鎮守府日記   作:まるあ

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燕号作戦:前哨

 中部海域前面。鎮守府でそう称される広い海域が彼女たちの舞台であった。広がる大海原が彼女たちの闘志を燃え上がらせる。

 燕号作戦の前哨と位置付けられたその作戦は、いわば前座であり陽動である。これから上映される演目の中心たりえない。だが、それが誇り高き彼女たちの闘魂を鎮める理由にはならなかった。

「第二遊撃部隊各員に告ぐ!」

 陽炎は臨時に自分の指揮下にある妹たちに向かって声を張り上げる。班ごとに複縦で並んだ妹たちはぴたりと、身動き一つせず、直立不動の体勢で、陽炎の方をじっと見ていた。

「作戦海域に到着しました。これより班に分かれて行動します。班長はもとより全員作戦は分かっているわね?班長は定時連絡と緊急連絡、それに海軍拠点で休憩するときはその報告を忘れないよう。思いっきり暴れるのが私たちの任務だから、それだけは忘れないでね」

 陽炎は妹たちの顔を一通り見回した。闘志と緊張がほどよくまざった表情をしている。彼女たちの視線はまっすぐ陽炎に向けられており、それは自分たちの長姉を信頼している証左であった。仮にも彼女たちは陽炎に命を預けるのである。紐帯が最も顕著に表れる瞬間だった。

 妹たちの表情を見まわして、陽炎は安心した。彼女たちであれば安心して作戦の一翼を任せられるし、自分の背中を預けるに足る。自分には出来過ぎた妹たちだ。

 陽炎は天高く拳を突き上げた。

「陽炎型駆逐艦万歳!」

「「「陽炎万歳!」」」

 陽炎の掛け声に妹たちも拳を突き上げて応える。陽炎型のみで重要な作戦の一部を担う時の慣行であった。

「それでは作戦を開始する!武運を!」

 陽炎の言葉とともに、各班がまるで意思を持ったひとつの生き物のように一糸乱れぬ艦列を組んで航行を開始した。

 中部海域前面は主に敵哨戒部隊と潜水艦が出没する海域である。艦娘側にとっても、深海棲艦側にとっても、大規模な艦隊を動かすのは難しい海域である。

 艦娘側にとっては理由は簡単で、まさに深海棲艦の潜水艦が跋扈する海域だからである。潜水艦というのはタチが悪いもので、その被発見率の低さから、偵察の任務も帯びている。大規模な艦隊が動いたとなれば見つからないはずがなく、その行動は逐一把握されていると言っていい。

 深海棲艦側にとっては、拠点と呼ばれる海軍の陸上基地が点在していることが問題であった。拠点には艦娘は船舶が休養できる港があり、同時に大規模なレーダー施設や基地航空隊、さらには陸軍の部隊も駐屯している。また、地対海の特別な要塞が設置されており、通常兵器の中では最も対深海棲艦への成績が良い。艦娘が実戦投入される前の絶望的な撤退戦の中でも、深海棲艦の侵攻が遅かった海域である。そのため、防衛施設の充実を図ることが可能であった。

 深海棲艦の初期の戦略は、諸説あるが、北方海域と南方海域からの挟撃が主体であったらしい。そして、南方海域と比べて劣弱である北方海域の部隊が中部海域を、強力な南方海域の部隊が西部海域と南西海域に割かれたらしく、中部海域が最も手薄だったのである。

 敵深海棲艦が中部海域に関して最も警戒しているのは艦娘側の水雷戦隊主導による対潜作戦であろう。中部海域に配属されている敵の潜水艦の減少は現在の均衡を崩すことになる。燕号作戦の陽動がこの海域で行われるのはそのような理由もあった。

水中探信儀(アクティブソナー)…異常なし」

 不知火が陽炎に報告する。各班一名に水中探信儀が搭載されており、潜水艦の索敵にあたっていた。他の艦には水上・対空電波探信儀(レーダー)が搭載されているか、水中聴音機(パッシブソナー)が搭載されている。

