「――という訳でっ! 織斑さん、クラス代表決定おめでとう!」
「おめでとう~!」
パァンッ!
乾いた破裂音が食堂に響いた。
「……え?」
続いて、色とりどりの紙吹雪が私の頭上から降ってくる。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
そして。
食堂の壁に貼られている大きな紙を見つける。
そこには、堂々とした文字で――
『織斑一夏 クラス代表就任パーティー』
と書かれていた。
「…………」
私は数秒、固まった。
「天羽さん!」
振り返れば、そこには満面の笑みを浮かべた天羽さん。
……絶対、知ってたよね?
「これは、どういうことですか!?」
授業が終わった直後。
「放課後、食堂に来てね♪」
と天羽さんに言われたから来てみれば、これである。
クラッカー。
紙吹雪。
大勢のクラスメイト。
そして、なぜか用意されている大量の料理。
どう考えても仕組まれていた。
「うふふふ……」
天羽さんは楽しそうに笑う。
「実はね、クラス代表の権利を一夏ちゃんに譲ったのよ」
「……譲った?」
「そう♪」
私は頭の中で、先週の出来事を思い返す。
他薦で名前が挙がったのは、天羽さんと私。
そして自薦したのがセシリアさん。
その後、私とセシリアさんが代表の座をかけて対決。
結果は――私の勝利。
つまり。
「……あ」
ようやく理解した。
「天羽さんが辞退したから……」
「そういうこと♪」
「必然的に、私がクラス代表に……」
「大正解!」
「…………」
私は頬を膨らませた。
「裏切り者!!」
「ええっ!?」
天羽さんが驚いたような声を上げる。
「だって、最初からそのつもりだったんでしょ!」
「うん♪」
「即答!?」
思わず頭を抱える。
天羽さんはそんな私を見て、楽しそうに笑いながら近づいてきた。
そして――
ぽん、ぽん。
「いじけないの。いじけないの」
「むぅ……」
頭を撫でられる。
……ずるい。
本当にずるい。
この人は、こういう時だけ妙に上手い。
怒ろうとしても、あんな笑顔を向けられてしまえば、どうにも怒れなくなる。
「さあ、一夏ちゃん」
天羽さんが手を広げる。
「今日は楽しみましょう♪」
「……仕方ないなぁ」
こうして。
『織斑一夏クラス代表就任パーティー』は始まった。
そして――
終わったのは、夜十時を過ぎた頃だった。
◇
「疲れた……」
寮の自室へ戻った私は、まずシャワーを浴びる。
温かい湯を頭から浴びながら、今日一日を思い返す。
「もう……天羽さんったら……」
本当に、あの人には敵わない。
中学時代からの付き合い。
そして同時に――
霧の艦隊、その頂点に立つ存在。
超戦艦ヤマト。
世界から恐れられる存在でありながら、私にとっては昔から知っている一人の少女でもある。
そして私は。
あの日から、彼女の隣にいることを決めた。
世界に喧嘩を売った。
そんな彼女についていくと決めた。
だから。
今さら裏切るつもりなんて、これっぽっちもない。
「……まあ、私も大概だよね」
苦笑する。
普通なら、もっと怖がってもいいはずなのに。
私にとっては――
これが日常になってしまっている。
「……そういえば」
ふと、別の顔が頭に浮かんだ。
「鈴……元気にしてるのかな」
中学二年の時。
転校していった女の子。
凰鈴音。
なぜ、今になって思い出したのかは自分でも分からない。
けれど。
きっと元気でやっている。
そんな気がした。
「……さて」
私はシャワーを止める。
そして、タオルで髪を拭きながら右腕を見る。
そこには――銀色のアクセサリー。
白式改。
そして、その中に宿るイオナ。
「イオナ。例のアレはどう?」
『シミュレーターは終了していません』
頭の中に、落ち着いた声が返ってくる。
『ですが、発射は可能です』
「そう……」
私は銀色のアクセサリーを見つめる。
元々は、倉持技研から買い取った白式。
それをヒュウガに渡した。
そして――
メカ好きのヒュウガが、文字通り好き勝手に改造した結果。
霧のコアを搭載した、今の白式改が完成した。
霧の艦隊と同じ技術。
霧の艦隊と同じ力。
それを、私は使うことができる。
「念のため、ヒュウガにはいつでも修復できるように伝えておいて」
『分かりました』
「ありがとう、イオナ」
『どういたしまして』
私は髪を拭きながら脱衣所を出る。
そして下着を身につけ、部屋へ戻ろうとしたところで――
「あ」
「……あ」
ばったり。
ルームメイトと目が合った。
「ご、ごめんね」
「うんうん。大丈夫」
更識簪。
私のルームメイト。
そして――私と同じ、倉持技研からISを買い取った専属パイロット。
彼女のIS――打鉄弐式改も、蒼き鋼の技術によって生まれ変わっている。
けれど。
私たちには、それ以上に共通するものがあった。
『誰も私として見てくれない』
それは。
私たち二人が、それぞれの姉によって抱えてきた傷だった。
最強と呼ばれる姉。
偉大すぎる存在。
その妹であるというだけで、自分自身を見てもらえない。
私は千冬姉と比べられ続けた。
簪もまた、姉の影に苦しんできた。
――私たちは、姉のお飾りじゃない。
だから。
私たちはこちら側を選んだ。
誰かの妹としてではなく。
誰かの付属品としてではなく。
一人の人間として。
私たち自身を見てもらうために。
◇
「……ねえ、タカオ」
シャワーを浴びながら、簪は自分のIS――打鉄弐式改へ問いかけた。
『何?』
「一夏の……どこが良かったの?」
少しの沈黙。
『…………』
珍しく、タカオが黙り込んだ。
「タカオ?」
『……何というか』
言葉を選ぶように間が空く。
『その……』
簪は首を傾げる。
タカオと一夏が初めてまともに戦ったのは、蒼き鋼での試験運用だった。
一度だけ行われた模擬戦。
結果は――一夏の勝利。
それがきっかけだった。
それまで一夏に対して特別な感情など持っていなかったタカオが、一夏という存在を意識し始めた。
そして。
その結果として開発されたのが――
『乙女プラグイン』。
今ではすっかりタカオ自身の人格に組み込まれている。
そして、その始まりとなった理由を。
タカオは小さな声で口にした。
『…………かっこよかったから』
「え?」
小さすぎて、聞き取れたかどうかすら怪しい。
しかし。
次の瞬間。
『そ、そういう簪はどうなのよ!?』
「え?」
突然、声を荒げるタカオ。
「わ、私?」
『あんたも一夏のこと――』
「ストップ!」
簪の顔が一気に赤くなる。
「ストップ! ストップ!!」
『何よ! 最後まで言わせなさいよ!』
「言わなくていいから!」
簪は慌てて話を打ち切る。
その顔は真っ赤だった。
『……ふーん?』
「な、何……?」
『別に?』
タカオの声には、明らかに面白がっている響きがある。
「…………」
簪は黙り込む。
そして。
心の中で、ぽつりと思った。
(……人間って、複雑だな……)
一夏といい。
自分といい。
タカオといい。
どうしてこう、人間関係というものは面倒なのだろう。
それでも――
この日も。
蒼き鋼の戦いとは無縁の、穏やかな日常が続いていた。
少なくとも。
今、この瞬間だけは。
何も起こらない――
平和な日だった。