鎮守府日記   作:まるあ

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吹雪の日常:1

「…以上が高田大佐どのが教えてくれた情報です。ご質問は?」

 直立しながら、休暇あがりの不知火が報告していた。

 不知火の言う情報というのは、軍令部が通常戦力を含む南方への大規模作戦を策定しているらしい、ということと、海軍中枢で権力構造に変化が表れている、ということだった。

 後者も興味深いが、さしあたり前者が大きな問題となる。というのも、艦娘の実戦投入以降、通常戦力が作戦に投入されたことはないし、軍令部は攻略目標の通達こそするが、作戦は鎮守府で策定していたからである。

「いや、特にない」

 鎮守府司令長官、井上中将は気難しげな顔をしていた。

「それでは、失礼いたします」

 不知火はさっと敬礼すると、くるりと身を翻し司令室から出ていった。

「…どう思う、吹雪」

「海軍中枢で権力の地殻変動があったとしたら、なかなか難しい問題だと思います。というのも、そもそも鎮守府の独断専行は海軍の伝統に照らし合わせるとあまりほめられたものではありません。首脳部、あるいは首脳部のブレーンの思想変更は我が鎮守府に対して不利に働くかもしれません」

 現在の秘書艦である吹雪はしかつめらしく答えた。

 吹雪は秘書艦として比較的長く務めていた。駆逐艦娘を中心にローテーションされる秘書艦の座であるが、激務であるため、能力的にも体力的にもそう長いこと務められる艦娘は少ない。吹雪は、初代秘書艦である電に続いて二番目の長さになっていた。

 ちなみに、秘書艦に任命されるのが駆逐艦娘である理由は戦線を離れても人数として最も影響が少ないからである。

「現在の海軍は、戦争と言う面ではこの鎮守府に全てを頼っている状態です。それを快く思わない人たちがいるのは当然です」

「…そして、今行動を起こした、と」

 井上は疲れたようにため息をついた。秘書艦と違い、代替のいない彼は常に激務と責任に負われている。彼の肩に国家どころか人類の文明がかかっていると言っても間違いではなかった。

 井上は―吹雪が聞くところでは―間違って軍人になった人間らしい。本当は田舎の英語教師か箏の師匠になって安楽に暮らすはずだったのが、向学心と実家の財産状況によって進学すればむしろ給料がもらえる海兵に進学してしまったらしい。

 井上は学者だ―そういう声も聞く。前線指揮官としては適任ではないという話もあるが、鎮守府司令長官としては優秀な働きぶりを見せていた。現に着任して二年ほどで、本土付近にまで抑え込まれていたこの国の制海権を取り返し、海上の通商をかなりの部分で回復させたのである。

「…今後の展望についてはどう思う?」

「権力の地殻変動がどこに行きつくか、それが問題です。宮様以下、現在の権力構造が新たな権力を抑えることに成功すれば、軍令部の容喙もこの一度で済むでしょう。しかし、それに失敗した場合、鎮守府の通常の軍組織化も考えられます」

 艦娘たちが所属している鎮守府は立場と機能的には一介の海軍基地である。しかし、作戦に関する高度な自由、規模と比して膨大な予算、海軍省・軍令部の介入の自主規制など、特権が与えられていた。一つには鎮守府司令長官である井上の人望にも帰すことができるのだが、それ以上に海軍を牛耳っている華頂宮博靖王の意向によっている。階級的には元帥海軍大将、現在は軍事参議官に退いているものの、かつては長年にわたって軍令部総長を務めた実績、そして何よりも皇族である威光から、海軍で絶対的な発言力を有する人物である。

「ふむ、君の意見はおそらく正しいな。艦娘の通常の軍組織編入は避けなければな…」

「どうしてですか?」

「君たちは既にお互いに濃密な友好関係を築いているだろう。それを引き離すのは忍びないというのが一つ、もう一つには必ずしも海軍軍人は君たちに好意的でない」

「もともと私たちは軍艦です。お気持ちはありがたいのですが、深海棲艦との戦いに友人関係や姉妹関係の私情を挟んだりしても仕方ありません。また、好意的でない上官を迎えたからと言って、一意専心に働かない理由にはなりません」