「ソナー、特にアクティブソナーの数は足りてないから…」

 装備品の司令の時、秘書艦の吹雪は申し訳なさそうにそう言ったものだった。

 アクティブソナーとパッシブソナーの違いは簡単で、アクティブソナーは超音波を発信し、波の反射によって敵の位置を探るのに対し、パッシブソナーは敵から発せられるエンジン音などを拾って敵の位置を探る。そのため、パッシブソナーは航行速度が速いほど自身のエンジン音等によって精度が落ちてしまう。一方でアクティブソナーは敵にも自分の位置を教えてしまう可能性があるという欠点もある。

「しょっぱなから敵がいたらかなわないよー不知火姉さん」

 秋雲は笑いながら両手を頭の後ろに組んでいた。彼女は戦場にスケッチブックこそは持ち込んでいないものの、メモ帳とシャーペンは常にポケットに入れていることで有名である。

「なぁ陽炎もそう思うだろ?」

 秋雲は振り返りながら陽炎に尋ねる。彼女の長いポニーテールが風に揺られた。

「そうは思うけど、秋雲、一つ質問いいかしら」

「どうぞどうぞ」

「なんで不知火には姉さんって呼ぶのにあたしは呼び捨てなのよ!おかしいじゃない!」

「だってー、不知火姉さんは怖いしー」

 一瞬不知火の眼光が鋭くなったのを陽炎は見逃さなかった。

「じゃあ怖くすればあんたに姉さんって呼んでもらえるのかしら」

「無理無理。あ、怖くする方ね」

 秋雲がいたずらっぽくくすくすと笑うのを見て、陽炎はため息をついた。楽しそうな妹を見るのは好きだが、どうもからかわれている気がしてならなかった。

「秋雲ー」

「なんだい舞ちゃん」

「私のこともお姉ちゃんって呼んでー」

「やだよ」

「だって舞風には秋雲以外妹がいないんだもん…」

「別に呼び名はどうだっていいだろー」

「まぁそりゃそうなんだけどさー。ちぇっ」

 むぅっとふくれっ面をしている舞風に、やれやれと秋雲は首を振った。

「まぁそんなにふてくされるなってー。帰ったら舞ちゃんの絵を描いてあげるから」

「ほんと!?絶対だよ!」

 ふくれっ面が一転、舞風の目はきらきらと輝いた。そして、ステップを踏むように軽快な足取りになる。

「秋雲が私の絵を描いてくれたらお礼に踊りを見せてあげるね!」

「ああ、楽しみにしてるよ」

 舞踏と絵画。末妹とそのすぐ上の妹はそれぞれ芸術の一方面に秀でいているのであった。

「野分は何か嗜んでいたりしないのですか?」

 不知火が彼女の斜め後ろを航行している野分に尋ねた。

「舞風や秋雲ほどではないですけど、ピアノくらいなら手慰みに…」

 野分は言いながら、両手で鍵盤をたたくようなそぶりを見せた。

「野分のピアノはね、すごいんだよ!私の踊りに合わせてくれるの!」

「…ということが原因で始めました」

 まぁ鎮守府にあるピアノを勝手に弾いてるだけなんですけどね、と野分ははにかむように笑う。

「野分はねー、げんそーこーきょーきょくとかいうのを弾けるようになったんだよ!」

「舞ちゃん、それを言うなら幻想即興曲だよぅ。幻想交響曲だとベルリオーズになっちゃうぜ」

「あそっか。あれはショパンだもんね」

 陽炎と不知火は顔を見合わせた。二人とも芸術の方面には疎く、幻想即興曲と言われてもいまいちどのような曲だかイメージかつかめない。

「…妹たちはどうやら各々いろんな才能を持ってるのね」

 感心したように陽炎は何度か頷く。

「舞風の踊りと秋雲の絵とか漫画は知っていましたけど、ダークホース現るって感じですね…」

 不知火はどことなくしょげるようであった。彼女は事務作業や戦闘においては高レベルな成績を収めるが、絵は壊滅的で、歌を歌っても音痴である。料理だけはどうにか人並みといったところで、少なくとも磯風ほど壊滅的ではない。

