「ん…うぅっ……あれ?」
「お、目が覚めたか?」
「っひゃあっ!鬼っ!?鬼ぃぃ!!」
目を開けた途端うちの顔を見るなり甲高い悲鳴とともにはるか後方へ飛びのいた土蜘蛛…ヤマメ。それほどさっきの弾幕ごっこでうちに対して恐怖を感じていたのかな。腰を抜かしたようにしりもちをついて、顔を青ざめながらぶるぶると狙いの定まらない指で、うちをぐっと指差している。
その様子をあっけにとられたように眺めていると、先ほどの弾幕ごっこはやりすぎたという後悔がふつふつと湧いてきた。
「ホンマにごめん!あのときはやりすぎた。怪我はないか?」
「え…ケガ?」
「そうよ。弾幕ごっこに負けたあなたたちを心音がここまで運んできたんだから」
その言葉とともに、背後からパルスィが姿を現した。彼女が抱える桶からはつるべ落とし…キスメがひょこっと顔を出している。彼女の顔からも、うちへの恐怖は消え去ってはいないようだ。
「え、そうなの!?ここって…?」
辺りをきょろきょろと見回すヤマメの視線を追ってうちも視線を動かす。彼女の視線は赤い欄干へとむけられており、欄干から延びる灯、橋板へと移り、そしてパルスィに来た時点でここがどこかを理解したように「あっ」という声を漏らした。
「ここ、橋の上じゃない。ここまで連れてきてくれたの?」
「そうさ。いやあ、うちは手当とかできないからな。スィっちょは手当てができそうな雰囲気だったから、ここまで連れてきたのさ。ひどいことしたな、本当に。あっはっはっは」
「心音も心音よ、まったく。騒がしいなと思って縦穴の方に行ってみたら、暗闇から気を失った2人を小脇に抱えて、ヤッちゃったぜって言いながら出てきたんだもん。思わず腰を抜かすところだったわよ。そしてその呼び方は止めてと言ったはずよ」
「すまんすまん。こりゃ手厳しいな」
暗闇でもギラギラと輝いて見える緑色の瞳で睨みつけられ、思わず目をそらしながら笑い声で紛らわす。なかなか不気味な目をしているんだよな、本当に。眼光の鋭さだけなら鬼をもしのぐかもしれない。
でもまあ、パルスィのおかげで2人も無事だったし結果的に言えば感謝するしかないよな。
「でも、どうしてうちに弾幕ごっこを仕掛けてきたんだ?うちはご覧の通り鬼だぜ?」
そう言いながら頭に生えた角を両手で撫でてみせる。それに、弾幕ごっこの途中涙を流し、明らかにおびえている様子を見せていた。弾幕ごっこを挑む前の自信たっぷりな姿とは正反対だ。
「そ、それは、その…。退屈だったから、ちょっと驚かそうかなって…」
「暇つぶしかよ!でも、その相手が鬼だったって災難だったな。うちが言えたことじゃないけど」
「本当だよ!だってあのときは鬼だと思わなかったんだもん!鬼だと分かった途端怖かったんだから!本気な顔で殴りにかかってきて、本当に死を覚悟したわ」
「そうそう!それに炎を飛ばしてくるって、私たちを殺すつもりだったの?」
ヤマメの発言に重ねるように、桶の中からキスメもブーブーと文句を述べる。
「そんなつもりはなかったんだ。現に2人ともぴんぴんしているだろ?つい調子に乗ってしまったことは何度でも謝る。だから許してはくれないか?」
そして「ごめんなさいっ!」と2人に頭を下げた。すると、不意に肩に手を置かれ、顔を上げるとヤマメと目があった。彼女の目からは、もう恐怖の色は消え去っていた。その行動の意味が理解できず、きょとんとした顔でヤマメをじっと見つめていたら、ふっと笑みを浮かべた。
「そんなに謝らなくてもいいよ、それに相手を確認せず弾幕ごっこを挑んだ私も悪いしね。ごめんね、鬼は強引で自分の非を認めようとはしない連中だと思っていたから、話すのが怖かった。でも、あんたは違う。こんなにも真剣に頭を下げるなんて思ってもみなかったから驚いちゃっただけよ。だから顔を上げて」
「ほ、本当かい?じゃあ、許してくれるのか?」
そう聞くと、ヤマメはにっと笑顔になって「うん!」と首を縦に振ってくれた。うちにとって、その言葉は、その笑顔は本当に嬉しかった。奈落での経験が影響して、人に迷惑をかけてしまったら必死に謝らないと許してはくれないと、心の中で思い込んでいたのかもしれない。過去の経験に縛られ、今回も必要以上に頭を下げてしまった。でも、ヤマメの笑顔が、言葉がうちをその負の呪縛から解放してくれた。確かにヤマメの言うとおり、鬼は強引で自分の非を認めようとはしない種族なのだろう。実際に奈落ではそうだった。
その後改めて自己紹介をし、固い握手を交わした。さあ、途中で引き返してきちゃったし、このロスを取り返すためにも一刻も早く縦穴を登り切ろう。別れを述べるため、パルスィたちと向き合った。
