駆逐艦暁は必死に探照灯を照らしながら回避行動を取る。至近に弾丸が落ち、大きな水柱が立っても気にしている余裕はない。
既に彼女たちの艦隊は戦力を大きく減らしていた。臨編第一艦隊、ほんの一時間ほど前にできたこの艦隊は、既に旗艦大和以下戦艦、巡洋艦は損害により全て戦闘能力を大きく低下させ後方へ退避、護衛の駆逐艦浦風、谷風を伴い鎮守府へ退却中である。撃沈された艦がいなかったのが唯一の救いであった。
そもそも、戦況は最初は彼女たちの圧倒的優位に進んでいた。最初の数十分間で敵の主力艦を全てなぎ倒し、残るは軽巡と駆逐艦ばかり、と思った矢先であったのである。
圧倒的な破壊力を持った敵が現れたのは。
戦艦レ級
「響っ!雷っ!レ級より雑魚を優先させて!」
臨編第一艦隊―もっとも既に一個艦隊というより駆逐隊に毛が生えたようなものであるが―の指揮権を継いだ旗艦代理暁は無線で指揮下の艦娘に司令を下している。
「電っ!磯風っ!浜風っ!あなたたちはレ級の気を逸らすの!」
電は手に錨を持っていた。彼女は近接戦こそその真価を発揮するのである。
一方、武闘派の急先鋒、磯風はオールラウンダーである。現在、もっとも戦果をあげているのは彼女であった。
既に敵部隊もレ級を除けば駆逐艦が二隻ほどにまで減っている。その二隻を仕留めれば、暁、響、雷、電、磯風、浜風の六人はレ級に集中することができる。
だが、このレ級を倒すことはできるのだろうか。現在、駆逐艦娘たちはその高い速力を生かした回避行動で手一杯というのが現状だった。とてもではないが、レ級に反撃をしかけるどころの騒ぎではない。
「一隻!」
響が叫ぶ。敵駆逐艦が沈んでいくのが見えた。
「あと二隻…!」
暁はきっとレ級を睨む。牽制のために砲撃を行っているが、向こうはそれほど気にしていないらしい。駆逐艦の主砲が貫通するほど装甲が薄くないとでも言いたいのだろうか。
「最後ッ!」
雷が放った魚雷が最後の敵駆逐艦に命中する。断末魔を上げながらその駆逐艦は海中に没した。
「総攻撃!」
暁の命令に素早く反応したのは電と磯風であった。
「お命頂戴ッ」
「つかまつるのです!」
磯風の砲撃よりワンテンポ遅れて電が錨を振り上げ飛びかかる。この微妙なタイムラグが敵の集中力を分散させ、電の攻撃をクリティカルヒットさせるはずであった。
だが、レ級は物おじせず、そのしっぽのような装甲で磯風の砲撃をはじき、そのまま遠心力を最大限に利用して電の小さな体に命中させた。
「なのです!?」
かろうじて錨で直撃を避けた電は、しかし軽い体が災いして吹っ飛ばされる。彼女は着水と同時にその反発力も利用して右に飛んだ。ちょうど落下地点を魚雷の航跡が通り抜ける。
「危なかったのです」
お返しとばかりに電は魚雷を発射するが、途中で爆発を起こす。
「信管が過敏だったのですか!?」
「いや、魚雷に魚雷をぶつけたみたいだ」
耳の良い響には、ソナーを装備しているせいもあって、水中の状況もそれなりに把握することができる。
「まだっ!」
浜風が雷と協力して雷撃を打ち込む。レ級はそれを回避し、お返しとばかりに砲撃音を響かせた。
レ級の攻撃を抑える唯一の手段は止むことのない波状攻撃であることは各員が承知していた。できるだけレ級が攻撃する隙を与えてはならないのである。
現在、駆逐艦がまがりにも戦艦と互角の戦いを演じているのはこの闇夜にあった。敵に対しては暁が探照灯で照らしているが、敵は艦娘たちの正確な位置を、暁以外には分からないのである。砲撃音の方角や物音から判断しているのだろうと思われた。
レ級の表情を見るに、冷静沈着そのものである。というよりも、余裕ぶっていた。いくらこちらが駆逐艦ばかりとはいえ、一対六の状況で、しかも精鋭揃いであることは今までの戦闘から向こうも把握しているはずである。もうじき夜が明けるとはいえ、夜戦のという状況で相手が冷静でいられることが不思議であった。
「響っ!」
暁はすぐ下の妹の名前を呼ぶ。
「なんだい姉さん」
「敵援軍の兆しとかはない?」
「私の耳には届いてないな」
「そう、それならいいわ」
暁は響の耳を―索敵能力を信頼していた。彼女がいないと言ったら十中八九敵に増援はない。
それではなぜあのレ級は余裕ぶっていられるのか?それだけ彼我の実力があるのか?