 どことなく武骨なようで、案外芸術にも興味があったのか、と陽炎は内心で不知火の見方を改めた。

「不知火もしょげることないわよ。あんたは陽炎型一仕事ができるんだから。みんなそれぞれ得意なことがあるの」

「仕事ができるって誉められてうれしい年頃ではないですね。どうせなら陽炎型一可愛いとか宇宙一俺の好みだとか言ってほしいです」

「…たまに思うけど、あんたはあたしに何を求めているの?」

「姉としての威厳」

「今はないのか…」

 秋雲は小さな声でごちそうさま、と呟いたが、その言葉が陽炎や不知火の耳に届くことはなかった。

 

「しっかしまったくもって無難な航海やったなぁ」

 日暮れを見ながら黒潮はつぶやく。班行動に分かれてから、敵潜水艦隊と数度接敵し、妹たちが瞬く間に殲滅するのを見ているだけだった。彼女のやったことと言えば、航路を定めることと、接敵時に戦闘開始の号令をかけることぐらいである。

「ぼんやりしとらんで、さっさとするんじゃ」

 浦風が黒潮に声をかける。

 前哨作戦は二週間以上にわたる長丁場である。休養をきちんと取ることが大事だった。

 海軍は人類が制海権を確保している海域や、その隣接する海域に複数の拠点を作っていた。長期作戦の場合、時間と状況が許す限り、鎮守府を遠く離れた艦娘たちはそこで休養を取るのが普通であった。

「分かっとるって。ここの拠点の司令はんはどこかいな」

 黒潮たちが初日に立ち寄った拠点はC-05拠点と呼ばれるところであった。本国付近の拠点がH、南方海域の拠点がS、北方海域の拠点がN、西方海域の拠点がW、中部海域の拠点がCのアルファベットを冠しており、さらに通し番号がふられていた。

「拠点司令部におるそうじゃ」

「ほな、御挨拶に伺うか。みんな、ええな?」

 黒潮の指揮下にある妹たちは一様に頷く。その表情には疲れは見えず、むしろ戦闘の興奮が冷めていないのか、目がらんらんと輝いている者もいた。

「失礼のないようになー」

 黒潮は妹たちに気楽そうに妹たちに声をかけると、先導の下士官に真っ先についていった。彼は伍長の襟章をつけていた、少年であった。彼が時折投げかける黒潮たちへの視線は、嫉妬するような、羨望するような、それでいて困惑するような、複雑なものであった。

(おおかた深海棲艦の出現とともに志願した兵士やな…)

 国を、あるいは人類を守ると意気揚々と兵士になったはいいが、ロクに訓練も受けずに撤退に次ぐ撤退を経験し、砂をかむような思いをしたかと思えば、横から現れた正体不明の存在に功績だけ奪われたのだ。助かった、という思いと俺たちの舞台を横取りしたがって、という思いの二つが同居しているのだろう。

「自分、なんて言うんや」

 軍属とはいえ、将校待遇の艦娘は、下士官よりは上位の存在だとされていた。もっとも、黒潮の場合、階級というよりも個人の性格にその口調の原因はあった。

「自分は山岸雄哉伍長です」

「山岸伍長か。うちは陽炎型駆逐艦三番艦、黒潮や。よろしゅうな」

 にこりと黒潮は笑ったが、少年は目を逸らす。

「…自分なぁ、可愛い女の子が笑っとるんやで?何か言うたらどうや」

 黒潮の後ろの方でひそひそと妹たちが小声でしゃべっているが、彼女はひとまずそれを無視する。

「そんな、いきなり駆逐艦だの女の子だの言われても混乱するだけですよ」

 山岸少年は抗議めいた言葉を口にする。

「僕、いえ、自分は二年前は艦隊勤務でした。ミサイル駆逐艦『冬風』の」

「最新鋭艦やな。自分案外すごいやないか」

「でも、連合艦隊は必要なくなったじゃないですか。あなたたちのせいで」

 少年の非難を、黒潮は黙って聞き流した。聞こえなかったふりというものである。

「もちろん、感謝もしています。あなたたちのお蔭で自分たちは全てを失わずに済みました。でも…」

「でも、なんや?」

「でも、自分たちの活躍の機会は失われ、つい先日、自分もこんな辺鄙なところに配属となりました。正直、自分たちが何でダメで、あなたたちが何で大丈夫なのか、分かりません」

