結界のこちら側で   作:笠原さん

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今回の作者は笠原加佐です。
 


第二話

 

 カンカンカン。

 

 誰かが階段を上る音が、1部屋挟んだ僕の部屋まで聞こえてくる。

 家賃はそこまで安くないアパートなのに、少しばかり防音性が低い様だ。

 大家さんに言ったところで無駄だろうけど一応今度進言しておこうかな、と考え荷物を纏める。

 

 カンカン、カンッ。

 

 どうやらその誰かは、最後の踏切りこのフロアへ到着したみたいだ。

 そしてその後に階段を踏む音は聞こえてこない。

 このアパートはワンフロアに2部屋しかない。

 つまり、足音の主は半分の確率で僕への客、半分の確率で彼女なのだ。

 

 ガチャ、と。

 ほんの少ししてから、隣の部屋から鍵とドアを開ける音が聞こえてきた。

 …当たりだ。

 靴を履き、纏めた段ボールをよいしょっ、と抱える。

 ドアを開けると、心地良い春の風が吹き込んできた。

 少し離れた公園の桜の花が揺れているのを眺め、入学式まで咲いてるといいなと考えながら隣の部屋へ向かう。

 表札はまだ掛けられていないけれど、間違えようも無い。

 

 コンコンコン。

 

 インターホンを押しても良かったけれど、居るのが分かっているならノックの方が良いような気がした。

 その方が、相手にもある程度親しい相手が来たと思って貰いやすいから。

 出会ってまだほんの一月にもならないような僕たちの関係を、親しいと言っていいのだとしたらの話だけれど。

 

「はーい。どなたかしら?」

 

 聞こえてくるのは部屋の主の声。

 大人びた、しかしそれでいてどこか子供っぽさを感じさせる彼女の声が、ドア一枚挟んで近くに聞こえる。

 実際どれくらいの年齢なのだろう。

 見た目は高校生にも見えるが、仕草や纏う雰囲気は完全に大人。

 かと言って女性に直接年齢を聞くのも憚られ、結局未だに知らないままだった。

 

 ドアが開き、彼女が現れる。

 

 まるで人形の様に整い過ぎた顔とスタイル。

 まるで人形の様に透き通った瞳と白い肌。

 そして人形では有り得ない様な、生き生きとした表情。

 

 少し態とらしく、僕は段ボールを差し出す。

 

「どうも、こんにちは。実家から野菜が送られてきたのでお裾分けに。玄関に置いちゃって大丈夫ですか?」

 

「あら、貴方だったのね。頂いちゃって大丈夫なの?」

 

 こういう物は基本的に断らなくて良いと知っていて、尚この対応が出来るなんてかなりの大人だな。

 一人暮らしは初めてと言っていたけれど、だとしたら相当しっかりとした家庭で育てられたんだろう。

 

「僕一人じゃ食べ切れませんから。ダメにしちゃっても勿体無いですし」

 

 仕送りされたジャガイモと玉ねぎと人参は、どう考えても一人暮らしの僕が使いきれる量じゃなかった。

 と言うか、何故あんなに野菜を贈ってきたんだろう。

 しかもジャガイモなんて、芽が生えたら食べられなくなるって言うのに。

 

「じゃあ遠慮無く頂こうかしら。あ、貴方、お昼は済ませた?」

 

「いえ、まだですよ。そもそも普段から夕飯ぐらいしか取らないんで…」

 

 小学中学の頃はきちんと毎日三食取っていたが、高校に入ってから朝食が抜け、大学へ入ってからは昼食も抜けた。

 食費が馬鹿にできないと言うのも大きいが、案外食べなくても何とかなるものなのだ。

 不健康と言われるかもしれないが、体質なのだから仕方ない。

 

「あら、不健康ね。なら、どうせならご馳走させてくれない?」

 

「…有難いけど、いいんですか?」

 

 確かに有難いけれど、一人暮らしの女性の家に入るのは妙に憚られる。

 最初の頃にガスやら電気の設定の手伝いで入った事はあったけど、あれとこれとは話が違う。

 

 …ん?

 ふと、彼女の左手に視線が行った。

 そして、普段は何かを付けているかの様な痕を見つける。

 

 …もしかして実は既婚なのか?

 夫が単身赴任してるとか?

 だとしたら、妙に大人っぽいのにも頷ける。

 余裕を持って僕みたいな大学生を部屋へ招けるのも頷ける。

 でも、少し若過ぎるきも…

 

 ま、なら、大丈夫かな。

 世間的に。

 

「ええ、さ、入って頂戴。丁度お肉もあるし、肉じゃがでも作るわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラグラと鍋が心地良い音を立ててお湯を沸かす。

 最初に此処へ越して来たころは慣れずに大変だったみたいだけど、どうやらかなり慣れてきたようだ。

 エプロンを着けて手慣れた調子で野菜を切っていく様を見れば、割りかし既婚者という考えも強ち間違いでは無いと思えてくる。

 

「あ、食器の準備くらいはしますよ。そこの戸棚でいいんですよね?」

 

 一人座りっぱなしと言うのも申し訳無いので、手伝いを申し出る。

 しかし、そんな僕をアリスさんは手で制した。

 

「大丈夫よ、直ぐに用意をさせ…る…」

 

 …?

 突然指を、折っては伸ばすアリスさん。

 何をしているんだろう。

 

「…わ、悪いんだけど、準備してもらっていいかしら?そこの戸棚にあるから…」

 

 そのまま指先を先程僕が指差した戸棚へ向けた。

 何だか違和感が残るが、まぁ気にする程の事でも無いだろう。

 戸棚からコップを二つ取り出す。

 お箸はどれか分からなかったから、割り箸を出しておいた。

 

「ごめんなさいね。さ、もうすぐ出来るわ」

 

 手早いなぁ…

 ほんと、凄い女性だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、そろそろ失礼しますね。ご馳走さまでした」

 

「ええ、今後もよろしくね」

 

 久しぶりに食べた手料理はとても美味しかった。

 とても練習したのだろう。

 実際幾つなのか聞いてみたいものだ。

 彼女みたいな女性を嫁に出来た男性は幸せ者だな、と、いるかどうかわからない架空の旦那へ羨望と多少の嫉妬を向ける。

 

 時刻は既に午後4時半。

 四月となった今もう日が暮れてしまう時間では無いが、暫くしないうちに夜に変わるだろう。

 公園に見える桜は、先程と変わらず揺れていた。

 

 食事自体はさほどかからなかったのだか、その後のんびりと会話しているうちにこんな時間となってしまった。

 聞き上手で話し上手な彼女との会話は、時間を忘れてしまうくらい楽しかった。

 迷惑になってないといいけど…

 

「お邪魔しました。また明日」

 

「また明日ね」

 

 そう言えば、日本語も完璧だな。

 アリスという名前からして日本人では無いのは確定だけれど、どこ出身なんだろう。

 まだ聞いていなかったな。

 

 ま、今日今更聞くほどの事でもないし。

 

 彼女の言う通りまた明日、会ったら聞くとしよう。

 

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