IS~空を舞う蒼き鋼~   作:ぬっく~

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第1話

 世界というものは、とても不条理だ。

 

 人にはそれぞれ、得意なこともあれば、苦手なこともある。

 努力しても、どうしても出来ないことだってある。

 

 それなのに、人は他人と比べる。

 

 ――特に、身近な誰かが「天才」だった場合は。

 

 私の姉は、家事を除けば何でも出来る人間だった。

 

 勉強も。

 運動も。

 人付き合いも。

 そして、普通の人間なら到底到達できないような領域でさえ、姉は簡単に結果を出してしまう。

 

 だから、私はいつも姉と比べられた。

 

『どうして、あなたは出来ないの?』

 

『何であんたみたいなのが、■■■の妹なの?』

 

『お姉さんはあんなに凄いのにね』

 

 最初の頃は、まだよかった。

 

 それでも十分に辛かったけれど、まだ耐えられた。

 

 だが――あれが世に現れてから、何もかもが変わった。

 

 インフィニット・ストラトス。

 

 通称、IS。

 

 私の姉の友人が開発した、女性にしか扱えないパワードスーツ。

 

 元々は宇宙開発を目的として作られたものだったらしい。

 

 しかし、その圧倒的な性能から軍事利用を巡って世界中が騒ぎ、やがて競技用へと転用されていった。

 

 今では、ISを使った大会が世界中で開催されている。

 

 ……私には、そんなことはどうでもよかった。

 

 問題は――

 

 私の姉が、その世界でまた「特別」になってしまったことだ。

 

『――続いて、■■選手の入場です!』

 

 テレビから流れる実況。

 

 その瞬間だった。

 

「なんで、奴が出ているんだぁ!?」

 

「し、知らねぇよ! 確かに出場できないようにしたはずだぞ!」

 

 ドラム缶の上に置かれた小さなテレビへ、男たちが怒鳴り声を上げる。

 

 その姿を、私は床に座ったまま眺めていた。

 

 手首には縄。

 

 足も縛られている。

 

 ……そうだ。

 

 私は今、誘拐されている。

 

 どうしてこんなことになったのか。

 

 理由は分かっている。

 

 私を人質にして、姉を大会から脱落させる。

 

 それが、この男たちの目的だった。

 

 けれど――どうやら、その計画は失敗したらしい。

 

「……チッ」

 

 男の一人が舌打ちする。

 

 そして、懐へ手を伸ばした。

 

 取り出されたのは――黒い物体。

 

 見間違えるはずもない。

 

 銃だった。

 

「仕方ねぇな」

 

 男は銃口を私へ向けた。

 

「お前はもう用済みだ」

 

 カチャリ。

 

 安全装置が外れる音。

 

 頭の中が急速に冷たくなっていく。

 

 ああ。

 

 これは、死ぬ。

 

 手足を縛られている私には逃げることも出来ない。

 

「それじゃあ――」

 

 男が引き金へ指を掛けた。

 

 その瞬間。

 

 ――轟音。

 

「……え?」

 

 倉庫全体が揺れた。

 

 次の瞬間、目の前にあった巨大な鉄扉が――

 

 こちらへ向かって吹き飛んできた。

 

「う、うわぁぁぁ!?」

 

 男たちが悲鳴を上げる。

 

 鉄扉は私たちの横を通り過ぎ、床を削りながら転がっていった。

 

 そして、その向こう側から――

 

 一人の少女が歩いてきた。

 

 腰まで届く、純白の髪。

 

 透き通るような肌。

 

 幼さの残る顔立ち。

 

 年齢は……十歳前後だろうか。

 

 場違いなほど綺麗な少女だった。

 

 しかし。

 

 その瞳には、子供らしい感情が一切なかった。

 

「目標の生存を確認」

 

 淡々とした声。

 

 少女は周囲を見渡した。

 

「織斑一夏」

 

「……え?」

 

「あなたが織斑一夏で間違いありませんか?」

 

 私は困惑しながら頷いた。

 

「は、はい……」

 

「確認しました」

 

 少女がこちらへ歩いてくる。

 

「お、おい!」

 

 男の一人が叫んだ。

 

「そこで止まれ!」

 

 先ほどまで私へ向けていた銃口を、今度は少女へ向ける。

 

「見られた以上、生かして帰すわけにはいかねぇんだよ!」

 

「待って!」

 

 私は思わず叫んだ。

 

「彼女は関係ないでしょ! やるなら私を――」

 

 パンッ!