「…それはうちも分からんなぁ」

「だから、あなたたちのことが憎くもあるのです。いえ、あったのです」

 黒潮はじっと見つめて、少年に先を促した。

「僕は今まで僕から、いえ、連合艦隊から誉れを奪い去ったあなたたちを憎んでいました。なんでぼくらではだめなのか。なんであなたたちなら良いのか。分からないし受け入れたくなかったのです。事実を!二年間も!僕の青春は奪い去られたんですよ!あなたたちに!」

 途中から激昂し始めた少年に対し、黒潮は冷静を保っていた。人間の将兵に思いのたけをぶつけられる経験は初めてであったが、これくらいで動揺していたらとっくに沈んでいた。

 少年…おそらく志願した時には14か15かそれくらいだったのだろう。人間の学制で言えば、おおよそ高校時代というものを海軍にささげたのだろうと黒潮には察しがついた。

「ほな、なんでさっき自分は過去形にしたんや?」

「あなたたち…自分の目の前に表れた五人の艦娘…みんな自分より小さい女の子じゃないですか。混乱してるんです。こんな子たちを恨めるはずもないし憎めるはずもない。けど…」

「…面白いやっちゃな」

 黒潮はぽつりとつぶやく。

「自分の思いはよぅ分かった。多分、自分以外にも多かれ少なかれ同じような思いを抱いているのもおるんやろ?それに対してうちが言えることは何もあらへん。艦娘(うちら)がいなければ自分らみんな死んでたでっていう問題でもないやろしな」

「そうですね…。すみません、変なことを言ってしまって」

「ええのええの。うちら箱入りやから、たまにはそういう意見も聞かんと」

 黒潮は笑って手をひらひらさせた。

 実際、艦娘が身内…海軍の将兵から恨みや妬みといった類のものを買っているのは事実だろう、と黒潮は思った。本来、彼らの活躍すべき戦場を横から奪い去ったのだ。自然、国民の目も称賛も艦娘に向けられる。命を賭けて戦っているのは彼らも同じなのである。資源の輸送、拠点の保全、沿岸警備、花形とは言えないが、重要な任務を彼らは担っているのである。実際に、艦娘の実戦投入後も、激減したとはいえ戦死者を出しているのだ。必然的に艦娘に恨みが集中してもおかしくない。

「…ここが司令室です。拠点司令官、幡野少佐はおいでのはずです」

「了解や。案内ありがとな」

 

 翌朝、未明に起き出した黒潮たちは、朝食を摂ってすぐに出撃する手はずになっていた。昨晩の内に弾薬や燃料の補給は済ませており、あとは出撃するだけとなっていた。

 出撃前に、拠点司令官に退所の挨拶を済ませた黒潮たちは桟橋に向かった。案内兼見送りに、昨日と同じ山岸伍長がついていた。

「…怖くないのですか」

 司令室から出た直後、ぽつりと少年は黒潮に尋ねた。

「怖い」

 黒潮は即答した。取り繕っても仕方ない問いだった。

「せやけど、それ以上に味方が頼もしいんや」

 ちらりと黒潮は後ろを振り返った。現在彼女の指揮下にいる四人の妹が思い思いの表情を浮かべながら歩いている。

「せやから、大丈夫。うちは負けへん」

「…強いのですね」

「皆がいるからな」

 黒潮はにっと笑った。

艦娘(うちら)だけじゃないで。自分を含む海軍全体があるからうちらが強いんや」

 少年は何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉じてしまった。少しうつむいて、言ったのは別れの言葉だった。