「じゃあそろそろうちは地上に向かうよ。地底の底まで戻ってきちまったし、このロスを取り返さないとな。じゃあパルスィ、本当に世話をかけたな、ありがとう。また来た時にはうちの屋台で飯でも食って言ってくれ」
「はいはい。本当にその元気は妬ましいくらいよ」
パルスィと手を振りあい、今度はヤマメたちの方に視線を向ける。2人のもとまで近づき、目の高さを合わせるようにかがみこむと親愛の気持ちを込め目いっぱいの笑顔を浮かべた。
「今日はすまなかったな、久しぶりの弾幕ごっこで調子に乗ってしまった。うちはさっき言ったように揚げ物屋台の女将をやっている。もしここまでくれば、うまい揚げ物をごちそうするよ」
「うん!待ってるからね!」
「約束だよ!」
「おうよ!鬼は約束を破らない、絶対に戻ってくるよ。じゃあまたな!ヤマちーにスメっちー!」
考えに考えたあだ名を交え、元気に手を振る。地底でいろんな人にあったけど、人と関わることがこんなにも楽しいと再確認することができた。これから行く地上にはどんな出会いが待っているのだろうか。地上への期待とワクワクを胸に、踵を返して縦穴の底へと向かった。あだ名を言った直後の、3人のポカンとした表情は見なかったことにしよう。
「まぶしい…」
じっと空を見上げながら、目の前に手をかざして太陽の光を遮った。指の間から漏れる光が目に飛び込んでくるたびに目を細め、明るさに目を慣らせる。冬眠から目覚めた生き物のように、植物が光合成を行うように、体全体でまぶしくて暖かい光を受け止める。全身の細胞が長い眠りから目を覚まし活発に動き回るかのように、心が晴れやかになり、うきうきとしたすがすがしさと喜びが湧きあがってくる。
目が慣れてきたところで、両手を左右に広げ、前から吹き付けてくる風を体全体で受け止める。体中に風が当たり、髪がなびき、優しく頬を撫でる。少し肌寒く感じる、ということは、季節は秋から冬にかけてか、春の始まりかどちらかだろう。周りの葉は緑色に輝いているから、季節は春で間違いないだろう。風の中にほのかに感じる花の甘い香り。昔遊びに行った花畑での思い出が思い起こされ、鼻を夢中でヒクヒクと動かす。あの時優しく迎えてくれた、緑色の髪をしたお姉さんは元気にしているだろうか。それに、寒い。この感覚も久方ぶりだ。長い間熱の籠る地底にいたためか、寒いと感じたことはなかった。
「寒いな…へへっ、長袖にしておいてよかった」
独り言ち、まくっていた袖を伸ばして引き延ばす。風に当たる肌の部分が少なくなり、寒さを抑えることができたが、この寒さもどこか懐かしく、嬉しく感じられる。こう、寒さに震えて体を小刻みに振動させるのも何年振りだろう。
「すぅー、はぁー……空気が美味い!」
何度も深呼吸を繰り返し、新鮮で澄んだ空気を肺に、お腹に取り込み、空っぽになるくらいまでゆっくりと吐き出した。新鮮な空気を取り込むことで活発に流れる血潮、その流れまで感じ取ることができる。それと同時に、嬉しさから涙があふれ出した。
「ただいま…地上よ…」
300年前に地底に潜るために、決別したはずの太陽の光、吹き行く風、寒さ、そして新鮮な空気…。あのころはもう二度と地上には戻らないと心に決めていた。なのに、それなのに今こうして太陽の下に立ち、風を体中に受け、寒さを肌で体感し、新鮮な空気で肺を満たしている…。未だにこの事実を信じることができない。まるで夢の中にいるような気分だ。地底にいたころに思い描いた桃源郷に、今自分が立っている。そのような幸福感で心が満たされていく。
「はぁ…。よしっ!」
流れ出る涙を袖で拭い、よしっと気持ちを切り替えた。まずは地上にいるという萃香に会おう。勇儀姉さんの話では博麗神社という場所によくいるらしい。勇儀姉さんから神社の位置を聞き忘れたためどこに行けばいいのか全く分からないが、ここを進んでいけばいつかは誰かに会うだろう。その人に聞けば教えてくれるだろうな。
「…それよりもここはどこだ?」
地底へと通じる縦穴の周りを取り囲むようにして背の高い木々が生い茂っているから、ここは森の中だろうか。辺りをきょろきょろと見回しても、木々が立ち並んでいるばかりで何も見えない。まあ、進んでいればどこかに出るだろう。ちょっとした冒険ってやつだな。
「ん?…気のせいか。よしっ、歩こう!」
うきうきとした心のまま、目の前の森に足を踏み入れた。
踏み入れて分かったことだが、森の奥には下へと続く傾斜ができていた。普通の森ではこのような傾斜が出来ることはありえない。ということは、ここは…。
「なるほどね、じゃあこの妖気は…」