「それはその通りなんだがな…」

 井上は言葉を濁す。

 吹雪は、この上官が何か核心的なことを隠しているのではないか、と思ったが、口に出すのは控えた。

 秘書艦である自分にも明かせない何かがあるのであれば、それは絶対に知らない方が良いことだ。上官が自分のことを信頼していると吹雪は信じて疑わなかったし、吹雪自身も信頼を寄せていた。

「…ここであれこれ思案しても仕方ないか。近いうちに宮様の御機嫌伺いと称して上京する」

「了解です、司令官」

「その折には留守は任せた」

 井上の言葉に、吹雪は敬礼で応えた。

 

 三日後、予定の調整がついた井上は鎮守府を発った。吹雪は鎮守府司令長官代理として彼が帰ってくるまで鎮守府の切り盛りをしなければならない。

 普段の艦娘は各々装甲ともなる独自の制服を着ているが、鎮守府司令長官代理に任命された艦娘はその職権を明確にするために、規定の軍装を着る必要があった。とはいえ、制度上は正規の軍人ではなく軍属であるから通常の軍装を着ることは許されず、黒地の、いわゆる軍服ワンピースと呼ばれているものが支給されていた。

 ややこしいのは軍属であるが同時に将校の身分が保障されている点である。しかも、この将校としての階級は役職と連動しており、秘書艦は参謀長と同格と見られ、海軍少将の身分を与えられていた。従って、吹雪のワンピースの肩章は海軍少将のそれであるが、これは秘書艦解任と共に格下げとなる。吹雪の場合は海軍少佐が通常時の階級であった。

 ワンピースを飾るのは肩章だけではない。功四級金鵄勲章も左肋に飾られていた。金鵄勲章は武功卓抜な軍人に送られる勲章であるが、かつてのそれと異なり年金制度は廃止されていた。

「堅苦しいんだよなぁ…」

 普段は井上が座っている椅子に座りながら、吹雪は一人ごちた。

 吹雪の前には書類の束が置いてある。昨日井上が執務から離れて以降の報告書とルーチンワークとなっている事務部作成の二週間後の哨戒等の通常任務案、広報部からは週刊鎮守府通信の検閲願いと基地祭計画の報告書、技術部からは新装備の設計図とそのスペックの報告書、兵站部からは現在の各種資材の量や将来の見込み消費量の報告書が送られてきていた。

 普段井上の片腕として処理している書類の束であるが、それにしても面倒この上ない。

 執務室の扉が叩かれた。

「どうぞー」

 扉を開けて入ってきたのは、吹雪のすぐ下の妹、特型Ⅰ型駆逐艦二番艦、白雪である。

「辞令により本日付で秘書艦代理に任命された白雪です」

 白雪は普段事務部員をしており、事務作業には長けており、また、最新の情報も知っているのに加え、実戦投入前には主計学校で学んだ経歴も持つ。なにより、自分のすぐ下の妹ということで同室の間柄でもあるので、司令長官代理の間秘書艦代理を頼んだのである。

 事務部長の軽巡洋艦大淀には嫌な顔をされたが。

「白雪ちゃん見てよこの書類の束」

 執務机にどんと置いてある書類の束を吹雪は指し示す。

「いつもどおりじゃない。むしろ私からすれば少ない方かな」

「…事務部員お疲れ様です」

「主計学校卒って経歴がねー…」

 ぱらぱらと書類の束をめくりながら白雪は言う。

 途中で、その手が止まった。

「何これ!新型の魚雷?え、ちょっとすごいじゃない!雷撃と装甲が上がるの?えまってこれ欲しい!」

 妹の数少ない欠点を上げるとしたら、魚雷フェチなところだろうか…吹雪はそう考える。

「秘書艦代理は技術部から上がってる新型装備の早急な承認を提言します!」

「それは後回し。まずは事務部の方が優先だよ、白雪ちゃん」

「…うぅ」

 これさえなければ文句はないんだけどなー、と吹雪は思った。

 

 朝からつみあがっていた書類の確認は昼過ぎまでかかった。その間、遠征や哨戒から帰ってきた艦娘の報告を受けたり、暇だからと執務室に遊びにくる艦娘たちを適度にいなしたりしていた。

