世界というものは、とても不条理だ。
人にはそれぞれ、得意なこともあれば、苦手なこともある。
努力しても、どうしても出来ないことだってある。
それなのに、人は他人と比べる。
――特に、身近な誰かが「天才」だった場合は。
私の姉は、家事を除けば何でも出来る人間だった。
勉強も。
運動も。
人付き合いも。
そして、普通の人間なら到底到達できないような領域でさえ、姉は簡単に結果を出してしまう。
だから、私はいつも姉と比べられた。
『どうして、あなたは出来ないの?』
『何であんたみたいなのが、■■■の妹なの?』
『お姉さんはあんなに凄いのにね』
最初の頃は、まだよかった。
それでも十分に辛かったけれど、まだ耐えられた。
だが――あれが世に現れてから、何もかもが変わった。
インフィニット・ストラトス。
通称、IS。
私の姉の友人が開発した、女性にしか扱えないパワードスーツ。
元々は宇宙開発を目的として作られたものだったらしい。
しかし、その圧倒的な性能から軍事利用を巡って世界中が騒ぎ、やがて競技用へと転用されていった。
今では、ISを使った大会が世界中で開催されている。
……私には、そんなことはどうでもよかった。
問題は――
私の姉が、その世界でまた「特別」になってしまったことだ。
『――続いて、■■選手の入場です!』
テレビから流れる実況。
その瞬間だった。
「なんで、奴が出ているんだぁ!?」
「し、知らねぇよ! 確かに出場できないようにしたはずだぞ!」
ドラム缶の上に置かれた小さなテレビへ、男たちが怒鳴り声を上げる。
その姿を、私は床に座ったまま眺めていた。
手首には縄。
足も縛られている。
……そうだ。
私は今、誘拐されている。
どうしてこんなことになったのか。
理由は分かっている。
私を人質にして、姉を大会から脱落させる。
それが、この男たちの目的だった。
けれど――どうやら、その計画は失敗したらしい。
「……チッ」
男の一人が舌打ちする。
そして、懐へ手を伸ばした。
取り出されたのは――黒い物体。
見間違えるはずもない。
銃だった。
「仕方ねぇな」
男は銃口を私へ向けた。
「お前はもう用済みだ」
カチャリ。
安全装置が外れる音。
頭の中が急速に冷たくなっていく。
ああ。
これは、死ぬ。
手足を縛られている私には逃げることも出来ない。
「それじゃあ――」
男が引き金へ指を掛けた。
その瞬間。
――轟音。
「……え?」
倉庫全体が揺れた。
次の瞬間、目の前にあった巨大な鉄扉が――
こちらへ向かって吹き飛んできた。
「う、うわぁぁぁ!?」
男たちが悲鳴を上げる。
鉄扉は私たちの横を通り過ぎ、床を削りながら転がっていった。
そして、その向こう側から――
一人の少女が歩いてきた。
腰まで届く、純白の髪。
透き通るような肌。
幼さの残る顔立ち。
年齢は……十歳前後だろうか。
場違いなほど綺麗な少女だった。
しかし。
その瞳には、子供らしい感情が一切なかった。
「目標の生存を確認」
淡々とした声。
少女は周囲を見渡した。
「織斑一夏」
「……え?」
「あなたが織斑一夏で間違いありませんか?」
私は困惑しながら頷いた。
「は、はい……」
「確認しました」
少女がこちらへ歩いてくる。
「お、おい!」
男の一人が叫んだ。
「そこで止まれ!」
先ほどまで私へ向けていた銃口を、今度は少女へ向ける。
「見られた以上、生かして帰すわけにはいかねぇんだよ!」
「待って!」
私は思わず叫んだ。
「彼女は関係ないでしょ! やるなら私を――」
パンッ!
銃声が響いた。
男が発砲した。
しかし――
弾丸は少女へ届かなかった。
「……な、なんだよ……それ」
少女の前に浮かんでいたのは、六角形の光。
無数の六角形が組み合わさった、巨大な防壁だった。
銃弾はその表面へ衝突し、勢いを失う。
そして、カランと床へ落ちた。
「……交戦は控えるよう命令されていましたが」
少女が小さく息を吐く。
「仕方ありませんね」
右手を掲げる。
すると――
何もなかったはずの空間から、光が集まり始めた。
形を成していく。
そして現れたのは――
「……銃?」
男が呟いた。
それは、彼らが持っているものとよく似た銃だった。
「な……なんなんだ、お前は……?」
男たちの顔から血の気が引いていく。
銃が効かない。
しかも、何もない空間から武器を生み出した。
理解できない。
だからこそ、怖かった。
少女は無表情のまま銃を構える。
――パンッ。
――パンッ。
――パンッ。
銃声が三度響いた。
狙われたのは頭ではない。
手。
足。
武器を持つ腕。
少女は男たちを殺すことなく、完全に戦闘不能へ追い込んだ。
「ぐあっ!」
「腕が……!」
「た、助けてくれ……!」
男たちが床へ倒れていく。
その光景を、私は呆然と見つめていた。
「あなたは……一体……」
少女は私を見る。
「今は、知らなくてよいことです」
そう言うと、少女は私の前にしゃがみ込んだ。
そして――
両手を私の頭へ添えた。
「……え?」
不思議な感覚が広がった。
頭の奥が、ぼんやりとする。
眠い。
どうして……?
「少し眠っていてください」
その言葉を最後に――
私の意識は、闇へ沈んだ。
◇
「目標の捕獲に成功しました」
少女は通信機へ淡々と報告する。
「これより帰投します」
少女は一夏を拘束していた縄を簡単に引きちぎった。
そして、意識を失った一夏を抱き上げる。
倉庫の外。
海面が大きく揺れた。
次の瞬間――
海中から、一隻の潜水艦が浮上してくる。
「400。後は頼みます」
少女は一夏を抱えたまま潜水艦へ乗り込む。
そして――
その姿は、海の闇へと消えていった。
◇
しばらくして。
ドイツ軍の協力を得た救援部隊が倉庫へ到着した。
「一夏ぁぁぁっ!」
響き渡る、千冬の叫び。
しかし――
そこに、一夏の姿はなかった。
◇
太平洋。
どこまでも続く海の上に、一隻の巨大な戦艦が浮かんでいた。
その姿を見れば、誰もが目を疑うだろう。
なぜなら、それは――
かつて第二次世界大戦で沈没したはずの戦艦。
戦艦大和だった。
その甲板に、一人の女性が立っていた。
純白のドレス。
風に揺れる長い髪。
彼女は遠く、日本のある方角を見つめていた。
「これで……よかったのですよね?」
静かな声。
「ええ」
その背後から返事が返ってくる。
振り返る。
そこに立っていたのは――
彼女とまったく同じ顔をした少女だった。
ただし、こちらは日本の中学校の制服を着ている。
「これで、全てが揃ったのですね?」
「ええ」
純白のドレスを纏った女性が頷く。
「残るのは――」
一瞬だけ言葉を止める。
そして、遠く水平線の向こうを見つめた。
「あれを見つけるだけ」
「……あれ、ですか?」
「そう」
女性は微笑んだ。
その瞳には、どこか懐かしむような色が浮かんでいる。
「もうすぐ会えるでしょう」
夕日が沈んでいく。
空が赤く染まる。
女性は、その光景を眺めながら――
小さく呟いた。
「早く来ないかな……」
そして。
「一夏ちゃんは――」
その言葉だけが、夕暮れの海へ静かに消えていった。