穴から飛び出た直後から感じていた妖気。この正体が一体なんなのか全く想像できなかったが、鋭い視線のようなものも感じ取れた。今うちがいる場所から推測するに、この妖気の正体は…。
歩みを止め、感覚を研ぎ澄ませて自分の周囲に鋭く視線を向ける。周りには相変わらずうっそうと茂る木々、地面にはところどころ藪が生え、落ち葉や朽木が横たわっている。天を見上げても、太陽の光が遮られ、木々のトンネルのようになっていた。うち以外に誰もいないのに、妖気ははっきりと感じ取れる。
「出てこいよ、いるのはわかっているんだぜ」
誰もいない森の中、声を張り上げる。しかし、声どころか物音が一切聞こえてこなかった。どうやら向こうから姿を現すつもりはないようだ。だったら…。
「弱火「
ピンと立てた人差し指に妖気を集中し、小さな火球を作り出す。その火球がはじけることで、辺りにさらに小さな無数の火球を飛ばす。その火球を妖力で操り、妖気が感じられる箇所へと飛ばした。木の裏、茂みの中、木葉の中、大木の後ろ…。その数6か所。狙いの位置に来たところで、それらを一気に爆発させた。
「うわああっ!」
「ひゃあっ!?」
「きゃあ!」
目の前で起こった爆発による驚きの声が辺りから響き、それと同時に真っ白な影が至る所から飛び出してきた。やはり、穴から飛び出た直後に感じた妖気、そして鋭い視線の正体はこいつら、白狼天狗であった。ここが山だと気づけば、すぐに正体が分かった。
「おーおー、出てくる出てくる…」
火球を飛ばしたのは6か所であったが、正体がばれたということで隠れていた箇所から姿を現し、うちの周りをぐるりっと取り囲んだ。総勢12人、全員白狼天狗で、全員が手に刀を構え敵意をむき出しにしている。それも仕方ないか、ここを支配していた鬼が去って1000年。いなくなったはずの鬼が突然目の前に現れたわけだし、それにさっきのスペルカード。先に仕掛けたのはうちだから、攻撃的になるのも当然だよな。
「久しぶりだな、お前ら。元気にしてたか?」
「鬼っ…。鬼が一体何の用ですか」
白狼天狗の中の一人が声を上げる。恐怖と威圧が混じったような声色だ。
「別に用事はないよ。地底から縦穴を登ってきたらここに出ただけさ」
「う、嘘をつくな。再び山を支配しに来たのではないのか?」
ぷちっ。うちの脳内で、何かが切れる音が反響した。
「…嘘、だと?」
うち自身、こんなに低い声が出る事に驚いた。でも、今それは関係ない。何故なら、今うちのはらわたが煮えくりかえっている。もっと直接的に言えば…
最高にキレていた。こんなに怒りがあふれてきたのはいつ以来だろうか。
「大概にしとけよあんた達…」
若干の殺気を伴った声にビクリと白狼天狗が肩を震わせたが、気にする事なく続ける。
「うちら鬼が何より嫌うもの、それは嘘ってぇ事は知っているはずだよねぇ。その鬼に向かって嘘つき呼ばわりだぁ?…久々に上がってきたはいいものの、あんた達天狗がここまで性根が腐りきってるとはねぇ…。はっきり言うよ」
ふざけてんじゃねえぞ!天狗風情が!感情に任せ怒鳴り立てた。
殺気の籠った怒号に天狗たちは怖気づき、体をブルブルと震わせる。しかし誰ひとりとしてここから逃げ出さず、武装は解かず、恐怖に襲われながらも鋭い視線を注いできた。ほぉ、とこの姿や気迫に少し感心してしまった。
「お待ちください」
すると、その中の一人、女性の天狗が一歩前に踏み出した。少し気弱そうな顔つきだが、いかにも真面目そうな雰囲気を醸し出していた。この天狗はいったい何をするのかとじっと行動を見つめていると、不意に刀を鞘に収めた。
「何だい、お前は」
「私は白狼天狗第三哨戒部隊隊長の犬走椛と申します。部下の失言により心を傷つけてしまい、誠に申し訳ありませんでした。彼らは鬼を見ることが初めてでして、恐怖によりあのような言葉が口をついて飛び出したのでしょう。部下の失言は隊長である私の責任です。ですから、どうか許していただけないでしょうか。お願いいたします」
そう言い、深々と頭を下げた。数十秒の謝罪の言葉。たったそれだけなのに、うちの中で渦を巻く怒りの感情を吹き飛ばしてしまった。鬼の殺気に臆することなく、自分の部下の失言を認め、部下のプライドを守りつつ謝罪する。その行動に感心してしまった。
「そうかい、お前が隊長か。いいだ…」
「あやややっ!?一体、これは…」
うちの言葉を遮るかのように響いた声とともに、上空から黒い影が目の前に舞い降りた。目の前に現れたその人物はセミロングの黒い髪で、山伏のような赤い帽子をかぶっている。それに先ほどの口癖…。
ま、まさか…
こいつは…!?