鎮守府日記   作:まるあ

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雪風の日常:1

 轟音が鳴り響いたかと思えば、大きな水柱が立ち上がる。常に不規則な蛇行をしつつ、雪風は首にかけている望遠鏡で敵との間合いを測っていた。

 陽炎型駆逐艦八番艦、雪風。艦隊型駆逐艦の最高峰と謳われる陽炎型の中でもさらに特異な存在であった。

「やっぱり遠いですねー。戦力としては重巡3、軽巡5、駆逐艦10といったところですか。どうしますか?」

 雪風は蛇行しつつ振り向いて、今回の旗艦である初春型四番艦、初霜に尋ねた。

「そうね。お互い偶発的戦闘だからこのまま距離を置いても良いのだけど…」

 初霜は頭に巻いた青いはちまきを風にたなびかせながら少し考え込んでいた。その間にも回避行動をとっていることは言うまでもない。彼女たちにとって、戦闘中の回避行動はもはや本能と言えた。

「突撃、しましょう。今、鎮守府は軍事参議官の宮様をお迎えしている状況です。万一、鎮守府強襲をされた場合、我々は立つ瀬がありません」

 初霜は、味方艦隊の砲撃が届かず、かつ敵艦隊の砲撃が届く距離にあるというのに、余裕そうにむしろ笑みをも浮かべていた。

「相変わらず好戦的な御仁だな…嫌いじゃない」

 鎮守府強襲をするだけの戦力ではなかろうに―陽炎型駆逐艦十二番艦、磯風がつぶやく。

 ため息をついたのは同じく陽炎型駆逐艦の十三番艦、浜風だ。

「あまり無茶しないでくださいよ…」

 大丈夫大丈夫、と初霜は手をひらひらと振った。

「雪風さんが先行してください。その後を磯風さんが。殿は浜風さんに任せます」

「了解」

 三人は唱和した。初霜の指示通りに四隻の艦娘は隊列を組み、敵艦隊への接近を始めた。

 敵艦隊は驚いたのであろう。一瞬のことであるが、動作がぎこちなくなった。戦力としては彼らに分がある。常識的に考えれば、お互いが混乱しやすい夜戦でもなければこの状況で突撃してくるということは考えづらい。とはいえ、数十秒もすれば雪風たちも敵艦隊を射程圏内に収めることができるのである。

 しかし、それは敵艦隊のポジショニングによっては全18隻の射程圏内に入るということであった。

 敵艦隊の砲撃はまず先頭の雪風に集中した。彼女はただひたすら優雅に回避行動をとっているだけだった。しかし、それでもただの一撃もあたらない、というよりも、至近弾にカウントされるような砲撃もなかった。

「駄目ですね、全く…」

 雪風は自分の射程圏内に敵駆逐艦をとらえると、主砲を一斉射した。それはまさしく捕捉した敵艦に命中し、あえなくその艦は轟沈した。

 駆逐艦雪風。彼女に好意的な者は幸運艦と呼び、彼女に悪意を持つものは、かつて活躍した彼女の魂の原型である駆逐艦の歴史から死神と呼ぶ。ただ、両者に共通している見解があった。

 神に愛された艦―それが雪風の評価だった。

「雪風は沈みません。それはただの願望や期待ではありません。真実です」

 事あるごとに雪風はそう放言してはばからないが、彼女の実戦投入後、何度も激戦を潜り抜けたが、一度たりとも被弾しなかったことが彼女の自信を裏付けしている。

「雪風は先の大戦でも今でも死神と呼ばれていました。ですが、かつては味方殺しの死神ですが今は敵殺しの死神です」

 雪風は自嘲気味にそう言ったこともあった。そして、「どうせ二つ名がつくのであれば同じく外国に身売りされたあの子のように不死鳥と呼ばれたかったものです」と付け加えたものである。

 敵艦隊の二撃目が容赦なく雪風を襲った。一撃目よりは雪風との距離は縮んだようであるが、彼女はかすり傷さえ負わない。

 そのころには後続の初霜たちも射程圏内に敵艦隊を捉えていた。彼女たちの砲雷撃は雪風ほど簡単に敵艦を沈めたりはしないものの、着実に交叉弾、至近弾を撃ち出していく。

「敵重巡撃沈を確認」

 磯風が自身の戦果を高らかに述べた。

「ぼやぼやしているとメインディッシュを食べ損ねます」

 雪風は主砲を構えなおすと共に敵軽巡とその背後にいる重巡に向けて魚雷を放った。

 

 数十分の交戦の後、雪風たちはわずかな損傷と引き換えに敵艦隊の殲滅に成功した。最初の数分間で中核戦力である重巡2隻が撃沈されたのが敵艦隊を恐慌に陥れたようだった。無理もない。彼我の戦力差は圧倒的と言えるまでに彼らの方が勝っていたのである。

