心音ちゃんが作る料理って一体どんなものなんでしょうかね。
俺もその屋台でお酒飲みたいなぁ。
では、心音ちゃんの料理と勇儀姉さんたちお客様との会話をお楽しみください。
「今度は唐揚げを頼む。後熱燗も」
「あいよ!」
勇儀姉さんと世間話に花を咲かせながら酒を酌み交わす。300年もの間奈落と言う辺境の地に引きこもっていたせいか勇儀姉さんの口から語られる最近の幻想郷で起こったさまざまな事件―それらを総称して異変と言うらしい―の話はどれも新鮮で興味深く興奮するものだった。過去にはたくさんの怨霊が間欠泉と共に地上に湧きだした異変があり、その異変解決のために巫女と魔法使いが仲間の妖怪の協力を得て地底世界に乗り込んできた『地霊殿異変』なる物が起こったらしい。人間と妖怪が協力をするなんて、時代は変わったもんだね。昔は、妖怪にとって人間は捕食する対象であったし、また人間にとって妖怪は退治する対象であった。人間と妖怪は命の奪い合いをしていて力を合わせると言う事なんて考えられなかったもんな。妖怪と力を合わせ地底に乗り込んできた勇気ある2人の人間には一目会いたいものだねぇ。
地上に思いを寄せながら注文された揚げ物の準備に取り掛かる。唐揚げは特製の醤油ベースのたれとにんにく、そして生姜にじっくりと付け込んでゆっくりと寝かせたうちの自信作の一つ。肉自体にしっかりと味が染み込んでいるから何も付けなくても美味しくいただける。肉を油の中に入れるとジュウ~ッと言う心地よい音が辺り一帯に響く。熱燗の方はちょうどいい温度になったかな。徳利から湯気も立っているし。
「はいお待たせ!唐揚げの方はもう少し待っててね」
「おうありがとう!」
徳利を受け取るとお猪口に注ぎ、グイッと飲み干した。やっぱり、勇儀姉さんはいつも美味しそうにお酒を飲むね。
「くぁ~美味い!美味しい酒に美味しい料理、そして懐かしい親友との再会…。本当に幸せだな!」
「もう、姉さん。なんか最高の褒め言葉みたいで嬉しいよ」
「ああ、そのつもりだよ」
「えええっ!?も、もう照れちゃうじゃないかぁ~あははは~」
もう!面と向かって、しかも笑顔で言うんだから照れちゃうよ、本当に。両手を頬に当て、俯きながら顔を左右に何度も振った。褒められ慣れていないからなんかくすぐったい。
「あれ、こんなところで何してるの?」
不意に耳に届いた、初めて聞く元気がいい女の子の声。顔を少し上げてみると、勇儀姉さんの背後に黒い帽子をかぶった女の子が立っていた。左胸のあたりには青色の球体が浮かび、そこからコードが2本伸びている。この子は初めて見るけど、一体誰なんだろう…。
「ん?ああ、こいしか。今この屋台で酒を飲んでいる所さ」
「屋台?そっかー。じゃあ、この顔を真っ赤に染めている鬼のお姉さんがお店の人なんだね!」
こいしと呼ばれた女の子は興味津々といった感じの眼差しでじっとうちを見つめている。え、それよりも顔が真っ赤って。あーもう恥ずかしい!
