とある日に、俺の時計兼暇潰し道具のスマホが鳴った。
「お、お兄ちゃんのスマホが鳴るなんて、一体誰から?」
偶然飯を作りに来てくれていた小町が戦慄したように言うが、甘いな。
「バッカ、お前、スマホなんて超鳴るよ?主に小町からのメールとか、Amazonからとか、戸塚からとか、マックとか、小町からとか、戸塚からとか」
それ以外はスパムメール。ていうか、親からのメールがないんだけど……放任主義過ぎません?別に欲しいわけでもないんだけどさ……
「いやー、お兄ちゃん。さすがに小町と戸塚さんへの愛が重いよ……」
「ほっとけ」
スマホを放り投げ、今は絶滅しかけているVitaちゃんの操作を再開する。
「……お兄ちゃん見とかなくていいの?」
「小町ここにいるし、九十五パーセントスパムだ。五パーセントなんて誤差だから、切り捨てていい。なんならスパムメール削除しといてくれ」
「さすがはごみいちゃん……」
ごみと言っても言った通りにしてくれる小町は、やはり可愛い。
「……ん?お兄ちゃん、これスパムじゃなくて明日奈さんからだよ?」
「げ……」
結城から、だと……大抵ALOに関することだけど、めんどくせぇ……
えーと、なになに、内容は……
『休みだし、どこか遊びに行かない?勉強の息抜きも兼ねて』
なんで俺を誘う。誘う人物のチョイスが違うだろ。俺じゃなくて桐ヶ谷と行け、桐ヶ谷と。
『俺は別にいいから、桐ヶ谷と行け』
行かないことを意思表示しつつ、さりげなく桐ヶ谷にもフォローを入れる俺、マジ大人。
返信が来た音楽が流れ、再びスマホをいじる。
『なんで?』
……いや、汲み取ってやれよ。せっかくフォローしたのに、この鈍感。
『……桐ヶ谷に遊びに誘われたことないのか?』
送信。あいつらは鈍感同士だから、相性良さそうなのにな。
送信十数秒後に返信が来る。……早くね?
『?ないけど』
あのヘタレ……キザなこと言うくせに、ゲームが絡まないと俺並みにヘタレだな……どんだけナイーブなんだ、シ○ジ君かよ。
『おう、じゃあいい機会だから、二人で親睦を深めてこい』
ここまでフォローしたんだ……フォロ谷と言われてもいいレベル。
『?キリト君のことはSAO時代から知ってるから、充分深まってると思うけど……』
め、めんどくせぇ……人の恋路をフォローするもんじゃないな……メールって疲れる……
「小町ー。適当に返信しといてくれ」
「あいさー」
出来ぬなら 任せてしまえ 慣れぬこと 八幡
心の一句を読んで、スマホを小町の方に投げる。見事にキャッチした小町は、誰にかは知らないが返信を打ち始めた。
どれくらいそうしていただろうか。Vitaで遊ぶのをやめ、一応受験生なので勉強していたらインターホンが押された。……嫌な予感がする。
「はいはーい」
「待て、小町。居留守を使うぞ」
俺の制止をお構い無しに、小町の手によってドアが無情にも開けられる。
そこに居たのは、俺の
「……え?なんでいんの、お前?」
何、俺なんかしたっけ? もしかして変装した人による訪問を装った押し売り? 俺に金がないことはこのボロアパートに住んでいる時点で十分理解してるでしょ?
「新聞なら間に合ってます、お引き取り下さい」
ガチャン! という音をたて、再び俺の聖域と外界をドアが隔てる……なんか中二臭いな。
さーて、勉強勉強。あ、その前にマッ缶冷蔵庫から取り出しておこう。
冷蔵庫を開けると、冷気が漏れ、見慣れた黄色い缶がある。タブを開け、缶に口をつけ、中身の薄茶色の液体を飲――もうとしたところで、小町に頭をどつかれる。
「……何すんだよ……」
床がビショビショじゃないですか……雑巾雑巾。
「いやー、ごみいちゃんだとは思っていたけど、さすがにここまでだと小町的にポイントマイナスカンストだよ……」
え、なにそれひどい。いつの間に小町に対してのお兄ちゃんの株はそんなに低くなったの?
「いや、なんで押し売り追っ払っただけでそんな言われなくちゃいけないの? 妹にまでそんなズタボロに言われるなんて、お兄ちゃんは悲しいよ?」
「ごみいちゃん……眼が腐るだけじゃなくて、ついに視力がなくなったの?」
「いや、だから、ね……」
押し売りを追っ払ったことを証明しようとして再びドアを開けたら、栗色のロングヘアーが……
「……すいませんでした」
何に謝ったのか判らないまま、またドアを閉じる。あれぇ〜? おっかしいなあ、幻影が見えるよ?
「……なあ、小町。俺、いつの間にこんな精巧な仮想空間に迷い込んだんだ?」
俺が知る限りでは、いくら現実世界に近くても、こんなに感触とかがリアルな仮想世界はなかったはずだが……
「……言っておくけど、ここ仮想世界じゃないからね?」
「ハッ、結城が俺んちに来る確率と、ここまで現実世界を緻密に再現している仮想世界がある確率だったら、断然後者の方が高いぞ」
そもそも桐ヶ谷と行けとメールに打ったはず……メール?
「なあ小町。お前に返信を任せたメール、なんて送ったんだ?」
何の気なしに訊いたが、明らかに体をギクッと強張らせ、少し眼が泳いでいる。
「なあ……」
「そ、それはいいから! 早く外出て、ほらほら!」
強引に話題を転換し、俺を部屋から追い出そうとする。……ホント、なんて送ったんだ?
「やだ、行きたくない。押すな」
「もうご飯作りに来てあげないよ?」
「すぐ出ます」
あっさり陥落である。ここで意地張って出まいと抵抗したら、マジで作ってもらえなくなるかもしれない。それだけは避けたい。
適当に上にパーカーとコートを着て、スマホをポケットに入れる。今日は一月十四日……くらいだったと思う。
外出の準備を整えたものの、玄関前からでも漂う冷気にやはり出たくないと思ってしまうが、覚悟を決めて小町の「いってらっしゃーい」という言葉を背に、扉を開け放った。
…………ら、まず目に入ったのは涙目の幼馴染み、
取り敢えず、俺が諦めの笑みと同時にしたことは一つ……
「本当にスイマセンでした」
土下座である。
……後々よく考えたら、怒られなかったからよかったものの、スカート履いている相手に対して土下座はなかったと思った。