鎮守府日記   作:まるあ

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電の日常:3

 電はいつになく緊張していた。目の前には海軍の長老、軍事参議官華頂元帥宮(かちょうげんすいのみや)が今まさに、電のために話をしようとしているのだ。本来であれば、華頂宮との陪食を許されただけでも願ってもない栄誉なことである。

「まずは、『第三次GW計画』の名前から説明しようか。GWとはGirls of Warshipsの略だ。直訳すると、軍艦少女、というわけだな」

 華頂宮は一息ついた。

 軍艦少女。艦娘。それが自分たちのことを指しているのだと、電はすぐに分かった。

「それでは、第三次、とはどういうことか?簡単だ。実施にまで辿りつかなかったものも含めて三度目の計画だからだ」

 実施にまで辿りつかなかったものも含めて――つまり、過去にも実施された同様の計画があることを示唆するものだった。

「第一次GW計画が持ち上がったのは1930年代前半、満洲事変前後の時代だ」

 ちょうど、船だったころの電たち特型Ⅲ型駆逐艦が起工し、就役した時代と重なった。

「破局には至っていなかった時代、しかし、破局をあるいは予想できたかもしれない時代だな。同時に、ロンドン海軍軍縮会議後で、保有艦数が制限されていた時代にもあたる」

 日本が調印した海軍の軍縮条約は大きなもので二つ、ワシントン海軍軍縮条約とロンドン海軍軍縮条約である。前者が主力艦を、後者が補助艦を制限したもので、特にロンドン条約締結時には海軍を中心に国内に大きな反発が起きたという。

「詳しい史料は敗戦のおりに焼かれでもしたのか、散逸して残っていないから、詳しいことは分からんのだがね、とにかく、軍令部で軍艦の魂を人の形にかたどり、戦争をさせる計画が始動した」

 軍縮に伴う戦力の制限に対抗するために、いわば緊急避難として開始されたのだ、と華頂宮は付け足す。

「その時に、作ろうとしたのが、ちょうど建設中であった君たち、特型Ⅲ型駆逐艦、あるいは吹雪型駆逐艦21番艦から24番艦だ」

 暁、響、雷、電。その四隻が最初に作られようとしたということだ。

「結局、技術が完成し、栄えある艦娘第一号ができたのは、盧溝橋直前の1937年5月のことだった」

 それが、君だ――そう、華頂宮は言う。

「四隻の姉妹艦の内、初めに出来上がったのは末妹の電だった。まぁすぐに姉三人が生まれたがね」

 華頂宮の言うことが正しいのであれば、電が全ての艦娘に先駆けて生まれていたことになる。全く、予想だにしなかったことだった。

「その後勃発した日華事変に君たちは投入された。最初の戦場は、情報が錯綜しているのだが、どうやら上海だったらしい。上海で陸戦隊として中国陸軍との戦闘に投入されたようだ」

 陸戦隊は海軍の地上部隊である。当時の上海は国際都市で、帝国主義諸国の租界が存在し、それを守るために各国が自国の軍隊を置いていた。日本は上海の管轄を海軍としていたから、陸戦隊を置いていたのである。

「その後、海上の戦闘でも優秀な成績をおさめた君たちは海軍に認められ、他の艦娘たちも建造されることになった」

 戦艦、空母、重巡、軽巡、駆逐艦、潜水艦、さまざまな艦種の軍艦が作られた、と彼は付け足す。

「新たな艦娘の建造は太平洋戦争勃発後も続けられた。詳細は不明だがかなりの数が集まったようだ」

 電は在りし日の艦娘部隊に思いを馳せた。言われるがままに人間同士の戦争を補助し、人間の乗った船を沈める彼女たちには、端的に言って、同情の念が湧いてきた。少なくとも、電はそんなことをしたくなかった。

「彼女たちは単一の指揮系統に属していた。彼女たちを指揮する提督は人間の将官で、少将の時にその任につき、その後中将に昇進した男だ。彼は慎重で堅実に采配を振るい、ついに1人の戦死者も出さなかったという」