「暇なら魚雷の整備をすればいいのにね、吹雪ちゃん」

 吹雪とすれば同意しかねることを言ったのはもちろん白雪である。

「そろそろお昼ごはんにしない、白雪ちゃ…」

 吹雪は最後まで言い切ることができなかった。というのも司令室の扉が勢いよく開けられたからである。

「司令官がいないからって…」

 白雪が抗議の声をあげたが、犯人を見ると口をつぐんだ。

 陽炎型駆逐艦の初風である。少なくとも、井上がいないからといって乱暴なことをする艦娘ではなかった。

「緊急事態よ!私と陽炎、不知火、黒潮の艤装使用許可をもらいに来たわ!」

「敵深海棲艦が空襲でもしてきたの?」

 吹雪の問いに初風は首を横に振る。

「事態はもっとひどいわ。磯風が第二厨房に立ってるの!」

「許可。発砲は控えること、また、やむを得ない場合は模擬弾を使うこと」

「ありがとっ!」

 初風は言うなり携帯電話をポケットから取り出しながら走りだした。おおかた、既に陽炎型の三姉妹は既に武器庫に向かっているのだろう。

「…磯風ちゃんが料理下手なことは知ってるけど、そこまで?」

 白雪が首をかしげる。

「あの子の場合料理じゃなくて科学実験だよ。下手すれば鎮守府が吹っ飛ぶし、練成された産業廃棄物は鎮守府を壊滅させる可能性があるわ」

「いくらなんでも…」

「…三か月くらい前に艦娘の集団食中毒事件があったでしょ」

「もしかして…」

 吹雪は首を縦に振った。

「磯風ちゃんの手作り弁当が大元ね。食中毒ってことにしてあるけど、実際はもっと悲惨だわ」

「…磯風ちゃんの料理を敵陣に送れば戦争も終わるんじゃない?」

「今度司令官に献策してみようかな」

 吹雪は席を立った。

「とにかく、お昼ごはんを食べに行こう?その前に厨房に寄って状況を確認しよう」

 

 第二厨房はほとんどの艦娘が自由に使える厨房であり、設備も良い。食材も事前に兵站部に頼めば用意してくれるし、基本的な食材であれば常備してある。

 比叡と磯風に関しては使用禁止の措置が取られているが。

「磯風!最終勧告です!包丁を捨てこちらに来なさい!もうじき武装した姉さんたちが来ます!」

 吹雪たちが到着した時に厨房の外から必死に呼びかけていたのは非武装状態の浜風だった。

 他に、野分と舞風もその場にいた。

「あ、吹雪さん。白雪さんも」

 野分が声をかける。

「今どんな状況?」

 吹雪の質問に野分は首を横に振った。

「浜風姉さんの降伏勧告に磯風姉さんが反発している状況です」

「はぁ…」

 吹雪はため息をついた。

 磯風は決して悪気があるわけではないが、良く言えば一本気、悪く言えば融通が利かない。決めたらてこでも譲らない傾向にあるのである。その上、戦闘であればともかく、他のことに対して自己評価が的確だとは言い難い。その結果、彼女からしたらたかが料理に不当な弾圧がおこなわれているわけである。

「磯風ー!こっち来ておどろーよー!」

 舞風も口の周りに手を当てて呼びかける。

「私は料理しているんだ。ほっといてくれ」

 厨房の中から磯風の声がした。かなりいらいらしている様子である。

 浜風・野分・舞風と三人も厨房前に貼りついているのに一向に中に踏み行って強制的に辞めさせないのにはひとえに磯風の戦闘力への恐怖があった。駆逐艦最強の武闘派として知られる磯風は、純粋な砲雷撃戦における個艦での戦闘能力は駆逐艦トップレベルである。彼女と一対一で勝利できる駆逐艦はチートを持つ雪風くらいなものだ。また、鍛錬を怠っていないため、近距離戦においても鎮守府トップクラスであり、棒術であればおそらく右に出る者はいない。剣道の分野でも駆逐艦トップだ。

