私は――目の前で起きた光景に、思わず目を見開いていた。
「ふー、ふー、ふー……どうよ!!」
目の前で肩を上下させながら、勝ち誇った笑みを浮かべている少女。
凰鈴音。
中国代表候補生。
そして――私の幼馴染。
「……まさか」
驚きを隠せない。
霧の艦隊が誇る防御システム。
クライン・フィールド。
ミサイルですら容易に突破できない、絶対的な防御壁。
それを――鈴は突破してみせた。
「すごいじゃん、鈴……」
「ふふん! 当然でしょ!」
鈴は胸を張る。
けれど。
私は笑っていられなかった。
クライン・フィールドを突破された。
つまり――
私の白式改に搭載されている絶対防御が、初めて発動したということだ。
『マスター』
イオナの声が響く。
『損傷を確認。絶対防御を発動しました』
「……そっか」
私は白式改へ手を伸ばす。
そして、その内部から――一つの装備を取り出した。
剣ではない。
ブレードでもない。
銃身と刃が一体化した、特殊な武装。
私はそれを握り締める。
「……これじゃあ」
ゆっくりと、鈴を見る。
「本気で行かなくちゃね」
鈴の表情から、笑みが消えた。
「……へぇ」
私が構えた武器を見て、鈴も身構える。
「ようやく本気ってわけ?」
「うん」
私は静かに答えた。
「リミッターの解除を申請」
右腕の銀色のアクセサリーが淡く輝く。
「コード――『******』」
『リミッターの解除を受託』
イオナの声が響く。
『《ヴァール》――解放』
ヴァァァン――。
低い起動音。
手にした《ヴァール》が青白い光を纏う。
私は鈴へ銃口を向け――
トリガーへ指をかけた。
その一週間前。
◇
「おはよう!」
今日も元気よく教室へ入る。
――のだけれど。
「……ん?」
なんだか、いつもより教室が騒がしい。
「どうしたの?」
私が近くにいたクラスメイトへ声をかけると、彼女はすぐに答えてくれた。
「一夏、知らないの?」
「何が?」
「転入生が来るんだって」
「転入生?」
こんな時期に?
私は少し首を傾げる。
IS学園へ転入するには、基本的に各国からの推薦が必要だ。
しかも、この時期にわざわざ転入してくるとなれば――
「代表候補生の可能性が高いわね……」
私が呟く。
「その通りよ!」
突然。
教室の入口から声が飛んできた。
全員が一斉に振り返る。
そして。
そこに立っていた少女を見た瞬間。
私は目を丸くした。
「久しぶりね。一夏」
「……え?」
見間違えるはずがない。
「まさか……」
その少女は、不敵な笑みを浮かべる。
「転入生って――鈴だったの!?」
「そうよ!」
少女――凰鈴音は、胸を張る。
そして、なぜか妙に格好をつけたポーズを決めながら叫んだ。
「中国代表候補生、凰鈴音!」
ビシッ!
「地獄の果てから帰還してきたわ!」
「……」
「……」
教室が一瞬、静まり返る。
私は思わず額を押さえた。
(相変わらず、そのポーズ似合わないなぁ……)
六年ぶりに再会した幼馴染。
それでも。
鈴は昔と何も変わっていなかった。
◇
昼休み。
私と天羽さん、そして鈴は、三人で学食のテーブルを囲んでいた。
周囲の生徒たちは――
食事の手を止めて、こちらを見ている。
まあ。
天羽さんと中国代表候補生が同じテーブルにいるのだから、当然といえば当然か。
「こうして会うのも久しぶりね」
私が言うと、鈴は箸を動かしながら答える。
「そうね」
それから、ちらりと天羽さんを見る。
「……あんたたちもね」
相変わらずだ。
鈴は天羽さんに対して、どうにも敵意がある。
特に――顔ではなく。
その下にあるものに対して。
「……?」
天羽さんはそんな鈴の視線にも気づいているのかいないのか、いつもの笑顔で食事を続けている。
私は苦笑した。
「鈴がここに来たってことは……」
「その予想で合ってるわ」
鈴が箸を置く。
「……蒼き鋼の技術よ」
その言葉に、私は少しだけ表情を変えた。
霧の艦隊の装備を、実用可能な形で扱えるのは蒼き鋼だけ。
各国が喉から手が出るほど欲しがっている技術だ。
しかし。
蒼き鋼の本社所在地は、未だに判明していない。
通信による接触を試みても、逆探知をかけても、その場所へ辿り着くことはできない。
まるで――幽霊会社。
もっとも、悪い意味ではない。
物資は届く。
兵器も届く。
契約も存在する。
それなのに、本社だけが見つからない。
だからこそ、世界中が確信している。
蒼き鋼は確かに存在する。
ただ――
その場所を誰も知らないだけだ。
「やっぱりね」
私は頷く。