「…あ、唐揚げ!!」
はっと我に返り、油の中に入れたままのから揚げの存在に気付いた。唐揚げは早く出してくれと言わんばかりに油の中でパチパチと音を立てている。偶然にもちょうどいい揚げ加減みたいでよかった。レタスやキャベツを添えて皿に盛りつけ、勇儀姉さんに手渡した。
あ、そうだった。自己紹介がまだだったね。
「こいしと言ったね。うちはこの栗々亭の女将、栗夢心音さ。よろしく!」
「うん、よろしくねお姉さん!私は古明地こいしだよ」
「よろしくなー!こいしかぁ。じゃあ……いや、何でもない」
口に出そうとした言葉を飲み込んだ。こいしは不思議そうな表情でうちの顔を見てきたので笑ってごまかした。だって、「こいっしー」なんて変なあだ名が浮かんじゃったんだもん。こんな可笑しなあだ名を本人の前で言える訳無いでしょう。
それよりも古明地…どこかで聞いたような名前だ。確か昔友達の鬼から聞いたことがある。地底世界の中心部にそびえ立つ大きな洋館、地霊殿には人の心を読むと恐れられる覚妖怪がいるという。その妖怪の名前が「古明地さとり」だと。じゃあ、この子が…
「古明地ってことは、じゃああんたがさとりの?」
そう聞くと、こいしは笑顔になって何度も首を縦に振った。
「私のお姉ちゃんを知っているんだ!そうだよ、さとりは私のお姉ちゃんなの!」
「そうかー、よろしくな!あ、そうだ。こいしも何か食べていくか?」
「うん!」
元気に頷くと勇儀姉さんの隣にちょこんと座った。どうやら性格は無邪気で子供っぽいような感じだね。コップを取り出して水を注ぎ、氷を入れておしぼりと共に差し出した。ところでこの子はお酒飲めるかな?大丈夫だとは思うが、後で聞いてみよう。
こいしは料理の名前がたくさん書かれたお品書きを手に取り、めずらしそうに眺めたりひっくり返したり指でこすったりと興味津々な様子でいじりまくっていた。
「何か食べたいのはあるかい?」
「ふぇ?」
「ここに書かれている物の中から、自分が食べたいものを言うんだよ。そうしたらこの鬼のお姉ちゃんがとびっきり美味しい物を作ってくれるぞ」
え、ちょ、お姉ちゃんなんてそんな。照れるじゃないか。勇儀姉さんに言われ、こいしはお品書きとにらめっこを開始した。どんな注文が来てもいいように、油の温度を保ちながら静かにこいしを見つめる。その間うちもこいしも言葉を発しなかったので辺りは静寂に包まれ、聞こえるのは勇儀姉さんが唐揚げを食べるサクサクパリパリと言う音のみだ。
「んめぇ」
あ、嬉しい。勇儀姉さんいい顔してる。
「ねえお姉さん!チーズカツをお願い!」
しばらくの沈黙ののち、お品書きから目を離したこいしが注文したのはチーズカツ。良いねえ、肉食系女子っていうやつか。チーズカツはうちも大好きで簡単なうえに美味しいからオススメなんだよね。
「あいよ!ちょっと待っててな」
チーズカツに使うのは薄い豚ばら肉。塩コショウで味付けした肉を2枚並べ、大場とチーズ2枚を乗せて肉でチーズを覆い隠す。さらに十数枚のバラ肉を重ねてボリュームを増せば、後は小麦粉と玉子、パン粉をつけるだけ…と。よし、油の中へ、行ってらっしゃーい。
「わぁ~!」
身を乗り出し、油の中でパチパチと音を立てるカツをじっと見つめている。何事にも興味津々な性格はうちと似ているのかな。その後はベンチに座りなおし、おしぼりをころころと転がしたりコップの水を飲んだりコップを揺らしてカチャカチャと氷の音を鳴らしたりと、落ち着きなく両手を動かして遊んでいた。一方の勇儀姉さんはこいしの立てる音など聞こえないと言った様子で唐揚げとお酒を飲み幸せそうな表情を浮かべている。
その状態がしばらく続いたところで、ちょうどカツもいい具合に揚がってきた。油を切って皿に盛りつけ、ケチャップで酸味を効かせた特製ソースと共にこいしの前に差し出した。
「はいお待たせ、チーズカツだよ。熱いから気を付けて食べな」
「いただきまーす!」
目の前に置かれたカツに目をキラキラと輝かせ、待ってましたと言わんばかりに箸でつまみ持ち上げ口へ運ぶ。うちが止める間もなく出来立てをかぶりついたので案の定…
「あちちちちっ!」
「ああ言わんこっちゃない。ほら、水を飲んで」
箸で掴んでいたカツを皿の上へ放り投げ、慌ててコップの水をごくごくと飲み干した。涙目になってはいるが、どうやら火傷を負ってはいないようだ。
「おいおい、揚げ物っていうのは出来たてはすごく熱いからフーフーして食べないといけないぞ」
「姉さんの言う通りさ。ほら、美味しくなあれと念じつつフーフーってやってみな」
「うん。フーッ、フーッ…」
勇儀姉さんとうちに言われた通り、皿の上のカツに何度も息を吹きかける。数回吹きかけた後、今度は箸でゆっくりと摘まみ上げてソースを付け、ガブっとかぶりついた。その直後目を大きく見開いて、今度は満面の笑みを浮かべてまるで踊るように体を前後左右に揺らしている。
