鎮守府日記   作:まるあ

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燕号作戦:策定

 後に第一次鎮守府防衛戦と呼ばれる海戦から三日後に、井上は鎮守府に帰ってきた。彼の帰還と共に、駆逐艦吹雪は鎮守府司令長官代理の任を、駆逐艦白雪は秘書艦代理の任を、それぞれ解かれ、各々秘書艦と事務部員へと戻ることとなった。

 井上は既に鎮守府強襲の顛末を聞いていた。これに驚いた彼は上京していたことを良いことに、海軍大臣、軍令部総長、あるいはその部下たちと会話を重ね、そのせいで帰還が遅くなってしまったのである。

「鎮守府強襲事件のため、軍令部はどうやら作戦の発動を急ぐらしい」

 鎮守府に帰ってきてひと段落した井上が、吹雪に言った言葉である。彼の言うとおり、政治的な理由から、二ヶ月後に予定されていた軍令部が主導する南方大規模作戦の発動は可能な限り早くなる様子であった。

 そのような中で、井上は彼と彼の部下の艦娘たちにとって大金星と言える成果を上げてきた。軍令部総長及び第一部長から、今次作戦の策定の権限をもぎ取ってきたのである。いざ深海棲艦がヘッドクォーターの存在するかのような海戦を仕掛けてきたことから、対深海棲艦の海戦の経験が貧弱な軍令部では有効な作戦が立てられないと判断されたのである。従って、通常戦力を作戦に組み込まなければならない点、大まかな要所は既に出来上がってしまっている点を除いて、普段に行われる大規模作戦とほぼ同様になった。

「作戦名はいかがなされますか」

 吹雪は尋ねる。鎮守府参謀部を構成する各艦種―戦艦、航空母艦、重巡、軽巡、駆逐艦、潜水艦―の代表を招集し、作戦の策定を行おうにも、作戦名がなければおさまりが悪い。

「作戦名に関しても普段通り私の権限でつけることができる」

 井上はそう言うと、静かに目を閉じた。次に目を開いた時、彼は迷いのないまっすぐな表情をしていて、筆ペンとまっさらな紙を、執務机の引出の中から取り出すと、大きく四文字を描いた。

 燕号作戦。

 こうして、南方大規模作戦の作戦名が決まったのである。

 

 特Ⅲ型駆逐艦四番艦、電に南方大規模作戦、燕号作戦の存在が知らされたのは井上の鎮守府帰還から二日後、夏も終わりに近づいたころである。

 電は駆逐艦代表という役職についていた。他の艦種の代表と共に参謀部に名を連ね、普段は鎮守府首脳部からの伝達事項を管轄の艦娘たちに伝えると共に、大規模作戦の時には参謀として作戦の策定に関わる。従って、他の艦娘よりも一足早く大規模作戦の存在を知る立場にあった。

「大本営及び軍令部の攻略ポイントはスンダ海峡及びスラバヤ沖です。特に、スラバヤ沖は制海権のみならず、深海棲艦の陸上拠点の破壊も行わなければなりません」

 深海棲艦は制海権を握っている海域で、いくつかの陸上拠点を構築しているとされる。一番簡易的なものは港湾に浮遊要塞を設置し、陸上のポイントに物資の貯蔵を行い、あるいは航空部隊を設置するものだが、艦娘たちにとって脅威なのは陸上型深海棲艦と呼ばれる深海棲艦が巣食うことである。

 今までの研究から、深海棲艦は陸上の拠点を必ずしも必要としないことが分かっているし、陸上に上がることができる者も戦艦級は正規空母級など数が少ないとされている。だが、それでも陸上に拠点を作るのは人間の真似をしているのではないか、という説からいずれは陸上の侵略を行うつもりなのだ、という説まで多数である。

「スラバヤの陸上拠点はどんな感じなのですか?」

「通常戦力による航空偵察によると、簡易型ですね」

 吹雪の答えに、電は安心したように胸をなでおろした。陸上型深海棲艦にはいろいろと厄介な攻略条件がつくことを、彼女は今までの経験から学んでいた。

「安心するのはまだ早いよ電ちゃん」

「?」

「スンダ方面には第一艦隊からミサイル駆逐艦二隻が参加します」

「通常戦力の参加なのです!?軍令部は馬鹿なのですか!?」

「戦略上の問題と言うより政治上の問題だね」

 吹雪もあきらめ顔であったので、電はそれ以上何か言うことをやめた。少なくとも、この件に関しては吹雪に責任があるとも思えず、また、電の立場では決定を覆すことができないのは重々承知していたからであった。