暁は悩みつつも回避行動を取る。敵の砲撃の半分は暁に向けられたものなのだ。彼女は回避するだけで手いっぱいで、牽制以外の砲撃をする余裕はない。
「夜明けを待っているのかしら…?」
暁はレ級の狙いに思い至った。夜が明ければ駆逐艦娘たちを覆い隠す闇夜のベールは消えてなくなる。その時こそあの化け物が本気を出してくるのだろうか。
ぞっとしない考えだった。戦艦レ級は航空母艦の側面をも持っている。夜が明ければ暁たちは化け物そのもののみならず、空の敵にも対処しなくてはならなくなるかもしれない。
「各員に告ぐ!夜明けとともに撤退を開始するわ!」
鎮守府にまで戻ればまだ戦力があるだろうし、要塞砲の支援も望める。鎮守府も無事では済まないだろうが、背に腹は代えられない。
「了解」
暁の指揮下にある各艦娘は彼女の命令に反駁したりはしなかった。そのような余裕もないし、夜が明ければ形勢が一気に悪くなることは分かっていたのであった。
潮目が変わったのは夜明け前三十分前くらいのことであった。
「姉さん、航空部隊が接近中」
魚雷を放ちながら響が報告をしてきた。
「敵?味方?」
「この音は…味方だね。鎮守府の方から飛んでくる。基地航空隊かな」
響がそう言い終るか終わらないかの内に、暁の耳にもしっかりと飛行機のエンジン音が聞こえてきた。
「援軍よッ!」
暁が高らかに叫ぶと、他の艦娘たちはわぁっと歓声を上げた。
レ級もエンジン音に気づいたらしい、空を眺めると、右手を前に差し伸べた。すると、どこから現れたのか、深海棲艦側の航空機が次々と空へと飛び上がる。
「夜間で発艦できるの!?」
浜風は驚いて声を上げた。夜間に発艦ができるのであれば、彼女たちは今まで手加減されていたということである。
レ級の飛行機たちは艦娘には目もくれず、空の迎撃へと向かっていった。
それと共に、レ級は退却を始めたようだった。砲撃数は多くなったが、むしろ牽制のようなもので、精度は心なしか下がっている。渦中を抜けたいのか、不規則な蛇行をしつつ、しかしはっきりと暁たちと距離を置き始めていた。
「追撃は無用、こちらも引くわ。射程から出たら対空砲火に移りましょう」
暁は内心安堵しつつ、しかし最後まで気を引き締めないと、と自分に言い聞かせていた。いつ何時敵が反転攻撃してくるとも限らない。それに備えなければならなかった。
「戦艦レ級の推測の射程から脱するまであと十秒、九、八…」
響がカウントダウンをし始めた。
「三、二、一、零。敵艦なお後退を続けている模様…終わった」
はぁ、というため息と共に艦隊全体から気が抜けるのを暁は感じた。
「まだ気を抜いちゃダメよ!対空射撃で味方航空部隊の援護とトンボ釣りをしなきゃ!」
「了解!」
暁は砲を空に向けたが、そのころには空の戦闘も大方終わっていた。どうやら、レ級は時間稼ぎのために航空部隊を発進させたらしい。彼らは自分たちの主人の安全が確保されると、次々と戦線を離脱していく。そして、味方の航空部隊も敢えてそれを負う意思はなさそうだった。
暁は周りを見渡した。磯風と浜風は空を睨みつつ、敵の航空部隊が本当に退却するのか観察していた。雷と電はトンボ釣り―墜落した航空兵たちを救っていた。響は音もなく暁の方に向かっていた。
「お疲れ、姉さん」
「ほんっと!まさかこんなことになるとは思ってなかったわ」
「でも、姉さんの指揮は見事だったよ。お蔭でなんとかみんな生き残ってる」
「当り前よ!暁は一人前のレディなんだから!」
暁は自信を表すかのように、ぽんとこぶしを自分の胸にあてた。
帰港した暁たちを出迎えたのは事務部長の大淀だった。
「お疲れ様」
陸に上がった暁たちに、大淀は笑顔で迎えた。
「もうへとへとよ。休んでいいかしら?」
暁の質問に、大淀は首を振る。
「暁ちゃん以外は休んでもいいけど、暁ちゃんには報告をしてもらうわ」
「えーっ!」
暁は不満げな声を上げた。
「ドンマイ暁姉」
あくびしながら雷は長女の肩をぽんと叩いた。
「あ、あと磯風ちゃん」
大淀はすたすたと通り過ぎようとした磯風に声をかけた。
