私は鈴を抱えたまま、急いでピットへ戻った。
「医療班! お願いします!」
ピットへ到着すると、すぐに鈴を医療班へ引き渡す。
「こちらで処置します!」
「お願いします」
担架に乗せられ、運ばれていく鈴を見送る。
意識はあるようだった。
今は、それだけで十分だ。
「……まったく。無茶するんだから」
そう呟いた、その時だった。
「一夏ちゃん、腕は大丈夫?」
聞き慣れた声。
振り返ると、そこには天羽さんが立っていた。
「ええ。流石に、あれには驚かされました」
私は自分の左腕を見る。
正確には――左腕のあった場所。
甲龍の攻撃によって、白式改の装甲が大きく破損している。
クライン・フィールド。
私が絶対の防御として信頼していた力を、鈴は真正面から突破してみせた。
「まさか、クライン・フィールドを破ってくるとはね」
「はい。私も予想していませんでした」
でも、これは悪いことではない。
むしろ、いい勉強になった。
クライン・フィールドにも限界がある。
中和速度を上回るほどの攻撃なら、突破することができる。
ならば――次からは、それを前提に戦えばいい。
「時間を作ってあげるから、第一整備室に行きなさい」
「第一整備室?」
「ええ。ヒュウガを呼んでおいたから」
「……ヒュウガを?」
「そう。今頃、こっちに向かってるはずよ」
「分かりました。それでは……」
私はピットを後にした。
「そういうことなので、簪ちゃん」
次の試合は簪のクラス。
私はそのピットへと足を運んでいた。
「遊んで来なさい」
「はい……」
簪は少しだけ不安そうな顔をしたものの、すぐに打鉄弐式改を展開する。
「行ってきます」
「頑張ってね」
簪はそのままアリーナへ向かっていった。
一方、その頃。
IS学園の物資搬入口。
そこでは、一人の女性が大量の書類を前に、露骨に嫌そうな顔をしていた。
茶色の髪。
白衣。
そして、いかにも面倒くさそうな態度。
「たく……。ヤマトの命令だから仕方なく来たけど、ほんと手続きが面倒よね」
彼女の名は――
霧野日向。
蒼き鋼、IS整備部門の責任者。
通称、ヒュウガ。
「はい。これで、いいんでしょ?」
「はい。確認しました。物資は第一整備室へ搬入しておきます」
「ようやく終わった……」
入国審査を終えたヒュウガは、搬入されていく物資の後ろを歩きながら、第一整備室へ向かう。
そして――
「…………」
突然、足を止めた。
ゆっくりと振り返る。
誰もいない。
だが。
(……熱反応。誰かいるわね)
ヒュウガはしばらくその場を見つめる。
それから――
何事もなかったかのように歩き出した。
「蒼き鋼の物資が急遽搬入されるなんて……何かあるわね」
物資に身を隠しながら、ヒュウガを監視している少女がいた。
更識楯無。
IS学園の生徒会長にして、更識家当主。
蒼き鋼という存在について調べていた彼女は、今回の突然の物資搬入を見逃さなかった。
入国審査を終えたヒュウガを追跡する。
「…………」
――気付かれた?
一瞬、そんな疑念が頭をよぎる。
ヒュウガがこちらを見たような気がした。
だが、彼女は何事もなかったように歩き続ける。
「……気のせい?」
そう思いながら、楯無も追跡を続けた。
そしてヒュウガが角を曲がる。
楯無もすぐに角を曲がった。
「――!!」
いない。
「……え?」
確かに、今、目の前で曲がった。
なのに――姿がない。
「やっぱり、ネズミがいたのね」
「!?」
頭上から声。
楯無は反射的に顔を上げる。
そこには――
卵型の浮遊装置に腰掛けたヒュウガがいた。
足を組み、頬杖をつきながら、まるで最初から全て分かっていたかのように楯無を見下ろしている。
「それで?」
ヒュウガは薄く笑った。
「何の用なのかしら? 更識家当主――更識楯無さん?」
「っ……!」
背筋が凍る。
目の前にいる女性から放たれる威圧感。
ただの人間なら、これほどの圧力を感じることなどない。
それなのに――
楯無は一歩も動けなかった。
「蒼き鋼……」
楯無は目の前の女性を見上げる。
白衣姿。
卵型の浮遊装置。
隙だらけに見える姿勢。
しかし――
動けない。
「用がないなら、行かせてもらうわよ」
ヒュウガが先へ進もうとする。
「待ちなさい!!」
楯無が叫んだ。
ヒュウガが振り返る。
「あなた達は――簪ちゃんに一体何をさせたの!!」