 通常戦力が海戦に参加するということは、艦娘の側から見ればお荷物が増えたということである。艦娘が実戦投入される前の絶望的な撤退戦の話を聞く限り、通常戦力は対深海棲艦という観点に限れば重要な戦力になるとは思えなかった。

「司令官の意向で、明後日にも作戦会議を開きます。その場で作戦案の概要を発表するから、出席してください」

「了解なのです。吹雪ちゃんも頑張ってください」

「ん、ありがとう」

 作戦案の策定は井上と秘書艦が主に行う。事前に各艦種代表や事務部・兵站部などに意見聴取がある場合もあるが、今回は駆逐艦に関してはそれはないようだった。

 燕号作戦。作戦名を頭に叩き込むように電は胸の中でつぶやいた。

 

 作戦会議に出席したのは井上鎮守府司令長官、吹雪秘書艦、大淀事務部長、間宮兵站部長、長門戦艦代表、赤城空母代表、愛宕重巡代表、神通軽巡代表、電駆逐艦代表、伊58潜水艦代表の10名であった。井上の入室と共に全員起立し、井上が着席した後、吹雪の頷きと共に吹雪を除いた全員が着席した。

 司会と説明役を務めることになる吹雪はノートパソコンを持ち込んできており、画面をスクリーンに投影させていた。

「それでは作戦案をご説明します」

 吹雪はノートパソコンを操作し、海図を映し出した。

「今次作戦の作戦名は燕号作戦。大本営からの指示ですと、南方スンダ海峡及びスラバヤ沖の敵深海棲艦撃滅の作戦となります」

 ジャワ島が大きく映し出され、スンダ海峡とスラバヤ沖が赤く光る。

「スンダ海峡では敵艦隊が五月ごろから封鎖作戦を行っており、スラバヤでは簡易型陸上拠点の存在が確認されています」

 スラバヤ沖に浮遊要塞のような図案が加わった。

「推定ですと、スンダ海峡の方は空母が中心の機動部隊で、スラバヤは戦艦主力の部隊だと思われます」

 海図にはスンダ海峡の方に空母ヲ級、スラバヤ沖の方には戦艦ル級の図案が浮かび上がる。

「これに伴い、我が軍は二手に分かれて攻略する予定です」

 海図がズームアウトし、鎮守府から伸びる二つの矢印が現れた。一方はフィリピンの西を通り、スンダ海峡まで続き、他方はフィリピンの東を通り、スラバヤまで続く。

「仮にこの二つの矢印を西部隊、東部隊とします。西部隊は空母を基幹とし、東部隊は陸上拠点を破壊できるよう戦艦中心の部隊とします」

 矢印の横にそれぞれwest,eastの文字が現れた。

「また、西部隊には第一艦隊からミサイル駆逐艦二隻が参加の予定です」

 westの下にDDGという文字が現れた。思いのほか列席者が冷静だったのは、事前にこのことを聞いていたのだろう。

「西部隊はともかく、東部隊の航路は完全に制海権を握ったとは言い難い海域を通ります。そのための方策として、敵が分散するようにサイパン方面に事前に部隊を進出させ、敵部隊をおびき寄せます」

 鎮守府から南洋諸島へ矢印が現れた。

「この部隊を仮に中央部隊とします。水雷部隊を中心とする予定です」

 矢印の横にmidという文字が現れる。

「中央部隊の掃海は二週間ほどを目安とします。その後、東部隊、西部隊が出撃し、ほぼ同時に目的地に突入します」

 サイパン、スンダ海峡、スラバヤのあたりに交戦マークが浮かび上がった。

「以上が作戦の骨子となります。質問は?」

 まず手を挙げたのは軽巡洋艦神通だった。

「中部海域に出撃する部隊は、普通に南方で掃海をした方が良いのではないでしょうか…」

 戦場では鬼のような働きを見せるものの、普段は気弱そうな挙措をする神通は、言葉の最後の方はあたかも消え入るような音量になってしまった。

「南方で掃海をした場合、深海棲艦に我が方の作戦が気づかれる可能性がある」

 答えたのは井上だった。

「先日の鎮守府強襲のことは覚えているだろう。あの経験から、深海棲艦も統帥の中枢を持っている恐れがでてきた。その場合、南方で大規模な掃海を行えば、必ず南方方面の警戒を強める。狐を追い払うつもりが虎を呼び込んではかなわん。ましてや、現在南方には戦艦レ級旗艦級(フラグシップ)がいる可能性が高い状況だ」