 

 銃声が響いた。

 

 男が発砲した。

 

 しかし――

 

 弾丸は少女へ届かなかった。

 

「……な、なんだよ……それ」

 

 少女の前に浮かんでいたのは、六角形の光。

 

 無数の六角形が組み合わさった、巨大な防壁だった。

 

 銃弾はその表面へ衝突し、勢いを失う。

 

 そして、カランと床へ落ちた。

 

「……交戦は控えるよう命令されていましたが」

 

 少女が小さく息を吐く。

 

「仕方ありませんね」

 

 右手を掲げる。

 

 すると――

 

 何もなかったはずの空間から、光が集まり始めた。

 

 形を成していく。

 

 そして現れたのは――

 

「……銃?」

 

 男が呟いた。

 

 それは、彼らが持っているものとよく似た銃だった。

 

「な……なんなんだ、お前は……?」

 

 男たちの顔から血の気が引いていく。

 

 銃が効かない。

 

 しかも、何もない空間から武器を生み出した。

 

 理解できない。

 

 だからこそ、怖かった。

 

 少女は無表情のまま銃を構える。

 

 ――パンッ。

 

 ――パンッ。

 

 ――パンッ。

 

 銃声が三度響いた。

 

 狙われたのは頭ではない。

 

 手。

 

 足。

 

 武器を持つ腕。

 

 少女は男たちを殺すことなく、完全に戦闘不能へ追い込んだ。

 

「ぐあっ!」

 

「腕が……!」

 

「た、助けてくれ……!」

 

 男たちが床へ倒れていく。

 

 その光景を、私は呆然と見つめていた。

 

「あなたは……一体……」

 

 少女は私を見る。

 

「今は、知らなくてよいことです」

 

 そう言うと、少女は私の前にしゃがみ込んだ。

 

 そして――

 

 両手を私の頭へ添えた。

 

「……え?」

 

 不思議な感覚が広がった。

 

 頭の奥が、ぼんやりとする。

 

 眠い。

 

 どうして……?

 

「少し眠っていてください」

 

 その言葉を最後に――

 

 私の意識は、闇へ沈んだ。

 

    ◇

 

「目標の捕獲に成功しました」

 

 少女は通信機へ淡々と報告する。

 

「これより帰投します」

 

 少女は一夏を拘束していた縄を簡単に引きちぎった。

 

 そして、意識を失った一夏を抱き上げる。

 

 倉庫の外。

 

 海面が大きく揺れた。

 

 次の瞬間――

 

 海中から、一隻の潜水艦が浮上してくる。

 

「400。後は頼みます」

 

 少女は一夏を抱えたまま潜水艦へ乗り込む。

 

 そして――

 

 その姿は、海の闇へと消えていった。

 

    ◇

 

 しばらくして。

 

 ドイツ軍の協力を得た救援部隊が倉庫へ到着した。

 

「一夏ぁぁぁっ!」

 

 響き渡る、千冬の叫び。

 

 しかし――

 

 そこに、一夏の姿はなかった。

 

    ◇

 

 太平洋。

 

 どこまでも続く海の上に、一隻の巨大な戦艦が浮かんでいた。

 

 その姿を見れば、誰もが目を疑うだろう。

 

 なぜなら、それは――

 

 かつて第二次世界大戦で沈没したはずの戦艦。

 

 戦艦大和だった。

 

 その甲板に、一人の女性が立っていた。

 

 純白のドレス。

 

 風に揺れる長い髪。

 

 彼女は遠く、日本のある方角を見つめていた。

 

「これで……よかったのですよね?」

 

 静かな声。

 

「ええ」

 

 その背後から返事が返ってくる。

 

 振り返る。

 

 そこに立っていたのは――

 

 彼女とまったく同じ顔をした少女だった。

 

 ただし、こちらは日本の中学校の制服を着ている。

 

「これで、全てが揃ったのですね?」

 

「ええ」

 

 純白のドレスを纏った女性が頷く。

 

「残るのは――」

 

 一瞬だけ言葉を止める。

 

 そして、遠く水平線の向こうを見つめた。

 

「あれを見つけるだけ」

 

「……あれ、ですか?」

 

「そう」

 

 女性は微笑んだ。

 

 その瞳には、どこか懐かしむような色が浮かんでいる。

 

「もうすぐ会えるでしょう」

 

 夕日が沈んでいく。

 

 空が赤く染まる。

 

 女性は、その光景を眺めながら――

 

 小さく呟いた。

 

「早く来ないかな……」

 

 そして。

 

「一夏ちゃんは――」

 

 その言葉だけが、夕暮れの海へ静かに消えていった。

 

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