 普通の艦と同様の破壊力や防御力を持つ人間サイズの標的にそう砲弾があたるわけでもない。敵国もよもや人間の少女のような物体が攻撃してくるとは思わないだろうから、艦娘の攻撃は謎に包まれていたであろう。交戦というよりも、一方的な攻撃である。

「だが、敵国の物量は我が国を圧倒した。本土決戦を目前についに終戦の聖断が下され、我が国は降伏の道を選んだわけだ。このとき、海軍省及び軍令部は敵国にこの技術を渡さないよう、艦娘に自沈命令を下した」

 終戦時に書類を焼いた、あの感覚で下された命令なのだろうな、と華頂宮はシニカルな笑みを浮かべた。

「だが、艦娘たちの指揮官はそれを拒否した。彼女たちが武装解除の末、一般市民として暮らせるよう、逆に頼んだようだ。しかし、機密の漏洩を恐れる海軍中央はそれを拒絶、再度自沈命令を下した」

 電は固唾を飲んで聞いていた。ただの軍艦であれば自沈命令を出すのも仕方ない状況であろうが、艦娘は生ける軍艦である。自沈命令と言えば聞こえが良いが、ようは自決の強要だ。

「艦娘たちの指揮官は二度目の自沈命令も拒否した。そして、海軍中央に訣別の電報を送った」

 我独立シ、自ラ前途ヲ開カン。華頂宮はおそらく電報の肝となる部分をそらんじた。

「そして、帝国海軍は最後の作戦に乗り出すことになる。それが零号作戦(れいごうさくせん)だ」

 れいごうさくせん、と言えば太平洋戦線における帝国海軍の組織的戦闘の最後の勝利を飾った礼号作戦を思い出す。あるいは、それに引っかけた作戦名なのかもしれなかった。

「零号作戦についての記述は錯綜している。海軍側はまだきちんと整っているが、艦娘側は証言者がいないこともあってあまり分かっておらん。海軍陸戦隊、まだ稼働する残存小型艦、海軍航空部隊が作戦に参加し、艦娘の本拠地を激しく攻撃した。もちろん、艦娘たちは応戦した。指揮官のもと一つの指揮系統に従って組織的に応戦したとも、既に指揮官は死亡しておったともいう」

 総勢でいえば多くても二百とか三百とか、それくらいしかいない叛逆の徒を抹殺するのに、帝国海軍は最後の力を振り絞ったのだと言えよう。

「艦娘たちは個々の戦闘能力は抜群だ。1人が一隻の船なのだからな。戦闘は72時間続いたという。最後はあっけなかった。航空部隊の空爆によって艦娘側の司令部が破壊され、指揮系統が崩壊、陸戦隊と航空部隊が協力した各個撃破の戦術で瞬く間に叛乱は鎮圧された」

 一人残らずな、と華頂宮は付け足した。

「これが第一次GW計画のあらましだ。第二次GW計画はもっと簡単だ。自衛隊時代に帝国海軍時代の史料が見つかって、計画だけ持ち上がったが、世論その他を考慮し取りやめとなったものだ」

 自衛隊時代、今の軍関係者がそう呼ぶとき、それは日本に与えられた平和と安定と繁栄の時代を指していた。そして、それは複雑な思いと共に口にされるのだった。軍人たちはやはり軍部の地位がきちんと認められていることを望む。自衛隊時代には憲法上の問題もあってそのようなことは決してなかったのだ。だが、それは同時に平和で、軍の仕事が災害の時の人命救助といったようなものであった時代でもある。旧軍の一部の軍人であればいざ知らず、現在の軍人たちは平地に乱がおきることは好まないのだ。

「そして、今の危機の時代。通常兵器では埒があかないと言ったときに持ち上がったのが第三次GW計画、すなわち君たちの計画だ。第一次GW計画の時に習い、電君、君を最初に建造することになった」