「なるほど。神通了解しました」

 神通が頭を下げると、井上は軽く頷いた。

「他に何かありませんか?」

「参加戦力は?」

 長門が質問した。

「西部隊が正規空母四、戦艦二、重巡洋艦二、重雷装巡洋艦二、軽巡洋艦二、駆逐艦複数、潜水艦複数。東部隊が軽空母二、戦艦四、重巡洋艦三、軽巡洋艦三、駆逐艦複数。中央部隊は駆逐艦複数です」

 吹雪の返答に、長門はふぅむ、と唸る。

「通常の哨戒や遠征、それに予備戦力のことも考えるとそれが最大か…」

「はい。燕号作戦が発動中は、特に北方海域と西方海域からの敵艦隊進出に備え、哨戒が強化されます」

 特に、西方海域からの侵攻には注意しなければならないだろう。最悪、燕号作戦参加部隊と後方の連絡が遮断されるおそれがある。

「他には?」

「通常戦力の護衛については何か考えてるのですか?」

 電の質問に対して、吹雪は頷いた。

「駆逐艦娘による護衛を考えています。基本的には戦闘圏外から戦闘を眺めてもらう予定です」

「なるほどなのです。その部隊も西部隊に編入されるのですか?」

「そうですね。なので、西部隊は見かけより戦力が低くなります」

「ミサイル駆逐艦の指揮権は誰が持つのかしら?」

 そう尋ねたのは赤城である。

「勝手に動かれたら困ると思うのだけど」

「西部隊旗艦の指揮下に入る。これは軍令部総長と連合艦隊司令長官の了解は取ってある」

 井上が答える。

「彼らに自由行動が許されるのは西部隊が全滅した時だけだ。安心してくれ」

「了解しました」

「他には?」

 吹雪の質問に対して沈黙が返ってきた。どうやら質問は出尽くしたようである。

「それでは、次に、各部隊の編成案を見せたいと思います。まずは西部隊です」

 西部隊の編成案が示された。

 空母蒼龍を旗艦とし、以下飛龍、翔鶴、瑞鶴、扶桑、山城、利根、筑摩、大井、北上、矢矧、酒匂、伊19、伊56、伊401の名前が列挙される。

「駆逐艦、編成は電ちゃんに頼みたいのですが、特に案はありますか?」

「そうですね…弥生、卯月、皐月、初春、子日、若葉、初霜、秋月、さらにミサイル駆逐艦護衛に朝潮、大潮、満潮、荒潮をあてるのです」

 吹雪は井上の方を見た。井上は頷いて了解の意思を示す。

「続いて、東部隊です」

 西部隊の編成案の下に、東部隊の編成案が示される。

 戦艦大和を旗艦とし、以下武蔵、金剛、比叡、千歳、千代田、那智、足柄、羽黒、川内、神通、那珂の名前が列挙されている。

「…駆逐艦は朧、曙、漣、潮、暁、響、雷、電を入れたいのです」

 電の言葉に、井上は頷いた。承認である。

「最後、中央部隊ですが、電ちゃん、何か意見はありますか?」

「そうですね…、陽炎ちゃんを旗艦にして陽炎型を全員投入するのはどうでしょうか?」

「それがいちばん良いだろう。数と練度、それに連携も申し分ない」

 井上は我が意を得たり、というように頷いた。

「何か意見のある方はいらっしゃいますか?」

 吹雪が尋ねると、おずおずと間宮が手を挙げた。

「あの、大和型を二隻動かされると、燃料が…」

「それについては処置済みだ。補給が届く」

「それなら大丈夫です」

 間宮は安心したように胸をなでおろす。

「他には有りませんか?」

 吹雪の質問に答える者はいなかった。

「それでは、細かいことを詰めましょうか…」

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