分けもおかしくないよね?」
「くそう、課長も敵だった!」
それから必死に他の同僚に仕事を押し付けようと騒ぐ仲間たち。いやはや、今日も平和に騒がしいところだなあ、おい。
「ところで、即戦力を引っ張ってこれそうなんですが」
「「「「詳しく聞かせてもらおうか」」」」
反応早いよ。
「初めまして、八神はやてです。よろしくお願いします。こちらは守護獣のザフィーラです」
「あー、ライム君? さすがにこのカードはおじさん考えてなかったなあ」
リインフォースの修復の為に航海の書を貸し出す代わりに、夜天の書の主を輸送3課に引き込む事に成功していたりする。
いやね、夜天の書をクロ先輩に凍結封印してもらったのはいいけど、どこに保管するかで揉めてね? だったら封印した夜天の書を物理アンカーで縛って、転送魔法で開いた虚数空間に沈める事にしたんですよ。回収用に空間を接続したままアンカーの端をこちらに垂らしたままにして。あそこに沈めておけば、封印解けても魔導書は動けないし。
で、どこにその端を垂らすかということで選ばれたのが我らが輸送3課。基本24時間体制で働いているし、転送魔法に慣れた人しかいないから、侵入者がきても夜天の書と一緒に転移して逃げられてけっこう安全だったりする。
「まだ研修中の子ですけどね」
「そんな子をうちに連れてきてどうするのよ主任くん。ここ、かなり特殊な部署だから研修受けても他所とは色々と違うよ?」
もちろん分かっていますとも。ただ、それを差し引きしても、八神さんをここに連れてくる必要があったんですって。
今、公式には夜天の書もとい闇の書は消滅した事になっている。八神さんがもっているのは闇の書ではなく、別の魔導書。闇の書が正常だった頃を参考にして作られた試作量産型の夜天の書で、航海の書の兄弟機、と世間には公表されている。航海の書に擬装施してるだけだけど。
ただ、そんな言い訳も長くは通用しない。今は事件直後という事もあって、まだグレアムさんの影響力は残っている。八神さんは正式に管理局に入った訳ではなくまだ見習い。だからちょっかいを出してくる人はまだいない。けれど、正式に管理局員になると話は違う。完全に管理局の枠組みに入ってしまえば、それに従わなければいけない。今は見習いだから輸送3課という、管理局全体に影響力のある部署の庇護下にいるけれど、その後もうちで匿うには八神さんの魔導師としての才能が優秀すぎる。八神さんの研修先が決まる前にうちにぶんどってこれて良かった。なんとか見習い期間中に、他所とのコネを作ってもらわないと。
「たしかにコネ作るには最適の部署だよねえ」
「コネと貸しだけは増えるよね、この部署」
「有給も増える一方だけどね――消費出来ないから」
最後に同僚が言った言葉に、課長を含めて職場にいた全員が呻きながら虚空を睨みだした。おそらく、自分が消費していない有給を数えているのだろう。自分もそうだけど。ああ、そろそろ消費しないと怒られるんだよなあ。でも使うと仕事が滞って上の方から苦情来るから誰も取れていないのが現実だ。
「おぉ、一気に空気重なったなあ。この部署に来て大丈夫なんやろか?」
「ようやくその事に気づいたか」
「頑張って鍛えるから……生き残ってね」
「なお、転送魔法の使い手や機材が揃っている輸送3課から逃げるのは難しいよ?」
「あかん、地味に怖い部署に来てしもた」
八神さんが声を震わせながら呟いているけど、せっかくの才能ある人材を確保出来たんだ。逃がさないよ?
とりあえず新人さんに渡しても大丈夫な仕事は……これと、これと、ついでにこっち関連も纏めていけるでしょ。ああ、ここは切羽詰まってないから任せても大丈夫かな。
「課長、八神さんにやってもらう仕事はとりあえずこれぐらいで良いですか?」
「ちょっと少ないんじゃないかな。でも、初日だからそれぐらいにしておこうか。まずは慣れてもらわないと」
課長の許可が出たので、八神さんに転送リストを200件ほど纏めて渡す。もしかしたらこれ、午前中に終わるんじゃないかな。
八神さんは信じられない物を見る目をしてリストを凝視して、それから勢い良くこちらを振り向いた。
「あの、これ少ないどころかめっちゃ多いと思うんですけど!」
「1つ1分で転送するとしても、200分もあれば終わるけど?」
「さらに平行処理すればまあ、1時間で終わるよね?」
「あかん、課長もバリオスさんも頭おかしい人やった」
誰が頭おかしい人だ、おい。しかも何で他の同僚全員八神さんに賛同して頷いてるんですかよ!
自分はおかしくないはずと思って課長を見ると、課長もこちらを見ていた。そうですよね、やっぱり自分たちおかしくないですよね。
ここに自分たちは理解し合えたと、俺と課長は満足気に頷き合う。
「ということで、出来ないあなた達がおかしいという事になりました」
「「「なんでだよ!」」」
「ここのトップの課長である私が決めたからさ。これで課長公認で頭おかしい人だね。喜んでいいよ?」
課長の言葉を聞いて崩れ落ちる同僚一同と八神さん。いやあ、初日から仲が良いねえ。ここまですぐに溶けこんでもらえるとは思わなかったよ。その調子で仕事もささっと覚えてくれると、この仕事の山が減って嬉しいよ?