「美味しい!」
「だろー!うちの自慢の料理だから美味いに決まっているよ!さあ、ゆっくりと味わって食べな」
「うんっ!」
首を縦に振り、満面の笑みでかぶりつく。カツを美味しそうに食べるこいしの笑顔を見て、自然とうちも笑顔になる。300年間くらい地底の隅で一人で暮らしていたから、ほかの人と関わるなんてことは殆ど無かった。もちろん、褒められることなんて一度もなかったのかもしれない。それなのに、一歩外へ出て街道まで来てみれば勇儀姉さんやこいしと言った他の人とかかわる事が出来、今みたいにうちの料理を美味しいって褒めてくれる。これほど嬉しい事って、今まであったのだろうか。修行と下積みのために300年もこもり続けたことを今になって後悔している自分がいることに少し驚いた。もっと早く光のもとに飛び出して他の人と関わっていたら、今の自分はどう変わっていたのだろうか…。
「お姉さん!」
そう空想の世界で考え事をしていたら、こいしの声でふと現実に引き戻された。
「あ、え、何だい?」
「リンゴジュースも頂戴!」
「ああ、そか。はいどうぞ!」
グラスにリンゴジュースを注ぎ、氷とストローを刺して手渡すとこいしはそれを笑顔で受け取った。やっぱりお酒は無理そうか。
「あれ、こいし様?」
3人で談笑をしていると、その声と共に誰かが暖簾の間から顔を出した。その女性は赤い髪を三つ編みにして両サイドからたらし、頭には黒い猫耳が生えている。へぇ、耳が4つもあるんだね。
「あ、お燐!」
「やっぱりこいし様でしたか!人違いだったらどうしようかと。それにしてもここは何だろうねえ。鬼のお姉さんが2人もいるなんて」
猫耳少女は安堵の息を漏らした後、屋台の中を珍しそうにきょろきょろと見回している。
「ここは居酒屋だよ」
「居酒屋?」
「うん、そうだよ。ここは移動屋台式居酒屋、その名も栗々亭!そしてうちはこの居酒屋の女将、栗夢心音。よろしく!」
そう笑顔で自己紹介をすると、猫耳少女は合点がいったようで何度もうんうんと頷いている。その後自己紹介をしていなかったことに気づき、慌てて自己紹介をしてくれた。
「よろしくね、女将のお姉さん!あたいは火焔猫燐。怨霊の管理や死体の運搬をしている火車さ!」
あれ、長い名前だねぇ。火焔猫燐か。どこから名字でどこからが名前なんだ?多分燐が名前なんだろうな。あっ、これならいいかもしれない。
「そっか。じゃあリンリンだね。よろしく、リンリン!」
あだ名で呼んだ途端、その場の空気がカチーンと凍りついた。うちを突き刺すかのような3人の視線がものすごく冷たい…。うちそんな可笑しなこと言ったのかなあ?
「人に会った途端変なあだ名をつける癖は治っていないんだなぁ」
「お姉さんって変な人なんだね」
「あ、あたいもちょっとそのあだ名は…。お燐って呼んでよ」
「お燐りん?」
「りんは一つでいいよ」
「そっかぁ…。はぁ」
「いや、はあじゃなくてさ。なんかあたいが困らせているみたいじゃないか」
結局お燐と呼ぶことになりました。うちの思いつくあだ名って変な物ばかりなのか?この可愛いと自負する栗々亭と言う名前も変だったりするのかな。ものすごく不安になってきた。
お燐を加えて4人で話していると、何かを思いついたように勇儀姉さんがパンと手を叩いた。
「そうだ!お燐、地霊殿のみんなを連れてきたらどうだ?さとりとかお空とかと一緒に酒を飲んだら楽しいと思うぞ」
「そうだねぇ!久しぶりのお酒だから楽しみだなぁ。よし、今からひとっ走りしてみんなを呼んでくるよ!」
「あ、私も行くー!」
勇儀姉さんの提案を受け、お燐とこいしは言葉通り何処かへ走り去っていった。うちはその背中を呆気にとられて見送る事しかできなかった。こいしが座っていた所にはチーズカツが一かけら皿の上にぽつんと残されている。
「あ、お金…」
「大丈夫じゃないか?地霊殿っていう大豪邸に住んでいるんだ、お金なら捨てるほど持っているだろうよ」
「そうだといいんだけどね。お酒や食材を手に入れるためにはお金が必要なんだよ。そう言う姉さんはお金持っているの?」
「私か?持ってないぞ」
「え?えぇぇぇぇぇぇ!?」
「持ってないぞ」
そんな真顔で2回も言わないで!勇儀姉さんかなりお酒飲んでいるよね!お金を払ってもらわないと新しいお酒を手に入れる事が出来ないじゃないか!
「地霊殿のみんな、たくさんお金持っているといいなぁ」
淡い願望を寄せたうちの一言は力なく空中を漂う。これ、もしお金が無かったら初っ端から貧乏生活まっしぐらじゃないか…。頼むからお金をたくさん持ってきてよー!!
はてさて、どうなる事やら…