「もうすぐ桟橋です。お別れですね」

 彼は顔を上げるとほんの少しだけにこやかな表情を浮かべていた。

「短い時間ですが、お会いできて良かったです」

 もう二度と交わらないけど、そう言うように黒潮には思えた。

「…自分、メモ帳とペン、持ってへん?」

「え、何でですか?」

「いいからはよ」

 黒潮の剣幕に押されたのか、彼は軍服の尻ポケットからメモ帳を取り出し、胸ポケットからペンを取り出す。

「どうぞ」

「…私物やな」

 黒潮は裏表紙から一枚めくると、つらつらと何かを書き連ねた。

 後ろから谷風が覗き込んだ。彼女は黒潮が書いているものをみるとにんまりとした笑みを浮かべながら、後ろに下がって初風に耳打ちした。

「おおきに」

 黒潮はペンとメモ帳を少年に返す。

「…何を書いたのですか」

「うちのメルアドと、まぁ住所みたいなもんや。ここまでネットがつながると思えへんけど、手紙を出したい時にはそこ宛に出せばうちに届く」

「…つまり?」

 少年はきょとんとしていた。年齢の割に海軍生活が長い彼は、おそらく異性との交流に乏しいのだろう。

「メル友、文通相手、名前はなんでもええけど、要するにそういうことや」

 少年がメモ帳とペンをしまっている間に、黒潮たちは桟橋から海に出た。

「ほな、さよならや。手紙楽しみにしてるで」

 言うなり、彼女は妹たちに手振りでサインを出して、出港する。

「連絡先あげたんでしょ」

 初風が黒潮と並んで航行しながら言う。

「別にええやろ?」

「そりゃ私は関係ないから好きにすればいいと思うけど、私たちは人間じゃないことはきちんと覚えててね」

「分かってる」

 黒潮は神妙な顔をして頷く。

「別にあの少年をかどわかそうとか、そんなことを考えてるわけではないで。うちは単に普通の人間が考えていることも知りたいだけや」

「ふぅん」

 初風は黒潮の言葉をあまり信じていないようだった。

「黒潮がきちんと線引きができなければあの子のこと、殺すわ」

 初風はさらりと、物騒なことを口にする。

「迷惑だもの」

「せやから大丈夫っていっとるやろ!」

「退役したらってこと?」

「ちゃうって。うちは別に…」

「…人間って成長するし老いもする。一方私たちは…」

「分かってるって何度言ったら分かるんや!」

 黒潮は声を荒げた。

「別にうちはあの子のことが好きやとか、そういうことやない。ただ、一般の海軍の将兵がどう思ってるのか気になるだけや」

「…まぁそういうことにしておきましょうか」

 初風は減速して黒潮から離れる。

 わざわざ初風に指摘されなくても分かっている。黒潮には、否、艦娘には人間と必要以上に親密になることは不可能だ。古来より異種婚姻譚は不幸な結末を迎えると相場が決まっている。

「初風も悪気があるわけじゃないのよ。ただ、黒潮が心配なだけよ」

 初風に代わって、天津風が黒潮に話しかける。

「…分かってる」

 それは黒潮にも分かった。妹に必要以上の心配をかけていては姉失格である。

「そう。分かってるならいいわ」

 天津風は頷くと、目を細めた。

「うーん。いい風ね」

「…せやな」

 黒潮には風の違いは分からないが、天津風が言うのであればきっとそうなのだろう。妹の銀色の長い髪が風に吹かれるのを見ながら、作戦が終了した頃には手紙が届いているだろうか、とふと思った。

 

「はっはっはっ。敵も骨がないな」

 愉快そうに笑っていたのは磯風であった。

 磯風たちは敵の哨戒部隊と思われる水雷部隊を壊滅させたところであった。駆逐艦が一、二隻逃げていったようだが、深追いは避けたのである。

 作戦は殲滅ではなく陽動。敢えてこちらの動きを知らせる必要がある。

「骨がないって、軽巡の旗艦級(フラグシップ)もそこそこいたように思えたんですけどね…」

 浜風が困ったようにため息をつく。

「その程度の敵は前菜にもならん」

「…聞きたくないんですけど、一応聞きますね。メインディッシュは?」

「もちろん、あのにっくき戦艦レ級旗艦級(フラグシップ)!」

 磯風は拳を握るとぎりぎりと歯ぎしりし始めた。

「私と貴様とあの特Ⅲ型が総がかりで挑んで全く歯が立たなかったんだぞ!鎮守府最強クラスの駆逐艦、つまり鎮守府最強クラスが集まってこのザマだ!絶対あいつは私が沈める」