「クロノ君、頼りになると太鼓判を押してた後輩がめっちゃヤバイんやけど、どうしてくれるんや……」
「仕事は忙しいけど、ほんとコネを作るにはいい場所だよ?」
さっき渡したリストの中には開発課の補佐からの依頼もあったし、陸の数少ないストライカー級と呼ばれるエースを擁する部隊からの物資転送依頼もある。さすがに慣れないうちから部隊丸ごと転送とか戦艦を転送は無理だろうけど、出来るようになればそっちのトップとも親しくなれるから。頑張ってね?
それを聞いた八神さんはリストをひと通り眺めて、目的の相手を見つけて優先的に片付ける仕事を選び出した。期限迫ってるのも優先的にやっておくれよー。
「さて、課長。誰が八神さんの教育するんですか?」
「自前で転移魔法使いこなせる私か君だろうねえ。ただし……」
課長は自分のところに浮かべているホロウィンドウを眺め、自分も横に浮かんでいるホロウィンドウを嫌々見つめる。そこには数えるのも嫌になるほどの転送リスト。これ、終わるのかな。自分も課長も会話しながら次々と転送しているのに減る気配ないぞ。ある程度を機械で転送する方に回したいけど、あれって酷使すると熱暴走起こして使えなくなるんだよなあ。
期限に遅れても課長が謝れば許してくれる案件を課長に回し、課長からは自分が謝れば許してもらえる間柄の物が回されてくる。そんな事をしつつ、八神さんの教育をどうするか話し合う。転移魔法自体は航海の書が教えると言ってくれているから後回しにするとして、だ。地球ではなくここミッドチルダでの暮らし方や常識と、管理局でのルールをどうしようか。八神さんはまだ地球で学生をすると聞いているから、あんまりこっちに拘束するわけにもいかないし。匙加減と八神さんへの仕事の割り振りが難しい。
課長とああでもないこうでもないと悩んでいると、八神さんが困った顔をして話しかけてきた。
「あの、すみません」
「何か変なのあった? ああ、部隊丸ごと転送しろとかいうのがあったら俺に回してね」
「もしあったらお願いします。せやなくて、この同じ部隊が別の依頼をいくつかしてるのはどないしたらいいんでしょうか」
「ああ、ちょいと見せて」
えーと、食料とデバイスの交換パーツ、それに薬品を別々に依頼してきてるのかこの部隊は。補給の担当官が初心者なのか、部隊全員が他所の管理世界に行くのが初めてなのか。普通はまとめて申請するのに、後から気づいたのを順次依頼してきてるな、これ。
「こういう時はな、この末尾に書いてある相手の連絡先に『定期的に必要な物は纏めて依頼してくださいませんか、こちらはそちらと違って暇ではありません。次やったら優先的に依頼を後回しにします』とでも書いたメッセージを送ってだな」
「めっちゃ喧嘩売ってるんですけどええんですか?」
「おお、こんな美少女に何も考えずに仕事を分割してよこすなんて、なんて嫌がらせの好きな部隊なんだ。という訳でこっち悪くない悪くない。気にせず送ってやればいいよ」
「課長!?」
「相手の部隊長には苦情言っておいたから気にしなくていいからやっちゃいなさい」
「過激派しかおらんかった!」
いや、実際問題、こういう事をやられると二度手間で大変なんだよ? だから事前に依頼出す時はこうしてくれっていう様式は各部隊に渡してるんだから、従わない向こう側が悪い。だから遠慮せずにメッセージ送信、と。
「ああ、ほんまにやってもうた!」
「で、メッセージ送ったら即、相手の依頼してきた物資全部転送、と。相手が受け入れ準備出来ているかは気にしたらダメだよ?」
「鬼や、鬼がおる」
八神さんが何か怖いものを見る目でこっちを見てくるけど、そのうち君もこうなるから。や、そんなまさかとか言うけど、絶対なるって。相手の事気にしてたらどんどん作業が遅くなって仕事貯まっていくから。
それに、転送する先にはちゃんとスペースを確保するように通知してるから安心していいって。もしも出来てない場合はこっちに通信寄こしてくるよ。
「ほんまにこんな所でやっていけるんやろか」
「やっていけるように頑張って教育していくから、のんびり慣れていってちょうだいな」
早く仕事終わらせれば終わらせるほど、夜天の書の修復に回す時間増えるんだけど、それはまだ言わずにおこうか。言ったら頑張りすぎて倒れそうだよなあ、八神さん。
「じゃあ、この調子で八神君の教育頼むよバリオス君」
「なら苦情の処理は全部課長に回すんでお願いしますね」
「この子、こんなにふてぶてしかったっけかなあ」
こんな感じでぶつくさ言いながらも仕事は捌かれていく。捌いていかないと仕事が減っていかないからね。分単位で仕事を片付けていかないと貯まっていくばかりってのは、時空管理局は真剣に輸送について考え直した方がいいと思うんだ。
ああもう、今日も大量の仕事とノルマで飯がまずい。さっさと片付けて八神さんだけでもまともな飯食べに行けるようにしないとね!
あけましておめでとうございます。
亀の歩みより遅い更新ですが、今年もよろしくお願いします。