その言葉に、ヒュウガは少しだけ目を細める。
「……そう言えば、あの子とは姉妹だったわね」
思い出したように呟いた。
「ん~~」
ヒュウガは少し考える。
そして――
「力かな?」
「……力?」
「そのままの意味よ」
ヒュウガは笑った。
「力さ」
楯無は納得できなかった。
昔は、仲の良い姉妹だった。
だが、自分が更識家当主を継いだ時。
簪がこちらの世界へ来ないように――そう願って口にした言葉が、二人の関係を壊してしまった。
あの時のことは、今でも後悔している。
そんな簪が。
更識家ですら、情報の一つを掴めなかった蒼き鋼に所属し、専属ISパイロットになっている。
驚かない方がおかしい。
「あなた達姉妹の関係に、とやかく言うつもりはないけど」
ヒュウガは楯無を見る。
「早くしないと――手遅れになるわよ」
「っ……!」
何のことなのか。
楯無が問い返そうとした、その時。
ヒュウガがふっと視線を奥へ向けた。
「どうやら――あのお方が来てしまったようですわね……」
「?」
奥から、誰かが歩いてくる。
そして――
「ヒュウガ、遅いから迎えに来たわよ」
「……」
現れたのは、一夏だった。
「はい、はい。今から行くから、先に行ってな」
「迎えに来たと言うのに……」
一夏は頬を膨らませる。
どうやら、ヒュウガがなかなか来ないので本当に迎えに来たらしい。
「じゃあ、行くわよ」
「はいはい」
ヒュウガは浮遊装置を操作し、一夏とともに来た道を戻っていく。
その途中、ヒュウガはふと思い出したように振り返った。
「また、どこかでお会いしましょう。楯無」
そう言って、手をひらひらと振る。
そして、そのまま去っていった。
残された楯無は――
「…………」
ようやく全身を覆っていた威圧感から解放され、その場にへたり込んだ。
「一体……何者なの……?」
震える声で呟く。
「蒼き鋼って……一体……」
彼女が蒼き鋼の真実へ辿り着くのは――
まだ、ずっと先のことだった。
――――――――――――――――――
### おまけ
第一整備室。
扉が開いた瞬間。
「イオナね~~さ~~ま~~!!」
ヒュウガが飛び込んできた。
「姉様!」
勢いそのままに、一夏へ抱きつく。
「ヒュウガは! ヒュウガは、一日千秋の思いで姉様とお会いできる日をお待ちしておりました!」
「……」
「思えば、姉様が一夏さんについて行ってしまい、あの日より、このヒュウガはもう姉様なしでは生きていけぬ身体に――!」
「……始まった」
一夏は遠い目をする。
「はっ!」
突然、ヒュウガの表情が変わった。
「身体と言えば!」
「そこに話を繋げるな」
「どこかにお怪我は!? お怪我などはございませんか!? ヒュウガにお見せくださいまし!」
「ちょ、待っ――」
ヒュウガが一夏の白式改へ手を伸ばす。
「有るのなら、このヒュウガに――!」
「うるさい!」
ドゴォッ!!
一夏の蹴りがヒュウガの腹部に突き刺さった。
「げうっ!?」
ヒュウガの身体が吹き飛び、壁へ激突する。
「左腕が大破した」
一夏は淡々と告げた。
「次の試合に向けて、完全修復したい」
「イ……イエッサー……」
ふらふらと立ち上がったヒュウガは、涙目になりながら白式改へ向き直る。
「お任せください……姉様のためなら、このヒュウガ……どんな修復だって……!」
「その意気だ」
そして、ヒュウガは早速、白式改の修復作業へ取り掛かった。
ちなみに今の一夏は――
イオナと入れ替わるような形で、表に出ている。
これこそが、白式改に秘められた裏能力。
**メンタルモデルとの意識共有。**
イオナの意識と一夏の意識を共有することで、通常のISでは不可能な運用が可能となる。
身体能力の向上。
反応速度の強化。
そして、状況によっては操縦者とメンタルモデルが同時に機体を制御することすら可能。
まだまだ未知の部分も多い能力だ。
とはいえ――
今の私たちにやることはない。
「……眠い」
「私も」
「姉様、お休みになられるのでしたら、私が子守歌を――」
「いらない」
「そんな即答!?」
こうして。
白式改の修復が終わるまで、私たちは揃って眠ることにした。
次の試合が待っている。
だからこそ――
今は、少しだけ休もう。
タイトルアンケートを活動報告でやっています。
よろしくお願いします。