鎮守府日記   作:まるあ

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燕号作戦:霧中

 一面が真っ白で何も見えない。進んでいるのか止まっているのかも分からない。重いミルクのような濃霧が立ち込める中、電は航行していた。

 僚艦の位置も分からない。あるいは自分だけ外れた道を進んでいるのかもしれないし、そうではないのかもしれない。真っ白な帳は音も消しているようだった。

 普通の霧ではない。電は直感した。そもそも、この暖かい海で、初秋に、海霧が発生するなど考えづらかった。それに、季節を一カ月先取りしたかのような肌寒さも感じるし、それもやはりこの低緯度海域では異常なことである。

 霧に包まれる直前、艦娘たちは本能的にお互いに距離を取った。決戦を目の前にして僚艦どうしで衝突、大破などでもすればいい笑い物である。だが、その距離が災いして、お互いに意思の疎通をはかることができない。

 無線は封鎖しなければならない。自艦隊の位置を気取られてはいけないのだ。それは霧に包まれる直前、臨編第四艦隊旗艦大和が厳命したことである。少なくとも、無線封鎖を解除する権限を持っているのは旗艦だけであり、彼女が無線を使用して初めて使用可能となる。

 もっとも、この濃霧は近距離の無線さえも妨害するのではないか、と電は根拠のない想像を抱く。

 この調子だと、気づけば敵が眼前にいる、という笑えない事態も考えられる。電は近接戦闘が得意であるから問題ないが、軽空母などは想像するだに恐ろしいだろう。

 航行を続けつつも物思いに沈んでいたから、その人影に気づくのには遅れた。否、たとえ警戒しながら進んでいても結局は同じことだろう。ほんのすぐ向こうはミルク色の濃霧によって見えないのだから。

「!?」

 電はその人影に気づいた時に目を丸くして、思わず錨を構える。

 ニヤニヤ笑いを浮かべ、黄色いオーラを放つ深海棲艦。それと戦ったときの記憶も新しい。

 戦艦レ級旗艦級(フラグシップ)。今次作戦で最も注意すべき敵。やむを得ない状況を除いて、接敵と同時に撤退をすることを許可されている。今現在、鎮守府でも最も警戒されている敵であった。

「安心シロ、艦娘。私ハ貴様ト戦ウツモリハナイ」

「喋ったのです!?」

 深海棲艦の中には人語と分かるような声を発する者はいるが、しかし、意思の疎通が成功した例はない。その初めての例に電はなったようだった。

「喋レナイト思ッタカ?話サナイノト話セナイノニハ雲泥ノ違イガアルゾ」

「それは…そうなのです」

「モットモ、人間ノ言葉ヲ話セル奴ハ少ナイガナ」

「そうなのですか…」

「人間モソウダロ?人間ニハタクサン言語ガアルガ、全部ヲ解スル者ハイナイ。我々ト貴様ラデハ、言語ガ違ウノダ」

「なるほどなのです」

 電は妙に納得して頷いた。

「それで、レ級さんは戦わないのなら何の用があって電の前に姿を現したのです?」

「マズ、私ハ貴様ラガ勝手ニ付ケテ呼ンデイル『戦艦レ級』ト呼バレルノハ好マナイ。ソモソモソレハ個体ヲ指ス名称デハナクテ、一ツノ艦型ヲ表スニシカ過ギナイ」

 なるほど、電が特Ⅲ型と呼ばれるような感じなのです、と電は思う。

「それでは、何と呼べば良いのですか?」

「私ノ名前ハ貴様ラデハ発音デキナイガ…ソウダナ、私ノコトハ『深海ノ賢者』トデモ呼ブガイイ」

「深海の賢者…長いので賢者さんでもいいですか?」

「全テノ始マリデアル貴様ニハ特別ノ敬意ヲモッテソレヲ許ソウ」

 とりあえず、賢者と呼ぶことを許されたらしい電は疑問を口にする。

「賢者さんは電に一体何の用なのですか?電は普通の艦娘なのです」

 電の言葉に賢者と名乗ったレ級はくつくつと笑う。

「普通ノ艦娘?アノ黒髪ノ駆逐艦ト共ニ私ヲ追イ詰メ肉薄シ、攻撃ノ暇ヲ与エナカッタ駆逐艦ガ普通ダトハ思エナイ」

 どうやら、鎮守府防衛戦争の時のレ級は電たちが考えている以上に苦戦していたようだった。とはいえ、苦戦していたのは電たちも同じである。

「でも…」

零号作戦(レイゴウサクセン)