 それはつまり電君が始原の艦娘ということだ、と華頂宮は電のことをじっと見つめながら言った。

「後は君の知っている通りだ。君ができて、そのすぐ後に君の姉妹ができて、この鎮守府に配属されて、井上君が上官となって、そして戦って…そう、君の知っている通りだ」

「…かつての電たちがどうして生まれて、どういう歴史を辿って、そしてどういう終局を迎えたのかよく分かったのです」

 電はきゅっと膝にのせていた両手を握った。

「でも、なんで、それを電に伝えるのですか?電はただの駆逐艦娘なのです。最初の艦娘といっても特別なことはないのです、ただの、非力な…」

「君が零号作戦時の秘書艦だったからだ」

 華頂宮の声は静かだった。だが、それだけに反駁を許さない力強さがあった。

「我々海軍上層部は恐れているのだよ。零号作戦の再現をな。あれは悪夢だ。確かに帝国海軍側が君らに勝利した。だが、少なからぬ犠牲を伴ったのだよ。君たちにはそれだけの力がある。君たちが本気で叛旗を翻したら、我々にはどうしようもない」

 電にはそもそも海軍に対して叛逆しよう、という発想さえなかった。だが、確かに、自沈命令を下されたら叛旗を翻したくもなろう。

「我々は君たちに歩み寄ることしかできない。その一つの形が、この歴史のお話だ」

「この、お話…?」

「そうだ。お互いに同じ歴史を共有し、共に同じ悲劇を繰り返さないよう精いっぱい考え、そして歩み寄らねばならん」

「…電は人間と艦娘が相討つ、というような状況を想像できないのです」

「だが起こった」

 華頂宮の言葉は常に力強い。

「他の者には刺激が強い話だ。しばらくは君の胸におさめていてくれ…だが、決して忘れないでくれ」

 

「ただいま、なのです」

 電は暁型4姉妹の居室に戻った。

 暁は寝そべって何やら小説を読んでいるようだった。今彼女のお気に入りの恋愛小説である。

 響はちゃぶ台に何冊かの分厚い本とノートを広げていた。最近の彼女のお気に入りはソ連史であるから、あらかたその勉強であろう。

 雷はマフラーを編んでいた。この夏場に時期外れではあるが、どうやら姉妹でおそろいのマフラーを作りたいらしい。

「おかえりー、遅かったわね」

 暁が本から顔を上げた。

「どうだった?」

「いろいろあったのです。今は少し休ませて欲しいのです…」

 そういうなり、電は暁の隣に寝っ転がった。長姉の体はくっつくと少し温かい。

「ちょっと、読みにくいわね」

 暁はまんざらでもなさそうだった。栞を挟むと、彼女は本を閉じて、電と向き合った。

「末っ子は甘えん坊さんね」

「もうそれでいいのです。暁ちゃんはおとなしく電の抱き枕になるのです」

 電はそういうなり暁に抱きつく。

「ぴゃあ!」

 びっくりしたのか、暁は素っ頓狂な声を上げた。

「姉さん、顔赤いよ」

 響もいつのまにか勉強をやめ、暁と電を見下ろしていた。

「び、びっくりしたのよ!それだけよ!くすぐったいとか、そういうことじゃないんだから!」

 電はあせあせとしている暁を抱く腕を強めた。

「…電、嫌なことあったの?」

 雷が心配そうに妹の顔を覗き込んだ。

「そんなこと、ないのです」

 艦娘たちの歴史について、今は口外するな、と何度も念を押されたのだ。電はそのことを今は彼女の胸にしまっておくしかなかった。

 電の姉たち三人はお互い顔を見合わせると、軽く頷いた。何かを察したようであるが、それが何か、ということは訊かない方針で一致したのだろう。

 つくづく、物分かりの良い姉たちだと電は思う。

「ま、何かあったら私を頼ってね。助けるわ」

 雷は妹の頭を撫でた。

 それを心地よく思いながら電は眠りについた。

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