「で、私と親しい鈴が選ばれたわけか」
「そうよ」
鈴はため息を吐いた。
「まったく、頭にきたわよ!」
「まあまあ」
私は笑う。
「でも、こうして私たちに会えたんだから、お得だったんじゃない?」
「……まあ、それはそうだけど」
鈴が少しだけ顔を緩める。
「頭の回転が速くなったわね、一夏」
「企業所属となれば、色々あるのよ」
「へぇ?」
「特に――」
私は少しだけ声を落とす。
「クライン・フィールドの演算とかね」
「……」
鈴が目を細める。
「本当に、あんた変わったわね」
「そうかな?」
「昔はもっと――」
「一夏!」
「一夏さん!」
突然。
背後から声が飛んできた。
振り返る。
そこにいたのは――箒とセシリアだった。
まあ。
大体、予想はつく。
二人は私の隣に座っている少女を見る。
「この女は誰だ!」
「そうですわ!」
「いや、いきなり『この女』って……」
私は思わず突っ込む。
(初対面の相手にそれはどうなのよ……)
ともあれ。
私は二人へ鈴を紹介する。
「凰鈴音さん。箒が転校したあとに入ってきた、私の幼馴染だよ」
「幼馴染だと?」
箒が反応する。
「うん。まあ、中学二年の時に私情で転校しちゃったんだけどね」
それを聞いて、二人ともようやく納得したようだった。
それ以上の追撃はない。
その後。
鈴は他の代表候補生には特に興味がない、という話をしていた。
……まあ。
鈴らしいといえば、鈴らしい。
◇
放課後。
第三アリーナ。
私は簪と模擬戦を行っていた。
もちろん、本気ではない。
あくまで準備運動程度。
打鉄弐式改と白式改が空中を駆け、互いの武装をぶつけ合う。
「そこ!」
「……っ!」
簪が攻撃を回避する。
「まだまだ!」
「うん!」
その時だった。
「一夏――!!」
観戦席から、聞き慣れた声が響いた。
「ん?」
振り返る。
そこには、こちらへ向かって大きく手を振る鈴がいた。
「あ、鈴」
私は簪へ合図を送り、一度戦闘を中断する。
二人で地面へ着地した。
「どうしたの?」
「こっちにいるって聞いたから来たんだけど……」
鈴が少しだけ申し訳なさそうにする。
「邪魔しちゃった?」
「う~ん」
私は少し考える。
「まあ、大丈夫だよ」
そもそも準備運動程度の模擬戦だ。
簪も分かってくれるだろう。
「そうそう」
私は簪を見る。
「彼女が鈴。さっき話してた幼馴染だよ」
「初めまして」
鈴が簪へ手を差し出す。
「二組のクラス代表、凰鈴音よ」
「あ……」
簪は少し戸惑ったあと、差し出された手を握った。
「初めまして……更識、簪です」
「よろしくね、簪」
「……うん」
鈴はそこで、何かに気づいたように首を傾げる。
「ねえ、一夏……」
「なに?」
「この子……」
鈴が簪を見る。
「なんか、雰囲気違わない?」
「……ああ」
私は苦笑する。
「簪ちゃん、人見知りだから」
「人見知り?」
「うん。戦闘になると、別人みたいになるけど」
「へぇ……」
鈴は納得したように頷く。
「そういうことね」
そして。
「あ」
何かを思い出したように、鈴が私を見る。
「私が二組のクラス代表ってことは――」
「来週の?」
「そうよ」
鈴はニヤリと笑った。
「一夏の相手は、私」
来週。
クラス代表トーナメントが行われる。
そして、その参加は――強制。
つまり。
私は鈴と戦うことになる。
「そうか」
私は笑う。
「じゃあ、私も気合い入れなくちゃね」
「ふふん」
鈴も負けじと笑う。
「あたしだって、負けるつもりはないからね」
「うん」
「それじゃ!」
鈴は手を振る。
「またね、一夏!」
そう言い残して、アリーナを出ていった。
私はその背中を見送る。
「……じゃあ、簪ちゃん」
「うん」
「続き、やろっか」
「分かった」
そして私たちは、アリーナの閉館時間まで模擬戦を続けた。
それが――
その日の、最後の平和な時間だった。
◇
同時刻。
イギリス。
とある研究施設。
厳重な警備システム。
複数の監視カメラ。
そして、IS関連技術を扱う研究設備。
そこに――
一人の侵入者がいた。
警報が鳴る。
「侵入者を確認!」
「IS格納庫を封鎖しろ!」
研究員たちが慌ただしく走り回る。
だが。
遅かった。
格納庫のロックが解除される。
そして――
一機のISが姿を消した。
この時。
世界はまだ知らなかった。
これが後に――
大きな事件へと繋がっていくことを。
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