「結局、戦果は雪風が一番なのか」

 磯風は不満そうに口を尖らせていた。駆逐艦娘の中でも武闘派の急先鋒として評価されている彼女であるから、自分の戦闘能力には自信があるのであろう。

「雪風は神に愛されてますから」

 雪風は誇るでもなく、淡々と言った。

「正確に言うのであれば、神に愛されるだけの鍛錬と智慧と集中力を兼ね備えてますから。だから、雪風は絶対に沈みません」

 過信と言ってもいいだけの自信だが、雪風の場合は実力と実績がそれを下支えしていた。根拠のない自信は命取りであるが、それが正当な評価であるのであれば、自信は強さとなる。

「ぼやぼやしないで任務を続行しますよ。迎撃ではなく哨戒が私たちの任務ですから」

 初霜は浜風と共に既に航行を再開しようとしていた。

「まったく、真面目だな」

 磯風はため息をつきつつ首を横に振ると、二人の後を追った。

 雪風は炎上する敵艦や沈めた敵艦の残骸に視線を向けた。

「雪風と彼ら、一体何が命運を分けたのでしょうね…」

 小声でそうつぶやくと、雪風は初霜たちの後を追った。

 

 哨戒任務から帰還した雪風は艤装を解くと、自分の部屋に戻った。彼女は同じ陽炎型駆逐艦の十番艦、時津風と相部屋であった。

「ただいま」

「おかえりー」

 部屋の中を見れば、時津風以外にも陽炎型の長姉の姿があった。

「…陽炎姉さん、珍しいですね、どうしたのですか」

「ときつー以外の妹全員が出払ってるか死んでたから、暇つぶしに来たのよ」

「ああ、不知火姉さんは過労ですし黒潮姉さんと初風姉さんは鎮守府の地上警備任務についてますし、天津風は島風と隊を組んで南方の小規模攻略戦に従事してますし、浦風、谷風、野分、舞風は今遠征任務で南太平洋の大陸からボーキサイトを運んでいますし、雪風たちはさっきまで哨戒してましたし、秋雲はもはやうちの姉妹というより夕雲型と仲いいですからね」

 そう言いながら、雪風は陽炎と時津風のちょうど間に座った。

「長いけど、雪風が姉妹全員の動向をきちんと把握してるくらいには姉妹想いだってことが分かったわ」

 陽炎はにこにこしながら雪風の頭を撫でた。

「…そんなんじゃないです」

 雪風は消え入るような声で言った。

「そうかしら?じゃあなんで全員の動きを知ってるのかな」

 陽炎はいたずらっぽく笑う。

「答えなくていいのよ、雪風。私の誇り、可愛い妹」

 陽炎は雪風の肩を軽く抱いた。

「雪風はみんなのこと大好きだもんねー」

 時津風はにやにやしていた。卓上に置いてあったせんべいを手に取ると、包装を破り始めた。

「誰かが作戦に参加してる時は妙にそわそわしてるもんねー」

「そ、そんなことないです!」

 雪風は思わず大きな声を上げた。

「顔赤いわよー。ああもう可愛いんだから」

 陽炎は頬を雪風の頭にすりつけた。

「もうみんな可愛い!私の妹達ってなんでこんなに可愛いのかしら」

「相変わらず陽炎はシスコンだねー」

 時津風はぱりぽり音を食べながらせんべいを食べていた。

「シスコンとは失礼な。妹を大切に思うのが姉の務めよ」

「シスコンじゃん」

 陽炎の講義に対して、どこ吹く風と時津風は取り合わない。

「陽炎姉さん、シスコンじゃないのならそろそろ雪風を離してください」

「シスコンじゃないけどやーだっ!」

 雪風はため息をついた。どうしてこんなお調子者が長姉なんだろう、と思うと同時に、彼女が自分たち姉妹のいちばんの姉で良かった、と思った。

「そうだ!今度姉妹でいっしょにお出かけしましょう。お昼ごはんを町で食べるの」

「…どうせ幹事は不知火姉さんに投げるんですよね。雪風知ってる」

「ぬいぬいは優秀だから。彼女に任せてうまくいかないことはないわ」

陽炎は目を細めていた。

「相変わらず陽炎は不知火のこと大好きだよねー」

時津風はいたずらっぽい表情を浮かべていた。またせんべいを手に取ると両手で持ってそれをかじった。

「ふぇ?そ、そんなことないわよ」

「見てれば分かるんだよー」

「雪風も時津風に同意です。姉二人は本当に仲良いのです」

 雪風もせんべいに手を伸ばしたが、時津風に手を叩かれた。

「痛いですよ。何するんですか」

「せんべいは、あたしのだよー?」

「勝手に決めないでください」

 雪風はせんべいを入れていたバケットごと奪うと、一枚手にとって噛み砕いた。

「せんべい~あたしの~」

 時津風は泣きそうになりながら手を伸ばした。

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