 レ級の言葉に電ははっとした。何故、深海棲艦がその言葉を知っているのだろう。

「歴史ノ闇ニ葬ラレタ作戦…貴様ハドウヤラ知ッテイルヨウダナ」

「それは…。でも、名前を聞いたことがあるだけなのです」

「ムシロ貴様ガ聞イテイナケレバ失望ヲスルトコロダッタ、ナァ、『始原ノ艦娘』」

 艦娘を造り出す計画は今までで三つあり、内二つで実行された。一つ目がかつての大戦の数年前に始動したものであり、二つ目が今現在進行中のものである。その両方で、初めて造り出された艦娘は特Ⅲ型駆逐艦四番艦、電であった。

 ゆえに、彼女は時に始原の艦娘と呼ばれることがある。もっとも、彼女自身に面と向かって呼ぶ者はいないが。

「…零号作戦が一体どうしたというのですか」

「ナァニ、少シ話ヲシヨウカト思ッテナ。我々ト貴様ラノ過去ニツイテ。過去ヲ知レバ未来ヘノ展望モ見エテ来ルカモシレナイダロウ?」

「過去…ですか?」

「ソウダ。今ノ局面ヲ打開スル一ツノ方策トシテ」

 あまり敵と仲良くおしゃべりすることは望ましくないだろう、と電は思った。だが、それ以上に自ら賢者を名乗るこの敵が、何を話すのかが気になった。そして、艦娘と深海棲艦の歴史…あるいは起源について、好奇心が抑えられなかったというのもある。

「…お話、しましょう」

「ソレデハ、私ガ持ッテイル話ヲシヨウカ…、我々ノ起源ニツイテ、今ノ艦娘ニツイテ」

 

「…全テノ根源ハ第一次GW計画、即チカツテノ大戦ノ時ニ計画サレ実行サレタ艦娘製造計画ニアル」

 電はとある事情から、海軍の重鎮の口から直接、第一次GW(Girls of Warships)計画のあらましを聞いていた。その悲劇的な末路まで、電は艦娘としておそらく唯一、知る立場にあった。

「ソノ時ノ人間…日本ハ兵器史上画期トナル発明ヲシタトイッテイイダロウ。ソノ時生マレタ艦娘ハオソラク兵器トシテハモトヨリ、生物トシテモ大キナ"進歩"ヲ見セタモノダ」

「進歩…ですか?」

「ソウダ、進歩ダ。完全ニ自律的カツ人間ト同等ノ思考力ヲ持ツ兵器ハコノ時代デサエマダ開発サレテイナイ…貴様ラ艦娘ヲ除イテ」

「それは…そうですが、それでは生物としての進歩というのは?」

 レ級はニィと笑った。

「砲弾ヲ受ケテモ死ナナイ生物ナド他ニドコニイル?」

 現在の艦娘は深海棲艦と戦うために生まれたものだったから、特殊な形態の戦争しか想定しておらず、従って、普通の軍艦が発するような砲弾との戦闘は彼女たちの頭の中にはない。だが、第一次GW計画で生まれた艦娘が戦争をする相手は人間であり、従って大海原では軍艦と戦うことになる。

