三組対四組の試合が始まった。
アリーナ中央。
三組のクラス代表候補が搭乗するのは、ラファール・リヴァイヴ。
対する四組は――更識簪。
打鉄弐式改を纏った簪は、静かに相手を見据えていた。
『試合開始!』
開始の合図と同時に、三組の代表が一気に距離を詰めてくる。
「いきます!」
ラファール・リヴァイヴが加速。
武装を構え、そのまま簪へと突っ込んでいく。
しかし――
「……」
簪は動かない。
直撃する寸前。
スッ。
紙一重で機体を横へ滑らせる。
「なっ!?」
攻撃を空振りした三組の代表は、すぐさま反転。
再び簪へ向かっていく。
だが。
また避けられる。
右。
左。
上。
下。
どれだけ攻撃を仕掛けても、簪は必要最低限の動きだけで回避していく。
「どうして……!?」
攻撃が当たらない。
それどころか――
簪は一度も攻撃していない。
観客席から見ていた生徒たちも、次第にざわめき始める。
「なんで攻撃しないの?」
「避けてるだけじゃない?」
「時間切れを狙ってるの?」
その通りだった。
これは試合ではある。
しかし、簪にとっては――天羽から言われた通りの「遊び」だった。
一夏の次の試合まで、時間を稼ぐ。
それだけでいい。
そして――
残り時間が五分を切った。
「……そろそろかな」
簪が呟く。
その瞬間。
打鉄弐式改の両側に備えられた常時展開装備が開いた。
「えっ?」
三組の代表が振り返る。
「――なに、あれ?」
ガコンッ!
左右の装置から、無数のミサイルが一斉に発射された。
「――ッ!?」
慌てて機体を加速させる。
しかし――
ミサイルは彼女を追い続ける。
「追尾!?」
一発。
二発。
十発。
数え切れないほどのミサイルが、逃げるラファール・リヴァイヴを追跡していく。
「しつこい……!」
必死に旋回し、ミサイルを振り切ろうとする。
だが。
「……そこ」
簪は静かに呟いた。
三組の代表が逃げ込もうとしている場所。
そこへ向けて――
別方向からミサイルが飛んでいく。
「なっ!?」
前方。
後方。
左右。
逃げ道が塞がれる。
「そんな……!」
回避できない。
次の瞬間――
轟音。
爆炎。
無数のミサイルが一斉に着弾した。
アリーナ全体を覆い尽くすほどの爆発。
そして――
『試合終了!』
『勝者、一年四組! 更識簪!』
爆煙の中から、打鉄弐式改がゆっくりと姿を現した。
簪は何事もなかったかのように、すぐにピットへ戻っていった。
「時間稼ぎ、ご苦労様」
ピットで待っていた天羽が、簪を迎える。
「はい……」
簪は打鉄弐式改を解除する。
「一応、第一整備室にヒュウガがいるから、メンテナンスしてきなさい」
「分かりました……」
「次の試合に備えてね」
「はい」
簪は頷くと、第一整備室へ向かっていった。
その背中を見送った天羽は――
「…………」
ふと、視線を横へ向ける。
「………出てきたらどうですか?」
返事はない。
「隠れているのは分かっていますよ」
しばらくして。
物陰から、一人の女性が姿を現した。
織斑千冬。
「先程の試合――手を抜かせていたか」
「ええ」
天羽は嬉しそうに答える。
「一夏ちゃんには、完全な状態で戦ってもらいたいからね」
千冬は眉をひそめた。
制限時間ギリギリまで、一切攻撃しない。
そして最後に――一方的に勝負を決める。
あまりにも異様な戦い方だった。
だが、今の天羽の言葉を聞いて確信する。
これは偶然ではない。
「天羽」
「はい?」
「お前の目的はなんだ?」
天羽は少しだけ黙った。
アドミラリティ・コード。
霧の艦隊。
蒼き鋼。
そして、一夏。
これらについて話すことはできない。
ならば――
千冬が納得できる答えを返すしかない。
「目的など、特にはありませんよ」
天羽は笑みを浮かべる。
「強いて言うなら――強化でしょうか」
「強化……?」
「ええ」
それ以上、天羽は語らない。
「では、私はこれで失礼させてもらいます」
「…………」
天羽は千冬の横を通り過ぎ、そのままピットを後にした。
残された千冬は、しばらくその背中を見つめていた。
「……少し、調べる必要がありそうだな」
千冬の中には、まだ複数の疑問が残っている。
蒼き鋼。
霧の進撃の後に突然現れた企業。
誰も勝てなかった霧に対抗し、打ち破った企業。
専用機を買い取るほどの莫大な資金力。
霧の技術を利用した兵器。
そして――
その企業に所属する一夏と簪。
「…………」
一つ一つを考えるほど、不可解さが増していく。
天羽琴乃は、一体何を知っている?
蒼き鋼とは、本当は何なのか?
千冬はまだ知らない。
その答えに辿り着いた時――
自分が絶望を知ることになるなど。
一方、第一整備室。
「取り敢えず、メンテナンスはこれでいいね」
ヒュウガが打鉄弐式改を確認する。
「はい」
簪が頷く。
打鉄弐式改は大きな損傷もなく、メンテナンスだけで済んだ。
問題は――
「一夏の方ね」
ヒュウガが視線を向ける。
そこには白式改があった。
先程の鈴との試合で、左腕の装甲は大破。
一から作り直す必要があった。
普通なら数日はかかる。
だが――
「さすがヒュウガ……」
簪が感心する。
「誰に向かって言ってるのよ」
ヒュウガは得意げに胸を張る。
「これくらい、私にかかればどうってことないわ」
簪が稼いでくれた時間。
その間にヒュウガは白式改の左腕を完成させていた。
後は最終チェックだけ。
「問題がなければ、次の試合から使えるわ」
「ありがとうございます」
簪が頭を下げる。
「それじゃ――」
ヒュウガは、打鉄弐式改に埋め込まれたコアへ視線を向ける。
「アンタはどうするの?」
『あたし?』
コアから声が返ってくる。
タカオだった。
『別に。このままでいるつもりだけど?』
「まあ、アンタたちはメンタルモデルを放棄する代わりに、その姿になったわけだしね」
『こっちはこっちで勉強になるのよ』
タカオはそう答える。
簪と共同生活を始めてから、それなりの時間が経っている。
アニメ鑑賞。
人間の生活。
学校。
食事。
その他にも、人間が当たり前だと思っていることを一つずつ学んできた。
もし今のタカオが再びメンタルモデルを得たなら――
人間とほとんど変わらない生活を送れるだろう。
『……それに、簪との生活も悪くないし』
「タカオさん……」
簪が少しだけ嬉しそうに笑う。
そんな二人を見ながら、ヒュウガは時計を確認した。
「そろそろ、全クラスの試合が終わる頃だね」
『案外早いわね……』
タカオが呟く。
そして簪は――
「……一夏」
「ん……?」
椅子で眠っていた一夏の肩を揺する。
「起きて」
「ん~~……」
一夏は眠そうに目を開ける。
「……試合?」
「もうすぐ」
「そっか……」
一夏は大きく伸びをする。
「ん~~~~……!」
そして白式改へ視線を向けた。
「ヒュウガ」
「なに?」
「修理、ありがとう」
「はいはい。分かったから、早く行きな」
「へいへい」
一夏は白式改を待機状態へ戻す。
簪も打鉄弐式改を展開準備状態にする。
二人は並んで第一整備室を出ていった。
次の試合。
それは――
一夏と簪。
蒼き鋼に所属する二人の専用機同士による、直接対決だった。