「無理です。あきらめてください。あれを沈めるときはおそらく鎮守府の戦力が総がかりになります」

「総がかりとは?」

「磯風含め、主たる戦力はほぼ投入されるでしょうね。駆逐艦で言うと特Ⅲ型を筆頭に私たち陽炎型、夕雲型、朝潮型は全部投入されるでしょう。他にも綾波敷波ペアや夕立時雨ペアもおそらく」

「…正直今あげた戦力だけで国ひとつ滅ぼせるぞ」

「作戦さえうまければ特Ⅲ型だけでこの国を乗っ取れますね」

 特Ⅲ型は鎮守府でも最強の戦力と目されている。陽炎型は個々の戦闘能力や雪風・磯風を擁していることもさることながら、長姉陽炎の指揮と次姉不知火の作戦のもとに一致団結した動きを見せるので集団となると個艦性能以上の働きを見せる。夕雲型は艦としての性能と、長姉夕雲の高い統率能力と朝霜の力によって一目置かれている。そして、朝潮型は長姉朝潮を筆頭に、軍人と言うよりも戦士として高い能力を見せていた。

「なんならこの中に睦月型の長女と次女を混ぜてもいいんですよ」

「間違いなく国が滅ぶ」

 磯風は冗談じゃない、というように真面目な顔つきであった。

「睦月型の姉二人はダメだ。あいつらはイカれてる」

「艦型ごとに駆逐艦で争ったらどこが勝つんでしょうね」

「特Ⅲ型だろう。二番は予想できないがな」

陽炎型(わたしたち)と特Ⅲで争ったら面白そうです。死神と不死鳥、奇縁のあるこの二人のどちらが勝つのか」

「死ななければ死神も殺せないだろうな」

 神妙な顔をして磯風は言う。

「聞こえてますよ。だれが死神ですか」

 すーっと寄ってきたのは雪風だった。

「馬鹿な話をしないでください」

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは。駆逐艦最強を決めてるんだぞ」

「どうせ電さんですよ。綾波さんや夕立さん、磯風、もしくはこの雪風の形容にも使われますがね、結局最後に勝つのはあの人です」

「まぁあいつには勝てる気はしないな」

「そうでしょう…。私もですよ」

 雪風はそう言うと、自分を呼ぶ声が聞こえたので振り返った。見れば時津風が犬の耳のような髪の毛をぱたぱたさせていた。

「ゆきかぜーっ!魚採れたー!」

「…何で採ってるんですか」

 雪風は呆れたようにつぶやくと時津風の方に進んだ。

「雪風も時津風みたいに楽しめば良いのに」

 浜風が二人を見ながら言った。

「姉妹が全員沈んだ挙句、第二の祖国も敗戦したからな…。多少ひねてるのは仕方あるまい」

 かつて艦だった時に、雪風に雷撃処分された磯風は一瞬だけ悲しげな表情を浮かべた。

「第二の祖国…ああ」

「雪風のベッドの壁には蒋総統の写真が貼ってあるそうだ」

「寝言で大陸反攻って呟いている、という話も聞いたことがあります」

 磯風と浜風はそろって雪風を見た。彼女たちの知らない世界を生きた姉妹、どことなく遠く感じた。

「…ま、私にとって雪風は姉であるだけ…姉?」

「それを言ったら時津風も姉だ」

「…私、姉として認識しているのは陽炎、不知火、黒潮ぐらいですね」

「奇遇だな、私もだ。実際、姉ぶってるのはその三人くらいなものだしな」

 それはそれでどうなのだろう、と浜風は思ったが、口には出さなかった。

 

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