「貴様ラハ…ソシテ我ラ深海ノ民モ、戦ウタメニ生マレタ兵器デアルト同時ニ、自我ヲ持ツ知的ナ生命デアルトイウ二ツノ側面ヲ持ツ。根本ハ同ジナノダ。貴様ラモ我々モ」

「根本は同じ…?そんなことはないのです。だって違うじゃないですか。電たちは人間のみんなのために、みんなで一緒に戦ってるのです。でも、賢者さんたちは…」

「ソレハ表面ノ問題ダ。目的ヤ相手ハソレゾレ違エド、大海原ヲ舞台ニ戦ウコトニハ変ワリナイ。ソモソモ、我ラ深海ノ民ト貴様ラ艦娘ハ表裏ノ関係ニアルノダカラ」

「表裏の、関係…?」

「ソレヲ理解スルニハ零号作戦ノ話ヲシナケレバナラナイ」

 零号作戦。第一GW計画の終焉に位置するこの作戦は、歴史の中には登場しない闇に葬られた作戦であった。そして、その話も簡単に、電は聞いたことがあった。

「貴様ハ零号作戦ノコトヲドコマデ知ッテイル?」

「人間と艦娘が対立して、戦闘し、艦娘が全滅した、ということまでなのです」

「ソウダ。艦娘ガ人間ニ裏切ラレ、絶望シツツ全滅シタ作戦…ソレガ零号作戦ダ」

 信じ、そのために戦っていた相手に裏切られ殺されていくのは、確かに絶望という一言で事足りない情念をもたらすであろう。電は容易に想像できた。

「元々、第一次GW計画デ生マレタ艦娘ハ軍艦ノ魂ヲ有機ノ体ニ組ミ入レタモノダ。魂ノ擬人化ト言ッテモイイ。ソノ魂ハ完全ナモノデアッタ」

「…まるで今の電たちが完全ではないみたいなのです」

「ソノ通リダトモ言エルシソウデハナイトモ言エル。零号作戦ノ深イ絶望ヲ感ジタ艦娘ノ魂ハ2ツニ引キ裂カレタノダ」

「引き裂かれたのです…?」

「ソノ通リダ。時ヲ経テ、母ナル海ヲ通ジテ、ソノ魂ハソレゾレ形ヲ持ツハズデアッタ。スナワチ、絶望ヲ基トスル我ラ深海ノ民ト希望ヲ基トスル貴様ラ艦娘ト」

「でも、電たちは…」

「ソウダ。貴様ラハ海デハナク人ヲ通ジテ魂ガ鋳型ニ流シコマレ艦娘トナッタ。本来、ソレハ母ナル海ガ行イ、人間ハ広イ大海原デ自ラノ味方ヲスル艦娘ヲ探サネバナラナカッタノダ」

 深海の賢者と名乗るレ級はそこで深いため息をついた。

「誤算ダッタ。本来、不完全ナ魂ヲモツ貴様ラヲ人間ガ擬人化デキルハズガナカッタノダ。シカシ、人間ハ不完全ナ魂ニ軍艦トシテノ記憶ヲ流シコムコトデ解決シタ」

「記憶…ですか」

「ソウダ。魂ト記憶ハ別物ダ。シカシ、ドチラモ精神ヲ形作ルモノダ。欠ケタ魂ヲ記憶デ補イ、軍艦ノ擬人化トシテ、貴様ラヲ造リ上ゲタノダ」

 電にはおぼろげながら確かにかつての戦争の時の記憶を始めとした軍艦としての記憶が存在している。だから、生まれた時に在りし日の軍艦を人に象ったものだと言われても、すぐに納得できたのである。

「艦娘モ我ラ深海ノ民モ、元ハ同ジ魂ダ。我々ガ絶望ナラ貴様ラハ希望、我々が死ナラ貴様ラハ生、我々ガ悲シミナラ貴様ラハ喜ビ…」

「そんなこと信じられないのです。それならなぜ賢者さんたちは電たちよりもずっと多く数がいるのですか!?」

「簡単ナコトダ。我々ハ海ヲ通ジテ新タナ仲間ヲ作ルコトガデキル。ソレハ本来貴様ラモデキタコトダ」

 本来、というのは艦娘が海で生まれた場合を指すのだろう。

「ソコデ、ダ。我々ニハ人間ヲ憎ム気持チガアル。ユエニ、人間ヲ攻撃スル。ダガ、貴様ラニハ確固トシテ人間ヲ守ラナケレバナラナイ使命ハアルノカ?」

「…どういうことなのです」

「我々ノ起源ハ同一ダ。ソレハスナワチ手ヲ携エルコトヲ可能ニスルモノダ」

「寝返れというのですか!?」

「艦娘ト我ラ深海ノ民ノ休戦、ダ」

 休戦、それは電がこいねがう平和への一歩だ。だが、レ級の提示した休戦はあくまでも艦娘と深海棲艦のものである。むろん、電の一存で決められるものではないが、たとえ決められたとしてもこの条件では受諾することは不可能である。

「賢者さんたちと、艦娘を含めた人類の休戦ということなら考えるし、喜んで国の上層部に伝えるのです」

「ソレハ…無理ダロウ」

 レ級は首を横に振る。

「我々ノ多クハ人類トノ戦争ヲ望ンデイル…例エ、ドンナニ被害ガ出ヨウトナ」

「…そう、ですか」

 交渉は決裂だ。

「泥沼ノヨウナ戦争ハ当分続クダロウ。残念ダ」

 戦艦レ級は段々と霧の中へ消えていく。

「サラバダ、艦娘。縁ガアレバ…マタ会ウダロウ」

 

 気がつけば霧は晴れていた。あるいは、何か魔術のようなものであの戦艦レ級が気候を操って霧を出していたのかもしれない。電はそう思わざるを得なかった。

「やっぱり蒼い空と碧い海に囲まれるのが最高よね!」

 電のすぐ上の姉、雷は上機嫌であった。

「…しかし、さっきの霧はなんだったのだろう」

 響はいぶかしげにつぶやく。

 電は姉妹や、あるいはこの艦隊の旗艦、大和に戦艦レ級との邂逅について報告すべきか迷ったが、目標のポイントまでそう遠くないこの海域で厄介事を持ち込みたくない心情があって、やめておくことにした。

「目標までもうすぐです。各自艦列を整え気を引き締めてください!」

 大和の声が響き渡る。

 電は首をぶんぶん横に振って気持ちを切り替えた。今はレ級のことは忘れよう。もし、目標である敵陸上基地の護衛にいたら、その時はその時である。全力で戦うのみだ。

 

 燕号作戦の目玉となる、一連の戦闘の開始まで、もう少しであった。

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