「なんだ。死ぬほど眠いのだが」
「吹雪ちゃんからの伝言。『厨房使用の件と無断で謹慎処分を解いた件、合わせて戦功を以って贖ったとします』だそうよ」
「…あー、そう言えばそういうことあったな」
磯風はそんな瑣末なことはどうでもよい、と言いたげであった。
「さ、じゃ、暁ちゃん、司令室に行きましょうか」
「あとじゃダメ?」
「駄目」
確かに、暁の報告が上がらないと、吹雪を初め司令部の面々も眠るに眠れないのだろうが、それにしても鎮守府防衛の英雄に対して扱いが酷過ぎた。
「…姉さん、私が一緒に行ってあげるから」
響がぴたりと暁に寄り添う。
「うー、仕方ないわね」
暁は既に歩き始めている大淀の後について行った。
司令室では吹雪、白雪、霧島が、疲れきった顔で、しかしそれでも笑顔を浮かべて暁と響を迎えた。吹雪と白雪は今まで着替える時間がなかったのか、寝まきのままである。かろうじて、吹雪がかぶっている制帽が、彼女が司令長官代理の任にあることを主張していた。
「臨編第一艦隊旗艦代理、駆逐艦暁、帰投しました」
暁の敬礼に、吹雪は答礼した。
「おかえりなさい、御苦労さまでした」
吹雪のねぎらいの言葉を聞きながら、暁は手を下す。
「詳しい戦況は後ほど書類で提出してもらうとして、聞きたいのは戦艦レ級
「今まで確認されている戦艦レ級
「なるほど」
「あ、でも航空機に関しては夜間の発進ができるみたいね。着陸ができるかは知らないけど」
メモを取っていた白雪の手がぴたりと止まった。
「…よくその状況で善戦できたなぁ」
感心するように吹雪が言ったが、暁は首を横に振る。
「ううん。航空部隊の増援が来るまで、レ級は航空機を使わなかったの。だから、手加減されてたというのが正直な感想ね」
「なっ、馬鹿な!」
思わず声を上げたのは霧島である。
「手加減を加えた!?深海棲艦にそれだけの知能があるっていうの!?」
「あるでしょう」
そう答えたのは彼女の上司である大淀である。
「今回の敵の作戦は綿密だったわ。囮艦隊を用い我が方の気を逸らし鎮守府強襲をしようとしたところなんて、かつての戦のレイテを思い出させるわ」
「深海棲艦側には我が方で言う鎮守府のような組織があるか、軍令部は存在するか、大本営はあるか、そんな疑問は昔から言われていたね」
横から口を挟んだのは響である。
「今回の敵の作戦は明らかにヘッドクォーターがあると考えていいだろう。私たちが普段相手にしている敵は、どんなに大規模でも臨編第一・第二航空艦隊だけで済むような敵ばかりだった。そう、言うなれば小規模の軍閥が割拠しているところを各個撃破しているような感じだったよね。それが、私たち臨編第一艦隊まで編成されて南東方面に出撃した。二個の航空艦隊が壊滅したなんてことはさすがに考えられないから、すると、別方面に派遣されたものなのだろう?別方面からの多元的攻撃、これは深海棲艦に今までに見られなかった行動だよね」
「鋭いわね…響ちゃん、結論は?」
「敵深海棲艦は大規模な組織編成を行ったのだろう。ヘッドクォーターを作り、全体を統括する組織ができたと見て間違いない。下手をすれば、こちらの情報もある程度漏れている可能性も考慮した方がいいね」
「何故かしら?」
「司令官の不在と敵の今次作戦が偶然だとは思えない」
大淀は感心したようにうなずいた。
「響ちゃん、事務部に来る?あなたみたい子が欲しいわ」
「いや、悪いけど大淀さん、遠慮させてもらうよ。姉さんのそばにいたいからね」
「それは残念ね」
暁は、響がほめられている間、まるで我がことのように誇らしげな表情をしていた。
「そうすると、レ級が暁ちゃんたちに手加減をしていた理由が分かりませんね…」
吹雪は困った顔をして白雪の方を見た。彼女も首を横に振るばかりであった。
しばらく沈黙が場を支配したが、やがて暁が口を開いた。
「そういえば、航空艦隊は大丈夫なのかしら?」
「そっちは夜明けと同時に航空機を発進させて反転攻撃してきた敵艦隊を撃滅したって暁ちゃんたちの帰港直前に連絡があったよ」
吹雪の答えに、暁は小さな胸をなでおろした。