 したがって、厨房という包丁やフライパンといった得物になりそうなものが豊富にあるところで彼女に素手で挑むのは愚行である。

 ただ、なんでもありの近距離戦においては彼女が決して勝てない駆逐艦娘が一人いるが。

「井上司令であればともかく司令代理の言うことは聞かないでしょうね…」

 浜風も辟易した表情をしていた。彼女は磯風の弁当テロリズムの犠牲者の一人である。

「陽炎参上!」

「お待たせしました」

「あ、吹雪ちゃんと白雪ちゃんもおるんか」

 陽炎、不知火、黒潮の三姉妹が艤装をつけて到着する。初風はおそらくあとから来るのだろう。

「いるよ。司令官代理としてさすがに見過ごせないからね」

「あ、そっか、今司令代理が立てられてるのか」

 陽炎は少し間の抜けたことを言ったが、すぐ表情を引き締める。

「司令代理に作戦の報告よ。私たち三人はこれから突撃するわ。初風は到着次第参戦する」

「許可します」

「よし」

 陽炎を先頭に三人は厨房に突撃した。

 中から言い争う声と物が崩れ落ちる音、それに発砲音が聞こえた。

「失敗したらどうするの?」

 白雪が尋ねる。非武装の磯風を武装した三人の駆逐艦娘が抑えられない可能性まであるのだ。

「特Ⅲ型の四姉妹に頼むわ。あの四人なら問題ないでしょ」

「ああ…」

 白雪は納得したようだった。

「しかし派手にやってるなぁ」

 吹雪は苦笑する。どうせ修繕は機密費から出すから特に問題はないはずである。

「うちの姉が御迷惑をおかけしています…」

 浜風が申し訳なさそうに頭を下げる。

「いや、まぁ磯風ちゃんは仕方ないよね」

「いえ、上の三人も…」

「え、なんで?」

「多分、これにかこつけてわざと派手にやってます」

「…確かに発砲は控えるように言ったしなぁ」

 司令官が帰ってくるまで四人とも自室謹慎処分でも下そうかな、と吹雪は思った。

 

 磯風鎮圧作戦は圧倒的戦力差にも関わらず時間がかかったが、最終的に予備兵力の初風の投入が決定的となり、無事成功した。被害は発砲も行ったわりにはそこまで大きくないらしい。というのも、発砲とはいっても陸上戦闘用の拳銃で、しかもこけおどしの空砲を発射しただけであったからである。さすがに屋内で艦砲を射撃したらただでは済まない。

 吹雪が司令長官代理として磯風にお説教をし、その間白雪が陽炎たちと協力して第二厨房の片づけに取り掛かっていた。

「磯風ちゃんは使用が許可されてないのは知ってたでしょ?」

「…そうだったか?」

 磯風のきょとんとした顔を見る限り、おそらく本当に忘れていたのだろう。

「なるほど、命令違反をしたから姉たちがあそこまで血相を変えていたのか」

「…むしろ磯風ちゃんの練成したものはテロだから」

 理由もなく厨房の使用禁止措置はとらないし、本当に理由のない使用禁止措置であれば姉妹艦であれば見て見ぬふりをするだろう。少なくとも、この鎮守府はそれが許されるくらいには軍紀が緩い。

「使用禁止の理由は分からんが、命令は命令だ。そして、命令違反が罰されるのは軍組織の当然だ。銃殺か?」

「なんでこんなことで銃殺すると思うの」

「抗命罪は厳罰だ」

 吹雪はため息をついた。

「自室謹慎二日間を命じます。食事は同室の子に持ってきてもらってください」

「軽いな」

「嫌なら食事抜き三日間」

「いや、おとなしく謹慎する」

 磯風は敬礼すると、おそらく自室に向かうためにその場から離れた。

 良くも悪くも磯風は武人である。戦争に関係することはめっぽう強いが、一方で関係ないことは料理然り、厨房使用禁止を度忘れしていたことも然り、まったくの不得手だ。

「吹雪ちゃん、一応使えるくらいまでにはしたよ」

 白雪が厨房から出てきつつ言った。後にはへとへと顔の陽炎たちが続く。

「妹が御迷惑をおかけしました。陽炎型長女としてお詫びします」

 陽炎は吹雪に深々と頭を下げた。

「磯風に自室謹慎処分二日間を下したので、徹底しておいてください」

「了解しました」

 陽炎は敬礼して、命令受領の意思を表明した。

「それじゃあ、みんな御苦労さま。白雪ちゃん、ご飯食べに行こう、おなかすいちゃった」

 一件落着、と吹雪は笑顔を浮かべた。

 

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